第四話:好きなのよ……。あぁいう、実直で、真面目に暮らしてる人が
「あー、今日は長らくデニス大河を脅かしていたクラーケンをぶち殺した祝宴だ! 野郎ども! この方々こそが、クラーケンをぶっ殺した勇者サマ御一行だ! この店の全部のメニュー、食べ放題飲み放題だとよ! ありがたくかっ喰らえ! 乾杯、といきてぇところだが、流石に今回の功労者から一言も頂かねぇってのは船乗りとしちゃクソくらえだ! 勇者、アスナ様とその御一行より一言!」
デニスの街。その中でもちょっとばかし高めの酒場。貸し切りにしたその場所で、ハゲが叫ぶ。ハゲで筋骨隆々のおっさんが暑苦しく叫ぶなんて、普段なら見たくもねぇが、まぁこういう日にゃいいだろ。
ハゲが、「姐さん、お願いします」なんて、エリナを見遣る。おぉ、おぉ。勇者はアスナだってのに、エリナが「姐さん」と来たもんだ。まぁ、アスナはそういうキャラじゃねぇし、この祝勝会のスポンサーはエリナだ。「これぐらいの出費痛くも痒くもねぇ」、とさ。あいつ、どんだけ王国からくすねてきたんだ?
「アンタ達! 今日はアタシの奢りよ! 好きなだけ食って、好きなだけ飲んで、そんで明日、全部クソと小便にして出しなさい! 以上!」
こりゃまたきっぷの良い啖呵で場を沸かせやがる。船乗りどもが、大はしゃぎだ。エリナがハゲに目配せをする。流石に王女だ。こういう場で長々としたスピーチが嫌われるってこたぁ、十二分に分かってるらしい。
「野郎ども! 乾杯だ!」
乾杯! と、その場の全員が口を揃えて叫んだ。俺? 俺だってこういうノリは嫌いじゃねぇ。右手に持ったエールのジョッキを掲げて、それを一気に飲み干す。タダ酒ほど美味ぇもんはねぇだろ?
ぷはっ、なんて酒臭い息を吐きながら、俺は二杯目のエールを店員の姉ちゃんに頼む。いや、ここの店の店員、結構べっぴん揃いだな。自然と目で追っちまうのは男の性だ。
ややあって、姉ちゃんが「お待たせしました」なんて言いながら、二杯目のエールを持ってくる。それをまたぐいと煽る。魔法で冷やしてんだろう。キンキンに冷えたエールが喉を通っていく感触が素晴らしい。
ついでに肉だ。何の肉かなんては知らねぇ。テーブルに置いてある肉を片っ端から掴んで齧り付く。そんでもって、それをエールで流し込む。これだよ。この瞬間。
そんな感じで、食い物を、酒を楽しんでた俺に、ワンダのおっさんが近寄ってくる。
「ゲルグ。飲んでるか?」
「あぁ、飲んでるよ。一仕事やりきった後の一杯ってのはやっぱ格別だな」
「あぁ、同感だ」
実質イカの化け物をぶっ殺したのはアスナ達四人だ。とどのつまり俺はなーんもやっちゃいねぇ。はっはっは。マジモンのタダ酒ってわけだ。
「……ゲルグよ」
「なんだ? ハゲ」
「ハゲは俺の誇りだ! ……じゃなくて。お前。何者だ?」
あん? 勇者サマ御一行の使いっぱだって言っただろうがよ。
「お前のやり口。ありゃ悪党のやり口だ。口先三寸で相手を言いくるめる。反論の余地は与えねぇ。都合の悪いことはしゃべらねぇ」
なるほどねぇ。バレバレ、ってわけか。このワンダのおっさんも、どうしようもねぇ食わせ者だ。
「俺はアリスタードのチンケな小悪党だった、一般人のおっさんだよ」
「小悪党?」
「泥棒さ。スリに空き巣、堂々と忍び込んで洗いざらいかっぱらう。詐欺の片棒を担いだこともあるな。チンケな悪事で日銭を稼ぐ、ちっぽけな悪党だよ。ま、それも数ヶ月前までの話だ。身の上話は好きじゃねぇんだ。この辺にしとけ」
そう、身の上話は好きじゃねぇ。別に話さねぇわけじゃねぇ。全部を全部話すのが面倒くせぇ。それだけだ。だがハゲはどうにも納得いってねぇ、そんな顔をしてやがる。
「自分を小悪党だとか抜かすお前が、なんで勇者なんかに付いてまわってる?」
「んなもん俺が知りてぇよ。成り行きだ、成り行き。……お、ほら、あっちで面白そうなことがおっぱじまってるぞ」
エリナが船乗り相手に飲み比べを始めやがった。やめとけよ。お前さん、そんな酒強い方じゃねぇだろ。
「……いや、野暮だった。お前の過去がどうだとかは関係なかったな。ありがとよ。ゲルグ」
「それは、アスナ達に言ってやれ。ハゲ」
ワンダがニカっと笑って、どっかに行く。ありゃエリナとの飲み比べに参戦する気だな。あーあ。エリナ潰されにゃいいけどな。
っと、エールが切れた。「おーい、姉ちゃん」なんて叫ぼうとしたその時、ミリアが「はい」なんて言ってニコニコ笑いながら、ジョッキを手渡してきた。
「おう。ミリア。あんがとよ。飲んでるか?」
「えぇ。嗜む程度に。……エリナ様程は飲んでませんけど……」
「それが良い。あいつ、一時間もたったらへべれけだぞ。あのペースじゃ」
「エリナ様はちょっとだけ、こういうノリに弱いというか。ちょっと気性の荒いおじさま受けする性格だというか……」
あぁ、なんとなくわかる。一国の王女とは思えねぇ。なんっつーか、場末の酒場とかでおっさんのアイドルになってそうなタイプだ。きっぷも良いし、小股の切れ上がった粋な女ってのは、あいつみてぇな奴のことを言うんだろう。
「そういや、アスナは?」
近くにゃいねぇ。どこにいんだあいつ。
「…………アスナ様は、隅っこのほうでオレンジジュースを飲んでます。こういう場が嫌いなわけではないらしいのですが、積極的に混ざっていくタイプではないので」
「そうか。まぁ、無理やり酒飲まされてねぇんならいいが」
あいつ、下戸だって自分で言うくらいだから、相当な下戸なんだろう。酒ぐらい飲めるようになっといて損はねぇんだが、まぁ飲めねぇ奴に飲ませても、大変なことになるだけだ。
ってか、ん? ふとミリアの顔を見ると、なんだかムスっとしてる。なんか癪に障ること言ったか? 俺。
「お前なんちゅー顔してんだ」
「知りませんよーだ」
なんだか不機嫌そうにどっか行った。最初はニコニコしてやがったのに、なんだあいつ?
キースはキースで船乗りの兄ちゃん達と何やら雑談している。
「わかるっ! 男の価値はどれだけ女を抱いたかじゃねぇっ! 一人の女を愛し続ける! そこにあるんだ!
「うむ! わかってくれるか!」
童貞が集まってやがんのか……。俺はあそこには近寄らないようにしよう。童貞が感染る。いや、俺も童貞だが、あいつらとはきっと違う。俺は素人童貞だ。
そんな風に周囲を見回して、面白いことでも起こってねぇかな、なんて思ってると、隅で一人っぽっちでちびちび飲んでるヨハンを見つけた。影薄いな、あいつ。しゃあねぇなぁ。やれやれと肩をすくめながら、ヨハンに歩み寄る。
「よっ、ヨハン、とかいったか? 飲んでるか?」
「あ、ゲルグ、さん。でしたっけ。はい。飲んでます」
「お前さんは、そうやって隅っこで飲むのが趣味なのか? 混ざってくりゃいいじゃねぇか」
まぁ俺も、別にどこかしらのグループに混ざってはしゃいでるわけじゃねぇから、人のことは言えねぇがな。
「僕、あんまりこういう場、得意じゃなくて」
「そかそか。まぁ、そういう奴も居る。好きなように楽しめ。それが良い」
そして無言。まぁそうなる。別に俺から話すべき話題もねぇし、相手はなにやら喋るのが不得意そうな奴だ。そりゃ無言でぼけっと喧騒を眺めながら酒を飲むことになる。
ややあって、ヨハンがゆっくりと口をひらいた。
「ゲルグさん。貴方の知識は異常です。見た目からは想像もできない。どのようにして、その知識を?」
「おいおい、ヨハン。そりゃお前さんだってそうだろうがよ。字も読める。頭も良さそうだ。もっと別の働き口なんてあったんじゃねぇのか?」
「いえ、僕は……。両親を早くに亡くして、ワンダさんに育てて貰ったんです。ワンダさんは、私財をなげうって僕に知識を授けてくださいました。学校にも通わせて下さいました。ですから」
あぁ、そういうことか。その恩返し、ってことか。泣ける話じゃねぇか。いや、全然泣けねぇけどな。
ま、あのハゲもグラマンみたいに悪どい奴ではなさそうだ。ちょっと話しゃすぐ分かる。悪いやつじゃねぇ。善意ってやつだろう。
だが、その善意に縛られるってこともある。ここはおっさんがしゃしゃって余計な口を出してやるか。
「ヨハンよ。お前さん、やりてぇことはねぇのか?」
「やりたいこと、ですか?」
「あぁ。あのハゲ、いやワンダも、お前さんが本当にやりてぇことをやって幸せになった方が嬉しいと思うぞ」
「……考えたこともなかったです」
ほら。恩返し。義務感。責務。そんなもんでこいつは今ハゲの下で働いてる。そりゃハゲも助かるだろうさ。だが、そんなんで若人の人生が決まっちゃいけねぇ。
「ちょっとばかしよく考えて見るんだな。やりてぇこと、ってもんをよ。その後でワンダに話してみりゃいい。あのハゲなら、きっとお前さんの言うことをちゃーんと聞いてくれるだろうよ」
祝勝会が始まって一時間程過ぎだだろうか。俺は、今店の外に居る。なんでかって? そりゃ、エリナの介抱をするために決まってんだろ。
おおよそ、女の出すモンじゃねぇヒデェ音を響かせて、エリナが胃の中のものを盛大に戻す。おぉ、おぉ、苦しいだろうなぁ。背中さすってやるよ。さすさす。
「げほっ、ごほっ……。げ、ゲルグ……あ、ありがと」
「お前さん、酒そんな強くねぇのに、あんなペースで飲むからだよ。ほら、水だ」
「あ、あり、がと……」
とぎれとぎれの礼の後、エリナが手渡した水を煽る。喉を鳴らして一気飲み。うん、良い飲みっぷりだ。水だけどな。
しっかし、キースもへべれけ。ミリアはそこそこ。エリナはこの状態。明日はおしゃかだな。二日酔いに苦しむ奴が続出だ。まぁ、今はそこまで急ぐわけじゃねぇ。それもいいか。
「きぼじわるい……」
「そりゃ、気持ち悪いだろうよ。ほら、まだ水がある。飲め」
「ゲルグ……ありがど。うっうっ、うっ……」
うわ、面倒くせぇ。泣き始めやがった。笑い上戸で泣き上戸ってのは分かってた。だが、今日は笑い上戸の後に来る泣き上戸の日らしい。混ざってくるのが良いのか、混ざらねぇで別々にくるのが良いのか、それは俺にも分からねぇ。
「全く、なんであんな無茶な飲み方するかねぇ」
背中を擦ってやりながら呟く。
「……きなのよ」
「ん?」
「好きなのよ……。あぁいう、実直で、真面目に暮らしてる人が。混ざりたいって思うの」
実直で真面目ねぇ。俺とは正反対だな。ってか、まず泣き止んで、それから口の端についてるゲロの欠片を拭ってからそういう感動的な話は始めろよ。俺は店から拝借してきたタオルでエリナの口元をぐいっと拭う。
「あに、すんのよぉ」
「口の周りにゲロが付いてんだよ。んで?」
「『んで?』」
「バカ、『混ざりたいって思う』の後だよ、なんか言おうとしてたろうがよ」
「……アタシゃね。パパからなんでも貰えた。お金なんて一杯あった」
そりゃそうだろうなぁ。なんたって王族だ。
「でね、ある日、アスナに会って、それからアスナに案内してもらって、王都のいろんなところを見た」
いろんなところ。アスナが案内しそうな場所なんて、なんっつーか簡単に想像がつくな。
「皆、一所懸命働いてた。汗水たらして。あぁ、アタシとは違うな、って思った。アタシはそれまで努力なんてしてこなかったし、なんでも与えられるままに与えてもらってた。でもそうじゃないよな、って」
「それで魔法を?」
「うん……。その頃にジョーマ様のお話を聞いてね。アタシも汗水たらして何かを得たいって思ったの。それがお金なのか知識なのか、そこまではまだガキだったからよくわかんなかったけど。努力して何かを得るって素敵だなって。アタシもあぁなりたいなって」
エリナの独白は続く。
「だけどね、確かに勉強して努力した。でも、結局魔法だって、精霊との契約はパパがお膳立てしてくれた。本当の努力とか、実直さとか、そういうものって、アタシとは縁遠いモノなの。だから、キレイだなって」
いつものこいつからは考えられない台詞だ。こいつこんなこと考えて生きてきたのか。っていうか、努力なんてしてこなかったとか言ってたか? そりゃちげぇだろ。俺はエリナの肩を掴んで、こちらを向かせる。
「魔法云々は置いといてだ。エリナ。お前さんがそれまで努力をしてこなかった、ってのはちと違う気がするぞ」
「え?」
「王族には、王族なりの苦労があんだろ? 礼儀作法やら、帝王学やら、なんやら。俺にゃよく分からねぇがな。そういう教育を受けてきてたんじゃねぇのか? そりゃ努力と何が違う? 実直さと何が違う? 真面目ってやつと何が違う?」
腐ってもアリスタード王国の王女だ。王位継承権第一位。あのクソ国王だって、自分の娘にゃそれなりな教育をさせようと腐心しただろうよ。こいつを見りゃよく分かる。俺にゃよく分からねぇが、親ってのはそういうもんじゃねぇのか?
んで、こいつのことだ。きっとそれを全部自分のモノにしようと躍起になったにちげぇねぇ。こいつはそういう性格だ。気持ちの良い女だ。悔しいがな。
「自分で選びぬいて、魔法を覚えたお前さんは偉い。だがな、そうじゃなくても、お前さんはきっと偉かったと思うぞ?」
「……」
ん? なんだ? 俺様の感動的な話に感極まってんのか? いつのまにかエリナは俺のシャツを両手で掴んで、そんでもってうつむいて震えてやがる。泣いてんのか? 泣いてたけどよ。いや、そこまで感極まる程の話か? 笑えるぞ?
「おい、そんなプルプルしながら泣くなよ。それほどの話でも……」
「…………おえっ!」
げぇっ! こいつ、感極まってたんじゃねぇ。吐きそうなのを我慢してやがった! やっべ、臭ぇ! 俺ももらいゲロしそうになってきた。っていうか、俺のシャツ! 俺のシャツが! 助けて! 誰か! エリナ! おい! いつまで俺のシャツにゲロ撒き散らかしてんだ! やめろ!
そんなこんなで、楽しい楽しい? 夜は、あっちゅーまに過ぎていったのだった。え? 俺のシャツ? 俺のシャツは犠牲になったのだ。
次の日、当然っちゃあ当然だが新しいのを買いに行ったよ。元々買うつもりだったから、別にいーけどな。
宴会です!
なんかおっさんがまともっぽい説教しちゃってますが、大体酔っ払いの黒歴史です。
やーいやーい。
しばらくしてから、枕に顔突っ込んで「あ゛ーーー」って叫べば良いんだー!
そして、潰れたエリナ様。
勝ち気に見える彼女だって、色々悩んだりもします。
女の子だもん。
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花粉症で鼻水に溺れて溺死します。