第七話:アンタに与えられた加護は、なんでなのかしらね
「シルフ霊殿。寄ろ」
レイミアの街を抜け出して、三日。街からヒスパニアまでは歩いて二週間いかないくらい。その道すがら、アスナが突然そう言い放った。
ん? シルフ霊殿? なんでだよ。アスナもエリナもついでにミリアも契約してんだろ? そんな話してたじゃねぇか。いや、待て。言いたいことはなんとなく想像がつく。皆まで言うな。
「あぁ、そうね。ゲルグ。アンタ風の精霊と契約してきなさい。決定」
皆まで言うなって。んでもって、はい、予想通り。勝手に決定すんな。適性があるとは思えねぇだろうがよ。
「ゲルグ、風の加護持ち。風は風の精霊。きっと適性ある」
「アスナよ。安直だ。安直だぞ」
「ん。多分大丈夫」
お前の「多分」に助けられたりもしたがな、未だに信用できねぇ。そのあたり分かってんのか?
「なーに? 怖いの? 小悪党だもんねぇ」
うるせぇ。エリナ、煽るな。別に怖かねぇ。財の精霊で慣れた。慣れたったら慣れた。……慣れるわけねぇだろ。仰る通り、怖ぇよ! クソが!
「どの魔法が使えるようになるかはわかりませんが、きっとゲルグならある程度の適性がありますよ。風の精霊は風、空気、空、そういったものを司る精霊です。風の加護も、元々は風の精霊由来のものと言われています」
ふーん、へー、ほー。そうなんか。
「アタシ達だって、なんでもかんでも契約させようとなんてしないわよ。可能性がありそうな精霊だけ。アンタが強くなれば、その分アスナの負担も減るのよ?」
「わーってるわーってる。納得してる。契約、してくればいいんだろ?」
「そーいうこと。わかってんじゃない。霊殿までは大体あと二日位。ま、覚悟しておくことね」
しかし、まーたあの妙ちくりんな試練とやらを受けにゃならんのか。気が滅入る。
ん? そういや、こいつらって自分らについてる加護知ってんのかな? 今更っちゃ今更だが。
「おい、おめぇら。アスナは太陽の加護だよな。他の連中は、自分についてる加護分かってんのか?」
俺の疑問に、全員が素っ頓狂な表情を浮かべる。んで、その後爆笑。畜生、何がおかしいってんだ。キース。お前は俺よりも絶対頭悪いだろ。一緒に笑ってんじゃねぇ。殺すぞ。
「アンタ、馬鹿ねぇ。ミリアがいるのよ。自分たちの加護なんて把握済みよ」
「……あ! そういやそうか。ミリアにはわかるもんな」
「ふふ、えぇ。一応神官ですから」
その後の、「まだ」、という小さな呟きは全員が聞かなかったことにしたようだ。全員止めたんだろうから、そりゃ納得いってねぇだろうな。
「えーっと、エリナは月の加護。ミリアは水の加護。キースは火の加護、だったか」
「あら、アンタ、よく分かったわね。そのとおりよ」
「ババァが言ってたんだよ」
「なーるー。ジョーマ様なら、アタシ達の加護もお見通しでしょうね」
ババァ万能説。
「んで、具体的にそれぞれどんな加護なんだ?」
俺はミリアを見る。一番加護に詳しいのは神官なんてやってるこいつのはずだ。
「えっとですね。エリナ様の月の加護は端的に言えば魔力の向上です。あとは、魔法を覚えやすくなりますね。適性が与えられやすくなり、魔法の威力も上がります」
なんともエリナにぴったりだ。
「私の水の加護は、自然治癒力の向上や、回復魔法の効果の向上。あとは怪我をしにくくなる、ってところです」
うん、ぴったりだな。
「キース様の火の加護は筋力の向上。そして、攻撃力の向上です」
流石脳筋。
しかし、なんだ。よくもまぁ加護持ちがこうも集まったもんだなぁ。勇者パーティーは化け物ばっかりかよ。いや、化け物だったな。加護持ちの人間なんて、百人、いや千人に一人。それでも言い過ぎなぐらいだ。めちゃくちゃ珍しい。いや、俺が言うのもあれだがな。
ミリアがあれこれ考えて無言になった俺を察したのか、補足し始める。
「加護はその者の運命に応じて精霊メティアが与える、そう教義にあります。アスナ様を補佐する我々には、それ相応の加護がついてても不思議ではないんですよ」
苦笑いを浮かべたミリアが、髪を弄ぶ。「運命」なんてもんが決まってんだとしたら、まぁおかしくもなんともねぇか。ってかミリア。お前まだ俺が「運命」なんて言葉に過剰反応すると思ってやがるな。申し訳無さそうに笑うな。そこまで大人気なくねぇよ。
「……アンタに与えられた加護は、なんでなのかしらね」
ボソリと呟く。そりゃあれだ。
「俺をしょっぴこうとする連中から逃げやすくするためだよ」
「ぜーったい違う!!」
エリナが目を三角にして俺に詰め寄る。はっはっは。運命なんて知るかよ。この加護のおかげで俺は今まで生き永らえた。それだけで十分だ。
そんで二日。俺達は閑散としたシルフ霊殿の前にたどり着いていた。
しかしまぁ。
「また、でけぇなぁ……。こんなん誰が作ったんだよ」
「精霊メティアが作った、とされています。本当のところは誰にもわかりませんけど」
精霊メティアが作った、ねぇ。メティア様々だなぁ。こんなもん人間の為にわざわざ用意してくれんだからよ。
シルフ霊殿も、メルクリウス霊殿と同様に人っ子一人いやしねぇ。ここも昔は、魔法使いになりてぇ連中が大勢押し寄せる場所だったんだろう。そう考えると、まぁ寂しくもあるな。
おまけに魔王はまだ生きてるらしい。魔物がいなくならねぇのもなんとなく頷ける。キースは当初「王がいなくなっても兵士は残る」なんて言ってたが、まぁそれだけじゃあねぇんだろうなぁ。
「ほんじゃ、行ってくる」
「頑張りなさいよ」
足を止める。アスナでも、ミリアでもない。エリナが、俺に「頑張れ」だと? びっくりして振り返る。
「な、なによ。だから言ったでしょ。アンタが強くなれば、アスナの負担も減るのよ」
そういうことか。うん。理解理解。
「お気をつけて」
「ゲルグ、頑張って」
ミリアとアスナが思い思いに声援を投げかけてくれる。おう、いっちょ張り切ってくるわ。怖ぇけどな。
俺は連中の声援を背中に受けながら、霊殿の入り口をくぐり抜けた。
中は薄暗い。メルクリウス霊殿とほぼ一緒の作りだ。例によってど真ん中にバカでかい宝石が浮かんでやがる。
これ見る度に、「売ったらいくらになるんだろう」なーんて、考えちまうんだよなぁ。まぁ、ここまででけぇ宝石。値なんてつきっこねぇか。
俺は宝石に手を伸ばす。意識が深いところに沈む。
「ゲルグおじちゃーん。こんにちは」
目を覚ます。ここは……。ババァの屋敷? なんでまたババァの屋敷なんだよ。あと、目の前の……幼女?
「幼女とか言うな~! ボクはゲルグおじちゃんよりずーっと歳上なんだからね!」
「お前さんの、その姿をみりゃ、誰だって幼女だって思うだろうがよ」
緑色の髪。幼さの残る顔立ち。そんでもって俺の二分の一にも満たない身長。幼女だよ。どっからどうみても。
「だーかーらー。幼女って言うなー!」
「わかったわかった。悪かった。風の精霊ちゃん」
「ちゃん付けもするなー! シルフ様って呼べー!」
あぁ、うるせぇ。ガキは嫌いなんだよ。特にこれぐらいのちまっとしたガキはな。
「ガキじゃないよぉ。ぐすん」
「あー、悪かった、泣くんじゃねぇ。俺が悪かったよ」
「な、泣いてないもん」
なんだろう。財の精霊との落差が酷い。あいつは詐欺師みてぇな笑い方をするイケメン。今度は幼女。精霊って何なんだ? 一体。
「また幼女って思った……」
「思考を読むなよ。仕方ねぇだろ。幼女にしか見えねぇんだから」
「もーいいよ! ぷんぷん!」
ぷんぷん、じゃねぇよ、ぷんぷんじゃ。そういうのが余計に幼女っぽく見えるってこいつわかってんのかな。
「で? 財の精霊は俺を眷属なんて言っていた。だからあいつとはお前さんみたいにこうやって直接話をした。お前さんは俺にどんな興味を持った?」
「メティア様がねー。ゲルグおじちゃん、面白い、って言ってたから、ボクもちょっと話してみたくなったの!」
メティア、メティア、メティア。なんもかんも、精霊メティアとやらを中心に話が進んでいっている気がするな。諸悪の根源なんじゃねぇのか? 流石に罰当たり過ぎるか?
「罰当たりとか、メティア様は思わないよ。ゲルグおじちゃんのその在り方さえ面白い、なんて思ってるよ」
その見かけによらない妖艶な微笑みに背筋が冷たくなるのを感じた。そうだった。こいつはいくら見た目が「幼女」だと言っても、精霊だ。危ねぇ。見た目に騙されかけてた。
「騙してなんてないよー。ボクの精神に最も近い姿がこの姿。それだけ」
「ってことは、お前さんの精神は幼女に近いってそういうことになるが、それでいいのか?」
「……良くない……」
空恐ろしい気持ちにさせられたかと思えば、今度は呆れさせられる。あぁ、もう、なんっつーか疲れる。
「おじちゃん」
「んだ?」
「勇者に付いてきたのはどうして?」
「気まぐれと、成り行きだ」
「おじちゃん、照れ屋さんだよね。素直に『勇者が好きだから』って言えばいいのに」
「お、俺はロリコンじゃねぇよ」
「『好き』にも沢山種類がある。親愛、恋慕、憧憬、尊敬、庇護。おじちゃんが勇者に向ける感情は一体どれなんだろうね?」
知るかよんなもん。でも、そうだなぁ。今挙がったので言えば……。
「憧憬、だろうな」
「だよねー。きっとそう。おじちゃんと勇者は正反対。水に油。本来混ざり合いそうにない。でもね、混ざるんだよ。だからこそ混ざり合う。その人間の在り様。それが本当に面白いの」
「そんなもんなんか」
「そんなものなの」
まぁどうでもいいだろ。俺はあいつを守ってやりてぇ。他でもない人間って連中から。それだけだ。あいつを「勇者」たらしめる、それが俺みたいな小悪党の役目だろ。
「おじちゃんは、自尊心が低いよね~」
「ああん? 俺様はクールでグッドでナイスなガイだ」
「そういうことじゃないんだけどなぁ。ま、いっか。試練、受けるんでしょ? ボクの試練は簡単。おじちゃんならね」
「財の精霊もそんなこと言ってたが、全然簡単じゃなかったぞ」
「でもおじちゃんはそれをクリアした。簡単だったんだよ」
いや、あれは簡単じゃなかった。冷や汗しかかかなかった。もう二度と経験したくねぇ。
「風は遍くすべてを守るもの。おじちゃんにぴったりだね。流石に全部の魔法は使わせてあげられないけど」
風の精霊が、ババァの屋敷のど真ん中に穴を開ける。あぁ、これだよこれ。このどこにつながってるのか全然わかんねぇ穴。ここに入るのが、何よりも怖ぇんだよ。
「あ、ルールだから聞くね。『汝、ゲルグよ。そなたは我の試練を受け、そして力を欲さんとするか?』」
「言うまでもねぇだろ」
「うん、そう言うと思った。じゃ、頑張ってね」
「……おうよ」
俺は目をつぶって、幼女が開けた穴に飛び込んだ。
意識が刈り取られる。
「よぉ、ゲルグ」
「……あん? んだ? 誰だてめぇ?」
「おいおいおい。寝ぼけてんのか? 俺だよ。アキラだよ」
あぁん? アキラ? 誰だ? あぁ、思い出した。俺はこの学校に通っていて、んでもって、目の前のアキラは俺の親友、ってか悪友か。
俺達は札付きの不良だ。そうだったな。思い出した。なんで忘れてたんだ?
机に突っ伏していた身体をよいしょ、と持ち上げて、両腕をぐいっと伸ばす。あぁよく寝た。授業なんてつまんねぇもんだ。ん? 授業ってなんだ? まぁいいか。
「今日は、隣町の連中との喧嘩もねぇ。バイトもねぇ。だろ?」
「あぁ、そうだったな。連中は昨日のしたから、しばらくは放置でいいな。バイトも休みだ」
「んじゃ、決まりだな。いつものヤツ。今日こそお前も来いよ」
いつもの? なんだったか、いつものって。思い出せねぇ。まぁいいか。ん? 俺って、こんな時「まぁいいか」なんて、細かいこと気にしねぇ人間だったか? いや、なんか意識が薄ぼんやりとしてやがる。まぁだ寝ぼけてんのか。
「あぁ。いつものな、いつもの。行くか」
俺の言葉にアキラが驚いたように目を見開く。なんだってんだ? なんかおかしいこと言ったか? いつものやつなんだろう?
「おぉ、ダメ元で誘ってみるもんだな。いつもは嫌がって来ねぇのに。なんだ? 溜まってんのか? まぁ良い。さっき携帯にメッセが来た。準備は整ってるみてぇだ」
携帯? メッセ? うーんよくわからん。よくわからんが、なんかそれすらどうでも良い。いや、どうでも良くねぇだろ。でもなんかどうでも良い。なんだこりゃ。
あ、携帯ってのは、ポケットに入ってるこれのことだったな。なんでこんな当たり前なこと忘れてたんだ? メッセは携帯に届けられるメッセージのことだ。なんだ、なんで忘れてた?
「さ、行くぞ。いやー、ついにゲルグもこっち側かー。お楽しみの時間だなぁ」
「あん?」
お楽しみ、ってのがなんなのか、ぜんっぜん思い出せねぇ。なんだ? ボケてやがんのか?
俺はアキラの後をのそのそと歩く。いつもどおりの学校だ。だが、なんか違和感がある。学校ってなんだったっけか。
廊下を歩く。掲示板に張り紙がしてある。「廊下を走るのは危ない」だとよ。んなこた分かってる。こんなせめぇ廊下を走るなんて、しょっぴかれそうになってる時ぐれぇだろ。ん? しょっぴかれる? なにに? しょっぴかれることなんてしてねぇだろ、流石に。
廊下を通り過ぎて階段が見えてくる。リノリウム張りの段差。端っこには滑り止めが付いている。一段一段上がる。アキラがニヤニヤしながらこっちを見る。やめろ。そのにやけ面、イラつくんだよ。
屋上の鍵はアキラが持っている。普通は入れねぇんだけどな。どっかからくすねてきたんだそうだ。俺達の教室は三階。屋上は四階。そう時間もかからず、屋上に出るドアの前にたどり着いた。
屋上のドアの前には、あからさまに悪そうな連中がニヤニヤしながら陣取っていた。
「ゲルグさん! アキラさん! ちーっす!」
「おう」
そうだ。こいつらは俺達の舎弟だ。学校に入ったときに真っ先に喧嘩売ってきて、んでもってのして回った連中だ。
「やってるか?」
アキラが連中に尋ねる。そのニヤケ面がいやに癪に障る。
「はい、もう準備は済ませてます」
「ゲルグ~。お前が最初でいいぜ?」
最初? どういうこっちゃ? まぁいいか。
「おう、わかった」
「じゃ、御開帳~」
屋上の扉、金属でできたその重そうな扉がゆっくりと開けられる。扉の向こう。雲ひとつない空が視界を埋め尽くし、その次に転落防止の柵が目についた。
そして、その広い屋上の中心。そこに羽交い締めにされた少女が鮮やかに脳に焼き付く。
「アス……ナ?」
涙を流しながらこちらを睨みつけるその少女の名前を、俺は何故か知っていた。いや、知っているに決まってる。クラスメートだ。いじめられっ子の。
きっかけはなんだったか。弱っちいシャバ僧をカツアゲしようとしてた俺達の間に割って入ったんだったけな。馬鹿だよな。女が男の力に勝てるわけねぇってのによ。その無駄な正義感が仇になった典型的な例だ。
「さ、ヤッていいぞ。もう準備はできてる」
背中側にいるアキラが、心底楽しそうな声を俺にかける。
あぁ、そうだったな。お前はそういうのが好きな奴だったな。よく分かってる。分かってるはずだ。でもなんでだ? なんで俺はこんなに吐き気を堪えてる? なんかおかしい。ちげぇ。ちげぇだろ。
そんなことを考えながらも、未だに俺を睨みつけているアスナに向かって、俺はフラフラと歩み寄っていった。
おっさんがついに、二柱目の精霊と契約することになりました。
がんばえー、おっさん。
大丈夫! お前にはアスナの主人公補正がついてる!!(久しぶり!)
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とーっても励みになります。シュクラン ジャズィーラン!!!!
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