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エピローグ

 ルマリア帝国。帝都から一週間ほど歩いた場所。まだルマリアの国境は超えていない。そんな場所で俺達は今夜も今夜とて野宿をしていた。


 キースと俺が協力して狩った獲物に火を通して、皆で齧り付く。ババァの料理と比べりゃ見劣りはするが、まぁこれはこれで味があっていいもんだ。ついでに今日はミリアが林でキノコやら野草やらを取ってきてくれた。栄養バランスも完璧だ。


 ひとしきり飯を食い終わったら、順繰りに見張りをしながら寝る。見張り番の順番は、女性陣が最初。男性陣が最後だ。特に取り決めたわけではないが、いつのまにかそんな感じのルールになっている。


 今日の最後の見張りは俺だ。「じゃ、寝る、あとよろしく」と告げて、俺はカバンからクソ汚ぇブランケットを取り出して、潜り込む。睡魔に負け、意識が深く落ちるのにそう時間はかからなかった。


 ところで、盗人の習性の一つなんだがな、端的に言や眠りが浅い。いつしょっぴかれそうになっても逃げれるように、だ。生物センサーは眠ってる間も弱めではあるが、動いちゃいる。


 だからだろうな。眠る俺を覗き込む視線にすぐに気づいたのは。


「あ、起こしちゃいましたか? ごめんなさい」


 ミリアか……。お前さんな、おっさんの寝顔見てて面白いか? 汚ぇ寝顔だっていう自覚も自信もあるぞ。


「ミリア、どうした? 見張り、辛くなったか?」


「いえ、あの、ですね。周りに魔物の気配も無いので、ちょっと暇で。えっと、その、ゲルグちゃんと眠れてるかなーって」


「心配しなくても、ちゃんと寝てる。お前さん心配性が過ぎるんじゃねぇのか?」


 こいつのことだ。寝てる連中全員の顔を覗き込んで、「あぁ、ちゃんと寝てる。良かったな」、なんて思ってやがるんだろうな。


「ごめんなさいー。なんでもないでーす。見張り、戻りますね」


「おう」


 ミリアがパチパチと音を立てる篝火の近くに座り込むのを確認してから、俺はまたブランケットに潜り込む。だが、うん。一度ぱっちりと目が覚めちまったもんで、眠気がどっかいっちまった。どうしたもんか。


 あー、うん。しばらく眠気も来そうにねぇし、ミリアと雑談でもするか。べっぴんな姉ちゃんと話すってのは、それだけで心躍るもんだ。たとえ相手が精霊メティアとやらに貞節を誓った神官でもな。


 俺はむくりと起き上がって、篝火の方まで歩み寄り、ミリアの隣にドスリと腰掛ける。


「ゲルグ? 眠れないんですか?」


「おかげさまでな」


「あ、ご、ごめんなさい」


「いい、いい。よくあることだ。すまねぇが、ちょっとばかし雑談に付き合ってくれよ」


「あ、はい。私で良ければ」


 しかし、雑談。雑談か。何話せばいいんだ? いざ、面と向かって話すってなると、話題がぱっと思い浮かばねぇな。それに、ミリアはべっぴんだ。なんか緊張してきた。なーに話そうか……。……あぁ、そういや聞きたいことがあったな。そんな重要な内容でもねぇんだが。


「これ聞いていいか知らんがな。お前さんは、どうして神官なんかになったんだ?」


「『どうして?』、ですか?」


「あぁ。神官なんて大変だろうがよ。おまんま食うためってだけじゃねぇだろ?」


 神官、特にシスターの生活は大変だ。魔王討伐の任を受けて、その上今は追われる身なもんで、そんなにシビアにあれこれやっちゃいねぇが、シスターとしてアリスタードにいた頃は大変だったろう。そういや、メティア聖公国の出身だっても言ってたな。その頃はもっと大変だったはずだ。


 聞きかじった知識だ。


 教会で過ごす神官の一日は祈りから始まる。朝日とともに起きて、精霊メティアに祈りを捧げる。その後、質素な朝食を口にして、その後教会の掃除、洗濯、その他諸々を手分けしてやる。その頃にはもう昼だ。


 昼も質素だ。固くて糞不味いパン。肉のひとかけらも入っちゃいねぇスープ。そんなもんだと聞いたことがある。午後は教会に、懺悔やらなにやらを目的にやってくる連中の相手だ。早い話がメンタルケアだな。ただただ苦しみに満ちた人間の話を聞いて、赦しを与える。


 そして、それをお天道様が沈むまで続けてから、また糞不味い夕飯を食い、また祈りを捧げる。安息日もねぇ。っていうか、教会が一番混むのが安息日だ。休みなんてねぇ。


 給料は高ぇって聞いたことはある。そりゃそんだけ重労働を休み無くしてるんだ。金ぐらい高めに貰っても損はねぇだろ。だが使う暇が無い、とか、そんな話だ。


 俺にゃ無理だ。いや、俺だけじゃねぇ。普通の人間にゃ無理だ。信条やら、理念やらが伴ってないと、できやしねぇ。


「えーと。アスナ様ときっと気持ちは一緒なんですよ。誰かを救ってあげたい。つらい気持ちから解き放ってあげたい。そう思って神官の道を選びました。十歳のころですかね。メティア聖公国にある大教会の扉を叩いたのは」


「十歳? すげぇな。俺、そんときゃ、下手くそな盗み働いてボコボコにされてたぞ?」


「ふふ。ボコボコにされてたんですか。でも、盗みは良くありませんよ?」


「わーってる。お前さんの目が黒いうちはしねぇよ。多分な」


 嘘だ。もう盗みなんて身体に染み付いちまってる。でも、その使い所はよく考えるべきだとも最近思うようになってはきた。


 ミリアがちょっとばかし、昔を懐かしむような顔をして押し黙る。数十秒無言の間が続き、その後でゆっくりとその口を開いた。


「八歳の頃だったかな。母と喧嘩したんです。きっかけは些細なことだったと思います。もう覚えてませんけど。でも、その時酷いことを言っちゃって」


「酷いこと?」


「はい。『お母さんなんて大っ嫌い』って」


 んなもん、ガキなら良く言う台詞じゃねぇか。そんなのいちいち覚えてんのか。こいつ。


「それで、家を飛び出して、泣きながら教会に逃げ込んだんです。どうしてあんなこと言っちゃったんだろう、って。お母さん絶対傷ついただろうな、って思いながら」


 ミリアはガキのころからミリアだったみてぇだ。普通のガキはそんなこと考えねぇ。俺だったら「あのクソババァぜってぇ殺す! いつか殺す」とか思ってるだろうな。


「教会に入ったら、若いシスターさんが、『どうしたの?』、って話しかけてくれて。それで色々話したんです。その方は、『うん、うん』、って言いながら話を聞いてくれて。それで最後は、『お母さんはきっと怒ってないよ。安心してお家にかえりなさい。きっと心配して待ってるよ』、って言ってくれて。家に帰ったら本当にそうで。お母さん、泣きながら、『心配したのよ!』、なんて私を抱きしめてくれて」


 良くある親子の感動話だなぁ。っぱミリアはミリアか。お人好しに育てられて、お人好しに守られて、そんでお人好しなこいつになったんだな。


「次の日、母に『私、神官になる』と言いました」


 ん? 今ものすごい論理の飛躍があった気がしたんだが。


「えっと、次の日?」


「はい? なんかおかしいですか?」


 おかしいに決まってんだろ。ガキが親と喧嘩して、家出して、そんで帰ってめでたしめでたし。良くある話じゃねぇか。そっからなんでまた次の日に神官になる、って決めたんだ? 馬鹿じゃねぇのか?


「母は、『教会は十歳以上じゃないと受け入れてくれないから、それまで待ちなさい』、と言いました」


 あぁ、そういやそうだったな。なんで十歳なのかはなんだったか。ババァがなんか言ってたな。確か、精霊メティアの持つ翼が十翼だったから、十歳からになったとか、そんな話だったか。どうでも良すぎて詳しく覚えてねぇな。


「十歳になったその日、教会の門を叩きました。確かに最初は辛かったです。お仕事、沢山ありましたから。でも、こんな私でも誰かを救うことができる日がいつかくる。そう夢見て、頑張りました。初めて懺悔室に入ることを許されたときは感無量だったなぁ」


 しっかし、こいつは本当にニコニコニコニコ笑ってんな。悩み事なんてありませーん、ってわけじゃねぇんだろうが、笑顔を絶やさないやつだ。こんな状況なのにな。


 ババァの屋敷でダウナーになってたのは分かってるから、本質はちげぇんだろう。だが、多分自分が笑顔になることで、他人を笑顔にしたい。そんな思いなんだろう。想像だがな。


「……げ、ゲルグ? 私の顔になんかついてます? 流石にそんなに見つめられると、は、恥ずかしいんですけど」


「あ、あぁ。すまん。お前さん、いっつもニコニコしてるなぁ、って思ってよ」


「そ、そういうことですね。笑顔が元気の源ですから! 私、ちょっとしたことで落ち込んじゃったりするんで、笑顔を心がけてるんです」


 本人はそう言っちゃいるが、やっぱそれだけじゃねぇんだろうな。いや、立派だよ。ミリア。お前さんは。いや、お前(・・)は正しく神官だ。


「神官、辞めるって言ってたよな」


「……はい。メティア教の教義に思うところはありません。すばらしい教義だと今でも思っています。ですが、精霊メティアに全てを捧げる。それが全てでは無い気がしてしまったのです。皆には止められちゃいましたけどね」


 困ったように笑う。こんなときでも、こいつは笑顔を絶やさない。


「別に、神官辞めても、神聖魔法を使えなくなるとかそういうことはねぇんだろ?」


「はい。神官という職業に対して神聖魔法の適性がつくわけではないので」


 なら問題ねぇじゃねぇか。ミリアはミリアだ。「神官」なんて肩書がなくたって、こいつは多分神官なんだよ。そうに決まってる。


「ミリア。お前は神官なんて辞めても、神官だよ。俺が保証する。悪党の俺の保証がなんの意味があるのかなんて俺も知らねぇがな。お前の在り方は俺には眩しすぎる」


 アスナ程じゃねぇ。だが、こいつも小悪党の俺にゃ、如何せん眩すぎる。


「お前はどこまでだって、きっと他人を想い続けるんだろ。敵も仲間も他人も全部ひっくるめて。すげぇやつだよ。誇っていい」


 あ、やべ。深夜だからなのか? ガラにもねぇこと言っちまった。いかんな。こんな大層なこと言える身分じゃねぇだろ。それに、なんだ、恥ずかしすぎる。ほら、ミリアが顔真っ赤にしてやがる。すまん。怒らせたかったわけでも、困らせたかったわけでもねぇんだ。


「げ、ゲルグ。今、私のこと『お前さん』じゃなくて、『お前』って呼びました?」


「ん? あぁ、そういやそうだな」


 ミリアがなんか俺に背中を向ける。何してんだ? ん? なんで拳を握りしめてんだ? そこまで怒らせたか。すまんな。そんなつもりじゃなかったんだ。考えてみりゃ、若い姉ちゃんに「お前」なんて失礼だったな。


「いや、なんだ。すまん。気に触ったなら謝る。『お前』なんて呼び方失礼だったな」


 そんな俺の謝罪の言葉に、一秒も待たずに振り返って、ミリアが笑えるくらい両手をバタバタと振る。


「ち、違うんです! 怒ってないです! 『お前』って呼んで下さい!」


「ん? 変なやつだな。普通『失礼だ』って怒るところじゃねぇのか?」


「失礼なんて、とんでもないです! も、もう一回、もう一回、『お前』って呼んでください!」


 この姉ちゃんは何を言ってるんだ? よくわからねぇ。だが、まぁ、言うだけならタダだ。


「お前」


「……っ!」


 とうとう、顔を数時間前見た夕日みたいに真っ赤にしたミリアが両頬に両手を当てる。


「っぱ、怒ってねぇか?」


「お、怒ってません! 怒ってないです! むしろ……」


「むしろ?」


「な、なんでもないでーす! 忘れて下さい……」


 そっから無言になる。どうにも気まずい。なんの気まずさだ? こりゃ。俺達今ただ雑談してただけだよな。ミリアがなんとも言えない雰囲気を醸し出している。どういう感情なんだよ。わっかんねぇ。


 そのままぼんやりと数分間。パチパチと心を鎮めてくれるような音を鳴らす篝火に照らされながら、俺達はただそこにいた。


 やがて、ゆっくりとミリアが口を開いた。


「……ゲルグ。やっぱり貴方は私達の……。いえ、私の北極星です。貴方がいるから私は私でいられるんです。貴方の過去がどうだとか、貴方がどれだけ悪いことをしてきたかとか、そんなの関係ありません。誰がなんと言おうが関係ありません。そんなこと私には関係ありません」


 ミリアがふーっと深呼吸をする。


「貴方がジョーマ様のところでたくさん努力していたのを私は知っています。今だって誰よりも頑張っているのを私は知っています。誰よりも深く物事を観察して、考えて、そしてどうすれば私達が助かるのか、それを誰よりも考えてくれていることを私は知っています」


 んな大層なもんじゃねぇんだがなぁ。ミリア。お前は俺を買いかぶりすぎだよ。そう反論しようとしたが、すぐにミリアの次の句に遮られた。


「貴方は私達の誰よりも現実的で、誰よりも理想家です。ともすれば、自分を犠牲にしてでも私達を助けてくれるでしょう。でもそんなの許しません」


 ミリアの瞳が俺をまっすぐに見据える。


「色々言っちゃいましたが、でもそんなこと全部全部関係ないんです。貴方がどんな在り様でも関係ないんです。情けない姿いっぱい見せて下さい。楽しそうな姿たくさん見せて下さい。見守らせて下さい。頼って下さい。受け止めさせて下さい。私は貴方の全てを肯定します、ゲルグ。貴方が貴方だから、私は……。私、は……」


「……なんだよ?」


「…………ごめんなさい。なんでもないです。忘れて下さい」


 つまり何が言いたかったんだ? でもなんか、めちゃくちゃ褒められて、めちゃくちゃ受け入れられたのはなんとなく理解した。ありがてぇこった。だがそんな褒められた人間じゃねぇんだよ、俺は。本当に馬鹿だな。


「あんがとよ。なら俺は、お前もひっくるめて、全部守ってやるよ。魔物にゃ力不足だがな。人間からは俺が何があっても守ってやる」


 その言葉にミリアが今まで見せたことのない笑顔になる。俺は思わず目をゴシゴシと擦った。こいつ、こんな顔で笑うやつだったか? 慈愛に満ちた笑顔じゃない。人を愛おしむような笑顔じゃない。ただただ、自分の嬉しさをそのまま表に出した。そんな笑顔だ。


「はいっ! 守って下さい!」


 そんな満面の笑顔で、ミリアはそう言った。やれやれ。守ってやんなきゃならねぇ奴が増えやがった。いや、最初から守ってやるつもりだったんだがな。


 俺は感づかれないように肩をすくめた。

はい、第二部本編完結です!

お付き合いいただきました、読者の皆様。ありがとうございました!


おっさんがミリアに見事にフラグを立てましたね。

おっさんには勿体ない娘なので、私は「おっさん死ね」と思っています。


明日、明後日と、ミリア視点の閑話を挟んで、第三部に突入する予定となっております。


読んでくださった方、ブックマークと評価、いいね、そしてよければご感想等をお願いします。

とーっても励みになります。イッヒリーベディッヒ!!


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誠にありがとうございます。

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