第十五話:アスナの言うようにアンタは『必要』。アタシもこの数ヶ月で身を持って理解した
しかし、よく理解した。ミノタウロスとか言う化け物。あいつにゃ俺は敵わねぇ。
「大丈夫ですか? ゲルグ」
ミリアが俺の方に近寄ってきて、身体中を触ってくる。いや、今そんな場合じゃねぇだろ。大丈夫だ。心配すんじゃねぇ。傷は治ってる。
なるべく優しげに受け取られるように気を使いながら、ミリアの手を追っ払う。
「大丈夫だ。あんがとよ。それよりも……」
アスナとキースは一見善戦しているように見える。だが、アスナの動きがいつもと比べて鈍い。遠目でも冷や汗だらけになっているのがわかる。クソっ。否善の呪詛か。
俺だ。多分、俺のせいだ。あいつは今、他ならない俺を必死に守ろうと、そんな想いで戦ってやがる。どうすりゃいい?
苦痛に顔を歪ませながら、顔を盛大にしかめながら、アスナが化け物と対峙している。足手纏いだってのは死ぬほど理解してる。本当だ。力不足だってことも。
でも、あいつにあんな顔をさせるために俺は付いてきたのか? ちげぇ。ちげぇだろうがよ……。
頭が真っ白になる。俺は、俺は何のためにここにいる? なんで付いてきた? 守ってやるなんて思っちまったからじゃねぇのか? それが何だ? なんで俺のせいで、あいつが、アスナが、あんな顔をして戦ってやがるんだ?
憮然。呆然。
次の瞬間。エリナの怒声が俺の耳朶を打った。
「ゲルグ! 何呆けてんのよ! アスナにアンタの無事を伝えて!」
真っ白になっていた俺の脳味噌が、その声に急激に回転を始める。そうか、俺がやべぇと思ってるからアスナがしんどいんだ。なら、単純に俺が無事だって伝えれば良いのか。
「アスナ! 俺は無事だ! 心配かけた! すまん!」
アスナがちらりとこちらを見る。その目は、その瞳は、苦痛に耐えながらも、それでも「心底安心した」、みたいな色に変わった。
アスナの動きが変わる。その目が虚ろになっていく。そして、いつもどおりの動きに徐々に変わっていく。
いや、うん。いつ見てもシュールだ。そういうこと考えてる場合じゃねぇんだけどな。無心で戦うアスナ。シュールだ……
んで? この後どうすりゃいい? そんな意思をふんだんに込めて、エリナを見遣る。
「ミノタウロス……。悔しいけど、アタシ達にできることは、アスナとキースのサポートぐらいよ」
「そんなやべぇ魔物なのか」
「死の大陸ぐらいでしかお目にかかったことは無いわ。アイツを斃せるのはアスナだけ。アタシの魔法も効かない。キースじゃちょっとだけ力不足」
「……見てるだけってことか」
「少なくともアンタはね。ここでおとなしくしてなさい。アタシは残り少ない魔力。全部アスナに託してくる」
エリナがそう言って駆けていく。
「……私も、行きます。ゲルグ、決して近寄らないで下さい」
ミリアが駆けていく。
そうか。見てるだけ、か。
見てるだけってのが、ここまで歯がゆいもんだとは、とんと知らなかった。今までも見てるだけだったんだがな。今更、歯がゆく感じやがる。
エリナが切れかけていた強化魔法をかけなおす。ミリアが、アスナの攻撃を肩代わりして傷ついたキースを治療する。
アスナが、剣で、魔法で、そんでもってその四肢で、ミノタウロスを攻撃する。
戦線復帰したキースが、アスナをサポートしながら攻撃し、そしてアスナに向けられた攻撃をその全身を以って受け止める。
俺だけ、蚊帳の外、か。
いんや。分かってた。こういう場面で、俺にできることはねぇ。わかってはいたんだ。
調子に乗ってた。ババァの修行で、それなりに魔物ともやり合えるようになって、「俺もやればできるじゃねぇか」なんて調子づいてた。
あいつらの一年に比べりゃ、そんなもん屁の突っ張りにもならないってのによ。それを忘れてた。
程なくして、ミノタウロスがその巨躯を横たえた。ずし……ん、と洞窟全体が震える。
エリナがアスナに笑いかける。ミリアが安心したように微笑む。キースが爽やかーな表情をする。
俺はあいつらとは違う。違うんだ。ただのおっさんなんだよ。チンケな小悪党だ。
人間の悪意やら悪辣さから守ってやる? どの口が言えたもんだ。そんな大層な力持ち合わせていねぇだろうがよ。勘違いしてた。あいつらと一緒に数ヶ月いて。俺も大層な人間の一人になった気がしちまった。無意識のうちに。
お笑い草だ。俺はなんもできねぇ、ただのクソッタレな悪党で、それ以上でも以下でもねぇじゃねぇか。
呆けていると、いつの間にかアスナが目の前に居た。
「ゲルグ。大丈夫?」
俺を心配してる場合だろ。
「……大丈夫だ。悪かった。痛かったろ?」
「ん。平気。ゲルグが平気ならそれで良い」
こいつは俺を「必要」なんて言いやがった。何が必要だよ。なんの必要性がある? 俺にできることは限られてる。そんなこと、誰だって分かってるじゃねぇか。
「顔色、良くない」
「あ、あぁ。血が足りねぇんだろ」
嘘だ。顔色が良くないのは、そういう理由じゃねぇ。クソ。クソ。クソが。
なんだか無言で見つめ合う形になった俺のアスナの間にエリナが割って入る。
「ゲルグ! ちょっと来なさい!」
「……おう」
「気にしすぎ」
他の連中から離れたところまで引っ張られて、言われた第一声がそれだった。
「お、俺は何も気にして」
「頭の中、読んでるから。ったく、魔力も残り少ないってのに、おっさんのメンタルケアとかやらせないでよね」
無言。何も言い返せねぇ。謝罪も、礼も、言い訳も、否定も、何も出てこない。
「あのさ……。ミノタウロスはアタシ達でも苦戦する。アンタにそもそも期待してないの」
期待されてねぇのは分かってる。でもな、自分で自分を許せねぇんだ。こういう気分になったのは初めてだよ。どうすりゃいいんだ? こういう場合。
「最初は反対したけど、今はアンタが居ること、受け入れてる。助かってる。だからそういう顔しない」
そうは言われてもな。気休め程度にしか感じねぇ。
「あーもう! 調子狂うわね!! この大魔道士エリナ様が、『助かってる』、なんて、滅多に言わないのよ! 男らしくない!」
男らしくねぇ、か。確かになぁ。
「……ったく、ちゃんと言うわよ。アスナの言うようにアンタは『必要』。アタシもこの数ヶ月で身をもって理解した、感じたの。自信を持てなんて言わないわ。それで自信が持てたら苦労しないものね」
そりゃそうだ。
「でも、アンタがそういう顔してたら調子が狂うの! あーもう! ちょっとは取り繕いなさい!」
取り繕う、か。そうだな。俺がこういう顔してたら、連中も心配すらぁな。
「……おう」
「声が小さい!」
お前さんはどんだけスパルタなんだよ。ため息を一つ。
「おう!!!」
「それで良いの。全部、一旦置いときなさい」
「……分かった」
「ほら、元気出しなさい。ったく。手を焼かせるんじゃないわよ」
「すまん」
「謝られると、気持ち悪い。キモいじゃなくて、気持ち悪い」
「うるせぇよ」
あんがとよ。そんな言葉は胸にしまっておいた。
「じゃ、転移魔法で帰るわよ。ナーシャとフィリップに話さなきゃね」
この高慢ちきな女が、何を思って俺なんかをここまで励ましてくれたのかはわからねぇ。ありがたくも感じるし、涙がちょちょぎれそうにもなる。
だが、もやもやは晴れねぇ。この想いはくすぶって、そんでいつか爆発すんだろう。そんな漠然とした予感がした。
来る時は八日程かかったもんだが、いや、転移魔法、便利だな。一瞬だ、一瞬。
エリナの魔力が空っぽだったもんで、アスナが魔法を使った。ぐにゃりと風景がねじまがり、そして、次の瞬間には、ヒスパニアの城。その前に居た。
当然ながら、マヌエレも一緒だ。俺の持ってたロープで滅多クソに縛っていはするがな。ここまで雁字搦めにしときゃ、なんもできねぇだろ。
いきなり城の前に現れた俺達に門番が目を白黒させる。うん。そりゃ驚くよな。
「あ、アスナ様! と、騎士団長!? え? は?」
縛られてるマヌエレに、まー驚きを隠せない様子だ。
「兎に角通してくれる? 摂政閣下と、陛下にお会いしたいわ」
「は、はっ! エリナ様! 少々お待ち下さい!」
んで、門番が通用口の奥に消える。数分ほど待って、またパタパタと足音が聞こえた。前と同じだ。門番の嗜める声も聞こえる。
通用口が開く。フィリップ。お前さんはな。もうちょっと自分の立場とかを自覚したほうがいいんじゃねぇのか?
「皆様! ご無事でなによりです! あれ? マヌエレ騎士団長。なんで縛られているんですか?」
「そこも含めて話すわ。ナーシャも呼んで」
「あ、はい。わかりました。とりあえず、私の部屋にご案内します」
そんなこんなで俺達はフィリップの部屋に通された。
「どうぞ」
フィリップが王族の部屋にしちゃこじんまりとしたドアを開けて俺らを促す。ぞろぞろと部屋に入っていく。マヌエレ? キースが荷物でも運ぶかのように抱えてやがるよ。
「お茶、淹れますね。ナーシャにも声をかけてきたので、もうすぐ来るはずです」
っとーに出来たガキだよ。お前さんは。王族とは思えねぇよ。
湯が沸く音。そして、静かに茶を入れるフィリップ。特に今の時点で話す話題もねぇから、俺達はただただ無言になる。
静かな部屋に規則正しいノックの音が響く。
「アナスタシアです」
「入って下さい。丁度お茶もはいりましたよ」
アナスタシアがゆっくりと扉を開け、部屋に入り込む。
「マヌエレ騎士団長……。……理解しました。エリナ様。経緯をご教示下さいますか?」
そこからは長い長い説明タイムだ。アリスタードのクソチビの暗躍。マヌエレの裏切り。ミノタウロスの登場。
大分端折ってはいたが、全部話すとなると、それなりに時間がかかるもんだ。
全部話し終えた頃には、紅茶も冷めちまっていた。エリナがどでかいため息を吐いて、冷めた紅茶を煽る。んでもって、おえっ、みたいな顔を浮かべた。やめてやれよ。確かにぬるい紅茶は不味いが、それにしたって淹れてくれたフィリップに失礼だぞ。
「仔細、承知いたしました。マヌエレ騎士団長。申し開きはございますか?」
アナスタシアが怜悧冷徹という言葉をそのまま形にしたような瞳を、マヌエラに向ける。
「アリスタードに通じていたこと。アスナ様とその一行。つまり国の賓客を害したこと。極刑に値します」
「……私は私の信念に従ったまでです。後悔はございません」
「信念?」
「過ぎたる力は平和な世界には不要」
その考え方はよく理解できる。納得はできねぇがな。俺だって最初はそんなことをちらりと考えたもんだ。
その一言にエリナの顔が歪む。あ、爆発寸前だ。やべっ。殺しかねねぇぞ。
だが、予想に反して、エリナの口を突いて出たのはひどく冷静な言葉だった。
「平和ねぇ。今の世界。本当に平和だと、そう思ってるの?」
「魔王は倒された。平和以外に何がある?」
マヌエレがエリナを睨みつける。この期に及んで仕方のねぇやつだ。
「魔物は未だに跋扈し続けてる。その脅威はまだ終わってない。それにね。魔王は生きてる、らしいわ」
「魔王は生きている」。その情報を誰かに伝えたのは初めてだ。フィリップとアナスタシアの顔が笑えるほど驚いたようなものに変わる。
「え、エリナ様。それは真で?」
「ジョーマ様。テラガルドの魔女って言ったらわかるわよね? あの方がそう仰っていた。それで十分じゃないかしら?」
「……テラガルドの魔女が……。信用に足る情報ですね」
「でしょ? マヌエレ。残念だったわね。アンタ、アリスタードに良いように踊らされたのよ」
残酷な事実を突きつけやがるなぁ。もうこの騎士団長サマ、再起不能なんじゃねぇのか? ほら、めちゃくちゃ絶望したような顔してるぞ。
「そ、そんな……、では私は一体……」
「そもそも、『過ぎたる力は平和な世界には不要』なんてのも、アリスタードの誰かしらが言ってたんでしょ? 平和になる? 馬鹿じゃないの? アリスタードは世界をまた手中に収めようと必死よ。パパ……じゃなくてあのクソ親父、アスナが協力を拒んだからその腹いせに国際手配したんだから」
無言。マヌエレはもう何もしゃべれないらしい。そりゃそうだろうなぁ。良いように使われてたってのがはっきりわかったんだからなぁ。
「マヌエレの処分は追ってお伝えします」
アナスタシアがエリナを見遣る。
「要らないわ。関係ないもの。今だから言うけど、アタシこいつのこと大っ嫌いだから。頭の片隅にですら居てほしくないの」
「かしこまりました。ではそのようにさせていただきます」
「そうして」
アナスタシアが手を叩いて外に控えていた衛兵を呼び出す。
「マヌエレを牢へ。沙汰は追って伝えます」
「はっ」
騎士団長サマ退場、と。しかし、ヒスパーナの騎士団長なんて奴がアリスタードに踊らされてるって、普通に考えてやべぇな。どこまであいつら暗躍してんのやら。
「……ナーシャ……」
今まで押し黙っていたアスナが突如口を開く。
「なんですか? アスナ様」
「死刑にはしないで」
っとーにお人好しがすぎるな。このお嬢さんは。まぁ、それがこいつがこいつ足る所以だ。しゃあねぇ。お前はそれでいいんだ。
「アスナ!?」
エリナが信じられないようなものを見る目でアスナに詰め寄る。
「人を守りたいと思って戦ってきた。その『人』の中には彼も含まれてる。誰にも死んでほしくない」
「……そうよね。アスナはそう言うわよね……。ナーシャ。最大限の配慮をお願い」
アナスタシアが「ふふ」と笑う。こいつ、いつもこうやってれば、べっぴんなんだがなぁ。
「アスナ様はアスナ様ですね。かしこまりました。最大限配慮致します」
はい、中ボス戦、終了です!!
噛ませ犬マヌエレ。
いや、彼も実は優秀なんです。
おっさんから見ると、道化にしか見えないですが。
頭を読む魔法を使えるエリナに悟らせない。
自分の本性を隠して、一週間強アスナ達と一緒にいた。
むしろ、ヒスパニアでも誰にもその内心を悟らせず、秘密裏に計画を進めた。
騎士団長というよりも、別のなにかなような気がしますが。。。
まぁ、とにかくアスナのしゅじ(略)
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とーっても励みになります。クスヌム!!!!
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誠にありがとうございます。
最近寝不足なので、多分それで死にます!!!