第三話:あのクソイカを必ずぶち殺して、その後でアンタ達に好きなだけ最高級の食事と酒を提供するわ
どでかい建物は、中に入ってみりゃ何のことはない、船の格納庫だった。アリスタードの軍港が日常だったもんで、大きさとしちゃそれほどでかくは感じねぇが、それでもそれなりに立派な船が幾つも並び、そしてそれらはいつでも出港できるように、大河のほとりに浮かんでいた。
仕事ができねぇ、って状況にもかかわらず、メンテナンスは欠かしていないらしい。船の外装をみりゃわかる。ピッカピカだ。
キョロキョロしながら建物に入って、開口一番。俺はまずは言い放つ。
「依頼は簡単だ。俺達を対岸まで連れて行け」
俺の言葉にハゲが期待はずれ、みたいな顔をして舌打ちを一つ。
「……話はそれだけか? 帰れ」
その反応は予想してた。予想しまくってたよ。バーカ。交渉事は下手くそな自信があるが、それでも場数だけは踏んでんだよ。
「帰れるか。こっちにゃ対岸まで行かにゃならねぇ理由があるんだ。そう簡単に、すごすごと引き下がれるか」
「やいのやいのうるせぇ! こっちだって対岸まで連れて行ってやりてぇところなんだよ!」
「理由は分かってる。クラーケン、とやらだろ?」
「あぁ。商売上がったりだよ畜生。こっちゃ、明日のおまんまにも困ってんだ。冷やかしなら今すぐ帰れ」
「そう結論を急くな。なぁ、おっさん。お前さん、なんて名だ?」
「俺の名前? そんなんてめぇらに何の関係が……」
「いいから、いいから。名前わからねぇと不便だろうが。おっと、俺ぁゲルグだ。勇者サマ御一行の使いっぱをやってる」
「『使いっぱ』ねぇ……。まぁ、いい。俺はワンダだ。で? 話は終いか? 帰ってくれ」
おぉ、おぉ。ここまで「帰れ」、「帰れ」言われると、テコ使われてででも帰りたくなくなるってもんだ。勿論、ここまできて何の成果も出さねぇで帰る気なんてさらさらねぇ。
「なぁ、ワンダのおっさんよ。お前さんもわかってんだろ? 勇者サマ御一行だぞ?」
「……」
「クラーケンなんて魔物。速攻でぶち殺せる」
ハゲが何やら難しそうな顔で考え込む。っていうかわかってただろ? だから俺達をここに通した。そうに違ぇねぇだろ。
「信用ならねぇ。ゲルグとやらよ。てめぇの後ろに居る連中が勇者とやらだっていう証明は? あんのか?」
信用ならねぇ? だったら最初からここに通したりしねえだろうがよ。おっさんよ。てめぇは今俺達の腹を探ってる。そうだろ?
だが、ここでこのハゲのちょっとばかしの疑念を晴らしてやるのも、交渉事の大事な一要素だ。
「これ見ろ」
俺はカバンからアスナの手配書を取り出す。恐らくだが一流の画家に描かせた人相書きだぞ? 瓜二つだ。こんなこともあろうかと、テキトーなとこでかっぱらって来たんだよ。
「おぉ、こりゃそっちの嬢ちゃんだな」
「帝国では取り下げられた国際手配書だ。アリスタードから交付された、公式なものだ。ほれ、ここ読め」
「俺は字が読めん」
っだー! これだから職人は! っていうかお前水運商だろうがよ! 商人でもあるんだろ? 文字ぐらい読めるようになっとけよ! 馬鹿!
「読める奴はいねぇのか?」
「……ちょっと待て。おい! ヨハン! 居るんだろ! ちょっと下りてこい」
ハゲが「ヨハン」とか言う奴を上を見上げて呼ぶ。ははぁん。どうやら、そいつがこの水運業者の会計やらなにやらを担ってやがるんだな。「は、はぁい!」なんて、少しばかり幼さを感じさせる返事が聞こえてから、数秒。どっすんばったん、と音がする。おいおい、大丈夫か? 今明らかに大丈夫じゃねぇ音がしたが。
ヨハンとやらが、頭を擦りながら駆け寄ってくる。小洒落た帽子を被った、如何にも気弱そうな兄ちゃんだ。
「ヨハン。これ、ここ、読めるか?」
「は、はい。えっと、『勇者アスナ・グレンバッハーグ』、って書いてます」
ほぉれみろ。もう信じるしかなくなった。
「その勇者サマが、対岸まで行きたいってお望みなんだよ」
「ほーう。そのお嬢ちゃんが勇者、ねぇ」
ハゲが訝しげな目でアスナをじろじろと見つめる。おい、アスナ。縮こまるんじゃねぇ。堂々としてろ。
「クラーケンはなんとかする。俺達は対岸まで渡れる。おっさんは商売が再開できる。お互いハッピー。めでたしめでたし、だろ?」
「……まだだ。本当にクラーケンを倒せんのか?」
「ワンダ。魔王を倒した勇者だぞ? 倒せねぇはずねぇだろ」
「……確かに倒せるんだろうよ。そりゃな。だがな、奴を倒すには船を出せ。そういうこったろ? 船員は大事なウチの商売のリソースだ。犬死させるわけにはいかねぇ。俺が言ってるのは、『一切の被害無しで倒せるのか』ってとこだ」
バーカ。そう言ってくるのも予想済みだよ。だからババァを呼んでそのクソみてぇに莫大な知恵を拝借したんだ。
「デニスの街は、デニス大河でも比較的海岸に近い。つまり河口付近にある街だ。つまり、海水が混じってる。真水じゃねぇ。雷槌の精霊と契約してる魔法使いがこっちにゃいる。まずはそれでクラーケンを誘い出すんだよ。そっからは、勇者サマ御一行に任しとけ」
「雷槌の精霊?」
「雷を司る精霊だよ」
ハゲがヨハンとか言う兄ちゃんの方を見る。
「ヨハン。こいつの言ってることは本当か?」
「え、あ、はい。塩水は良く電気を通します。普通の川よりも」
このヨハンとか言う兄ちゃん。結構博学らしいな。いや、俺が物知らねぇだけか? ハゲがその答えを聞いて、少しばかり考え込む様子を見せる。よしよし。悩んでる悩んでる。あと一息だ。
「俺達の要求は『クラーケン討伐用に船を貸すこと』、『必要な船員と物資を都合すること』、『成功報酬として俺達を無料で対岸まで運ぶこと』この三つだ。俺達が出せるモンは『借りた船員を全員無傷で返すこと』、『クラーケンをぶち殺すこと』。どうだ? そんなに悪くねぇ賭けだと思うがな」
ハゲがさらに難しい顔をし始める。
「どうせ、てめぇのとこで働く連中なんて、他に行くとこなんざねぇ。このままあの化け物にもう一ヶ月でも居座られりゃ、どっちみち死ぬ。もしくは、盗賊にでもなって、商人を襲う馬鹿が出る。違うか?」
「……」
「船が壊れねぇとは言わねぇ。ちょっとばかし壊れるかもな。だが、それを鑑みてもおっさんにとっちゃ利があるんじゃねぇのか?」
ほれ、首を縦に振っちまえ。
「条件がある……」
来た来た来た。釣れそうだぞ。
「……ここらの船乗りはな。何かしら危機に陥った時、その時に一番功績を挙げたやつが全員に酒をおごる決まりだ。終わったら、お前らの奢りで一杯。それで手を打つ」
俺は予想外の条件にぽかんとする。誰が見ても間抜けな面だったろう。
「は? なんだ、酒奢れってか?」
「船乗りはその宴を夢見て腕を振るう。死なないためのゲン担ぎってやつだ」
そりゃまぁ。酒ぐらい、いいっちゃ良いけどよ。俺は後ろの連中を見る。アスナは……あぁ、駄目だ。「私よくわかりません」って顔してやがる。ミリアは、あぁ、もう「行く末を見守ります」って笑顔だ。キースは……お前、流石に知らん顔はやめろよ。そっぽむくな。
最後の頼みだ。エリナ!
「約束しましょう! あのクソイカを必ずぶち殺して、その後でアンタ達に好きなだけ最高級の食事と酒を提供するわ!」
ヒュー。流石、一国の王女。言うことがちげぇ。
「交渉、成立だな」
ハゲが、少しばかり渋い顔をして、それでもその後で苦々しそうな笑顔を見せた。俺とハゲががっちりと握手する。上手く行った、上手く行った。
準備は迅速に進められた。昼間っから酒をかっ喰らって顔を真っ赤にしているダメオヤジそうなハゲだが、流石に仕事は素晴らしい。小一時間も経たずに船員を集めて、必要な物資を都合して、出港の準備が整った。
「おい、ゲルグ。化け物退治は任せる。だが、船のことに関して口出しは無用だ」
「いい、いい。分かってる。餅は餅屋ってな」
俺は後ろの方で突っ立ってたアスナ達に向き直る。
「さて、お膳立ては済んだ。ここからはお前らの仕事だ。アスナ、無理すんな。ミリア、船員を見てやれ。キース、お前はいつもどおりやれ」
そんでもって、最後にエリナを見遣る。この戦い。こいつが最大の鍵だ。
「エリナ。ぶちかませ」
「クソ小悪党に言われなくても分かってるわよ。アタシを誰だと思ってるの?」
あん? エリナ・アリスタードだろうがよ。
「大魔道士エリナ様よ?」
そんだけ勝ち気な笑顔を見せられりゃ、俺ぁ何も言えねぇよ。
アスナ達が意気揚々とワンダのおっさんが用意した丈夫そうな船に乗り込んでいく。俺はそれを見送りながら、一足先に船に乗っていたおっさんに叫ぶ。
「よっしゃ! ワンダのおっさん! いっちょよろしく頼まぁ!」
「おう! 任しとけ! ってか、ゲルグ、お前さんは乗らねぇのか!?」
「言ったろ! 俺は使いっぱだって! 荒事はそいつらが専門なんだっつーの!」
「よく分からねぇが、分かった!」
ゆっくりと船が出ていく。さぁて。俺にゃやることはもうねぇ。やれることはこっから、連中の無事を祝うってだけだぁな。
ぼーんやりと出ていった船の様子を見る。あ、なんか今まで晴れ晴れとしてた空に雷雲が現れやがった。エリナがなんかしやがったな。
次の瞬間には、眩しい光と稲妻。そして、少しばかり遅れてくる腹の底を揺るがすような轟音。おぉ、やべぇ。雷の魔法ってあんなやべぇやつだったのか。エリナと喧嘩した時、何回か雷の魔法っぽいなんかを当てられたが、その比じゃねぇ。
目を凝らすと、魚がプカプカと浮かんでくるのが見えた。おぉ、おぉ。ここらの漁師はこれから先苦労するだろうな。この街、漁業って盛んだったっけか?
その数秒後、ゆっくりと現れる、どでかいイカ。うん。イカだ。めちゃでかいイカだ。クラーケン、っていうか、まぁイカだな。でかいな。
うん。乗らなくて良かった。ちとアスナが心配だが、まぁ船の上だしな。アスナの出番もねぇだろ。大体エリナの役目だ。
ほら、また雷が落ちた。今度は直撃だ。
その他にも、アスナっぽい人影から、雷の矢っぽいものがバシバシと打ち込まれてる。こりゃ時間の問題だな。流石勇者サマ御一行。
また、雷。さっきよりでけぇ。エリナ。本気だな。やべぇあいつ。下手な魔物よりもおっかねぇ。あいつを怒らせるのはやめようなんて、何度思ったかわからねぇが、改めて思う。
クラーケンが断末魔の声を上げ、河の底にゆっくりと沈んでいく。その様子に勝どきの声が上がるのに時間はかからなかった。ってか、船員の声が野太い。さすが海の男。いや、海? なのか? 河だよな? よくわからんくなってきた。
ま、ともかく一件落着ってこった。
船が格納庫にゆっくりと戻ってくる。おぉ、大誤算も大誤算。船にもほとんど損害が見られねぇ。連中、相当上手いことやったみてぇだな。
船からタラップが降りてきて、アスナ達がなんてこともねぇ顔で降りてくる。
「よぉ。うまいことやったな」
「ん。頑張った。撫でて」
「しゃーね……いや、やめとく。すまん」
主にエリナの目が怖え。アスナの恨みがましそうな、捨て猫みてぇな目も心が痛むが、俺の命には代えられねぇ。すまん。悪かった。
「どう? ゲルグ! アタシの魔法は!」
「おぉ、すげぇすげぇ。『大魔道士』とか自分で言っちゃうだけある。すげぇよ」
「なんか、言葉に棘があるんだけど?」
「他意はねぇよ」
嘘だ。他意ありまくるにきまってんだろ。「大魔道士」なんて自称するもんじゃねぇよ。馬鹿。
「あ、船員さん達の治療。終わりました。幸い重傷を負った方もいらっしゃいませんでしたよ」
「おぉ、ミリア。お前もよくやった。流石だ、流石」
「えへへ」
うん。べっぴんな姉ちゃんの笑顔は良いものだ。可愛いは正義。って誰が言ってたんだっけなぁ。誰だっけなぁ。アリスタードのド変態の一人が言ってた気がするんだが、ド変態が多すぎてもはや誰だったか思い出せん。
あと、やめろ、アスナ。その目で俺を見るんじゃねぇ。あとで撫でてやるから。そんな恨みがましそうな目でこっちを見るな。
「……き、キースも、お疲れ様、だな!」
「うむ。騎士として当然の務めだ」
ってか、こいつなんかやったのか? 大体アスナとエリナの魔法でぶち殺したようにしか見えなかったが。まぁ、いいか。なんかしらやったんだろ。こいつも。
そんな風に俺が、連中の健闘をたたえていると、ワンダのおっさんがのっしのっしと船から歩いてきた。
「ゲルグ」
「ん?」
「すまん!」
何故か頭を下げられた。
「いや、えっと。なんで謝られてんの俺?」
俺はアスナ達を見回すが、誰一人俺の質問に対する答えを持ってそうなやつは居なかった。
「てめぇを、疑ってた。ずっと疑ってた。蓋を開けてみりゃこれだ。船員は皆無事。船もほとんど損傷がねぇ。俺達の商売はまた再開できる。なんもかんもてめぇの言うとおりだった。疑ってすまなかった」
あぁ、そういうことな。バーカ。そういうのはな。謝るんじゃねぇんだよ。ってか、誰とも知らねぇ奴がいきなり訪ねてきて、「化け物倒してやるから船出せ」って言われて、信じられる奴なんてそうそういねぇ。いたとしたら頭にウジが湧いてるにちげぇねぇ。
「おっさんよ。俺達は対岸に渡れりゃそれでいーの。おっさんのハゲ頭をまじまじと見つめる趣味はねぇんだよ」
ワンダの肩を叩く。
「……それもそうか……。いや、でもすまん。ありがとう」
「さ、こっから、約束の宴だろ? 大魔道士エリナサマとやらが、最高級の飯と酒を奢ってくれるってよ」
俺はエリナを顎でしゃくる。
エリナ、吐いたツバは飲めねぇんだぞ? きっとコイツら大酒豪だ。覚悟しとけよ。
俺はそんなことを思ってニヤッとエリナに笑いかけた。おい、そっぽむくんじゃねぇ。ここは笑い合う場面だろうがよ。
はい、中ボス(クソ雑魚)戦でした!
っていうか、アスナ達勇者御一行様に勝てる魔物は基本いません。
よっ、チート、よっ、人外、よっ、化け物ども!
……褒め言葉になってませんね。
おっさんも張り切りました。
交渉事は苦手ではあるのですが、場数は踏んでます。
経験が物をいいますね。
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とーっても励みになります。ダンニャワード!!!!
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えっと、なんでしょう……とにかく死にます!!!