第十三話:アタシがそう認識した、それが何よりも重要なのよ!
「じゃ、ゲルグ。アンタ、構造調査使いなさい」
「すとらくちゃありさあち?」
なんだそりゃ。俺のオウム返しに、エリナがどでかいため息を吐く。やめろよ。傷つくぞ。
「……アンタに期待したアタシが馬鹿だったわ……。財の精霊の魔法! ルマリアで教えたでしょ!」
「あーっと、うん。すまん。忘れた」
「忘れるんじゃないわよ! このクズ!」
クズとか言うんじゃねぇ。シンプルすぎて逆にムカつく。いや、クズで間違っちゃいねぇんだけどよ。そうもはっきり言われると、なんだ。繰り返しになるが傷つくぞ。
うーん、確かに詠唱は色々ルマリアで教えて貰ったがなぁ。何だったか。すとらくちゃありさあち? どんな魔法だったか……。
「……洞窟とか迷宮とかの構造を明らかにする魔法よ。教えたでしょ?」
「……おぉ!」
「死ねばいいのに」
だから、なんでお前さんは、そう息をするようにおっさんを罵倒する言葉をポンポンと吐き出しやがるんだよ。もうなんか、慣れてきて何も感じなくなってきたぞ。
しかし、構造調査か。詠唱はなんだったか。俺はもはや靄がかかり、ぼやけまくっている記憶を脳味噌の奥から引っ張りだそうとする。確か……。
「財の精霊、メルクリウスに乞い願わん……」
この後なんだっけか?
「財の精霊、メルクリウスに乞い願わん……」
やべぇ、全然思い出せねぇ。
「財の精霊、メルクリウスに乞い願わん……」
エリナの視線がだんだんときつくなってくる。横っ面にグサグサと刺さるのが伝わってくる。やべぇ。殺される。俺のシャツは冷や汗でもはやビシャビシャだ。
「財の精霊、メルクリウスに乞い願わん……」
「ど、ん、だ、け、乞い願ってんのよ! 馬鹿なの? 死ぬの? 蜂の巣にされたいの? 爆散したいの?」
ついにエリナが爆発した。しゃあねえだろ。忘れちまったんだから。と思いつつ、蜂の巣にされるのも、爆散されるのも御免被るので、申し訳程度に申し訳無さそうな表情を浮かべてエリナを見る。
「……すまん。教えろ下さい。大魔道士エリナ様……」
「思い出せないなら、さっさとそう言いなさいよ。気持ち悪い。カス。クズ。童貞。クソ小悪党。ビチグソ。汚物。気持ち悪い。キモいじゃなくて気持ち悪い」
あのな、そこまで言われることか? いや、忘れた俺が全面的に悪いのは分かってる。分かってるんだがな。流石にひどすぎやしねぇか? あと、気持ち悪いって二回も言いやがった。
「え、エリナ様。流石にゲルグが可哀想かと」
ミリア、良いこと言うじゃねぇか。もっと言ってやれ。俺のメンタルはその程度じゃボロボロになりゃしねぇが、流石に時には傷つきもするんだ。……いや、歳下のべっぴんにここまで言われると正直若干泣きたくなる。
「いいのよ。このクソ野郎には、これぐらいで十分なの」
「で、ですが」
「い、い、の!」
「はいぃ!」
おいおい、ミリアをいじめてんじゃねぇよ。ミリア、別に俺がエリナに罵倒されるのなんていつものことだろうがよ。慣れたよ。多分。……多分。
エリナがあわあわしてるミリアを尻目に俺の方を向く。如何にも「私怒ってます」ってな顔をしてやがる。いや、だから謝ったじゃねぇか。そんな怒るんじゃねぇよ。全く。
「いい? 構造調査の詠唱、もう一回だけ教えるから、ちゃんと耳かっぽじって聞きなさい。一回だけだからね。一回だけ」
「いや、すまん。一回だけで覚えられる気がしねぇんだが」
「一回だけ」
「いやだから」
「一回だけって言ったら一回だけなの。何度も言わせないで」
一回。一回か。頑張ろう。うん。おっさんの記憶力の低さを舐めてるこいつに、どれだけ辛酸を舐めさせられるか、その方向に全振りしよう。そう心に決めた。
一回で覚えられたかって? 覚えられるわけねぇじゃねぇか。十二分に辛酸を舐めさせてやった。ただ、その結果とも言える名誉の負傷については触れてくれるな。
「長かった……ゲルグ、アンタどんだけなの?」
「悪かったな。この歳になると、物事を覚えるのが苦手になんだよ」
俺はボロボロになった身体と、じんじんと襲いかかる痛みに顔をしかめながらエリナに応える。若い頃は、もっとなんでも一発で覚えられたもんなんだがなぁ。記憶力ってのは、衰えてく衰えてく。自分でも悲しいと思ってるんだ、本当だぞ?
「じゃ、やって」
「はいよ」
エリナの冷徹さすら感じさせる視線を敢えて無視して、ちょっとばかし気合を入れる。
「ゲルグ、頑張って」
アスナ。応援してくれるのは嬉しいんだがな。ちょっとぐらいエリナの暴走を止めてくれても良いんだぞ?
「ゲ、ゲルグ、頑張って下さい」
ミリア、お前にはエリナを止めるとかそういう期待はしてねぇ。応援の声だけ素直に受け取っておくよ。
「何をしている。さっさとやれ」
うるせぇよ。脳筋。殺すぞ。
マヌエレはずうっと黙ったままことを静観することにでも決めたらしい。ただただ黙っている。
よっしゃ、やるか。俺は十数分程かけて覚えさせられた――その十数分の内、半分がエリナが俺を魔法で痛めつけていた時間であるのは言うまでもねぇ――詠唱を口にする。
「財の精霊、メルクリウスに乞い願わん。我の居る深淵、その指図を明らかにしたもれ、構造調査」
体内の魔力がごそっともってかれ、その感触に軽く頭痛がする。そうか、思い出した。なんでこの魔法の詠唱を覚えて無かったのか。ルマリアで試した時は何も起こらなかったからだ。深刻な魔力不足ってやつだ。
んで、今は使える。ってこたぁ、俺の魔力もちょっとずつではあるが増えているってことか? 自分の力量が上がっている。その事実にちょっとだけ舞い上がる。
詠唱を完成させて、数秒後。頭の中に膨大な情報が流れ込む。うわっ、なんだこれ、気持ち悪ぃ。
イスパー洞窟の構造。その全てが脳味噌の中に浮かび上がる。そんでもって、それがいつまで経っても消えねぇ。自分たちがどこにいるのか。んでもって、洞窟がどういった構造になっているのか。それが頭の中に明確なイメージとして描かれる。
あぁ、こいつは便利かもな。つまりあれだ。めちゃくちゃ便利な地図だ。おまけに現在地もわかる、ときたもんだ。魔力の消費量が多いのが欠点だな。もう他の魔法は使えそうにねぇ。
「その様子じゃ上手くいったみたいね。ルマリアでは魔力不足で使えなかったけど、あれからアンタの魔力の最大量も上がってたから、使えるんじゃないかと思ってたけど。うん、予想通り」
「あん? お前さん、他人の魔力がどれくらいかなんてわかんのか?」
「アタシを誰だと思ってるの? 大魔道士エリナ様よ。わかるに決まってるじゃない」
いや、俺が本当に聞きたかったのは、「どうやって魔力の最大量を把握しているのか」であって、お前さんが何者かどうかじゃねぇよ。質問の仕方も悪かったがよ。
まぁいいか。どうせ説明されても半分もわかんねぇ。
「んじゃ、行くわよ。ゲルグ、先導しなさい」
「へいへい」
この洞窟は元鉱山だけあって、やたらと入り組んだ作りになっている。全部を全部調べるのは、明らかに分かる。骨だ。
「アスナ。結構入り組んだ作りになってる。どうする?」
「ん……。一番広い場所ある? そこが怪しい」
「そりゃまたなんでだ?」
「勘」
勘か……。だが、こいつの勘が結構当たることを俺は知っている。ちょっと前まで、「その勘当てになんのか?」、なんて思っちゃいたが、なかなかどうしてこいつの直感に助けられたりもした。
「ここから真っ直ぐ歩いて十分程のところにいっちゃん広い空間がある。まずはそこに向かう。それでいいか?」
俺はアスナ以外の連中の顔を見遣る。
「アスナがそう言うなら、アタシはそれで良いわよ」
お前さんはそう言うと思ってたよ。
他の連中も異論はねぇらしい。
「んじゃ、行くか」
俺達は十分程かけて、洞窟の中央にある、開けた空間にやってきた。広い。だだっ広い。何に使ってやがったんだ? この空間。
「ここは、鉱物の集積所として使われてた場所ですね」
今までずーっと押し黙っていたマヌエレがボソリと呟く。なるほどねぇ。枝分かれした坑道。そこで取れた鉱物を一旦ここに集める。んでトロッコで外まで出す。って寸法か。確かに、ここに来るまでずーっとトロッコのレールがあったなぁ。
対生物センサーを全開にする。何も感じねぇ。何の気配もねぇ。そのことに逆に違和感を覚える。こうも広い空間。そしてそこから枝分かれしている坑道。魔物が潜むには最適だ。なのになんで何の気配もしねぇんだ。
「アスナ……。臭うぞ。お前の勘、当たってたかもな」
「ん。違和感。エリナ。ここでなら魔法使える?」
「えぇ。使えるわ。流石に坑道じゃ崩落しちゃいそうで、大規模な魔法は使えないけど、ここならなんとか」
アスナとキースが今まで持っていた短剣を懐にしまい込み、そしてそれぞれのメイン武器に手をかける。ピシッっとした空気。締まった空気が俺の肌を刺激する。
冷や汗が流れる。得も知れない緊張感。そして違和感。何がある? 何が起こる?
アスナが、キースが、エリナが、ミリアが、勿論俺も、周囲をキョロキョロと見回しながら、警戒する。マヌエレをちらりと横目でみるが、だめだこりゃ。俺達がなんで警戒しているのか全然理解できてねぇ、ってな顔してやがる。
明らかな異常が確認されたはずの場所。そう。異常を探しに来たんだよ。俺達は。
だがな、この空間はな、あまりにも普通過ぎる。普通すぎるんだよ。それがかえって違和感しかねぇ。
何分経った? 数分? 十数分? 数十分? 時間の感覚がわからなくなる。俺達の警戒をあざ笑うかのように、何も起こりやしねぇ。
不意に、エリナが、大きくため息を吐いた。
「……何も無いわね。取り越し苦労?」
「きな臭ぇ……」
「悔しいけど、それには同意」
でも、これ以上警戒しても、ただただ精神が消耗していくだけだ。
「アスナ。一旦離れる。それでいいか?」
「ん。私もそう思ってた」
警戒を解き、移動先を決めようと集合しようとした。その時だった。
爆音。轟音。身体の芯を震わせるような音。身体の芯だけじゃねぇ。洞窟全体が揺れてやがる。音の方向は、今俺達が通って来た道だ。逃げ道が塞がれた?
「釣れた、釣れたぁ」
ニヒヒッ、と聞き覚えのある、気に食わねぇ笑い声が未だに低い音を響かせ続けている空間で、嫌に鮮明に通った。声の主はすぐに見つかった。だだっ広いこの空間。その中でも一際高い、丘のようになっている場所に奴はいた。
「勇者アスナ・グレンバッハーグとその一行は、洞窟から帰ってきませんでした。めでたしめでたし」
覚えてるよ。忘れるはずもねぇよ。てめぇのその顔は。
「ミハイル!! アンタ!!」
エリナが叫ぶ。
「姫様ぁ。すみませーん。勇者の一行は必ず始末しろって、陛下の命令なんでぇ」
「ッ!? パパの!? その『勇者の一行』にはアタシも含まれてる、ってそういうコト?」
「知りませーん。ニヒヒッ。僕はそう命令されただけ。『勇者一行』が具体的に誰なのかなんて気にもしなかったなぁ」
笑えるぐらいエリナの顔が青ざめていく。それでも、顔をしかめて、クソチビを睨みつけてるのがエリナらしいっちゃエリナらしいが。
「偽りの富、マモン。汝の強欲によって産み落とされし眷属を、この場に顕現させよ。召喚」
ミハイルを中心として、如何にも毒々しい色をした光が放たれる。それに呼応するように、俺達の目の前に何やら幾何学的な模様が現れた。魔法陣ってやつか? いや、こいつの使ってるのは、魔法じゃねぇ。呪法だったはずだ。だったら、「呪法陣」になんのか?
んなこと考えてる場合じゃねぇ。
呪法陣から、腕が生える。茶色く硬そうな毛で覆われた太い腕だ。そして、毛むくじゃらであってもも分かる筋肉の分厚さ。呪法陣から這い出てくるように、牛を二足歩行にしたような化け物が姿を現した。
低く、低く、唸り声を上げる。
「ミノ……タウロス……」
エリナが絶望的にも聞こえる声で、そいつの名前を呼ぶ。ミノタウロス。聞いたこたある。ババァが昔言ってた。牛の化け物。魔物の中でもトップクラスに危険な存在。
「僕自身は君たちには敵わないからね。他力本願ってあんまり好きじゃないんだけどさ。でも、君たちでも手こずるよねぇ。魔王城で嫌ってほど見たんじゃないの?」
なんでも、魔法は効かねぇ。剣もその分厚い筋肉に阻まれて、効果が薄い。めちゃくちゃ厄介だって話だ。ババァからは「そなたが相まみえることはない。安心しろ」、なんて聞いてたがな。今こうして目の前にいやがるよ馬鹿野郎。
「……つまり、アレってことね」
「アレ?」
「アリスタード王国は、アスナだけじゃなくて、アタシも殺す。そういう意思表示を今明確に示した。そういうことでいいのね」
「さぁて、どうなのかなぁ。陛下がどう考えてるかなんて僕は知らないから」
「パパ……。いえ、あのクソオヤジがどう考えてるかなんてどうでも良い。アタシがそう認識した、それが何よりも重要なのよ!」
お前さんらしい啖呵だよ。っとに、こういうときばっかりは格好いいよ、お前さんはよ。
「マヌエレ。ご苦労さま。じゃ、後は頼んだよ」
耳を疑う。え? マヌエレって言ったか? 今。
「はっ。ミハイル様」
つまりアレか。この騎士団長サマは、最初っから俺達をここでぶっ殺すために動いてたってそういうことか? なんで気づかなかった? 人間の悪意から守ってやる、なんてほざいてた手前、クソ情けねぇ。
さて、魔力はどれだけ残ってる? うん、全然残ってねぇな。速度向上も使えそうにねぇ。んじゃ、やれることは、風の加護を全開にする。それだけだ。
「じゃ、せいぜい頑張ってね。僕、帰るから」
させねぇよ、と言いたいところだが、まぁ無理だ。距離が離れすぎてる。俺があのチビの場所にたどり着く頃には、あいつはもう逃げちまってるだろ。
ほれ、一秒と経たずに姿を消しやがった。俺はウチの小さい小さい勇者サマの名前を大声で叫ぶ。
「アスナ!」
「分かってる! ミリア、エリナ、下がって! キース、エリナとミリアを守って! 全力で行く!」
ダンジョン探索には、中ボス戦!
なんてったって中ボス戦!!
ミノタウロス。
「魔王城にいた」なんて描写しましたが、
この世界ではめちゃくちゃ危険なやーつです。
でも大丈夫!! アスナのしゅ(略)
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とーっても励みになります。サラマッ ポ!!!!
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逆に生きるっ!!!!