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第二話:ちょっとぐらい我慢しなさい

「ゲルグ、そなた、余を何か便利な道具かなんかだと思っておらんか?」


 アスナが笛を吹いて数分後、ババァが息を切らしながら、俺達の居る宿屋にやってきた。おぉ、本当に来るんだなぁ。マジで便利なババァだ。これから散々こき使ってやろう、と思ったのは俺だけの秘密だ。


 んで、俺がババァにことのあらましを説明した。説明の後真っ先にババァの口から出た言葉がさっきのアレだ。


「てめぇは、昔から便利ババァだろうがよ。なんか良い案だしやがれ」


「ゲルグ。そなた、不遜が過ぎるぞ。余が広い心を持っているから良いものの」


「そういうのいいから。なんか、考えろ」


 ババァが特大のため息を吐く。困ったら呼べっていったの、てめぇだろうがよ。


「こんな簡単な問題で余を呼び出すな。船を壊される前に殺せ。それだけだろうが」


「いや、だからそれだと可能性が低いし、被害を出したくねぇってこいつらが言ってるからてめぇを呼んだんじゃねぇか」


「クラーケン等、それしか方法は無い。ん? いや。ちょっと待て。エリナ・アリスタード。雷槌の精霊(ソー)と契約はしているか?」


「え? あ、はい、してます。大体の魔法も使えます」


「ふむ。なら、川に向けて特大の雷を落とせ。幸いデニスは河口付近だ。塩が多分に混じっている。雷の伝導率も良いだろう。上手く行けばクラーケンが浮き上がってくる。そうじゃなくても、怒り狂って姿を表す」


 ほーん。塩水なら雷が通るっていうのはよく分からねぇが、兎に角雷系の魔法を河にぶち当てりゃいいんだな。


「ではもう良いか? 余は部屋でだらだらするので忙しいのだ。帰るぞ」


 だらだらするので忙しいってなんだよ。マジで。


「おう。あんがとよ。さっさと失せろ」


「ゲルグ、貴様……。まぁ、良い。ではな」


 ババァはそう言って、青白い光に包まれて消えた。本当に便利ババァだ。これからもこき使ってやろう。


「さて、方針はなんとなく見えてきたな」


 俺の言葉に四人が首を縦に振る。


「今回、俺は役に立ちそうねぇ。お前らでなんとかしろ。お膳立ては俺がする。まずは船の確保か。ま、今日はもう遅い。飯食って寝るぞ」


 俺達は近くの定食屋に寄って夕飯を食ってから、宿で休むことに決めたのだった。







「ふふ、ふふふ。昨日は阻止されたがな。今日は、今日こそは!」


 エリナとこの街のほうぼうを歩いて、ウフフな店が何軒もありそうな場所は当たりを付けた。昨日の今日だ。まさか連中も警戒なんてしちゃおるまい。


「今日こそ! 溜まった性欲を! 開放する!」


 あのな、おっさんにとって死活問題なんだぞ? アスナは小綺麗な顔はしちゃいるがガキだから置いといて、ミリアはべっぴん、エリナも口を開かにゃそこそこ。そんな女共に囲まれて、一緒に旅をして、ムラムラこねぇ方がどうかしてる。男としてどうかと思う。


 それに今日は、秘策だって用意している。「キースを誘う!」。これだ。


 俺は昨日とは打って変わって、堂々と扉を開ける。そう、今の口実はキースと男同士で飲み明かす。そうなってんだ。見つかったら堂々とそう言えばいい。宿を出た後は、キースを口先三寸で言いくるめりゃ、もうこっちのもんよ。


 俺はキースの部屋をノックする。「俺だ、ゲルグだ」と言うと、ややあって扉がゆっくりと開いた。


「ん? なんだゲルグ。寝ないのか?」


「いやな、せっかくだから、男同士で飲みにでも行かねぇかと思ってよ」


「ほう、たまには良いかもな」


「だろ? さ、行こうぜ」


「了解した。すまん、ちょっと準備をする。待っててくれ」


 そう言ってキースが部屋の奥に引っ込んで、数分。キースはいつもの鎧姿とは打って変わって、さわやか~な青年っぽい格好で出てきた。クソ、ムカつく。こいつやっぱイケメンだ。……でも童貞。こいつは童貞。仲間。童貞皆友達。


「んじゃ、行くか」


「うむ」


「……ねぇ」


 そうして俺達二人が宿屋の階段を降りようとした時、後ろから声がかかった。やべっ。予想に反して警戒してやがったか? いや、でも今の俺の目的は「キースと男同士で飲む」だ。何の問題もねぇ。途中で心変わりするだけだ。


「ドコ行くのよ? ゲルグぅ、キースぅ?」


 よりにもよってエリナか。クソ、一番言いくるめるのが難しそうな奴が出てきやがった。いや、平常心、平常心。俺達はただ飲みに行くだけ。それだけだ。


「よぉ、エリナ。たまにはキースと男同士でサシで飲みてぇな、なんて思ってよ。これから飲みに行くところなんだよ」


「ふぅん。じゃあアタシが付いていっても問題ないわね?」


「馬鹿言うんじゃねぇよ。男同士でしか話せねぇことがあんだよ。野暮ったいこと言うんじゃねぇ。な、キース」


 俺はキースをちらりと見る。あ、駄目だこいつ。姫様命だ。目が、もう「姫様と一緒に決まってる」、なんて色に染まってやがる。俺はエリナに気付かれないように、キースの足を思いっきり踏みつける。


「ッ!?」


「なー、キースー。男同士、ちょっとばかし深い話をすんだよ。女はお断り。ついてくんなよ! さ、キース、行くぞ」


 俺は痛みに悶絶するキースを引きずって宿屋の階段を降りる。背中にエリナの訝しげな視線をひしひしと感じながらも。


 階段を降りて、そのまま足早に宿屋の扉をくぐる。


「ゲルグ! 何をするのだ! 姫様が付いてきたいと仰っているのだぞ! 是非もないだろう!」


「馬鹿! いいからちょっと付いてこい! 文句はナシだ!」


 俺はやいのやいのうるさいキースを無視して、デニスの街並みをあっちゃこっちゃ行ったり来たりする。エリナが後を付けてねぇとも限らねぇ。っていうか、最初は付いてきてやがった。その後は街中にいる人間どもの気配に紛れてわからなくなっちまったがな。


 そんなわけで、俺はキースを引きずりながら兎に角目的地を悟らせないように、ぐねぐねと歩き回る。


 ……よし、俺達を付けてきてるような気配は感じ取れねぇ。巻いた。巻いたぞ!


 ふーっ、と一息ついた俺に、キースが詰め寄ってくる。やめろ、暑苦しい。イケメンとはいえお前、マッチョなんだぞ。近寄んな、脳筋。


「どういうことだ! ゲルグ! 説明しろ!」


「いいか? キース。お前もどうせ童貞だろ? 童貞の俺にはわかる」


「なっ! そ、そんなこと今は関係ないだろう」


 バーカ、それがもうゲロってるのと一緒なんだよ。


「いいか? 童貞は童貞でもよ、せっかくだから素人童貞になりたかねぇか? 女のなんたるかを知っとくって、俺ぁ大事だと思うんだよ」


「む。いや、俺はそのようなことは」


「あとな、辛くねぇか? ミリアは結構スタイルが良くてべっぴんだ。だが神官だから手が出せねぇ。エリナは口さえ開かにゃそこそこ美人だ。だが、あいつはお姫様だ。手を出したら首が飛ぶ。ついでにお情けでアスナも入れてやるとして、だ。女三人に囲まれて旅してるんだぞ? 辛くねぇか? っていうか、目的があって旅してんのに、そういう男女関係のいざこざがあっちゃまずいだろ? 常識的に考えて」


 早口でまくしたてる。


「……た、確かに……」


 ふっ、堕ちた。こういう単純な馬鹿は操りやすくて助かる。


「というわけでだな。今日はお前を一皮向けた男にしてやるってそういうこった。大丈夫。俺の奢りだ。場所も当たりはつけてる」


「や、だが、その」


「バーカ、ここまで来て尻込みしてんじゃねぇ。発散したいのか、発散したくないのか、どっちだ?」


「くっ、『発散したくない』、と即答できない自分が悔しい……」


「いいんだよ。それで。俺達はな、男だ。本能なんだ。女を抱きたい。良いんだよ。それで」


「い、良いのか?」


「あぁ、自然な欲求だ。人間としてそのまんまの姿だ。それで良いんだ」


「そ、そうなのか?」


「そうだ! 何を迷う必要がある!」


「そ、そうか! わ、わかった、貴君に付いていく!」


 よーし、説得完了。簡単だったなぁ。あとは、歓楽街に行くだけだ。


 デニスの歓楽街は、街の西側にある。夜も眠らねぇ一角だ。行くぞ! 俺達は、行く! 日頃のなんやかんやを発散させに行くんだ!


「じゃ、行くぞ」


 なんて、軽ーく考えていたのが間違いだった。歩いて歓楽街にたどり着いた俺達に、とてもじゃないが、乗り越えられない、そりゃどでかい壁が立ちふさがったのだ。


「……で? ゲルグ? キース? ここに何の用なの?」


「ひ、姫様? どうしてここに!」


 歓楽街の入り口は一つ。そのど真ん中にエリナが突っ立ってやがった。俺達を尾行するのを即座にやめて、歓楽街の入り口で待つことに決めたってことか。食わせもんだ。大魔道士なんて自称も伊達じゃねぇってことか。


 やべぇ。何がやべぇって、エリナから発せられている怒気がやべぇ。こりゃアレだ。返答次第では爆殺される。


「い、いや。ちょっとせっかくだから、見てみたいなぁ、ってな。別に店に入ったりとかはしねぇ。飲む前に、ちょっとばかし見学を、ってな。な! キース!」


「ふぅん。本当? キース?」


 やめろ。姫様命のロリコン騎士に、それを聞くんじゃねぇ。


「も、申し訳ございません。ゲルグにそそのかされて、童貞から素人童貞にランクアップしようと、して、しまいましたっ!」


 馬鹿! 脳筋! クソイケメン! 皆まで言ってんじゃねぇ。殺されるぞ。絶対。


「ゲールーグー。アンタ、これどういうコト?」


 しゃーねぇ。俺は一転して、エリナを正論で封じ込める方向に方針を転換した。頼む、なんとかなってくれ。


「あんな、エリナ。男は溜まるんだよ。それを発散しようとして、何が悪いんだ? キースだって可哀想だと思わねぇか? エリナ、お前さんは美人だ。ミリアもべっぴんだ。アスナもガキではあるが小綺麗な顔をしてる。そんな女三人に囲まれて、旅を続ける。その辛さがお前さんにわかるか?」


「……言いたいことはそれだけ?」


 あ、駄目だ。これ。説得もクソもあったもんじゃねぇ。


「じゃ、殺すのは勘弁してあげる。半殺しね。せめてもの情けで、このことは私の胸にしまっておいてあげるから」


 うん。やめろ。やめて。やめて下さい。謝るから。ごめんなさい。ごめんなさーい!!


 そうして、死なない程度にぼろぼろにされた俺は宿屋までの道をエリナに文字通り引きずられていた。痛ぇ。全身が痛ぇ。っていうか、なんでキースは無傷なんだよ。納得いかねぇ。


「アンタねぇ。今の状況をもうちょっと考えなさいよ。クソ小悪党」


「……息抜きぐらいいいじゃねぇか」


「あのね。アタシはともかく、アンタ達がそういう店に行くの嫌がる娘がいるの」


「は? それってどういう意味」


「つまり、皆そういうことが嫌いってことなの。ちょっとぐらい我慢しなさい。一人でスるぐらいできるでしょ? それぐらいなら許してあげるから。丁度今一人部屋じゃない」


「いや、そうだけどよ。一人でスるのと、女を抱くのじゃ、全然ちが」


「いいから! わかった!?」


 あ、こりゃ駄目だ。下手に反論でもしようモノなら今度は全殺しにされるやつだ。


「わ、わーったよ」


「これに懲りたら、ああいう店に行こうなんて考えないことね。アタシの勘、結構当たるんだから。見逃さないわよ」


 畜生め。童貞の数少ない楽しみを奪いやがって。


「キースも。全部終わったら、ちゃんと私がお見合い相手を見繕ってあげるから。それまでは我慢。わかったわね」


「はっ、承知いたしました。姫様」


 あーあ。キースも言いくるめられちゃって。これからどれぐらい旅が続くのかわかんねぇが、ずーっとお預けってことかよ。クソが。


「じゃ、酒場、行くわよ」


 その後の意外過ぎるエリナの一言に俺は目が点になるのが自分でもわかった。


「へ?」


 てっきり宿屋に直行するのかと思ってた。


「私だって、お酒飲みたいの。アンタの言う息抜きよ。付き合いなさい」


 あぁ、そういうことか。丁度いいから、一杯引っ掛けて帰ろうってことだな。アスナとミリアに言い訳も立たねぇ。エリナなりの気遣いってやつか。


「へいへい。どこだってお付き合いしますよ」






 エリナ、キースと一緒にそこそこに酒を飲み、ぐっすりと寝た次の日。俺達はデニスの河川港までやってきていた。宿屋の主人から聞くに、デニスで水運業をやっているのはここだけらしい。


 つまり、交渉は必ず成功させなきゃならんってぇことだ。


 港の近くにあるどでかい建物。どでかい建物におあつらえ向きのどでかい扉の前には「休業中」を意味する円に斜線が入ったマークがでかでかと書かれた立て札が突っ立っていた。


 立て札を無視して、その大きな扉を俺は少しばかり乱暴にノックする。昨日のエリナに対する恨みとかそういうのは入ってない。入ってないったら入ってない。


「っるっせぇな! 休業中だって書いてあんのが見えねぇのか!」


 中から出てきたのは、まぁ見るからに職人って感じのハゲだ。ついでに言や、赤ら顔。こりゃ仕事がねぇってんで昼間っから飲んでやがる顔だな。


「わめくな。依頼だよ」


「あん? だから、休業中だって書いてんだろ! 目が見えねぇのか?」


「あぁ、もう。いいから、ちょっと話を聞きやがれ。俺の後ろにおわす一行。どこのどいつかわかるか?」


「あぁん? んな珍妙な集団知るかよ!」


 うん、ハゲが口角泡を飛ばす勢いで俺に詰め寄る。きったねぇな。ツバがさっきから顔にかかりまくってんだよ。おまけに酒臭ぇ。あと珍妙とか言ってやるな。確かに珍妙な一味ではあるのは間違いねぇが、失礼だぞ。


「アスナ・グレンバッハーグ。その御一行、って言や、おっさんでも理解できんだろ?」


「アス、ナ・グレンバ、ッハーグ?」


「あぁ、そうだ」


 やってるこた、虎の威を借る狐以外の何物でもねぇが、まぁ一番有効っちゃ有効だろう。……と思ってたんだがな。


「誰だそりゃ!」


 おいおいおいおい、そりゃねぇだろ。ハゲ! 世界を救った勇者サマの名前も知らねぇだと? 小悪党の俺でも……そういや知らなかったな……。そんなもんか。そんな、もんなのか?


「……こんのクソハゲ。アスナ・グレンバッハーグ。ほんの数ヶ月前に魔王を打倒して、世界を救った、そのパーティーが後ろの連中だよ」


 ハゲの顔色が一瞬にして変わる。良いねぇ。このハゲは多分、職人、さらに商人、二つの顔を持ってやがるんだろう。そんな人間なんてもんは、一瞬にして自分の商機を見抜く。話が早くて助かる。悪党に通じるところがあるな。


「……入れ」


 さぁて。交渉の時間だ。

おっさん、諦めてませんでした。

キースを連れて行くという秘策を披露!


ですが、エリナ様にはなんでもお見通しです。

頭の出来が違います。

おっさん、そういうとこだぞ。



読んでくださった方、ブックマークと評価、いいね、そしてよければご感想等をお願いします。

とーっても励みになります。メルシーボクー!!!!


評価は下から。星をポチッと。星五つで! 五つでお願いいたします(違)


既にブックマークや評価してくださっている方。心の底から感謝申し上げます。

誠にありがとうございます。

もう何も怖くない! 私! 一人ぼっちじゃないもの!!

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― 新着の感想 ―
[一言] 感想返信、ありがとうございます。 重要なことに気が付きました。 >あと、なんだかんだ、パーティーの女性メンバーは全員男性経験が無いので、 >当然ながらエリナ様もちょっと潔癖なところがありま…
[一言] どちらの気持ちもわかるんですよね。 まず、ゲルグの言い分にも理はあります。 戦闘後の興奮を抑えるのには、女を抱くってのが一番効果的でした。 中世では、傭兵団に娼婦団が随行したって事もよくあ…
[一言] 男の楽しみを奪うなんて! 鬼! 悪魔!!
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