第十話:ただ、こんな世間話をしようって、ここに呼んだわけじゃないでしょ? 何困ってんの? 協力するわよ
「信っじらんない! このロリコン! ペドフェリア! 性犯罪者! おっさんの肥溜め煮込み!!」
俺はエリナの魔法によってボロボロになった身体で蹲り、ただただ、エリナの罵倒を聞き流していた。うん、痛い。痛いです。身体もだけれど心も。
「ちょっと雑談でもしよっかなとかって思ってアスナの部屋に行ってみれば! アスナはいないし、絶対ここだろうな、って思ったら、案の定よ! 命があるだけありがたいと思いなさい!」
うん。それは本当にありがたいと思ってる。いやな、あれ、マジでお前さん俺を殺す気だったよな。精霊やらに祈り願うことの無意味さを実感した身だったはずなんだがな、あの時はまじで精霊メティアに祈ったわ。「死にませんように」ってな。速度向上と、風の加護を最大限に利用して、エリナの放つ多種多様な攻撃魔法を避けまくった。
そりゃ全部が全部避けられるわけもなく、かすったり、直撃したりし、そんなんを五分ぐらい繰り返しゃ、笑えるほどボロボロなおっさんの完成だ。いや、笑えねぇよ。
アスナ? うん、止めようとしてくれた。めちゃくちゃ必死にな。「やめて! エリナ、ゲルグ死んじゃう!」ってな感じにな。だがな、アスナの制止ですらこの「ぶっ殺マシーン」と化したエリナは止められなかった。いや、止まらなかった。あれはきっと聞こえないふりをしていただけに違いねぇ。ほら、今だってアスナの必死に弁解してる声が聞こえる。
「え、エリナ、えっと、ゲルグ悪くない。私が『撫でて』って言った」
「いいの、アスナは何も悪くないの」
「や、えっと」
だがな、エリナはそんなん聞くタマじゃねぇ。なーにが、「いいの、アスナは何も悪くないの」、だ。うるせぇよ。俺だって悪くねぇじゃねぇか。いや、ここで俺が口を開こうもんなら、次に待ち受けてるのは死だ。口を噤む。
「で? 何か弁解はある?」
「……」
うん、何を喋ってもゲームオーバーだ。だから必然的に、俺は無言になる。それが一番の最適解! そう信じてるぞ!
「ふうん、弁解も何もないのね……。つまり、弁解も何もできないようなことをしていた、と。そういうやましい気持ちがあった、と」
あ、最適解じゃなかった。やべぇ、このままじゃ死ぬ。
「い、いや、そんなんじゃねぇ! 俺はロリコンじゃねぇ! ただ、アスナを撫でてただけだろうが!」
「それが万死に値するって言ってるんだけど」
「エリナ、やめて」
「……アスナが言うなら……。光栄に思いなさい! このへんで勘弁してあげる」
やっとこさ矛を収めやがった。
まぁ兎にも角にも、そんなこんなで、今の状況が出来上がっている。傍から見れば、跪いているボロボロの俺、ふんぞり返っているエリナ、そしてそれを心配そうに見ているアスナ、なんて図式だ。
ノックの音が部屋に響き、んでもって、ゆっくりと扉が開く。
「え、えっと。どういう状況なんでしょうか……」
俺も知らねぇよ、ガキ。
「えっと、騎士の叙勲? ではないですよね……?」
ガキの言葉にエリナが心底嫌そうな声で反論する。
「フィリップ……。アタシがこのおっさんを騎士? 冗談やめてよ。下男にも取り立てないわ」
「え、っとじゃあ、この状況は、一体……」
「アスナにちょっかいかけてたロリコン小悪党に制裁を加えてたのよ」
「だから! 俺はロリコンじゃねぇ!」
思わず顔を上げる。だが、その行動の後、目の前に現れたのはエリナの靴の裏だった。
「だーれーがー、顔上げて良いって言った?」
あの、痛いです。エリナ様……。
「……アスナさんに、ちょっかい?」
ほらぁ。ガキが要らぬ誤解をしてるじゃねぇか。俺は、エリナの足をどかして、叫ぶ。
「だーかーら! アスナに『撫でて』って言われたから、そうしてただけだ! 別にそういうんじゃねぇ!」
「ん。『撫でて』ってお願いしたのは私。ゲルグ、悪くない」
アスナの援護射撃。この瞬間にはめちゃくちゃ助かる。
「あ、えーっと。なんとなく状況が飲み込めました……。エリナさん。そこまでになさって下さい」
フィリップがやんわりとエリナを諌める。
「話したいこと、山積みなんです。僕の部屋で皆でお茶にしましょう」
うん、助かった。マジで助かった。ありがとうガキ。いや、これからはフィリップ様って呼ぶわ。ありがとう、フィリップ様。あ、駄目だ。様とかつけようとすると、サブイボがでる。フィリップって呼ぶわ。
そうして、俺達はまだ自室にいる他の連中にも声を掛けて、フィリップの部屋に向かうことになったのだった。
フィリップの部屋は、一国の王とは思えない程に簡素なものだった。王様ってこんなもんなんか? と疑問にもう程度には簡素だ。
いやな、置かれてる必需品がどれだけすげぇ技術で作られてるのかってのは、なんとなくわかるんだよ。だが、それにしちゃ、ものが少なすぎる。普通王族の部屋ってのは、無駄な絵画やら、調度品やらそういうもんがゴマンと置いてあるもんだろ? それがねぇ。
「フィリップよ。なんでお前さんの部屋はこんな質素なんだ?」
あ、やべ。思わず口をついて出ちまった。いくら畏まらなくて良いなんていわれちゃいても、失礼っちゃ失礼だ。だが、フィリップは気にした様子もなく、「ふふ」なんて笑った。
「ゲルグさん。あんまり豪華にするとちょっと落ち着かないんです。それに私は、王といっても現状お飾り。政は摂政が執り行っています。私にはこの部屋すら過分なんですよ」
「いや、腐っても、お前さん王だろうがよ。そんなんで良いのか?」
「ヒスパーナは実を追い求める国。別に過度に威信を示す必要はありません。ご心配ありがとうございます」
うん、なんっつーか、できたガキだ。俺がこのぐらいの歳は、グラマンと殴り合おうとして、最終的にボコボコにされてたもんだがな。月とスッポンなんて言葉も過剰に思えるぐらいの差だ。なんだ、自分が恥ずかしくなるな。
「アスナさん、エリナさん、ミリアさん、キースさん、ゲルグさん。まず、大事なことをお話しします」
フィリップがアスナの方に向き直る。
「アリスタードから交付された国際手配。我が国はそれを拒否します。これは摂政も合意した公式な回答です。この国では大手を振って歩いて下さい」
「ん。ありがとう。フィリップ」
「いえ。アスナさん達から賜った恩を考えると、これぐらいでは足りないくらいです。これはヒスパーナ国の全国民の総意だと思います」
魔王軍を追っ払った、ってのは聞いてたけどよ。そこまでのことをやったのか、こいつらは。大したもんだよ。フィリップと向かい合っているアスナの後ろ姿をぼんやりと見る。
「あ、お茶淹れますね。ご存知かと思いますが、ヒスパーナはお茶も美味しいんですよ。ちょっと待ってて下さい」
フィリップがそう言って、自らせかせかと茶を淹れる用意をする。おいおいおい。普通そういうのは、侍従やらなんやらに任せるもんじゃねぇのか?
「お茶淹れるの趣味なんです。私にはまだ政治はできません。実権も有りません。だから、せめてできることをしよう、と始めました。摂政が疲れている時、一息入れたい時、そういうときにお茶でも淹れてあげられれば、私でも役に立つんじゃないかと。それが高じて、徐々に趣味になりました」
「ん。フィリップのお茶は美味しい。でも趣味だったんだ」
「はい。趣味なんです」
っとーに立派なガキだ。今まで見た王族どもに爪の垢を煎じて飲ませてぇもんだ。
暫くして、茶が入った。「どうぞ座って下さい」という、フィリップの言葉に、棒立ちしていた俺達は、部屋に備え付けられたテーブルの周りに置かれた椅子に座る。「どうぞ」、とフィリップがお茶をそれぞれに差し出す。んじゃまぁ、遠慮なく、ということで、俺はその茶を少しばかり啜った。うん、味なんて分からねぇ。
「ちょっと、ゲルグ。紅茶を啜るのはマナー違反。育ちが知れるわよ。あと、こういう時はこの中で一番位の高いフィリップから飲むもんなの」
「エリナよ。俺にそういうマナーやらなんかを期待するほうが馬鹿だぞ」
なんたって、チンケな小悪党だからな。はっはっは。
「いいんですよ。エリナさん。マナーとか、礼儀とか、そんなもの犬に食わせてしまえばよいのです。皆さんに楽しくこの時間を過ごしていただく。それが大事です。あ、お茶菓子も出しますね」
フィリップが立ち上がって、小さい棚から、クッキーやらビスケットやら、なんやらが詰め合わされた籠をとってくる。うん、気が利くなぁ。
いや、マジでこまっしゃくれたガキだ。素直に感心する。こいつ幾つだ? 見た目十二歳ぐらいだと思ってるが……。精神年齢はもっと上なんだろうなぁ。いや、本当に感心しっぱなしだ。
「皆さん。一年前ほど前、ヒスパーナを発ってから、これまでのこと。聞かせて下さい」
これまでの話は、大体エリナが中心になって話した。まぁ、そりゃそうだろう。たまーに語彙貧困病を発症して、頭の構造を疑いたくなるときもあるが、基本的には頭も良いし、適任だ。アスナに時系列に沿ってわかりやすく説明しろなんざ無理な話だし、ミリアは神官とは言えただの一般人。キースは脳筋。俺? 俺は数に入れんな。
まぁ、とにかく、たまーに感覚的な説明になりがちではあるが、それなりに物事を伝えることができるエリナがまぁ話す。他の連中はそれに相槌を打ったり、補足したり、ってな感じだ。
俺? 「へー」やら「ほーん」やら「はえー」やら、情けない声を出すだけだ。なんたってそれしかできねぇ。
しかし、エリナの細かいとこまで覚えてねぇって話。本当だったんだな。あそこに行ったやら、その後ここに行った、やらそういう話はするが、こまっけぇ部分に関して、一切の言及をしない。「え……っと。そこで具体的になにをやったのかは忘れちゃった。ごめんね。結果だけは覚えてるわ。勝った」ってそんなのがたまに混ざる程度だ。
本当にこいつらが旅した一年間は濃厚なものだったようだ。素直に感心する。それと同時に、大変だったんだろうなぁ、とも思う。世界全部を周るのに一年。一年だ。普通、旅行だってそんな弾丸で世界一周しようなんて考えねぇ。その上、こいつらは行く先々で、魔王の手先どもと戦って、そんで各地のトラブルを解決して、それで一年。とんでもねぇスピードだ。
いや、素直にすげぇ。
「……で、魔王を倒した、ってわけ」
エリナがひとしきり喋り終えた。フィリップはキラキラとした目でエリナを見続けている。さっきまでとは打って変わって年相応っぽい表情だ。こいつ、こんな顔もできるんだな。
「そんで、アリスタードに転移魔法で戻ってさ」
「はい。そこから先は、摂政が送った間者から大体のあらましを聞いています。大変でしたね」
「……フィリップ? アタシ、一応アリスタードの王女よ? アタシの前で堂々とアリスタードに間者を送ってるとか言わないでよ。まぁ、いいんだけどさぁ」
「あ、これ、言っちゃまずいやつでした?」
「不味いやつよ。不味いやつ。気をつけなさい」
「は、はは。すみません」
なんっつーかこうやってみると、勇者サマ御一行の弟分ってな感じにしか見えねぇな。
「ゲルグさん」
蚊帳の外にいて安心しきっていた俺に、フィリップがいきなり声を掛けてきた。うおっ、びっくりした。
「アスナさん達を助けてくださってありがとうございます。ゲルグさんのご活躍も、ちゃんと聞いています」
「あ、いや。そんな大層なもんじゃねぇ。成り行き? 気まぐれ? いや、運が良かっただけだ」
「ふふ。お人柄も聞いていた通りです」
ってか、今気づいたがよ。こいつ、っていうかヒスパーナ辺境国。相当優秀な国なんじゃねぇか? アリスタードに間諜を送って、俺達のことも仔細に把握済み。俺みたいなチンケな盗人のことも把握済み。ルマリアだって、んなとこまでは掴んで無かった。
「で?」
エリナが居ずまいを正して、フィリップを睨みつける。
「ただ、こんな世間話をしようって、ここに呼んだわけじゃないでしょ? 何困ってんの? 協力するわよ」
ん? そうなのか? 俺ぁ、てっきり、お前らのファンであるフィリップが、これまでの経緯やら、武勇伝やらを聞きたいだけだと思ってたが。
「ゲルグ。んなわけないでしょ。アンタも感じたんじゃない? この国ね。相当優秀なの。今や優秀さで言ったら世界一じゃないかしら。正確には、摂政のナーシャが天才なの」
こいつ、また思考を読む魔法使ってやがるな? 使うなっつっただろうがよ。まぁいいか。
「ナーシャ?」
「アナスタシア・ハヴナーハ。元々はフィリップの乳母。でも、その才覚を認められて、この国の摂政まで上り詰めた天才」
「はえー。女でか。そりゃすげぇな」
どんなババァなんだろうなぁ。
「言っとくけど、若いわよ? 確か三十歳手前くらいじゃないかしら。ゲルグ、アンタと同じくらい」
「ってーこた、おばはんだなぁ」
「……アンタって、本当に失礼よね」
うるせぇな。俺がおっさんなら、同じくらいの女はおばはんだろうがよ。
「間違っても本人の前で言わないでね。この国の実権を握ってるのはナーシャ。失礼なこと言ったら、アンタ打首よ?」
おぉ、怖ぇ、怖ぇ。
「気をつけるよ」
そんな俺達のやり取りにフィリップが小さく笑う。
「ナーシャは、そんな個人的感情で打首にするとかしませんよ。ちょっと怒るぐらいですかね。……その怒るってのがものすごく怖いんですけどね……」
怒ったら怖い女かぁ。うん、身近におんなじような奴がいるなぁ。
「何見てんのよ」
「いんや。なんにも」
「まぁ、いいわ。で? 本題は何? できる限りの協力はするわ。なんたってフィリップの頼みだもんね」
「エリナさんには敵いませんね。もう少しで、ナーシャがここに来ます。それからお話しさせて下さい」
ちょっと困った顔で笑って、フィリップがふーっと深く息を吐いた。
「折り入って、お頼みしたいことがございます」
フィリップ陛下とのお茶会です。
フィリップ君。アスナ達大好きっ子です。
ともすれば、反抗期に入っているぐらいのこの年齢で、この対応。
彼も結構優秀ですよね。
おっさんは不敬が過ぎます。
いつか死ぬんじゃないかと思います。
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とーっても励みになります。テシュッキュル・エデリム!!!!
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来週あたり、私の家に隕石が落ちてくるのだと思います。