第二話:俺は止めん。アスナ様を、よろしく頼む
アスナが霊殿の中に消えて一時間程経った。おい、長くて一時間じゃねぇのか?
「おい、フランチェスカ。長くて一時間、って言ったよな?」
最初は教皇なんて肩書を持ったガキに恐怖を感じてたもんだが、今はそれどころじゃねぇ。気が急く。焦燥感に頭を支配されそうになる。必然的に、フランチェスカに投げつける言葉も険のあるものになる。
他の連中が命知らずを見るような目で俺を見てくるが知ったこっちゃねぇ。
「はい。もう一時間経ちましたね」
「『経ちましたね』じゃねぇよ、『経ちましたね』じゃ。どうすりゃ良い?」
「どうするも。私達にできることは待つことだけです」
「なんでてめぇはそう落ち着いてる? 勇者サマがおっ死んだら、世界は終いだろうがよ」
その言葉に、フランチェスカが眦を釣り上げた。
「落ち着いている? 落ち着いているように見えますか? 私が? そうですか? これが! 落ち着いているように! 見えますか!」
突如放たれた大声。その後で顔を俯かせる。
「私だって、ここに入ったのは初めてです。入り方だけ前教皇からご教示いただいて……。そして、時が来るまで決して入るな、とだけ言われました。ここまで恐ろしいところだとは思いませんでした。恥ずかしながら、腰が抜けそうです。アスナ様の、皆様の手前、表には出さないよう努力しましたが……」
限界を迎えたらしい。その身体がガクガクと震え始めた。
「私は教皇です。メティア教の教皇です。世界のことを第一に考えろ、そうあるべきだと思っています。でも、アスナ様のことを好ましく思っていることも事実です。貴方に! それがわかりますか!?」
平気な面してやがるから、てっきりなんもかんも承知なもんだと思ってた。だが、こいつもまだガキなんだな。叡智の加護とやらも、教皇なんて立場も、きっとこいつにはまだ重すぎるんだ。
ここにも、クソッタレな荷物を背負わされたガキがいる。アスナとおんなじじゃねぇか。
「……すまん。悪かった」
「……私こそすみません。取り乱しました」
馬鹿。ガキがそんなこと気にしてんじゃねぇ。いつの間にか得体のしれない教皇なんてガキは、俺の中でただのガキに様変わりしていた。それだけだ。
「……行ってくる」
「その意味を理解していらっしゃいますか?」
「あぁ? んなもん俺に聞くな。馬鹿。俺が行くったら、行く。それだけだ」
フランチェスカが手を伸ばしかけて、そして辞めた。それが正解だよ。何言っても俺は止まらねぇ。お前さんならわかってるだろ? 叡智の加護なんて大層なもんぶら下げてるんだからよ。
「ゲルグ! あ、アンタ、馬鹿じゃないの!? 精霊は試練に横槍を入れられるのを一番嫌うのよ!? 普通に試練を受ける以上に危険っ!」
「だったら、なおさら俺が行くべきだろうがよ」
俺が死んでも、世界には何の影響もねぇ。ただのクソな小悪党が一人いなくなりました。めでたしめでたし、ってだけだ。
霊殿に向かって歩く。
「ゲルグ! 待ってください!」
ミリアが俺のシャツを引っ張る。だが、んなもん構ってる暇なんてねぇんだよ。乱暴に振り払う。
「待たねぇ。悪ぃな、ミリア」
「も、もうちょっと待ってからでも、遅くはないのではないですか?」
「もう、そんな時間とっくに過ぎてる。悪いな。職業柄せっかちなんだよ」
ミリアに止められた脚をまた動かす。膝は笑いそうだ。身体も震えてる。冷や汗だって止まってねぇ。
でも、今この瞬間にもアスナが死にそうになっているかもしれねぇ。それだけは我慢ならねぇ。
「ゲルグ……」
「んだ? お前も止めるとか言うんじゃねぇだろうな?」
キースが俺の前に立ちふさがる。脳筋は失せろ。だが、俺の予想に反して、キースはゆっくりと頭を下げた。
「俺は止めん。アスナ様を、よろしく頼む」
騎士道なんて、歪んだプライドと紙一重なモンをお持ちの元騎士様が、俺に頭を下げてやがる。てめぇのお辞儀なんて見たかねぇんだよ。
でも、うん。気張ってくるよ。
俺はキースの横を通って、霊殿の門をくぐった。
いつもどおりの霊殿だ。充満している雰囲気以外は。
中央の宝石、その前にアスナが倒れ伏していた。一瞬にして頭に血がのぼる。
「アスナっ!」
駆け寄って抱き起こす。いつもなら鎧でわかりゃしねぇはずだが、今日のこいつは普段着だ。服は汗でびっしょり。身体が冷え切っていて、体温だけじゃ生きてんのか死んでんのかわからねぇ。俺は、アスナの口元に耳を近づけて、呼吸を確認する。
「……生きてる……」
ほっと一息ついた。
次の瞬間、意識が刈り取られた。
「よぉ」
ここは……どこだ? あぁ、確か、グラマンの屋敷か。懐かしいな。ってか精霊と会う時ってなんでこう、記憶の中にある場所に連れてこられんだ?
「――あん? あぁ、てめぇが死の精霊か?」
「ご明察だ」
知り合いの詐欺師にそっくりなその表情。真っ白な長髪。んでもって、イケメン。俺の中で一番気に食わねぇポジションにいそうな野郎がそこにいた。ニヤニヤ笑いながらこっちを見ている。どうでもいいが、その顔滅茶苦茶苛つくから辞めやがれ。
「でぇ? どういう理由で、横槍入れてくれちゃってんの? ゲルグちゃーん」
「『ゲルグちゃん』とか、呼ぶんじゃねぇ。クソが。ぶち殺すぞ?」
「いいね、いいね、その殺意。勇者とは真逆。てめぇ、必要とあらば人間だって殺すだろ? そんな目だ」
「殺しはご法度。それが小悪党の流儀だよ、馬鹿」
「そうは見えねぇがなぁ。まーいいや。話を戻す。なぁに、横槍入れてくれちゃってんの? 死ぬか?」
死の精霊の目が不穏な色に染まる。「死ぬか?」、の一言だ。そう聞かれただけだ。だが、今俺は一回死んだ。その実感が確かにあった。
冷や汗が止まらない。霊殿の前に居たときから、ついでに言やぁ、霊殿に入ってからも、滝のように汗が吹き出してきてたもんだが、その比じゃねぇ。
「んー、反応も上々。勇者は実につまらなかったよ。義務感、責任感、守りたい、守らなきゃ。そーんな気持ちで入ってこられたら、ちょっとばかしいじめたくもなるだろ? てめぇみたいな悪党が来てくれたほうが何倍も楽しいんだがなぁ」
なぁ、ゲルグちゃん、なんて唇を非対称に歪ませる。だからやめろ、その笑い方。苛つくんだよ。
「……ギブアップだよ。アスナは。こいつは、そんなこと言やしねぇだろうから、代わりに言いに来たんだ。ギブアップだ」
「へえぇ。そういう理由でぇ。知らなかったのか? 精霊は試練に横槍を入れられるのを一番嫌うって」
「ついさっき知ったよ」
目の前の精霊の威圧感に気圧されそうになる。笑うな、俺の脚。身体の震え? んなもん武者震いだ。
「――だがな、知ったことかよ。ギブアップったら、ギブアップだっつってんだろ」
「どの精霊も、横槍を入れられたら、そいつを殺してでも排除する。そういうルールになってんだけどなぁ。ゲルグちゃん。てめぇは、どうなりたい?」
「あぁ? 殺すなら殺せよ。馬鹿野郎。だが、さっきから言ってんだろ。ギブアップだ。アスナの試練は終いだ。いいか? 終わりだっつってんだ」
ビビりすぎてチビりそうになっちゃいるが、ここで引いたら元も子もねぇ。俺は目の前のイケメンを睨みつける。
「あー、そっかぁ。わかった。じゃあ、アスナちゃんはギブアップ。で、ゲルグちゃんは、死亡。それでけって……」
今まさに俺に対して死の宣告をしようとしていた死の精霊の表情が凍った。次の瞬間、今までニヤニヤ面を保ち続けていた顔が、真顔になる。耳朶を打つ舌打ちの音。
「そっちから横槍入れてくんな、ボケ! クソババァが! あれこれ指図すんじゃねぇよ! カスが! ああん!? どうするってんだ!? ……わかった、わかったよ」
何言ってやがんだ、こいつ。誰と会話してる? 豹変したイケメンに俺は頭が真っ白になる。
「……気が変わった。無罪放免だ。二度とその面みせんじゃねぇ」
死の精霊が、腕を振り上げて、空間を切り裂くように、振り下ろした。
空間が割れる。
「じゃあな」
意識が薄れる。
いつの間にか冷や汗は止まっていた。アスナを抱き起こした状態で、そのまま連れて行かれてたらしい。
ふーっ、と息を吐く。なんかよく分からねぇが、なんとかなったらしい。「二度とその面みせんな」とか言われたがな。多分これからまた会うことになるだろうよ。その時に俺を殺すならそれはそれで勝手にしやがれ。
俺はアスナを横抱きにして、よっこらせ、と立ち上がる。しばらく中腰の体制で意識を持ってかれていたみたいで、腰が痛ぇ。
アスナを抱いたままゆっくりと歩を進め、霊殿を出る。心配そうな顔をした連中の顔が見えて、少しばかり胸をなでおろした。
「ゲルグ!」
俺の顔を見るなり、ミリアが走り寄ってきた。そんな泡食って来なくても大丈夫だよ。
「大丈夫ですか? 怪我は? なにか異変は?」
「大丈夫だ。なんもねぇよ」
「……良かった……。アスナ様も無事、みたいですね」
「あぁ。意識を失っちゃいるがな」
アスナの顔をちらりと見る。その表情は苦悶に満ちていて、どんな試練を受ければこんな表情になるのか、想像を馳せて、やめた。
「……アンタ、死の精霊の試練に横槍り入れて、生きて返ってくるって、ワケわかんないんだけど」
「俺に聞くな」
「……まぁ、良いわ。えっと、その、ありがと」
馬鹿。お前に礼を言われるほど落ちぶれちゃいねぇ。
「フランチェスカ。今日は一旦退散。それで良いな?」
何やら難しそうな顔をしている教皇サマに声をかける。まさか自分が声をかけられるとは思ってなかったのか、深い思考の海に沈んでたところにいきなり声をかけられて驚いたのかは知らねぇが、その身体をビクリと震わせた。
「は、はい。そうしましょう」
俺達はそうして、タナトス霊殿を後にしたのだった。
霊殿につながる通路を抜けて、大聖堂を通って、向かった先は教皇庁お抱えの医者のいる医務室だ。
流石に医務室だけあって、ベッドはそれなりに柔らかそうな物を使ってやがる。このベッドを客室におけよ、なんて益体もない考えが一瞬よぎるが、今はどうでも良いことに思い当たって、それを振り払った。
静かに寝息を立てているアスナを遠目で見て、ようやく実感する。あいつがまだ生きてる、ってことを。
エリナが、ミリアが、キースが、心配そうにアスナを覗き込む。馬鹿、そんな風に見ても穴が空くだけだ。起きやしねぇよ。
煙草を咥えて、火をつけようとした、が、医者に止められた。医務室だから禁煙なんだとよ。んなもん知るか、とは思ったが、口には出さず、医務室を抜け出す。
煙が昇る。生きた心地がしなかった。俺、今、生きてるよな?
やべぇ経験をした。やばかった。一歩間違えれば死んでた。ってかなんで死んでねぇのか自分でもよくわからねぇ。
ぷはーっ、と煙を吐き出す。後ろの方から、げほっ、ごほっ、と咳き込む音が聞こえた。ったく、さっきからいるの気づいてたからな? フランチェスカ。
「こほっ、けほっ、げ、ゲルグ様……」
「なんだ? 教皇猊下」
「フランチェスカで構いません。貴方から向けられる形だけの敬意に意味がないのは理解しています」
「そうかよ。で、なんだ? フランチェスカ」
「貴方が死の精霊の試練を邪魔して、生きて帰ってきた。その事自体に恐らく意味があります」
はぁ? よくわからねぇことを言い始めやがった。
「私にも原因はわかりませんが、貴方は酷く精霊に愛されている」
「精霊に愛されてる?」
「はい」
そりゃ、なんっつーか気持ちわりいな。クソイケメンに、幼女、んでもって詐欺師みてぇな気に食わねぇゴミクズイケメン。俺が知ってんのはその三柱だ。
「普通であれば、精霊と相まみえることなんてめったに有りません。私も、精霊の姿を目にしたことはありません。異常なんです。貴方が」
エリナ様から伺いました、と小さく呟く。
「アスナ様が死の精霊と契約する。そのために、恐らく貴方の協力が必要です」
「……お前さんは、まだアスナをあそこに連れて行く気でいんのか?」
睨みつける。ガキ相手に大人気ねぇとも思うが、そこはそれ、こっちだって譲れねぇところだ。
アスナはもう、あそこへは連れて行かねぇ。行きたかねぇ。もうあんな思いは懲り懲りだよ。
「個人的な感情で語るなら……アスナ様をあそこに連れて行くのは私も反対です。ですが、魔王を討ち滅ぼす為に、死の精霊との契約が必要なのは確かなのです……。世界が魔王に滅ぼされるのと、アスナ様の命の危険とを天秤にかけた時、私は、世界を選ばざるを得ません」
だろうなぁ。こいつは教皇だ。立場として、そうするしかねぇのは十二分に理解できる。
「協力、していただけませんか? アスナ様を死なせないために。死の精霊と安全に契約をしていただくために」
煙草を吸う。チリチリと短くなっていくそれを視界に入れながら、ぼんやりと考える。
安全に契約、か。できんのか? んなもん。
「どっちみち、死の精霊とアスナ様が契約できなければ、アスナ様も含め、世界が滅びます」
「……確かに……な」
魔王は強くなって復活する、そんなことをババァが言っていた記憶がある。
「条件がある」
「はい」
「アスナが安全であること。これが最優先だ。それが満たされない限り、アスナは二度とあそこには連れて行かねぇ。俺が止める」
「はい」
フランチェスカが、その瞳を決意に染めて、俺を真剣な眼差しで見つめる。
ため息を一つ。わかってんだ。理解してんだよ。お前さんが言ってることは。死の精霊なんてスタートに過ぎねぇ。五柱だ。五柱。アスナが契約してねぇ精霊は。そのどれもが危険。
ここをクリアしなけりゃ、遅かれ早かれゲームオーバー。そういうことなんだろ? クソッタレだが、呑み込むしかねぇ。
「何すりゃいい? 小悪党のおっさんにできることなら、なんでもやってやるよ」
アスナが精霊の試練に失敗してしまいました。
どんな試練だったのでしょうか。
しばらく後で試練の内容は明らかになっていきます。
んで、なにやら、おっさんもなんらかの補正持ちであるご様子。
ま、アスナの主人公補正には敵いません!
読んでくださった方、ブックマークと評価、いいね、そしてよければご感想等をお願いします。
とーっても励みになります。ふぇふぇいふぇい!!(ネタ切れ)
評価は下から。星をポチッと。星五つで! 五つでお願いいたします(違)
既にブックマークや評価してくださっている方。心の底から感謝申し上げます。
誠にありがとうございます。
ダラダラしながら死にます!!