第五話:『努力』とか『実直』とか『真面目』とか……。色々、言ってくれて。……あ、ありがと……
さて、エリナを始めとした他数名の二日酔いによって、一日がまるっと潰れた。当然ながら、俺は二日酔いに苦しむ連中をほっぽって、エリナの反吐によって得も言われぬ臭いを放つネルシャツをポイし、新しいのを買いに行った。ついでにシャツ以外の服も何着か購入して、カバンの中に突っ込んだ。多少は身綺麗になっただろ。
二日酔いに苦しむ連中は、アスナが甲斐甲斐しく世話したみてぇだ。ほっとけ、って言ったんだがな。ただ、ミリアですらも二日酔いになるとは思ってもいなかった。そんな酔ってるようには見えなかったんだがな。
んで、その次の日。約束通り、俺達はワンダのおっさんの船に乗り込み、デニスの街を後にすることとなった。船、か。初めて乗るな。船。
「錨を上げろ! 帆を張れ! 出港だ! 全速前進!」
ワンダのおっさんが、やけに張り切った声を上げる。じゃらじゃらと音を鳴らして、錨が巻き上げられ、そして桟橋に留められていたロープが外された。
「ヨーソロー!」
船員どもが口を揃えてワンダの号令に応える。
風が吹く。帆がなびく。数日間世話になったデニスの街ともおさらば。ついでに、色々あったルマリア帝国ともおさらばだ。ババァの修行に、初めての精霊との契約。帝都でのいざこざ。なんっつーか、色々ありすぎだろ。
しかし、すげぇすげぇ。船ってのはこんな風に動くんだなぁ。いや、遠目で見たことはある。アリスタードは世界有数の海軍を保持した国だ。そんな軍船に比べりゃ河の行き来を目的に作られたんであろうこいつは小せぇ船に他ならねぇ。
だが、そんな船も、ここまで大勢の人間がいなきゃ動かねぇ。動かせねぇ。船ってすげぇなぁ。
ワンダが船橋から降りてくる。
「どうだ? ゲルグ。俺の船は」
「端的にすげぇ。感心しかしねぇよ。俺、船乗んの初めてなんだ」
「初体験ってやつか。そりゃ光栄だな。ま、他の勇者様御一行は船旅は慣れてそうな様子だがな」
そりゃそうだろう。一年掛けて世界中を周った、そう聞いてる。船を使わにゃ大陸間を移動できない。
アスナとエリナが、なんか楽しそうに雑談している。船なんてもんに感慨のひとかけらも抱いてない様子だ。ミリアは船員となんか話してやがる。おい、船員、鼻の下伸びてんぞ。やめろ。そいつはまだ神官だ。ナンパしようとすんじゃねぇ。
キースは、なんだ? 甲板の真ん中に陣取って、その上で何もしてねぇ。いつもどおりだ。その堂々たる佇まいには素直に感心するが、いつもどおり何もしてねぇ。
慣れたもんなんだろう。連中に取っちゃ。船も、こんなでけぇ河も。海だってそうなんだろうなぁ。
「ワンダ。対岸まで何時間ぐらいだ?」
「三時間ぐらいってとこだ。悪いが船室なんてもんはねぇ。甲板でのんびりしててくれ」
そう言ってワンダは「見回ってくる」とか言って、どっか行っちまった。のんびりねぇ。
しかしなんだ。暇だな。三時間か。
甲板には、椅子なんてねぇ。くつろげる場所もねぇ。必然的にウロウロするか、ぼけっと突っ立ってるだけになる。俺? 俺が選んだのは後者だ。
ボケーっと立つ。対岸はまだまだ遠い。ってかこの河、どんだけ幅あるんだよ。でかすぎんだろ。どんだけだよ。そんなことをぼけっと考えていると、背中から声をかけられた。
「何ぼーっとしてんのよ」
エリナじゃねぇか。いつの間にきやがった。アスナと話してたんじゃねぇのか?
「いや、暇でよ」
「……船なんて暇なもんよ。乗ってるだけだもの。魔物が出たら別だけど、まぁそうそう無いわね。どの船も普通の魔物対策はちゃんとしてる」
「そうなんか」
「えぇ。魔法かけるの。魔物が寄ってこないような魔法。それでも、クラーケンとか強かったり大きい魔物には効果ないんだけどね……」
「ほー」
他愛もない会話。だが、なんかいつもと様子が違う。そんな印象を受けた。なんだ? 腹の中探られてるっつーか、なんっつーか、言いたいことを言い出そうとしてるけど、中々言い出せない。そんな感じだ。
「エリナ」
「何よ」
「端的に聞く。何の用だ?」
エリナの目が見開かれる。あ、こりゃあれだ。タイミングを見計らってたのに、いきなり本題を切り込まれて、びっくりしました、ってな顔だ。そうに違いない。
「……おっ! 一昨日!」
「一昨日?」
あぁ、お前が、俺にゲロぶち撒けたことか? それを謝ろうとしてんのか? 要らねぇよ。思い出したくもねぇ。
ってか、なんだ。思い出したら、船の揺れもあいまって急に吐き気がしてきた。おえっ。キモチワル。
「えっと、その。……あ、ありがと。……あと、ごめん」
「酔っ払いの介抱なら悪党連中との飲み会で慣れてる。ゲロぶち撒けられたのも、数え切れねぇ。汚ねぇ面した野郎のゲロならともかく、お前さんみたいなべっぴんのゲロなら、そこまででもねぇ。気にすんな」
女にゲロぶっ掛けられた経験は流石にねぇが、まぁ汚ぇおっさんのそれよりゃなんぼかマシだ。
「ち、違くて! いや、それもなんだけど……」
煮え切らねぇな。何が言いてぇんだ? こいつ。
「……『努力』とか『実直』とか『真面目』とか……。色々、言ってくれて。……あ、ありがと……」
あぁ、そのことか。ってか覚えてやがったのか……。てっきり忘れてたと思ってたんだがなぁ。マジでやめろ。酔っ払った俺が、ただガラにもねぇ説教をしたなんて、普通に黒歴史だ。礼なんて言うな。言うんじゃねぇ。恥ずかしくなってくる。
「バーカ。酔っ払いの戯言だよ。忘れろ」
「……でも、ありがと……。あ! 勘違いしないでね! アンタはアタシの敵! それは変わらないんだから!」
「へいへい。肝に銘じておきますよぉ」
「それならいいの!」
最初は恐る恐るで、そんでしおらしくなって、最後はなんかぷりぷりして、そんで全部丸投げしてどっか行きやがった。情緒不安定かよ。
まぁいいや。また俺はボケっとする作業に戻る。おーおー。船員どもがあくせく働いてやがる。働きアリみてぇだな。頑張るなぁ。いや、俺たちの為に頑張ってるんだがな。
「ゲルグ」
今度はアスナかよ。もうちょっと俺にボケッとさせろや。
「なんだ、アスナ」
「エリナと何話してたの?」
あんだってこいつは俺が誰かと話してたら、その内容をいちいち聞きに来るんだ。興味津々かよ。おっさんが何話してたとかどうでも良い情報すぎんだろうがよ。
「あぁ、一昨日へべれけになったエリナを介抱してな。そん時の礼を言われた、ってそれだけだ」
説教云々は俺が恥ずかしすぎるから隠す。
「ふうん。……私もお酒飲んでみようかな……」
「あん? 辞めとけ。お前下戸だって自分で言ってただろうがよ」
飲めねぇ奴が飲んで、得することなんてねぇんだぞ。
「そしたら、ゲルグ。介抱してくれる」
「別に酒飲まなくても、介抱ぐらいしてやるよ」
「ん。そっか。ならいい」
なんか上機嫌そうな顔をして、どっか行きやがった。なんだ? 流行ってんのか? おっさんに声かけて、颯爽と去っていくのが。いじめか? 泣くぞ?
そんでまた、俺はボケッとする作業に……。
「ゲルグさん」
やっぱ流行ってんだな。そうなんだな。頭を真っ白にして、無になろうとしているおっさんの邪魔をするのが流行ってんだな。いい加減にしろい。
「ヨハンじゃねぇか。なんだ?」
いい加減にしろとか、そういうことは言わねぇ。流石にな。俺だって良識、はねぇが、それなりのおっさんだ。あーだこーだ言わない。言わないったら言わない。
「あの、一昨日はありがとうございました」
「一昨日? 別に礼言われることなんてしちゃいねぇだろ」
「いえ、ゲルグさんに言われた通り、昨日一日考えて、ワンダさんに話したんです」
「何を?」
「やりたいことです」
あぁ、その話な。そんな話もしたな。あれもあれだ。酔っ払いの偉そうな説教だ。黒歴史だ。やめてくれ。ケツの収まりが悪い。
だが、まぁ。その「やりたいこと」ってのが、なんなのかにはちょっとばかし興味がある。素直に聞いてみるか。
「んで? やりたいこと。なんなんだよ?」
「自分の船を持って、世界中を旅したい。それが、僕のやりたいことです」
そりゃ、でけぇ夢だ。
「ワンダさんは、笑って、『お前ならすぐになれる』って言ってくれました」
「ほう、そりゃ良かったな」
若者の夢が叶っていくのは、おっさんからすると眩しいもんだ。ワンダの反応も概ね予想通り。まぁ、あのハゲならそういうだろうなぁ。
「なので、僕、対岸で降りて、ヒスパーナ辺境国に行くんです」
「ん? そうなのか?」
「はい。ヒスパーナ辺境国は世界有数の造船技術を持った国です。ワンダさんに勧められました」
へぇ。ヒスパーナ辺境国って、造船技術がすげぇのか。農業が盛んなド田舎とばかり思ってたわ。
「ヒスパーナってぇと、農業大国ってイメージしかねぇんだが。違うのか?」
「農産物を各国に輸出する為に、造船技術を磨いた国なんです。そこで船を買え、と。それで、その……ワンダさんから、大量のお金を貰ってしまって。『受け取れない』って言ったんですけど……」
あぁ。あのハゲならやりそうなこった。気持ちのいいハゲだからな。
「僕が働いてたお給料から、ずっと少しずつ天引きして貯めてくれてたみたいで……」
そりゃ方便だ。多分な。
あのハゲは、自分の財産から少しずつ貯めてヨハンの為に使う金を用意してたにちげぇねぇ。いかにもハゲがやりそうなこった。お人好しなハゲだからなぁ。
「そのお金で、船を買えって」
「良かったな。やりてぇことが見つかって。しかもすぐに叶いそうときたもんだ。望むところじゃねぇか。お前さんのやりてぇことが叶うのを、きっとあのハゲも願ってるさ」
「は、はい! ゲルグさんのおかげです! ありがとうございます!」
やめろ。そんなキラキラした目で俺を見るな。おっさんにはそういう目が一番効くんだよ。ダメージがでかい。
「礼を言われる程のこっちゃしてねぇ。遅かれ早かれそうなってただろ」
「そうかもしれません。ですが、ありがとうございます」
「わーったわーった。どういたしましてどういたしまして。おっさんはボケっとするのに忙しいんだ。さっさと失せろ」
しっしっと手で追い払う。ヨハンは満面の笑顔で、俺に一礼してから、どっか行った。ワンダの手伝いでもしにいくんだろ。
さて、もう話しかけてくる奴はいねぇだろ。心のままにぼ~っとしよ……。
「ゲルグ。暇なのでちょっと雑談でも」
今度はミリアか……。やっぱ流行ってんのか?
ミリアと他愛もない話をしていたら、そこにアスナもいつの間にか加わって、結果的に俺のぼ~っとする時間は奪われた。おっさんの脳味噌を休ませろよ、ったく。
そんなこんなで、出港してから大体三時間が経過した。ワンダが野太い声を張り上げる。
「入港! 入港! おめぇら! 気を抜くな!」
「ヨーソロー!」
デニスの対岸。ヒスパーナ辺境国のデニス大河沿いの街、レイミア。そこに俺たちはたどり着いた。船の錨が沈められ、タラップが桟橋に渡される。
よっしゃ、んじゃ行くか、ってな時だ。ワンダが俺達を甲板に集めた。なんでも改めて言いたいことがあるんだそうだ。どうせ、アレだろ? 礼を言いたいとかそういうこったろ?
「今回の件、心から感謝する。ありがとう」
ほーら、予想通り。深く頭を下げたハゲの禿頭がキラリと光る。うん。絶景かな。いや、絶景じゃねぇよ。ツルピカってそれだけだ。
「ん。ワンダさん。頭上げて。私達を運んでくれた。うぃんうぃん」
「嬢ちゃん……。いや、それでも礼を言わせてくれ。ありがとう。感謝する」
「アスナ。ここは、素直にお礼を受け取るのが礼儀よ」
エリナが珍しくまともなことを言い始める。アスナがエリナの言葉に小さく頷いて、ワンダを見つめる。
「ん。どういたしまして。私達もありがとう」
ワンダがようやく満足気な顔で頭を上げた。
「……国際手配されてるって話だったな。これ、餞別だ」
船員に言って、ハゲが人数分のフード付きマントを持ってこさせる。
こりゃありがてぇ。ヒスパーナでは国際手配の扱いがどうなってんのか全然情報がなかったんだ。ババァを呼ぼうかともちょっと考えたもんだが、アスナに止められた。なんでも、「多分大丈夫」、なんだと。なにが多分大丈夫だよ。
「ん。ありがと。ワンダさん」
「礼は要りやせん。どうかお気をつけて。ワンダ水運業一同。アスナ様御一行の旅のご無事を心よりお祈り申し上げております!」
そんで、その後に続く船員どもの、「ありがとうございます!」、の叫び声。うるせぇよ。だが、まぁ、悪い気はしない。そうだろ? アスナ。
「ん。ワンダさんもお元気で」
「また、近くに立ち寄ったら顔を見せてくれ。アンタ達なら諸手を挙げて歓迎する。元気でな」
挨拶もお終い。これでおさらば。俺達は感謝をふんだんに込めた目でハゲを見つめてから――尤も俺はそんな目で見てはいねぇが――、船を降りようとした。
その時、最後尾を歩いていた俺の首にワンダのムキムキな腕が巻き付いた。やめろ。びっくりするじゃねぇか。あと暑苦しい。
「ゲルグ。お前にも感謝してる。ありがとよ」
「何を感謝されてるのかわからん」
「あいつだ」
俺達よりも一足先に船を降りて、桟橋でキョロキョロしているヨハンをワンダが顎でしゃくる。
あぁ、そういうことな。だから、酔っ払いの黒歴史だって。やめてくれ。
「お前のおかげでヨハンは一皮向けた。ありがとよ」
「大層なこたしてねぇ。酔っ払いが偉そうにふんぞり返っただけだ」
「はっはっは。そうか! でも、ありがとよ! ゲルグ! お前は悪党だが良い奴だ! 俺が保証する!」
俺が良い奴? バカ言うな。
俺はドコまで行っても、ただの小悪党。それでいいんだ。ただの小悪党だからこそわかることもある。ただの小悪党だから、アスナ達に引っ付いてきた意味があるんだよ。
俺は肩に置かれたワンダの腕を乱暴に振り払ってから、ワンダを見て、そんで笑った。
「俺は悪党だよ。それでいいんだ。良い奴なんかじゃねぇ」
ハゲに背中を向けて、そんで手をひらひらさせて、俺はアスナ達に追っつく。
さぁて、ヒスパーナ辺境国か。トラブルとかなけりゃいいがなぁ。あるんだろうなぁ。なんたって国際手配だからなぁ。やだなぁ。
ま、気張って行きますかぁ。
ようやく、船に乗って対岸へ。
次話よりヒスパーナ辺境国です。
さぁ、どんなことが待っているのでしょうか!
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とーっても励みになります。エ・モルト・ジェンティレ・ダ・パルテ!!!!
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とにかく死にます!!