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プロローグ

「なぁ」


 ルマリア帝国の国境まであと僅か。帝国内での国際手配が取り下げられた俺達は、のんべんだらりと街道をぶらぶらと歩いていた。


 街道は良い。人間がよく通るものだから魔物も出ない。なにより、舗道として整備されてるわけだから歩きやすいったらありゃしねぇ。


 俺は、前の方を楽しそうに雑談しながら歩くアスナ達三人の背中をぼんやりと眺めながらエリナに声をかけた。


「なによ」


 エリナは魔法使いだけあって、貧弱だ。本人曰く疲れているわけではないらしい。が、歩いたり走ったり、そういう身体を動かすことはめっぽう苦手なようで、うんざりした顔で最後尾を歩いていることが多い。


「アスナが契約してねぇ精霊。いくつあんだ?」


「え……っと。死の精霊(タナトス)、……謀略の精霊(アパテー)、……太陽の精霊(イカロス)、……悪意の精霊(サマエル)、……復讐の精霊(ネメシス)……。の五柱だった、と思うわ。確か」


「なんだ、聞いたことねぇ精霊ばっかだな」


「そりゃそうよ。危険すぎて誰も契約しようとしない、マイナーな精霊ばっかだもの」


 危険、ってババァもミリアも言っていたが、どう危険なのかイマイチピンと来ねぇ。


「例えばよ、たなとす(・・・・)って言ったか? 何の精霊なんだ?」


「死の精霊」


 「死」。死ねぇ。そりゃ危険だわ。危険も危険だわ。誰だってお近づきになりたくない。俺だってなりたかねぇ。


「そりゃ危険だな」


「そうよ。死の精霊(タナトス)は、メティアの『殺意』から作られた精霊だって話よ。私だって契約してないんだから」


 ほぉ。エリナも契約してないのか。ババァはどうなんだろうなぁ。いや、あのババァのことだ。きっと契約してやがる。高笑いが耳につくから、絶対聞いてやらねぇ。


「他の精霊もメティアの悪性から産み出された精霊。超危険。クソ危険」


「うん。なんとなくわかった」


 もう説明は懲り懲りだという視線をエリナに送るが、エリナはすでに出来の悪い生徒にご高説を垂れるモードになってやがる。ミリアほどじゃないが程々にでかい胸を自慢気に張って、語り始めた。


「まず、死の精霊(タナトス)。タナトス霊殿はメティア聖公国のどこかにあるって言われてるわ。どこにあるかは、教皇様しか知らないって話よ」


「ふーん」


「次に、謀略の精霊(アパテー)。ルイジア連邦国の北に霊殿があるわ。あの辺り寒いのよね」


「へー」


「で、悪意の精霊(サマエル)。何を隠そう、魔王城もある死の大陸にあるわ。なんで精霊メティアはそんなところに精霊を遣わしたのかしらね」


「ほー」


「以上よ!」


 まて、五柱って言ってたよな。話半分にしか聞いてなかったが、今、精霊は三柱しか出てこなかったぞ? あれだ、あれ。えっと、いかろす(・・・・)と、ねめしす(・・・・)はどこに居るんだよ。


「他の精霊は? 今三柱しか話さなかったろ」


「うっ」


 ギクッ、みたいな顔してんじゃねぇ。いーよ、もう。うん。大体わかったから。


「わかんねぇんだな」


「……文献にないだけよ」


「わかんねぇんだな」


「……だから、文献にないだけ」


「わかんねぇんだろ」


「っるさいわね! わかんないわよ! これで良い!?」


 「このクソ小悪党が」やら、「肥溜めに落ちた中年の臭いがする」だとか、罵詈雑言が聞こえるが無視だ無視。契約しねぇといけねぇ一柱は目的地であるメティア聖公国にある。その他は、バラバラ。さらに二柱は場所もわかんねぇときてる。大丈夫なのかねぇ。


 エリナのやいのやいのうるさい声を右から左に受け流しながら、アスナの背中を眺める。これからどんな試練が待ち受けてるとか、そういう意気込んだ感じは一切ねぇ。飽くまで自然体だ。覚悟を決めたって感じなのか? いや、うん。やっぱ馬鹿なんだろうなぁ。何も考えてねぇだけだ。


「ちょっと、今アスナを馬鹿にしたでしょ。心のなかで」


「してねぇよ」


「アンタ、顔でバレバレなんだからね」


 はぁ? 俺はポーカーフェイスで名を馳せた、アリスタードの小悪党だぞ? てめぇみてぇな小娘に表情を読まれてたまるかよ。


 今のだって表情になんて一切出してねぇ。ただただぼうっとアスナの背中を見てただけだ。


 ん? 待てよ? ババァが昔言ってたな……。心を読む魔法があるなんてことを。すっかり忘れてた。まさか。まさかとは思うが。


「……お前、まさか魔法で心読んだな?」


「は? え? そ、そんなわけないじゃない!」


 お前のがバレバレだっつーの。狼狽っぷりがクソ笑えんぞ。


 っていうか、ババァも多分同じ魔法使ってやがるな。心当たりがありすぎる。あのババァのことだ。常時稼働させてるに違いねぇ。どうりで思ったことをズバリと指摘されると思った。年の功とかじゃなかったんだな。


 そんでもって、エリナのその魔法はどうやらババァほどの練度じゃないようだ。今俺ははっきりアスナを「馬鹿」だと思った。なのに、カマかけてくるってぇことは、ぼんやりとしか把握できてねぇってことだ。


「人の心を読むなんてやめとけ」


 人間の心の中なんて読むもんじゃねぇ。


「……なんでよ」


「ぼんやりとしか理解できなかったとしてもな、人間なんて何考えてるかわかんねぇ。お前さんにゃ荷が重い」


 そういうのは俺みたいな小悪党のおっさんの役目だ。エリナ。お前さんも立派に勇者御一行サマの一員なんだ。小汚く染まるこたねぇんだよ。


「……うっさい!」


 高級そうな杖で頭を思いっきりぶん殴られる。痛ぇ。やめろ。何すんだ。


 俺をぶん殴った後、エリナはアカンベーをしてから、アスナのもとへ駆けていった。っていうか、なんで俺、エリナと二人であいつらと離れたところ歩いてたんだ? まぁいいか。


「……今日もいい天気だな」


 お天道様は南のど真ん中。ちょうど昼飯時。そろそろ腹が減ってきた。休憩だろう。


「ゲルグー! このへんでお昼ごはんにしますよ~」


 ほーら。ミリアが俺に向かってニコニコしながら手を振ってやがる。欠伸しながら俺はミリアに手を振り返す。なんだかアスナが俺とミリアを交互に見比べて少しばかりムスっとした顔をしてやがるが、何を考えてるのかは分からねぇ。


 なんっつーか平和だな。国際手配されてるとは思えねぇ。


 昼飯は、道中で作った干し肉かなんかだろう。昼はあっさりと。腹が膨れて動けませんでした、じゃどうにも格好がつかねぇからな。


 俺はこれから出てくる昼飯の味気なさに少しばかりうんざりしながら連中の方に向かって駆け寄るのだった。






「見えてきた。デニスの街」


 遠くに見える大きな街を指差してアスナが呟く。おぉ、でけぇ。帝都よりかは小せえが、それでもでけぇ。


「でけぇな。話にゃ聞いちゃいたが」


「ん。ヒスパーナ辺境国との貿易で栄えた、ルマリアでも大きな街」


「へー、そうなんかぁ」


 お天道様はもう西の方。夕日がアスナの横顔をオレンジ色に照らす。こういう時、素直にこいつを「綺麗」だと思う。顔がとかじゃねぇ。その表情が。在り方が。


「ちょっと滞在してお買い物しましょう! お買い物!」


 そんな風に二人で話していると、突然ミリアが後ろから話しかけてきた。買い物ねぇ。神官つっても、ミリアもやっぱ女か。「買い物」って奴が好きなんだなぁ。


 まぁ、せっかく国際手配も取り下げられたんだ。ちょっとばかしゆっくりしていくのもありだろう。街道を通ってきたとは言え、ここまでさんざっぱら魔物と戦ってきた。俺もパーティーの中での役割が与えられて、張り切ったもんだ。


 つまるところ、そこそこ金がある。魔物が落とした貨幣やら、貴金属やらが結構貯まってきている。連中の「なんでそこまで細かく拾うんだろう」って目を一身に受けながら、ちまちま拾った俺の苦労を舐めんな。金はあればあるだけ良いんだよ。


「そうだなぁ。お前らの装備やらなんやらもボロボロだしな」


 アスナの剣は特注品なのか、刃こぼれ一つねぇ。だが、グラマンから譲り受けた装備品をひたすら使い続けてきたキースの剣と鎧はボロボロだ。ミリアの服の下の鎖帷子も、結構錆びてきちまってるだろう。


 買い替えどきだな。


「……そうですよねー。そう言うと思ってました」


「ん? どういうこっちゃ?」


「なんでもないでーす」


 このところ、ミリアがよく分からん。なんかって言えば、俺にニコニコとちょっかいかけてきて、その度になんか落ち込んでやがる。なんだこいつ。


「杖! もっと良い杖欲しい!」


「エリナ。お前さんの持ってる杖より良いモンは、世界中探しても中々見つからねぇと思うぞ」


 こいつの杖は俺みたいな素人が見ても高級品だ。流石王女サマ。っていうか、これ以上高火力を求めて、このお姫様はどうしようってんだ。


「俺もそろそろ買い替え時だと思っていた。刃こぼれも目立つしな。鎧も……少しばかり臭いが気になってきてな」


 いや、キース。剣はいい。でもな。そこかよ。もっと気にするところあんだろ。あ、こいつ馬鹿みてぇに頑丈だから鎧とかあんまり関係ねぇのか。流石パーティーの盾。よっ、メイン盾。


「食料やら何やらも買っときてぇもんだ。俺のショートナイフも鍛冶屋で研いでもらわにゃ」


「あぁ、ゲルグのナイフ。色んなことに使ってますもんね」


 狩ってきた獲物を捌く時、森の中で道を切り開く時、草原で草やらなんやらをバッサバッサ刈る時。そんな時、俺のショートナイフの出番だ。魔物との戦闘やら何やらには全然使ってねぇのが悲しくはあるがな。


「切れ味が悪ぃと、やっぱケツの収まりがな」


「そうですよねぇ。……私も新しい服、欲しいです」


 べっぴんな姉ちゃんは、何着せても似合うだろうなぁ。っていうか、ミリアは神官だな。神官は神官服。それ以外着ているところを見たことねぇ。公私関係なく、だ。


「ミリア。お前、神官服以外着ていいもんなのか?」


「あ、神官辞めることにしたので、もう好きにすることにしたんです」


「そかそか。ま、丈夫そうな生地の、長持ちしそうな服選んどけよ」


 旅するって考えると、そこを一番重視せにゃならん。俺みたいなボロボロのネルシャツと、穴の開きまくったズボンを履いてるおっさんが言えた義理じゃねぇがな。


 俺も服、買わにゃな。流石にこの格好はボロボロ過ぎだ。悪目立ちしすぎる。小綺麗とまではいかねぇが、一般人に見える程度の服にせにゃ。いやな、別に最初からこんなボロボロだったわけじゃねぇんだよ。主にババァの訓練のせいだ。


「……はーい、そーしまーす」


 だから、なんでそこでちょっと拗ねたような顔すんだよ。わけわからん。首を捻る。


 ミリアの様子のおかしさに疑念を抱いていると、袖口をちょいちょいと引っ張られる。


「ゲルグ。私も服、欲しい」


「お前もか。荷物になんぞ」


「ゲルグのカバン、入れて」


 まぁそうなるだろうなぁ。俺のカバンがいくらでも物を詰め込めるカバンだと知ってから、連中はすぐに必要とならない荷物のほとんどを俺に預けるようになった。あのな、入れたもの覚えといて、出す時にイメージせにゃならんから大変なんだぞ。


「へいへい。仰せのままに」


 ま、もう諦めた。胸ポケットに、カバンに詰めた物の目録をメモってるのは俺だけの秘密だ。そうでもせにゃ覚えられん。おっさんの記憶力を買い被るんじゃねぇ。


「んじゃ、今日は宿屋で一泊。明日は自由行動。それでいいな?」


 一拍置いて、思い思いの「賛成」を表明したんであろう声が上がった。一斉に喋りやがったもんでそれぞれが何を言ったのかはわからねぇ。


「ほいだら、日が暮れる前にデニスまで行くぞ!」






 なんとか日が暮れる直前にデニスの街にたどり着いた俺達は街の入り口付近にある安めの宿に泊まることに決めた。


 なにやら、丁度突発的な閑散期らしく、部屋が大いに余っているらしい。諸手を挙げて喜ばれたが、それは些細な話だろう。


 今まで、グラマンの屋敷でも、ババァの屋敷でも一部屋に押し込められてたもんだが、ようやっと一人一部屋充てがわれたんだ。ちょっとばかしテンションも上がる。


 受付を済ませて、階段を昇る。俺の手持ちの現金が一万ゴールド強。この宿は一人あたり一泊五十ゴールド。合計で二百五十ゴールド。ちなみに、こういう費用は割り勘だ。だから、俺が払う金は五十ゴールド。


 うん。閑散期にしても安い。素泊まりで飯がつかないってことを差し引いても安い。


 だが、それにしちゃそれなりな作りだ。階段を昇りながら、宿屋の内装を眺めてそう思う。大分値引きしてくれたんだろう。主人に感謝だな。俺の格好を見て哀れみの目を向けてたのは気のせいだ。気のせいだったら気のせいだ。


 自分に充てがわれた部屋の前で、他の連中に「あばよ」と手をふると、鍵を開けて部屋に入る。部屋の中も質素ではあるがしっかりした作りになっている。ベッドが少しばかり硬そうなのが玉に瑕だが、それでも値段にしちゃ十分すぎるぐらいだ。


 耳を澄ます。他の連中も自分の部屋に入ったな? よーしよし。ニンマリと笑う。


 さぁてさて、ここから夜の街の探索だ。他の連中が寝静まった後。その後だ。急く気持ちを、逸る気持ちを抑えて、俺はベッド横のサイドテーブルに置かれた水差しを持ってごくごくと飲み干す。口の端から飲みきれなかった水が溢れる。


 帝都にカジノまであるルマリア帝国だぞ? んで、その帝国の中でもでかい街。どんなエロい店があるんだろうな。ワクワクする。気分はハチャメチャだ。


 まだだ。まだ。アスナも、ミリアも、エリナ、キースも、全員が寝静まった後だ。ベッドに横になってただただ気を静める。無心だ無心。深夜までは後数時間。それまではおとなしくしてにゃいかん。緩慢と時間がすぎていく。なんでこう楽しいことを待ってる時ってのは時間がゆっくりすぎてくんだろうな。


 ――そろそろかな?


 数時間経った。無心でってのは嘘だ。これから受けるムフフなサービスに想像を馳せて、モチベーションを高めまくっていた。


 俺はそうっと、ベッドから立ち上がって、音を立てないように静かに部屋の扉を開ける。ギイィ、っと錆びた蝶番が乾いた音を鳴らす。やべっ。いや、大丈夫。大丈夫だ。これぐらいの音、聞こえやしない。誰も気にしやしない。


 だが、俺の予想は、最悪な方向で裏切られることになった。


「ほら。アスナ。おっさんの考えそうなことでしょ?」


 ……なんでお前らいる?


「……ゲルグ。どこ行こうとしてたの?」


 アスナ。そんなゴミを見るような目で俺を見るな。


「不潔です。ゲルグ」


 ミリア。不潔とか言うんじゃねぇ。人間の本能に従うのがそんなにいけねぇのか?


「……い、いやな、ちょっと一人で酒でも飲みに行こうかと思ってな」


「ふーん。お酒飲むなら、一人じゃなくてもいいわよねぇ」


 エリナがドスの利いた笑顔を俺に向ける。


「お、おう。も、勿論だ。み、皆で飲みにいこうか」


 とほほ。どうしてこうなった。せっかく夜の街であんなサービスや、こんなサービスを受けようと思ってたのに……。

第三部、始まり始まりです。


さて、「童貞」「童貞」言っていたおっさんですが、

まぁ、悪党なんでそういうムフフなサービスは当然ながら受けています。


なんで、正しくは素人童貞、ってやつでしょうね。


んでまんまと阻止されました。

女性が過半数を占めるパーティーでそんな店いこうとしたおっさんが悪いぞ。


第三部のサブタイトルはエリナ様の台詞の引用になる予定です。

引き続きよろしくお願い致しますm(_ _)m


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とーっても励みになります。ティビ グラーティアス アゴー!!


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誠にありがとうございます。

オプーナを買う権利をあげます(古い)!!

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― 新着の感想 ―
[一言] 文献にないってのもヒントになるんですよね。 「文献にある場所には無い」って事になりますから。 ゲルグ、キース誘うかと思ってました。 キースは生真面目ですから、ハマるととことんハマるタイプで…
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