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第五話:さ、悪巧みの時間だ

 王宮から脱出した俺達は、一目散に逃げ出した。迷宮脱出用の魔法は、その建物やら迷宮に入った場所に自動的に転移する魔法だ。必然的に王宮の裏側に転移することになる。


 王宮の兵士どもは、俺達がどこから忍び込んだのかまでは把握しちゃおるまい。ここはとにかく逃げの一手。小脇に抱えた野郎がずっしりと重い。身ぐるみ装備品剥がされてるのが僥倖ではあるが、これじゃスピードも半減。アスナは男よりも軽い女性とは言え、大の大人二人を抱えている。こっちも、スピードにゃ期待できねぇ。


 だからこそ、俺らがどこにいるのかを連中が把握できていない今、脱兎のごとく逃げる必要がある。目指すのは俺のねぐらだ。あの隠し部屋ほどこの街で安全な場所は、今の俺達には残されていない。


 大通りを避けて、裏路地をぐねぐねと曲がる。逃げた勇者サマ御一行を捕まえようとする意思を持った気配がそこかしらに感じられるからだ。あの国王サマは、考えてるこった下衆そのものだが、優秀も優秀らしい。普通はこんな初動は出せない。予め俺達が逃げ出すことまで予測していたのだろう。


 後数百歩だ。思わず急いてしまいそうになる気持ちを、どうにかこうにか冷静に落ち着けて、周囲を警戒しながらねぐらに飛び込む。大丈夫。誰にも見られちゃいない。捜索の魔法なんかを使われたら一巻の終わりだが、そもそもあの魔法は事前のマーキングが必要だ。アスナがマーキングされていない限り、人質共がマーキングされていない限り、この場所を嗅ぎつけられることはない。


 ん? 今重要なことを見落としてた気がしたぞ? なんで気づかなかった! 捜索の魔法! この三人がマーキングされている可能性は十二分にある。


「アスナ! 解呪の魔法は使えるか!」


「うん。解呪魔法(ディスペル・マジック)。使える」


「お前と、こいつらにかけろ。念の為だ。急げ!」


 アスナが俺の意図を理解したらしい。呪文の詠唱を始める。


「月の精霊、アルテミスに乞い願わん。この者達を変化せしめんとする全てのまじないを祓いたもれ。解呪ディスペル・マジック


 聞いたことはないが、解呪魔法の詠唱なのだろう。月の精霊であるアルテミスによって与えられる魔法の一つだった覚えがある。アルテミスは、魔法や魔力そのものに影響を与える魔法を司る精霊だと聞いている。


 元人質三人の身体が、月夜の青白いような、うす黄色いようなそんな光に包まれる。それを見届けて、俺はふーっと安堵のため息を漏らす。これでこの場所が割れることは無い、はずだ。アスナが解呪魔法を使う直前のタイミングで捜索の魔法を使われていたら元も子もないのだが、その可能性は低いだろう。もしこの場所が割れていたなら、周囲にこちらを目指してくる人間がいるはずだ。だがそんな気配は感じ取れない。


「ゲルグ。なんで気づいたの?」


「ん? 俺ならそーするからだ」


「すごいね。ゲルグは。三人とも、間違いなくマーキングされてた」


 やっぱりか。俺は再び胸を撫で下ろす。あの国王サマ。一国の主だけあって、優秀も優秀だ。こちらの動きをしっかり読んでやがる。クソッタレ。ちんけな小悪党が国家権力に敵うはずねぇだろうがよ。とはいえ、一旦はなんとかなった。おそらく宮廷魔道士当たりが、小首をかしげているだろう。さまぁみさらせ。


 俺はなんとなく溜飲を下げ、元人質の三人を見遣る。ミーナ・グレンバッハーグ、キース・グランファルド、ミリア。さっきは必死すぎて気づかなかったが、三人ともボロボロだ。服はところどころ線が走った様に破れているし、その奥から見える肌に血が滲んでいる。鞭打ちでもされたんだろう。


 アスナのお袋さん関してはともかく、ミリアとやらはべっぴんだ。捕まってる最中によく犯されなかったもんだと思う。いや、これから犯される予定だったのか? よくわからん。


「……とりあえず、こいつらに治癒魔法、かけてやれ。お前も使えるだろ?」


「ん」


 アスナがまた詠唱を始める。


「治癒の精霊、エイルに乞い願わん。傷付き倒れた我らに再び立ち上がる力を与えたもれ。範囲治癒(エリアヒーリング)


 隠し部屋全体が、緑色の光に包まれ、光り輝く。驚かねぇぞ。範囲治癒(エリアヒーリング)なんて高度な魔法を使うなんて、勇者サマなら当たり前だろう。伊達に世界を救っちゃいねぇ。鞭やらなんやらで傷つけられた三人の身体が、ぽうっと光に包まれ、見る見るうちに治っていく。


 うん、初めて見たが、すげぇな。高位魔法。


 魔法はこのテラガルドではありふれた技術だ。条件を満たせば世界中の誰だって使える。俺だって簡単なものなら使えるぐらいだ。


 魔法という技術は大きく分けて二つに分けられる。簡易魔法と高位魔法だ。


 簡易魔法。森羅万象に宿る、名もなき小精霊の力を拝借する技術をそう呼ぶ。自身の魔力(マナ)を媒介、つまり餌にして、精霊にお願いするってわけだ。練習すれば誰にだって使える。詠唱も必要ない。ただ念ずるだけだ。まぁ、魔力(マナ)を媒介にするわけで、その人間の魔力(マナ)の保有量にもよるが、魔力(マナ)を持ってない人間なんて希少も希少だ。誰だって使える。俺だって使える。


 もう一つは高位魔法。名前付き(ネームド)の精霊と契約し、その力を拝借する技術をそう呼ぶ。精霊はテラガルドの各地に点在する霊殿にいる。各精霊と契約し、その身体の一部を体内に取り込むことによって使えるようになる、とか言ったか。当然ながらその人間の力量(レベル)だったり、魔力(マナ)の保有量だったりによって使える魔法は限られてくるってぇ話だったかな。つまり、その精霊が与えてくれる全ての魔法を使えるようになるかどうかは本人次第ってとこらしい。


 精霊と契約するためには、霊殿に立ち寄って、精霊の与える試練に打ち勝つことが必須条件だ。アスナは今、月の精霊(アルテミス)と、治癒の精霊(エイル)が与えてくれる魔法を使った。少なくとも、二柱の精霊と契約を済ませている、ってことだ。おそらくもっと多くの精霊と契約を交わしているのだろう。魔王討伐のために世界中を旅したって話だ。おかしい話でもなんでもねぇ。


 そうこう考えている内に、三人の治癒が終わったようだ。傷はもうすっかりさっぱり治りきっている。後は起こすだけだ。俺はアスナに小さく声をかける。


「アスナ。起こしてやれ」


「ん」


 アスナがまず自分の母親の肩を揺する。


「母さん。起きて」


 アスナの声に、おばはんがぼんやりと目を開く。その視線は焦点が合っておらず、すわ、精神破壊でもされたか、と一瞬不安になったが、おばはんが放った次のセリフでその不安は一瞬にして払拭された。


「ん……夢、かしら……アスナの声が、聞こえる」


 なんだろう。こんな状況なのにしっかりと寝ぼけてやがる。俺は脳天気な目の前のおばはんにイラりとし、険のある声を上げる。


「夢じゃねぇ。さっさと起きやがれ」


「……え? アスナ? 夢、じゃない?」


 途端に覚醒したのか、おばはんがガバリと起き上がり、アスナを抱きしめ始めた。なんなら目に涙を浮かべている。よーく見りゃ、十代中頃の娘を持つ母親にしちゃ若く美人だ。だがおばはんはおばはん。食指は動かねぇ。


「っ! アスナ! 良く無事で!」


「ん、母さんも。良かった」


 あーあー、親子の感動の再会はまた今度にしてくれ。時間がねぇ。さっさと残りの奴も起こさなきゃならん。


「アスナ。そっちのシスター、ミリアだったか、も起こしてやれ。アスナのお袋さん。感動の再会はまた今度だ。時間がねぇ」


「時間?」


「あー、説明してる暇もねぇ。アスナ。起こせ」


「ん」


 アスナが母親をゆっくりと自分の身体から引き剥がし、しゃがんでシスターの肩をゆすり始める。いや、しかしなんだ。べっぴんがボロボロの服を着てるって、なんかクルものがあるな。いやいや、そんなことを考えてる場合じゃねぇ。


 俺は、元騎士の脇腹を思いっきり蹴飛ばす。


「いい加減、起きやがれ」


 野郎にかけてやる情けはねぇ。脇腹をしたたかに蹴られた騎士は、その衝撃に一気に覚醒したようだ。


「っ! げほっ、ごほっ!」


「『げほっ、ごほっ!』、じゃねぇよ。さっさと起きろ」


「ゲルグ、乱暴」


 アスナがそんな俺の起こし方をみて、非難の目で俺を見てくる。うるせぇ。野郎にゃ触りたくもねぇんだよ。しかも、こんなちょっとばかし顔が良くて、女に好かれそうなすらりとした体躯で少なくない筋肉量で、しかも騎士だったときたもんだ。男としてイライラしかしねぇ。


「あ、アスナ様?」


 元騎士が脇腹を押さえながらも、アスナの存在に気づく。シスターもなんとか目を覚ましたみたいだ。


「アスナ様。私達は国王陛下に捕まっていたはずじゃ」


 あぁ面倒くせぇ。こっから長い長い説明タイムが始まるってことだ。アスナは説明するとかそういうことは苦手そうな奴だ。必然的に俺が説明せにゃならん。俺はボサボサの後頭部を右手で掻きむしりながら連中を見回す。しかし、この大人二人がギリギリ横になれるぐらいのサイズの部屋に五人も人間がいると狭くてかなわんな。まぁいい。どうせ今日限りでこの部屋ともおさらばだ。


「さ、これまでのことと、これからのことを話す。質問はなしだ。黙って聞け」






 説明を全部済ませた俺は、煙草を懐から取り出して、数時間ぶりの煙の味に舌鼓を打っていた。うん、美味い。煙草はいいものだ。


「……ゲルグさん。ありがとうございます。娘を、そして私を助けていただいて」


 おばはんが改まって深く頭を下げてくる。やめろ。そういうのは苦手なんだ。感謝される謂れもねぇ。いや、あるはある、か。だが、とにかくやめろ。


「ミーナさん、だっけか。そういうのはナシだ。まだ危険な状況にあることは変わっちゃいねぇ。建設的な話をしようや」


「それでも、親として、貴方に感謝と謝罪をしなくてはなりません。本当にありがとうございます。巻き込んでしまって申し訳ございません」


「私からもお礼申し上げます。ありがとうございます」


「俺からも、言わせてくれ。本当に世話になったし、迷惑をかけた」


 小さく舌打ちをする。感謝祭りになった人間が三人になりやがった。そんな暇ねぇって言ってるんだろ。


「あー、いいからいいから。頭を上げやがれ。これからの話をするぞ」


 俺の言葉に頭を上げて、三人は「これからの話」にキョトンとした顔をし始める。こいつら揃いも揃って、頭がお花畑なのか? やべぇ状況だっていうのはさんざっぱら説明したじゃねぇか。あ、違うな。この顔は「なんで部外者の俺がそこまで自分たちのことを気にかけるのか」なんてそんな顔だ。俺だってそんなこと知らねぇよ。


 元騎士、キースがアスナに何やら耳打ちをする。その後で、「だめ、ゲルグももう追われる立場。放っておけない」、なんて言いながらアスナがキースを見つめた。あぁ、なんとなく察した。俺のことは信用できないから、ここからはほっぽりだして、勇者サマ御一行だけで行動しようとか、そんなことを話していたんだろう。至極当然な話だ。目の前の騎士の脳味噌の出来をちょっとだけ上方修正する。まともな考え方もできるってことか。あぁ、俺? 最悪別にそれならそれで構わねぇ。


 だが、アスナのお袋さんを安全に逃がす。それだけはやらにゃならねぇ。逃し屋ギード。あいつの協力が必要不可欠だ。百万ゴールドに目がくらんでなけりゃいいが。


「まず、ミーナさんを逃がす。逃し屋には伝手がある。腕は確かだ。懸賞金に目がくらんでなけりゃの話だがな」


「その逃し屋というのは、本当に信用できる人物なのか?」


 うーるせぇな。質問はナシ、って言っただろうがよ。


「キース。質問はナシだ」


「はっきり言おう。感謝はしている。だが、俺は貴様のことを信用等していない」


 おうおう、騎士サマらしい「きりり」とした目じゃねぇか。鋭い眼光で俺を睨みつけるその様は、さながら歴戦の勇士だ。いや、比喩じゃなく歴戦の勇士だろう。魔王討伐を遂げた御一行の物理攻撃担当だ。そりゃ強いだろう。怖くて震え上がっちまわぁ。


「キース」


 キースの言葉にアスナが咎めるような声を上げる。


「しかし、アスナ様。この男は悪党です。咎人なのですよ?」


 おいおい。俺は確かに小悪党だが、そんなはっきりきっぱりと「悪党」なんて言われると傷つく人間もいるんだぞ? 俺は傷つきなんてしねぇが。俺が悪党? そんなこと俺自身がよぉくわかってる。


「ゲルグは私を、皆を助けてくれた。そんな人にそういう態度は失礼」


「わかっています。ですが」


「いい。ゲルグは信用できる」


 いつの間にかアスナの中で俺は確固たる立ち位置になっていたらしい。それはそれで、脳味噌の構造を疑いたくもなるが、まぁ置いとこう。


「キースとやらよ。俺が信用できねぇお前さんの気持ちはよーくわかる。王都を脱出するまでで良いさ。そこから先はそれから決めりゃ良い。俺を置いていくにしろ、ミーナさんを逃がすのが今の優先順位最大のミッションだ。お前さんだってそんなこたぁわかってるだろ?」


「っ! 言われなくてもわかっている! 貴様の手を借りなくてもそれぐらいはできる、と言っているんだ!」


「甘いねぇ。いくら魔王をぶち殺した功労者どもが揃ってるとはいえ、お前らはどうやってミーナさんを逃がすつもりなんだ? 計画は? 伝手は? 誰に頼む? まさか一緒に連れて行くとかいいださねぇよな?」


 キースが押し黙り、その脇でおばはんが身体を縮こませた。そこまで考えてなかったようだ。まぁそりゃそうか。騎士サマには騎士サマの職務があって、それだけを考えていればいい。それ以外の薄暗いことなんて、思いもつかねぇもんだ。当たり前だ。


「俺を信用しろなんて言わねぇ。だがな、小悪党には小悪党なりの矜持がある。俺だって男だ。吐いたツバは飲み込まねぇよ」


 俺は俺以外の四人の顔をぐるりと見回す。


「馬鹿な裸の王様に一泡吹かせる。それだけで俺はすっとすんだよ。別にお前らを助けてぇとかそういうので動いてるわけじゃねぇ」


 ま、これも嘘だ。三人はともかく、もう俺はアスナの境遇を他人事だとは思えない。そんな程度には、勇者サマに魅せられた人間の一人になっちまった。俺も頭がおかしくなったもんだよ。


 短くなった煙草を部屋の壁に押し当てて消す。


「さ、悪巧みの時間だ」


 俺はニヤリと笑った。

なんとかかんとか、人質達を助け出しました。

悪巧み?の時間の始まり始まりです。


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