プロローグ
メティア聖公国の首都、メティアーナについて、三日経った。その間、教皇サマに「ひとまずごゆるりとしてください」、なんて言われちまったもんだから、ただただひたすらにダラダラする俺だ。
何故か、エリナがいきなり部屋に押し入ってきて、俺にありとあらゆる魔法をぶち当ててから、ふん、と鼻を鳴らして出ていったことを除けば、まぁ平和な三日だった。いや、平和じゃねぇな。エリナ、そりゃあんまりにも理不尽すぎねぇか?
ふあーっ、と欠伸をして、ベッドから起き上がる。両腕を伸ばし、背中を反らせて、軽くストレッチ。教皇庁の客室。この宮殿はメティア教の信者からの寄付によって建てられたという話だ。寄付で建てられたもんだからな。無駄遣いするわけにもいかねぇんだろう。まぁ、ベッドは硬い。部屋も質素で、必要最低限のものしか置いちゃいねぇ。
暇だ。端的に暇だ。どうしてくれようか。最近女連中の様子がおかしいんだよなぁ。アスナはよくわからねぇ顔をしやがるし、ミリアはなんかニコニコしながら怒気を放ちやがるし、エリナは……いつもどおりか。
あれか? 俺がおっさんだからか? 泣くぞ? 良いのか? 本気で泣くぞ? いや、冗談だ。おっさんの泣き顔とか、誰も見たかねぇ。
というわけで、女連中がなんかおっかねぇから、今日は数少ない――というか一人しかいねぇ――キースと親交を深めに行こう。なんでかって? 俺も知らねぇよ。気まぐれだ、気まぐれ。
ちなみに、一緒に来たフィリップは、重要国賓扱いということで、もっと豪華な部屋に案内されているらしい。なんでも、メティア聖公国のお偉いさん――枢機卿とかいったかな――と、ヒスパーナと聖公国間の外交上のなんやかんやを話し合っているらしい。お飾りとか言っちゃいたが、立派に国王陛下として頑張ってんだとよ。
もいっちょ欠伸をかまして、部屋を後にする。パタン、なんて音を立てて背中の方で扉が閉まった。
キースの部屋は……。俺の部屋から数えて三部屋目だ。のっしのっしと歩き、んでもって、ノックなんて知ったこっちゃねぇ、とばかりに扉を思っクソ開ける。
「よー、キース! 楽しんで、る、か……?」
「フン、フン、フン、後千回! フン、フン、フン!」
あ、悪い。邪魔したな。キースは筋トレ中だったみたいだ。さすが脳筋。身体中の筋肉を鍛えて、そして、脳味噌さえも筋肉にして、それこそがこいつにとっての正義なんだろう。端的に暑苦しいし、イケメンとはいえ、ムキムキマッチョの筋トレ中の姿なんて見たかねぇ。
「邪魔したな」
「ん? ゲルグか。すまん、トレーニング中だった。何か用か?」
やべっ。見つかった。っていうか捕まった。
「いや、用はあったが、今なくなった。じゃあな」
「ま、待て! いくらなんでも、その、それは傷つくぞ!」
クソが。脳筋の癖して、弱っちいメンタルしやがって。舌打ちを一つ。
「あー、わーったわーった。とりあえず、その汗だくの身体をなんとかしろ」
「う、うむ」
丁度手近にあったタオルをキースに放り投げる。ってか、この部屋男くせぇな。いや、違う。漢臭い。暑苦しいし、一刻も早くここから立ち去りたい。なんで俺はキースにちょっかいかけようと思ったんだ? 早くも後悔し始めてきた。
俺が投げたタオルを器用にキャッチして、キースが汗を吹く。顔だきゃイケメンだ。モテモテだろうなぁ。こんな汗流す姿も、王都では、キャーキャー言われてたんだろうなぁ。クソが。
いや、いかんいかん。こいつは童貞。童貞同盟なんだ。童貞皆友達。
「待たせたな。で、なにか用か?」
「いや、別に用ってほどでもねぇんだけどよ、たまには一緒にどっか行かねぇか、と思ってな」
「なんだ、珍しい。まぁでも、うむ、俺も退屈していたところだ。その話、乗ろう」
うわぁ。自分で誘っといてなんだが、あっさり一緒に行くことになった。まぁ、いい。女連中を誘うのは、なんか最近怖ぇし、一人で街中をぶらつくにゃ侘びしすぎる。っていうか、この街の地理に詳しくねぇから、道案内役が必要だ。
「じゃ、飯でも軽く食って、ぶらつくか」
「うむ」
こうして、童貞の男二人という、なんとも物哀しい行脚が始まったのであった。いやな、男二人だからこそ行けるいかがわしい店も、このメティアーナには存在しねぇ。そりゃそうだろう。メティア教のトップのお膝元だ。そんな店構えようもんなら、速攻で摘発される。うん、何が悲しくてこいつと親交を深めようなんて思ったんだろうな。まぁいいか。
メティアーナの街は綺麗だ。さすが、メティア教の総本山だけある。質素な街並みではあるが、清掃が行き届いてる。歩いてる連中は皆信者なんだろうか。
「なぁ、キース」
「なんだ?」
「この街に住んでるのは、皆メティア教の信者なのか?」
「いや、そういうわけではない。メティアーナは開かれた街だ。信者もそうでない者も全て受け入れる」
「ほー」
「勿論、大多数が信者だがな。世界中で信仰されている宗教だ。必然的に、信者も多くなる」
まぁ、そうだろうなぁ。魔法を使えるのも精霊メティアのおかげ。この世界があるのも精霊メティアのおかげ。そう信じ切ってる連中がゴマンといるのは事実だ。
実際、俺も精霊という存在自体を疑ったことはねぇ。常識過ぎて考えもしなかったもんだがな。とはいえ、俺はメティア教の信者というわけでもねぇ。悪党には信仰なんざ身に余る。
「そういや、お前、魔法使えねぇって言ってたよな。なんで契約しねぇんだ?」
「ん? あぁ。昔姫様に調べてもらったのだ。魔力の量を。珍しい体質らしく、俺は魔力を持ち合わせていないらしい」
ほぉ。そりゃすげぇ。特異体質だ。
この世界に産まれた人間は、多かれ少なかれ殆どが魔力を持って産まれてくる。何しろ森羅万象に宿る元素だ。っとこりゃババァの受け売りだ。
それを持たねぇで産まれてくる人間。そりゃマジで珍しい。しかも、珍しいだけじゃねぇ。なんらかの恩恵を受けていることがほとんどだ。
ほら、目の見えねぇ奴は、聴力が異常発達するなんて、よく聞く話だろ? それと同じ理屈らしいんだよ。さしずめコイツの恩恵は……。
「それと引き換えに、その頑強な身体がある、ってことか?」
「その通りだ。よく知っているな」
「要らねぇってのに、ババァに教え込まれたからな」
「ソフトハート殿の知恵か。なるほど。つかぬことを聞くが、ソフトハート殿とはどういう経緯で知り合ったのだ?」
やめろ。聞くんじゃんねぇ。俺の黒歴史の上位五位に入る程度には思い出したくねぇ思い出なんだよ。
「……聞くな」
「いや、そうは言っても、気になるではないか」
「聞くなよ……」
「そう言われると、ますます気になる」
くっそ、なんでこいつは、メンタル弱いくせに、こう譲らねぇんだよ。頭固ぇな。クソが。どうあがいても引き下がりそうにねぇから、俺は渋々ことのあらましを話すことに決めた。
「……アリスタードの酒場でな」
「ほう、酒場でか。どんな出会いだったんだ?」
根掘り葉掘り聞いてる場合だよ。馬鹿。
「……どいたんだよ」
「ん?」
「俺が! ババァを! 口説いたんだよ!」
「くっ、口説いた!?」
「あぁ、したら、妙に懐かれてな。百歳超えるババァとは思わなかったんだよ」
「……あの見た目だからな」
「だろ? 騙されるよなぁ……」
「あぁ、騙されるな」
なんか意気投合してしまった。なんだ、恥ずかしい過去をくっちゃべって、少しばかりこいつと仲良くなれたから、良しとすればいいのか? んなわけあるか! っだー! 今すぐ、枕に顔をうずめて「あーーーーーー」って言いたい気分だよ、ったく。
「ソフトハート殿とは、どれくらい一緒にいたのだ?」
「あー、知り合ったのが八年前くらい。んで、アリスタードから出てったのが五年前くらいだから、三年くらいか?」
あの三年はマジで地獄だった。行くところ、行くところにババァが現れて、「ゲルグよ、今日もそなたに知恵を授けてやろう。喜ぶが良い」、とか言い始めやがる。何度、老衰で死ねなんて思ったかわからねぇ。
「三年もあれば、相当な知恵を授かったのではないのか? 盗人には似合わない博学っぷりも納得だ」
「博学なんて、ガラじゃねぇよ。それに、色々教えられたのは確かなんだがな、大体忘れた」
「それは、お前、もったいなくないか?」
「馬鹿。俺は自分に利用価値のある知識しか覚えねぇの」
「利用価値の有る……か」
利用価値のねぇ知識もなんだかんだで、きっかけがありゃ思い出せはするがな。だが、やっぱ、便利な知識を蓄えるべきだ。
「その利用価値、というのは、盗みを働くのに、か?」
「あん? んなもん、そうに決まってんだろ」
「ふむ、そうか……」
キースの野郎がなにやら難しそうな顔をし始めた。なーに足りねぇおつむで考えてんだよ。
「貴君の在り様。変わったと俺は思うがな」
変わった? まぁ、変わったとは思うよ。アリスタードに居たころのままなら、今こうやって歩いてる瞬間でも、スリできそうな連中を探し回りそうなもんだ。だが脳筋とこうやって呑気にただただ歩いてる。
変わったんだろうなぁ。
「……変わったか?」
「そう思う」
「……そうか」
それが良いことなのか、悪いことなのかは分からん。今は判断がつかねぇ。
俺は小悪党だよ。それで良いと思ってる。だからこそ、わかることがある。
でも、俺が悪党じゃなくなったら?
まぁ、いいか。考えても無駄だ。
「お、あそこに美味そうな定食屋があるじゃねぇか。あそこでブランチとでも洒落込むか?」
「お、いいな」
目についた店を指差して、俺とキースは飯を食うことに決めた。
「変わった……か」
夜、ベッドに横になって、俺はキースとの会話を反芻する。
変わったってもどう変わったんだろうな。お人好しになった? んなことあるはずがねぇ。俺はいつだってクソッタレな小悪党だ。それで良いと思ってる。
じゃあ何だ? 何が変わった? 盗みに関して言えば、ルマリアでミリアにきつく怒られてからしてねぇ。ついでに、酔っ払った勢いとはいえ、なんやらおせっかいな説教まで食らわす始末だ。そんな大層なこと言える身分じゃねぇだろ、って思う。本気で思ってるよ。
そうか、ガラじゃねぇんだよな。ガラじゃねぇ。いや、アスナと出会ったときから、っとーにガラじゃねぇことばっかりしてるんだ。
それで良いのか? 俺は。
っだー、わかんねぇ。あれこれ考えてもわかんねぇわ。なんたって、何が変わったのかすらわかんねぇんだからな。
煙を吐く。煙草はもう短くなっちまって、唇に熱さを感じる。
考えすぎだ。数日前から、要らねぇことばっか頭のなかをぐるぐるしやがる。
「あーっ、やめだやめ! とりあえず保留! 面倒くせぇ!」
「なにが保留なんですか?」
不意に投げかけられた声に、少しばかり驚く。考え事をしすぎて、対人レーダーもストップしちまってたらしい。
「ミリアか」
こいつのことだ。ノックはしたんだろう。俺が気づかなかっただけ、ってとこか。
「なにかお悩みですか?」
「うんにゃ。別にどーってことねぇ話だよ」
「……悩みごとなら、何でも聞きますよ? 言ったじゃないですか。何でも受け止めさせて下さい、って」
バーカ。お前みたいなお人好しに、寄りかかる小悪党がどこにいるってんだよ。俺は収まりの悪い髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。
「いや、この街には、べっぴんな姉ちゃんのいる店がねぇから、つまんねぇなって、そんなこと思ってただけだよ」
「……本当にそれだけですか?」
何を疑ってんだよ。そんな悩んでるように見えるか?
「バーカ。心配しすぎだ。悩み事なんてねぇよ」
「……本当に?」
やけに食い下がるな。
「本当だよ。俺ぁもう寝る。お前もさっさと寝るんだな」
ミリアがなんか難しそうな表情で俺を見つめる。
「……寝るって言ってんだろ?」
小さいため息。こいつがため息吐くとか、珍しいモン見たな。
「分かりました」
ミリアが後ずさる。やっと出てくか。やれやれ。
踵を返して、ドアに歩み寄り、そして足を止めた。
「……忘れないでくださいね?」
「何をだよ」
「私は、貴方の何もかもを受け止めます。受け止めさせて下さい」
後ろを向かれてるもんでその表情は伺いしれない。だが、いつものニコニコ顔じゃなくて、真面目な顔をしているのはなんとなくわかる。
「わーってるよ。とん時ぁ、遠慮なく受け止めて貰わぁ」
「約束ですからね」
ドアをゆっくりと開け、おやすみなさい、と小さな声で呟いてから、ミリアは出ていった。
「バーカ、お前みたいなお人好しに悩み相談なんて、おっさんが廃るだろうがよ」
俺の小さなつぶやきは部屋に充満した煙草の紫煙と一緒にかき消えていった。
なぁ、アスナ。俺は変わったか? 変わった俺は、お前の何の役に立てる? どうやってお前を助けてやれる?
いや、そんなこと考えてんのもちげぇな。俺の役目はここまであいつらを送り届けることだ。だが、エリナにどでかい釘も刺されてる。俺ぁどうすりゃ良い? これから俺はどういう選択肢を取れば良い?
わからねぇことだらけだ。ババァに聞きゃ、なんか返ってくんのかもしれねぇがな。いや、ババァのことだ。「そんなもの、余に聞くな。そなた自身が出すべき答えだ」、なんて言いやがるんだろうな。
夜は更けていく。どうにも眠れそうにない夜だった。
三日程更新をサボってしまい申し訳ございませんでした。
睡眠負債によってダウンし、その返済に勤しんでおりました。
本日から、また毎日更新を目指して頑張ります!
あ、土日はお休みするかもしれませんので、テキトーに待っていただけると助かりますm(_ _)m
さて、第四部の始まりです。
第四部は、それぞれの登場人物達が、悩み、答えを出していく。
そんなお話しになる予定です。
アスナが、ミリアが、エリナが、キースが、そしてゲルグが、
どんな一旦の答えを出すのか、楽しんでいただければと思います。
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とーっても励みになります。ドノバット!!!!
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三日ほど死んでたので、しばらく生きます!!!