第十二話:アタシ達の一年、舐めてたでしょ、アンタ
そんなこんなで、俺達はイスパー洞窟とやらに行くことになった。洞窟までは馬車を出してくれるとのことで、俺達は今馬車に乗り、洞窟までの長い道のりを過ごしている。
乗っているのは、俺含めた勇者御一行と、ヒスパーナの騎士団長とやらだ。これがまた、掴みどころのねぇ野郎で、ヘラヘラした奴だ。力量がどれくらいなのかもよく分からねぇ。
「いやぁ~。勇者アスナ様とその御一行に随伴できるなんて、光栄ですよぉ。あ、アスナ様。お尻痛くないですか?」
「ん。大丈夫」
「エリナ様、ミリア様、キース様は大丈夫ですか?」
「皆大丈夫よ。歩いて向かうよりも数段マシだから。ね、ミリア」
「はい。久しぶりに馬車なんて乗りました」
「座っているだけというのがなんとも落ち着かないものですがね。姫様」
「そうねぇ、キースはそうかもねぇ」
ずーっとこんな調子だ。あと、ナチュラルにこいつ俺を無視しやがる。いや、まぁ、騎士団長なんて公僕にとっちゃ俺は目の敵にすべき人間だ。当たり前なんだろうけどよ。
「アスナ様。これまでの武勲を聞かせて下さいよ」
流石に、あからさまに無視されるとちょっとばかし癪に障る。
ま、いい。話しかけられねぇってのは、楽だ。別に俺ぁ、お喋りな方じゃねぇ。
「ごめんなさい、マヌエレ。詳しいこと、覚えてない」
マヌエレ・シドニア。それがこいつの名前だ。何でも二十歳でヒスパーナの騎士団長にまで上り詰めた天才だって話だ。今は三十歳手前とか言ってたかな。いや直接言われたわけじゃねぇ。ただ、アスナ達にぺちゃくちゃ喋ってんのを小耳にはさんだだけだ。なんで、俺こんなこと覚えてんだろうな。
こういう、常に喋ってる奴は気に食わん。俺を嵌めやがった詐欺師を思い出す。まぁ、腐っても騎士団長とかいう肩書を持ってる野郎だ。詐欺師なんかとは違うだろう。
しっかし、よく喋りやがる。煩くてかなわん。口にも顔にもだしゃしえねぇがな。それでも辟易とする。
「エリナ様、エリナ様」
「……なぁに?」
「大魔道士とまで称されるエリナ様はどのような鍛錬を積まれたのですか――」
エリナもなんかうんざりしたような顔をしてやがる。あ、嫌なことに気がついた。やっぱエリナと俺の好き嫌いって似てやがるかもしれねぇ。あいつもこのくっちゃべり続ける野郎が気に食わねぇ、そんな様子だ。騎士団長サマはそんなエリナの表情に気づいてるのか、気づいてねぇのか喋り続ける。それに律儀に返すエリナも立派っちゃ立派なんだがなぁ。
そのしかめっ面はやめてやれよ。流石に。表情に出すぎだ。「私アンタのこと嫌いだから話しかけてきてんじゃないわよ」、って顔に出てるぞ。もうちょい隠せ。
ミリアをちらりと見ると、困ったような顔で笑いかけられた。うん、言いたいことは分かる。お前も俺と同じ気持ちなんだろうな。この馬車の中の空気、最悪だ。主にエリナが醸し出す雰囲気がな。
まぁ、いいか。俺は窓の外をぼんやりと見る。自分が動いてねぇのに景色が流れていくってのは不思議なもんだ。それに歩くよりも数段早い。馬車なんてもんには初めて乗ったもんだが、なんだ、うん。いいなこれ。ただあれだな。揺れるし、ケツが痛ぇ。それでも歩くのに比べりゃ楽は楽なんだが。
「……暇だなぁ……」
イスパー洞窟までは馬車で一週間強。大体八日程だそうだ。ヒスパーナを発って、三日ほど。あと五日もこの空間で過ごさなきゃならない、なんて考えると気が滅入るもんだ。
「ミリア様、メティア教の教義について、詳しく教えていただきたいのですが――」
あーうん。アスナやミリア、キースは置いといて、エリナが爆発するのが早いか、洞窟に到達するのが早いか、それが問題だな。
「ねぇ、ゲルグ」
「んだ? エリナ」
隣に座っていたエリナが俺に耳打ちする。マヌエラは今はミリアとの会話に夢中だ。
「アイツ、黙らせられない?」
「……面倒臭ぇ。お前さんがやれよ」
「アタシがやったら国際問題じゃないの」
国際手配犯が言ってる場合だよ。
「辛抱しろ。……ってか、気づいた。気づいちまった」
「何よ」
「あいつ、女にばっか声かけてやがる。キースには申し訳程度にしか話しかけてねぇ」
「……今頃気づいたの? アンタさぁ、だから童貞なのよ?」
「童貞とか言うな。察しが悪くて悪かったな……。ほれ、奴さんの興味がお前さんにうつったみたいだぞ」
「……はーっ」
そんなあからさまにため息吐くなよ。こっちが疲れる。
まぁ、良い。目の前の騎士団長サマが俺に話しかけてくるこたねぇ。のんびりしてよう。
「エリナ様――――」
あぁ、うるせぇ。俺は意図的に耳から入ってくる情報をシャットアウトし、窓の外をひたすら眺めるのだった。
うるせぇ騎士団長サマと、それにうんざりしたような顔をするエリナ。いつ爆発しねぇかとハラハラしながらも、馬車の旅と、野宿を繰り返して、それから五日が過ぎた。
ようやく、お目当ての洞窟に着いたようだ。俺達は馬車から降りる。アリスタードの転移の洞窟と違って、まぁあからさまに「洞窟」って感じだ。
「ここがイスパー洞窟です」
ずーっとヘラヘラ喋ってやがったマヌエレも、流石に神妙な顔をしてやがる。空気を読むときもたまにはあるんだな。
「ん。ここからは私達だけで行く」
「え? ですが……」
「危険。きっと想像するよりも恐ろしいものが待ってる。勘」
この場合、アスナの勘は当たってんだろうなぁ。こいつの勘は結構馬鹿にならねぇ。なんだろうな、勇者ってそういうもんなのかねぇ。
明らかに異常。そんでもって、ヒスパーナの兵が調査しても何も分からなかった。異常が無かった。「ヒスパーナをどうこうする」のが目的じゃねぇ。
つまるところ、そこから導き出せる答えは一つだ。
「俺らをおびき出すための罠の可能性が高い、ってこったぁな」
「ん。多分そう」
うん。ちゃんと色々考えてるんだな。アスナ。偉い偉い。後で撫でてやろう。エリナがいないところでな。
「なればこそ! 私も着いて行きます! アスナ様達だけを矢面に立たせ、私がここで呆けているなど、ヒスパーナ騎士団長として恥ずべき行為でしかありません!」
なにやら、一人でハッスルしてやがる。要らねぇって言ってんだよ。少しは理解しろ。足手纏いだって言ってんだ。俺? 俺も足手纏いだなぁ。はっはっは。
「剣の腕なら、アスナ様やキース様には劣れども、それなりの自信があります!」
……こいつ、言い出したら聞かねぇ奴だ。っとーに面倒臭え。エリナに耳打ちする。
「……おい。お前さん、どうにかしろよ」
「嫌よ。もうアイツと話したくない」
「一緒に洞窟に入ると、ずっと話すことになるぞ」
「流石に、洞窟の中に入ったら黙らせるわ。私が」
「……そうか……」
うん。なんっつーかどうにもならなそうだ。ミリアは困ったような顔で笑うだけだし、キースは何も考えてねぇ。アスナは……うん、押しが足りねぇ。俺? ずーっと無視されっぱなしだ。俺が何言ってもどうにもならねぇな。
アスナの元に歩み寄ってマヌエレに聞こえないように耳元でぼそぼそと話しかける。
「しゃあねぇ。あいつも一緒に連れてくぞ。あいつを説得してたら、多分三日はかかる」
「……危険、だと思う……」
「危険かどうかで言ったら、俺もおんなじだろ」
「ゲルグは必要」
「必要」なんて言ってくれるのは素直に嬉しいがな。そういう話をしてるんじゃねぇ。
「ここは俺達が折れるしかねぇ。すまねぇが、ちょっとばかし重てぇ荷物を抱えさせることになっちまう。大丈夫そうか?」
「……ん。大丈夫。ジョーマさんの修行で慣れたから」
慣れたってのは、あれか。無心で戦うってやつか。確かに否善の呪詛による苦痛、それに苦しむアスナはあれから見た覚えがねぇ。
「んじゃ、不本意だろうが連れてくぞ。ありゃ、一度言い出したらテコでも動かねぇ」
「ん。分かった。ゲルグが言うならそうする」
物分りの良いお嬢さんで本当助かる。
「マヌエレ。分かった、一緒に行こ」
「ありがたき幸せ」
一礼するマヌエレに、エリナが目を三角にして吠える。
「いい!? マヌエレ! 洞窟に入ったら、お喋りはナシ! アタシ達の言うこと、指示、それにちゃんと従うこと!」
「エリナ様、心得ております」
本当に心得てんのかねぇ。まぁ、いいか。
「じゃ、行こ」
アスナの号令に、思い思いに首を縦に振る。俺達はそうして、六人揃って洞窟の中に入り込むことになったのだった。
入り口は如何にも「洞窟」ってな感じではあったが、それでも人間が手を加えたもののようで、所々に燭台が備え付けられていた。元々は鉱山だったのか? トロッコのレールも床に敷かれているし、崩落防止なのか、等間隔に木で補強がされている。
「ミリア、この洞窟って」
「えぇ。元々は珍しい鉱物が取れるということだったらしいです。それも私が生まれる前の話らしいですが」
「そうか、まぁそれらしい作りだよなぁ」
「天然にできた洞窟でここまで広いものはあんまりないですから」
「そりゃそうだよなぁ。人の手が入ってて当たり前、か」
人の手が入る。ってぇことは、入り組んだ作りになってるってことだ。十分に気をつけねぇとな。カバンから松明を取り出して火をつける。燭台には当然ながら火が着いてねぇ。暗くちゃ、何するにも不便だ。
「アスナ。愚問だとは思うが、こういう狭い場所で戦ったことはあるか?」
「ん。ある。そのための装備もある」
アスナが懐から刃渡りにして掌二つ分ほどのショートソードを取り出す。おいおい、いつから持ってたんだよ。それ。いつの間にかキースも短めの剣を取り出していた。だから、どこに持ってた。お前ら。
「ん。短めの剣を懐に忍ばせておくのは便利」
「そうなんか。そうなんか? キース」
「うむ。メインの武器が壊れた時にも使える。隠しておくと相手も油断する。メリットだらけだ」
ふーん、へー、ほー。そりゃ知らなかった。
「キースから教わった」
へー。キースも人に物を教えるとかできるんだなぁ。いや、立派立派。騎士とやらを舐めてたわ。
「なんだ、その目は。俺だって、戦闘に関することはそれなりに理解し、実践している」
「いや、うん。なんだ。すまん」
「……貴様、謝られると、なんだ。傷つくぞ」
悪かったって。ただの脳筋だと思ってたが、そうじゃなかったんだな。いや、でも思考が戦うってぇとこにばっかりいってるから脳筋は脳筋なのか?
っと、生物センサーに反応。
「ストップ。魔物だ」
「ん。蹴散らす」
アスナとキースが躍り出る。武器が変わってもこいつらはこいつらだ。いやぁ、素直に感心する。脳筋のキースも、ぽやっとしてるアスナもこと魔物と戦うってなりゃ、目の色が変わる。
洞窟の奥、その暗闇から飛び出してきたのは、人に羽が生えたような化け物だ。ありゃ、ババァに読ませられた本で知ってる。ヴァンパイアだ。
キシャアアアア、ってな感じの叫び声を上げながら、アスナ達にその鋭い牙を突き刺そうとする。だが、無駄だ。こいつら伊達に魔王をぶっ殺しちゃいねぇ。
アスナが袈裟懸けに、キースが横薙ぎに剣を振るう。青い血を撒き散らしながら切り刻まれたヴァンパイアは断末魔の声を上げ、絶命した。
「ゲルグよ。一匹だけか?」
「いや、あいつだけじゃねぇ。気をつけろ。奥にうじゃうじゃいるぞ」
「うむ。アスナ様。行きましょう。姫様の魔法も閉所では使えるものが限られます」
「ん」
二人が、洞窟の奥に走っていく。心配はしねぇ。俺にできることと言えば。
「アスナ! 松明だ! 持ってけ!」
松明を放り投げる。こちらをちらりとも見ずに、アスナがそれを見事にキャッチして、それからなんとも律儀に俺をちらりと見る。
「ん、ありがと、ゲルグ」
キースと共にアスナが暗闇に消える。俺の目に映るのは、松明の明かりが薄ぼんやりとあっちゃいったりこっちゃいったりする様子だけだ。
だがな、ほら、魔物共の断末魔の悲鳴が聞こえてくる。生き物の気配が面白いほどに減っていく。強ぇ強ぇ。笑えてくる。
マヌエレが間抜けな顔をしながら、その様子を呆然と見ていた。
「マヌエレ……。アタシ達の一年、舐めてたでしょ、アンタ」
「い、いえ。そのようなことは。ただ、予想以上というか、なんというか……」
「死の大陸にいた魔物も魔族も、勿論魔王もね。ここらにいる雑魚よりももっともっと強かったわ。アスナとキースにとっちゃ屁の突っ張りにもならないのよ、ここらの魔物なんてね。勿論アタシも一緒」
「……仰るとおりです。皆様のお力を過小評価していたようです。申し訳ございません」
「付いてきたこと、今更とやかくは言わないわ。勇者ってのがどんなもんなのか、しっかり見ときなさい。いい機会よ」
「……はっ」
なにやらエリナが説教かましてやがる。言いたくなる気持ちも分かるから何も言わねぇ。どうせ、俺が何言ってもシカトだしな。
そうこうしてるうちに終わったらしい。生物センサーには、反応はゼロ。綺麗サッパリ掃除したみてぇだな。
魔物の返り血でその身なりを毒々しい色に染めて、アスナとキースが戻ってくる。
「お疲れさん」
「ん。頑張った」
「頑張るほどの連中だったのか?」
「……不完全燃焼」
「そうか」
そんな物欲しそうな目でみるな。甘やかしてほしいんだろ? 後でいくらでも甘やかしてやるから。
「さ、奥に行くぞ。目的は調査だ。隅々まで調べて回んねぇとな」
ダ ン ジ ョ ン 探 索 !
定番で、浪漫です!!
とはいえ、天然の洞窟で、人間が入れる場所って、
そんなにないので、この世界で出てくる著名な洞窟は、大体人の手が入っていたりします。
天然のダンジョンも、浪漫があるんですけどね。
さぁ、何が待ち構えているのでしょうか!
大丈夫! アスナのしゅ(略)
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とーっても励みになります。コープクン!!!!
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仕事サボって、上司に怒られてから死にます!!