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第十八話:きっとそれだけじゃないと思います、けどね

 ぼんやりする。なんだか、目の前の美麗な男が妙に魅力的に見える。なんだこれは。あぁ、俺はこの男に忠誠を誓わなきゃならない。いやそうだったか? まぁいいか。だって気持ちいいもんな。頭の中が何か別のもので占められる。自分が何者なのかわからなくなる。


 とにかくぼんやりしている。ただただ、目の前の男から目が離せない。さっきまでいけすかねぇ、なんて思ってたのが嘘みたいだ。あぁ、魅力的だ。なんて魅力的なんだ。思わず跪いてしまいそうになる。靴でも舐めてやりたい気分だ。


 俺は何の為に生きている? あぁ、そうだ。目の前のヘンリーとかいう皇帝陛下の為だ。陛下に命を捧げる為だ。霧がかったようにもやもやする頭の中はそれだけ。ただただ、陛下のために。跪き、そして命令があらば命を散らす。そのために生まれてきた。そうだった、そうだったよな。


 だが、そんなぼんやりした気分も突然の衝撃によって、強制的に中断された。右脇腹に一撃。どでかい衝撃。思わず、肺の中の空気が口から漏れ出る。ってぇ。何だコラ。


「ゲルグ!」


 蹴りをくれやがったのはアスナか。なんてことすんだ。俺はまだこの男に心酔していたいんだ。邪魔するんじゃねぇ。このいけすかねぇ野郎に心酔していたいん……だ?


 あれ? ん? いけすかねぇよな。こいつ。なんでこんな好きになってんだ、俺。馬鹿じゃねぇのか? 靄がかかったような思考が一気に覚醒する。ちげぇだろ。今、俺は、俺達は、このクソイケメンと敵対してるんだろうがよ!


 これが魅了(チャーム)か。ビチグソなんて言葉でも足りねぇ。最悪な体験だったよ。なんで俺がこいつに忠誠を誓うんだよ。胸糞悪ぃ。


「ッ! あんがとよ! アスナ!」


 まだズキズキと痛む脇腹に左手を添える。この痛みはあれだ。名誉の負傷? ちげぇな。まんまとクソイケメンにしてやられた俺への罰だ。


 周りを見回す。エリナも、ミリアも、キースでさえもぼんやりとヘンリーとやらを見ている。女連中に至っては、顔を赤らめて今すぐにでも股を開きそうな、そんな表情をしてやがる。色欲の呪詛。魅了(チャーム)。ここまで強力なものだったとはな。恐れ入ったよ。


 とりあえずエリナの顔面を右拳でおもっくそぶん殴る。もういい。後でいくらでも殺せ。今考えるべきはそんなことじゃねぇ。


 返す刀で、ミリアのちょっとばかし魅力的なケツに蹴りを入れる。これで起きてくれよ。ったく。


 最後はキースだ。こいつはちょっとやそっとじゃくたばらねぇ。俺は渾身の力を込めて、キースの脳天めがけて踵落としを決めた。


「起きやがれ! てめぇら!!」


 俺の叫び声にエリナが頬を右手で押さえながら起き上がる。


「ったいわねぇ……。でも、悔しいけどありがと。後で殺すけどね」


「おぉ、殺せ殺せ」


 ミリアがケツを撫でさすりながら俺を複雑そうな目で見遣る。


「うぅ。ゲルグ……。もうちょっと他のやりかたは無かったんですか?」


「うるせぇ。そんな暇が無かったんだよ」


 キースが頭に手を添える。こいつ、俺の渾身の踵落としを食らってもピクリともしなかったな。マジかよ。


「……ゲルグ。感謝する」


「おぉ。酒飲み放題、飯食い放題でいいぞ」


 これで全員だ。全員揃った。魅了(チャーム)? んなクソッタレなもんに俺らがやられるかよ。


「うん。やっぱりアスナ・グレンバッハーグにとその仲間だ。一筋縄じゃいかない。でも……解けたのなら、もう一度かけるだけだ!」


 イケメンの目の色がまた不穏な色に染まる。バーカ。させっかよ。


「アスナ!」


「ん」


 アスナが背負った剣に手をかける。だが相手は飽くまで人間だ。抜剣はしない。刀身を鞘から抜かず、そのままにヘンリーをぶん殴る。おぉ、ありゃ痛ぇだろうな。他でもない勇者の一撃だ。


「ぐっ! アスナァァ!! 何故だ! 何故私のものにならない!」


 そりゃな、ヘンリー。アスナが「勇者」だからだよ。それがわかってねぇのが、てめぇの最大の敗因だ。


 俺は詠唱する。この詠唱だけは間違わねぇ。何度だって練習した。これが一番俺の、いや、パーティーの力になるって思ってたからだ。


「財の精霊、メルクリウスに乞い願わん。我が行く手を阻む艱難辛苦をもはねのく速度を与えたもれ、速度向上アジリティインプルービング!」


 ついでに風の加護も全開にする。俺のスピードはもはやアスナにも負けない。いや、アスナよりも確実に速い(・・・・・)


 数十歩ほどの距離。それを一秒とかからずに駆け抜ける。風にでもなった気分だ。


「歯、食いしばれ!」


 俺の右拳が皇帝陛下サマの左頬に突き刺さる。ヘンリーは驚いたような顔で、俺を見てやがった。俺みたいなチンケな小悪党にぶん殴られるなんて思ってなかったんだろう。ざまぁみやがれ。やーいやーい。


「ヘンリー! アスナがアンタのものにならないのはね! その色欲の呪詛に頼ったからよ! 色欲の呪詛は本当に欲しいものは決して手に入らない! そういうことになってんの! 呪いなんてものに頼ったアンタへの罰よ!」


 エリナが叫ぶ。果たしてその言葉はヘンリーに届いているだろうか。いや、届いちゃいねぇだろう。なんたって、奴さんは俺を驚いたような瞳で見つめるので忙しいんだからな。


「おめぇら!! とんずらこくぞ!!」


 ちらりと後ろを見ながら、連中に叫ぶ。俺の一声で、四人は踵を返した。示し合わせたかのように。伊達に魔王討伐パーティーじゃねぇ。チームワークはグンバツだ。


「じゃあな、皇帝陛下サマよ。美女に囲まれて羨ましくはあるが、哀れでもあるよ」


 俺も踵を返す。後はただ逃げる。それだけだ。






 帝都を駆ける。どうしても俺の脚には他の連中はついてこれねぇから、自然と手加減して走ることになる。でもまずい。そこらじゅうから、俺らを追い詰めようとしているであろう気配が集まってきてやがる。


「おい! どうする! ジリ貧だぞ!」


「ゲルグ! アタシと同じ様に叫んで!」


「あぁ? よくわからねぇがわかった!」


 エリナが何をさせようとしてるのかはわからねぇ。だが、今はそれに賭けるしかねぇだろ。


「財の精霊、メルクリウスに乞い願わん!」


 エリナが俺の後ろから叫ぶ。それを言われたとおり復唱する。


「財の精霊、メルクリウスに乞い願わん!」


 キースの荒い息遣いが聞こえる。そりゃ辛いだろう。そんな重そうな鎧着て走ってんだからよ。


我ら(・・)が行く手を阻む艱難辛苦をもはねのく速度を与えたもれ!」


 エリナが次の詠唱らしき言葉を叫ぶ。ん? こりゃ、速度向上アジリティインプルービングじゃねぇか? いや、ちょっと違うな。微妙に。なんだったか。忘れた。忘れたが、今はただそれに従う。それだけだ。


「我らが行く手を阻む艱難辛苦をもはねのく速度を与えたもれ!」


 あとは、魔法名、キーを叫んで発動させるだけだ。身体の中に充満する魔力(マナ)が、ぐつぐつと煮えたぎるのを感じる。


「最後はぁ! 範囲速度向上エリアアジリティインプルービング!」


範囲速度向上エリアアジリティインプルービング!」


 魔法が発動する。俺が持ち合わせている魔力(マナ)のほとんどが体内にあるメルクリウスの体液に食いつぶされていく感覚に軽く吐き気を覚える。


 そして、俺を中心に俺達全員を覆うほどの青い光が地面から生えた(・・・)。それに呼応するように、俺達全員の身体が青く光る。


「……ッ! エリナ! これ、結構辛いんだが!」


「文句言わない! 範囲魔法よ! 範囲速度向上エリアアジリティインプルービングなんて私でも使えないんだから!」


 そりゃいい。エリナでも使えない大魔法ってことか。うん? 大魔法ってわけでもねぇような気がする。まぁいいか。


 目に見えて、他の連中の速度が上がる。


「身体、軽い……」


「これは……すごいです」


「鎧の重さを感じない……」


 感動してる場合だよ! さっさととんずらこくぞ!


「お前ら! 走れ! とんずらだ!」


 速度の上がった俺達は、ぎゅんぎゅんと追手を引き離していく。追手共も目を白黒させてるだろうな。バーカバーカ。いや、そんなこと考えている余裕はない。魔力(マナ)切れで今にも倒れそうだ。


 でもここで倒れるわけにはいかねぇ。踏ん張りどこだ。


 帝都のど真ん中をつっきり、この街に一つしか無い門、そこに駆け込む。突然の闖入者にあたふたしている門番をちらりと見て、そんなもん知ったこっちゃないとばかりに通り抜ける。「ぎゃっ」とか悲鳴が聞こえた。キースあたりが、門番を轢いたな、ありゃ。御愁傷様。


 そんなこんなで俺達は脱兎のごとく帝都を後にしたのだった。






「はーっ、はーっ、ここ、まで、くれば……大丈夫、じゃないの?」


 エリナ。息が上がってるぞ。まぁ、エリナは魔法使いだ。肉体労働系じゃねぇ。しゃあねぇか。


「げほっ、ごほっ。そ、そうですね。ひと、げほっ……、まず、は、安心、というとこでしょうか……」


 ミリアが額の汗を袖口で拭いながら、その長い髪をかき分ける。うん。なんだ。エロい。


「はっはっ。し、しかし、帝都でも追われる身となってしまいました、姫様」


 キース。流石に鍛えてるな。女共とは違う。


「ん。別にいい。ダメでもともと」


 アスナ。お前はなんで息一つ切らしてねぇんだよ。バケモンだよ。全く。それ言ったら俺も息一つ上がっちゃいねぇがな。


「さて、これからどうする?」


「ちょ、ちょっと、まって……息、整えさせて……」


「だらしねぇなぁ」


「アンタと比べない、でよ……。アタシは、頭脳派な、の……」


 攻撃魔法をバカスカ打って、「すっとする」、なんて言ってる奴が頭脳派? 笑えるぞ。


 ぜーぜー言ってるもんだから、何も答えられねぇエリナ。それを見かねたのか、アスナが口を開いた。


「ヒスパーナ辺境国経由で、メティア聖公国に行く」


「ん? なんでヒスパーナに行くんだ?」


「ルマリアと一緒。味方は多いほうがいい。ルマリアは失敗したけど」


 まぁ、そりゃそうか。理解した。


 エリナ以上にぜはぜは言っているミリアに歩み寄り、背中を擦ってやる。


「大丈夫か? ミリア。深呼吸だ。深呼吸」


「し、深呼吸、で、すね。すーっ、はーっ」


「そうそう、その調子」


「すーっ、はーっ。ちょ、ちょっと落ち着いてきました。ありがとうございます。……や、やっぱりゲルグはお優しいですね」


 馬鹿言うな。ただの下心だ。べっぴんな姉ちゃんの背中を擦りたかったってそれだけだ。


「……あ、アンタ。あ、アタシと、態度、違くない? あ、あとで、絶対、こ、殺す」


「言ってろ、言ってろ。普段の行いの違いだろ?」


「こ、殺す。絶対殺す」


 おぉ、怖ぇ、怖ぇ。震え上がっちまわぁ。


「ゲルグ」


「ん? なんだ。アスナ」


「私も」


 何が「私も」なのか全然理解できねぇんだが。


「背中、さすって」


「お前、別に息上がってねぇだろ」


「息、あがってる。ぜーはーぜーはー。さすって」


 棒読み過ぎんぞ。まぁいいけどな。


「……さすさす。これでいいか?」


 やめろ。エリナ。そんな殺意の籠もった目で俺を見るな。俺は頼まれただけだ。ロリコンじゃねぇ。っていうか、今まで見たどんな悪党よりも、お前さんの方が「呪い」って言葉が似合うぞ。


「もっと」


「……さすさす、さすさす」


「もっと」


「さすさす、さすさす」


「もっと」


「いい加減にしやがれ」


 アスナの脳天にチョップ。何考えてんだこいつは一体。頭を押さえながら恨みがましそうに俺を見つめてくる。そんな目で見ても、もう背中は擦らねぇぞ。何よりエリナの視線がそろそろ怖ぇ。お前の背中を擦る度に、目つきが人殺しのそれに変わっていくんだぞ。そこんとこわかってんのか?


「さ、もう休憩は十分だろ。行くぞ」


 まだぜーぜー言っている連中に俺は呆れ顔でそう告げる。あー、そういや、エウロパ饅頭食いそこねたなぁ。


 んなかんじで、息絶え絶えながらも出発しようとしたその時だった。俺達の背後から、突如声が掛けられた。


「お待ち下さい」


 アスナが背中の剣に手を掛けて、しゅばっと振り向く。セドリックのおっさんがそこにいた。


「……セドリック……何しに来たの?」


 アスナが警戒に顔を染めながら、おっさんを睨みつける。


「貴方方を害すつもりも、捕縛するつもりもありません。私には無理です」


 いや、気配を消して、誰よりも早くこの場所にたどり着いたこいつ。ただもんじゃねぇと思うがな。端的に言ってやべぇやつだ。見誤ってた。


「ヘンリー陛下から言伝です」


「陛下から? 聞きたい話なんて無い」


「そう仰らずに。聞くだけならタダです」


 そりゃ、俺もそう思う。タダより高いモノはねぇっても言うけどな。でも聞くだけならタダだ。俺はアスナの背中に手を添える。大丈夫だ。心配すんな、と。警戒で強張ったアスナの身体が少しばかり弛緩するのを感じた。


「勇者アスナ・グレンバッハーグ様、並びにそのお仲間方の手配は帝国では認めない、と」


「は?」


 これは俺の声だ。しゃーねぇだろ? 予想外過ぎた。あんだけ皇帝陛下サマをコケにしといて、一発いいのもくれてやって、無罪放免ってか?


「ヘンリー陛下は私が諌めておきました。陛下に代わり、謝罪申し上げます。此度の件、大変申し訳ございませんでした。それだけです。良い旅路を」


 それだけ言って、セドリックは帝都の方に戻っていった。なんだったんだ? 一体。よくわからねぇ。よくわからねぇが。


「帝国が味方になったって、そういうことか?」


「ん。そうみたい」


 そうみたいってお前。そんな他人事みたいに。


「行こ」


 アスナが踵を返して歩き始める。俺は、いや俺達はアスナの背中を追いかける。


 そういや、引っかかってたことがあったな。ミリアなら知ってるかもしれねぇ。俺は、ゆっくりと歩く速度を落として、まだひーひー言ってるミリアの隣に並ぶ。


「なぁ、ミリア」


「はっ、はっ、な、なんですか?」


「アスナがよ。クソイケメンと謁見してた時盛大に顔をしかめてたが、なんかわかるか?」


「ふーっ。落ち着いてきました……。それはですね、色欲の呪詛によるものです。『本当に欲しいものは手に入らない』。つまり、ヘンリー陛下は本心からアスナ様を好いていらっしゃったのだと思います」


「ん? それがなんでアスナのしかめっ面につながるんだ?」


「手に入らない。ということは、つまり魅了(チャーム)と逆の効果になります。アスナ様はヘンリー陛下にきっとこの上ない嫌悪感を感じていらっしゃったのだと思いますよ」


 嫌悪感、か。俺はなんだかあのいけすかねぇクソイケメンがちょっとだけ哀れに思えた。


「それってよ。ちょっと可哀想じゃねぇか?」


「呪詛というのは、そういうものです」


「そういうもんなのか。クソッタレだな」


 舌打ちを一つ。呪詛なんてものを作り出した混沌の神とやらは、それ以上にクソッタレなんだろう。反吐がでそうだよ、全く。


「……でも、きっとそれだけじゃないと思います、けどね……」


「ん? なんか言ったか?」


「な、なんでもないでーす」


 帝国は一応味方についたらしい。よくわからねぇがな。次はヒスパーナ辺境国。また、なんかトラブルとかそういうのが起こるんだろうな。俺は盛大にため息を押し殺すのだった。

皇帝陛下との小競り合い、終了です。


おっさんが、ガラにもなくちょっとカッコいいです。

男だよ。ゲルグ。

でも、その後のミリアへの下心で台無しだよ!!


読んでくださった方、ブックマークと評価、いいね、そしてよければご感想等をお願いします。

とーっても励みになります。フォーリンラブ!!


評価は下から。星をポチッと。星五つで! 五つでお願いいたします(違)


既にブックマークや評価してくださっている方。心の底から感謝申し上げます。

誠にありがとうございます。

内蔵売れ? はい! 売ります!!

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