第十七話:アンタは別でしょ!
「フィリップ! なんでいるの!?」
エリナが目を三角にしてガキに詰め寄る。普通じゃねぇ。一国の主が、国際手配犯の連中についてくるなんて。下手すりゃ国際問題だ。
「い、いえ。あの。私も、皆さんのお役に立ちたいなー……なんて」
「ヨハン! 船! 今すぐ引き返して!」
「む、無茶言わないでくださいよ! いくら小さめな船といっても、小回り効かないんです! 戻るってなると、数時間はかかります!」
「……はーっ……」
いや、ため息吐きたくなる気持ちもわかるよ。エリナ。なんだってこいつが船に乗り込んでんだよ。馬鹿なのか? 死ぬのか?
「ナーシャには?」
「彼女にも、了承を貰ってます。『世界を見てきなさい』、と」
「アンタ、それ無理やり言わせたでしょ。ナーシャがそんなこと簡単に許すはずないわ。全く……ナーシャもアンタに甘いわね……」
「あ、あはは。分かっちゃいます?」
「分かるわよ! アタシ達がどれだけ危険な旅してるか分かってるの!?」
おぉ、おぉ、恐ろしい剣幕だ。トラウマが蘇る。どんなトラウマかって? 聞くな。
「これでも、一年以上特訓して、魔法も使えるようになったんですよ! 皆さんには到底敵いませんが、自分の身を守るぐらいはできます!」
自分の身を守るぐらいは、か。俺もそう思ってたもんなんだがなぁ。圧倒的な暴力の前では何もかもが無力だ。まぁ、俺だってそんなこと知ったの、つい先日なんだがな。
俺は至近距離でフィリップにガン飛ばしてるエリナの肩に手をかけて、下がらせる。聞いとかねぇといけねぇことがある。こいつの立場なら、何よりも重要なことだ。
「おい、フィリップ」
「はい、ゲルグさん」
「死ぬかもしれねぇぞ? その覚悟はあるか?」
「……ある、と言ったら嘘になります……、でも……」
ほう。なるほどなぁ。合格だよ。わかってんじゃねぇか。流石こまっしゃくれたガキだ。
「よし、エリナ。連れてこう」
「はぁ!? 今の会話でどう取ったらそういう結論になるわけ!?」
「いやな、『死ぬ覚悟がある』、なんて言い始めたら、俺だって数時間ロスしてでも、こいつを追い返そうと思ってたよ」
そう。死ぬ覚悟なんて必要ねぇ。このガキに必要なのは、「どんなに泥臭くても生き抜く」覚悟だ。
「分かってるよ。このちっちぇえ陛下サマはよ」
な、とフィリップを見遣る。返ってきたのは、ちょっとだけ申し訳無さそうな笑顔だった。
「そういう問題じゃないでしょ!」
「うるせぇよ、エリナ。もう付いてきちまったんだ。うだうだ言うな」
「ヒスパーナの国王がアタシ達に付いてくる!? どういう意味になるかわかってんの!?」
「あー、知らねぇ知らねぇ。それ言ったら、俺がここにいるのも十二分におかしいだろうがよ」
「アンタは別でしょ!」
驚いた。昨日から驚かされっぱなしだ。こいつの口からそんな台詞が飛んでくるとは思っちゃいなかった。ほーう、「アンタは別でしょ」、かぁ。
「エリナ」
「なによ!」
「今のもっかい」
「は?」
「よく聞こえなかったんだよ、もっかい言ってくれよ」
「だから、アンタ、は……別……」
そこまで言って、こいつは自分が何を口走ったのかようやく気づいたらしい。顔が笑えるぐらい真っ赤になっていく。耳までだぞ。笑える。
「エリナ、顔真っ赤」
「……アスナ、言わないで……。ゲルグ! 勝ち誇った顔しないで! このゴミクズ!」
ニカっと笑う。うるせぇんだよ。お前さんに、「仲間」だとか「アンタは別」だとか、言われて、俺がどれだけ嬉しいかわかってんのか? 恥ずかしいから絶対言わねぇけどな。
「ってか、話逸したわよね!」
バレたか。そりゃバレるよなぁ。
「あんなぁ。フィリップを連れて歩くのはリスクもありゃするが、それ以上のメリットがあるだろ」
「何よ、メリットって」
「エリナ、お前さんがここにいるのと一緒だよ。いや、それ以上かもしれねぇ」
エリナが押し黙る。フィリップが一緒にいるってぇことはエリナ以上がいるってこと以上にメリットだらけだ。これからのこいつらに取って必要不可欠だ。
「……わかってるけど……。心配は心配なのよ……」
っとーに、こいつは良い性格してるよな。普段は高慢ちきなのによ。根っこは立派に勇者サマ御一行だよ。全く。もうちょっとてめぇらの利ってやつを考えろよ。
「アスナ。どう思う?」
「ん。心配、だけど、しょうがない。大丈夫、私が守る」
「お前は守るとか考えんな、馬鹿。だが……、そうだよなぁ~、しょうがねぇよなぁ~。そうだよなぁ~」
ニヤケ面を隠せないままに、うちの姫さんを横目で見る。うーっ、とエリナが悔しそうに唸り声を上げた。
「アタシ達の目的地はメティア聖公国! だから、聖公国まで! わかった!? フィリップ!」
「は、はい! ありがとうございます!」
そんなこんなで、また一人、勇者サマ御一行に使いっぱが増えたのだった。
何やらこまっけぇ話をし始めたエリナとフィリップを置いといて、俺は甲板を後にした。後はお前らの間で細々とした折り合いを付けてくれ、って感じだ。もう俺にすべきことはねぇ。
しかしまぁ、ヒスパーナが世界有数の造船技術を持ってるってのも、納得だ。ワンダの船よりゃそりゃでけぇが、それでも船としては小さい。だが、船室がついてやがる。人間を快適に乗せるという意思を感じさせる構造だ。
んでもって、これ、なんだ? なんか金属のパイプみてぇなのが、ところどころでプシュプシュ言いながら動いてやがる。さっきから気になってて、結局出港したが、あれ? 帆はどうした?
「蒸気船、って呼ばれてるらしいですよ」
うおっ、びっくりした。いたのか、ミリア。完全に油断してた。対生物センサーをオフにしてたわ。気づかなかった。
「じょうきせん?」
「はい、何でも、『石炭』とかいう燃料を燃やして、それを原動力に動いてるらしいです。……すみません。私も良く理解できていないのですが」
「あぁ、うん。なんかすげぇってのは伝わった。つまりアレだろ? 風に頼らずとも走る船」
「そうです、そうです。すごいですよね。『科学』って呼ばれてるらしいです」
科学ねぇ。ババァがなんか言ってた気がすんなぁ。あまりにもどうでも良すぎて覚えちゃいねぇが。なんだったっけなぁ。確か……。
「……自然なんて人間がどうにもできねぇものに、法則性を見つけて、体系化する、だったか……」
「よく、ご存知ですね。確か、そのような学問だった記憶があります」
「あぁ、ババァが昔ぼそっと言ってたんだよ。ついさっきまで忘れてたがな。科学ねぇ」
「人間って凄いですよね。こんなものまで作ってしまうのですから」
それにゃ同感だ。アリスタードでもじょうきせん? ってのは見た覚えがねぇ。帆のない船なんざ、初めてだよ。
「魔法のなんやかんやも、いずれ法則が見つかって解明されるんだろうなぁ」
ババァが似たようなことやってるってエリナが言ってたな。人工精霊、だったか。精霊なんてよくわかんねぇもんに頼らなくても、どうにかなってく時代がくんのかもなぁ。
まぁ、いいか。考えてもしゃーねぇことだ。俺個人がどうこう貢献できるモンでもねぇ。俺ぁただの小悪党だ。
「勉強になったよ。あんがとよ、ミリア。んじゃ、俺は部屋でのんびりしてるわ」
「はい、ゲルグ。後ほど」
俺はミリアにひらひらと手を振って、自分に充てがわれた船室に入った。
いや、すげぇ。ヒスパニアの城に近い、質実剛健な作りではあるが、人間が快適に過ごせるように設計されてることは一見してわかる。っていうか、便所がある。シャワーもだ。なんじゃこりゃ。
「ヒスパーナ、馬鹿にできねぇな。クソ田舎だと思ってたが、反省反省」
呟いてから、部屋の奥に備え付けられた少しばかり小さめのベッドに横になる。
煙草を取り出し火を付ける。考え事をするときは煙草を吸うのが一番だ。落ち着く。
しかしフィリップが付いてきたのはマジで大誤算だったな。予想外過ぎた。
だが、そんなことを差し引いても、フィリップはアスナ達の力になるだろう。なんたって直接的で強力な後ろ盾だ。
世界の食処。その国主。そいつが付いてくる。どこの国も俺達にかけられた「国際手配」なんてものを、ちょっとばかし考え直さにゃいけなくなる。アリスタードのクソ国王も、この展開は予想してねぇだろうな。クソ笑える。
そんでもって、もう一つ頭によぎったことがある。俺の役目もそろそろ終いだってことだ。旅の目的地はメティア聖公国だ。魔王がまだ生きてるとか、そういうなんやかんやは置いとく。聖公国はアスナ達を間違いなく保護するだろう。
ババァの言葉を信じるなら、「勇者」は精霊メティアが選別する。つまり、アスナは精霊メティアとやらに選ばれ、認められた唯一の人間だ。そんなあいつを、メティア教の総本山である国が保護しねぇはずがねぇ。ババァも、聖公国が真っ先に勇者の保護を決めた、とか抜かしてやがったしな。
フィリップもいる。もう大丈夫だろ。エリナが俺のことを「仲間」なんて思っててくれたのは素直に嬉しいがな。
だが、イスパー洞窟の一件で分かった。よく理解した。俺はあいつらに付いてくにゃ力不足すぎる。エリナは一所懸命励ましてくれちゃいたがな。足手纏いにだきゃなりたくねぇんだよ。ちっぽけなおっさんの意地だ。
だから俺の役目は多分そこまでだ。聖公国で、アスナ達が何を成すのか。それを見届けてから、北アルテリアにでも行こう。移民の国。まだ、絶賛国民募集中だって話だ。忍び込んで、強制的に住んじまえば、小悪党一人紛れ込んだとしても誰も不審に思わねぇだろう。
今後の方針は薄ぼんやりと決まった。あとは、連中にどう説明するかだが、まぁ、そりゃそん時考えりゃ良いだろ。
考えもある程度纏まった。煙草をもみ消して、床に捨てる。
俺はまだ昼前だってのに、いやに襲ってくる睡魔に身を任せて、考えるのも放棄して、そのまま意識を深いところに沈めた。
ドンドン、という音が部屋に木霊する。なんだってんだ? こっちゃ気持ちよく寝てんのによ。ノックの音か。そんな連打するんじゃねぇよ。欠伸を一つ。目を擦ってから応える。
「あいよー」
扉がバタンと開けられる。
「……ゲルグ」
なんだ、アスナか。
「何の用だ?」
「ん。えっと……」
「んだ。煮え切らねぇな。なんか用があるんじゃねぇのか?」
「……私達の目的地はメティア聖公国」
「そうだな」
何を自明なことを言ってやがる?
「その後、私は魔王をもう一度打ち倒す。決めた」
そう考えているだろうな、とは思っちゃいた。だけどよ。少しばかり疑問に思っちまうんだ。
「なんでお前は魔王を倒そうと思った?」
上体を起こして、ベッドに腰掛ける。アスナの青白い瞳を見つめる。
「いいじゃねぇか。放っておけば。どうでもいいだろ? 守るべき人間にさんざっぱら苦しめられてきたじゃねぇか? 人間なんざクソだ。そりゃ、そうじゃねぇやつもいる」
煙草を取り出して咥え、火を付ける。思いっきし吸い込んで、吐き出す。ふーっ、美味ぇ。
「お前の志は立派だ。だがよ。人間に守る価値なんてあるか?」
聞いておきたいんだ。今、こいつの答えを。今聞いておかにゃ、多分これから改めて聞く機会なんてねぇ。聖公国でお別れなんだからな。
「一度目。数ヶ月前。お前は魔王を倒した。世界中がお前に感謝したさ。だが、結果はどうだ? 国家転覆、要人暗殺。そんなありもしねぇ罪状だ」
勇者は無言で俺を見つめたまま、押し黙っている。
「おかげで今こんな旅をする羽目になってやがる。そこんとこどう思ってる?」
こいつは「勇者」だ。正しく「勇者」なんだ。だから、返ってくる答えもなんとなく予測はついてる。だから、これは「確認」だ。ただのな。
だが、返ってきた答えは予想を大きく外れたものだった。
「……人を守る。この数ヶ月、そのことに疑問を抱いたことはある……」
は?
「本当に、私がやってきたことが正しかったのか、悩んだりもする」
待て。やめろ。それ以上言うんじゃねぇ。そうじゃねぇだろ。お前は。「勇者」であってくれよ。憧れさせてくれよ。眩しい光であってくれ。そんなこと言うな。
「ゲルグが言ってた。人間の悪意。悪辣さ。なんとなく理解した」
お願いだ。お前の在り様に惹かれて付いてきた俺はどうなる? 立場は? 大義は?
「でも」
「ん?」
「そうじゃない人もたくさんいる」
お、おう。そうだな。いや、そうじゃねぇ。納得してる場合だ。
「それに、ゲルグがいる。エリナも、ミリアも、キースも」
「は?」
「皆が居るこの世界を守りたい。ちょっとだけ変わった」
勿論母さんもフィリップもナーシャもワンダさんもヨハンも、と次々とこれまで出会ってきた人間の名前をぼそぼそと挙げ始めるこいつに、俺は思わず吹き出した。
いや、笑える。面白すぎる。
「お前、それ、変わってるようで、何も変わってねぇって分かってるか?」
俺のツッコミにアスナが頬をふくらませる。
「違う。ちょっとだけ変わった。魔王は倒す。それは知らない誰かのためじゃない。私が知ってる皆のために、私は戦う」
ずっと正しく「勇者」なんだって思ってたよ。こいつは。でも、ここにきて、こいつは「勇者」じゃねぇ、別の何かになった。それが進化なのか退化なのかは俺にゃ分からねぇ。
でもよ。その事実を心底面白がってる俺がいた。眩しくて付いてきた。憧れて付いてきた。その在り方に惹かれて付いてきた。守ってやらにゃいかんと思った。そのままで居て欲しいなんて思った。
思い返せば、そりゃ俺には無いものに対する、ないものねだりに近い気持ちだったんだよ。つまるところ。
だがよ。だがよ……。今のアスナの方がよっぽど人間らしくて魅力的じゃねぇか。あぁ、うん。もう大丈夫だ。こいつは。多分な。
俺みたいなおっさんが守ってやらなくても、こいつは正しく在り続ける。きっとな。なんたって、使命感やら、義務感やら、そんなんじゃねぇ。こいつはこれから自分のために戦うんだからよ。
「お前がそう決めたんなら、それが正しいよ」
不器用だったろう。俺の笑顔は。それでも心からの笑顔をアスナに向けた。
「さ、そろそろ出てけ。エリナがいつ来るかわからん」
「え? あ、でも……」
「いいから、いいから」
俺はアスナの背中を押して部屋から追い出す。なんか言いたげな顔してやがったが、俺は今ひどく気分が良いんだ。一人にさせてくれ。
アスナのいなくなった部屋で、またベッドに横になる。
「ったく。ガキだガキだと思ってたが……。お前はもう一人前だよ」
ボソリと呟いたその独り言は、煙草の煙と一緒に消えていった。
エリナ様のデレキター!!!
キタ!!キタヨ!!!これで勝つる!!!
そして、アスナが何やら考えを改めたようです。
おっさんもそれを聞いて、色々考えました。
おっさんはどういう選択をするんでしょうか。
大丈夫! アスナのしゅじんこ(略)
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とーっても励みになります。ニフェーデービル!!!!
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そして伝説になり、人々の心のなかで生き続けます!!!