第十六話:本当はエリナ様ぐらい強い衝撃を与えないと、呪詛による魅了はとけないんです
「さて、此度アリスタード王国から公布された国際手配についてだが。余は今の所、従うつもりはない。勇者アスナ・グレンバッハーグ。君は世界の英雄だ。『国家転覆』、『要人暗殺』、どうして信じることができるだろうね」
皇帝陛下がもったいぶった様子で話す。何やらめちゃくちゃ偉そうに話すイケメンだが、そんな様子もサマになっていて、少しばかり癪に障る。といいつつも、もう住む世界が違いすぎる。ここまでの美男子って世の中にいるもんなんだなぁ、とか男の俺でも素直に感心してしまうレベルだ。
「陛下。恐れ入ります」
アスナがいやに畏まった台詞を吐く。だが、その表情は優れない。何を考えてる? 何を感じてんだ?
「ルマリアまでの道。苦難が続いただろう? ご苦労だったね。手配書が届いてから大分時間が経っているのが少しばかり気になりはするけど」
「少しばかり、寄り道をしておりました」
「へぇ。寄り道か……。理解した。あまり突っ込んで聞かれたくないことなんだね。聞かないでおこう」
「ありがとうございます」
うん、一国の主と勇者の会話。なんっつーか、お互い大仰な態度を取りまくってて、なんとも入っていきにくい。っていうか、俺、なんもここで喋っちゃだめだろ。口をつぐむ。俺は石。石像。何も言えないし、言わない。
「君達の手配は、ルマリア帝国一帯で無効としておく。もちろん、そのままやったらアリスタードに角が立つ。できる限り角が立たない方法でという条件はついてしまうけどね」
「恐れ入ります」
「どういう方法を取るかについては、まだ考え中だ。近日中に考えると思う。セドリックがね」
おい、今丸投げしなかったか? したよな。丸投げ。セドリックに丸投げしやがったぞ? いや、皇帝ともなるとそんなもんなのか?
「ともあれ、少なくとも朝日が見える頃にはこの帝都では君達の手配は無かったことになる。余がそうした。そういう手はずになっているよ」
「ありがたき幸せでございます」
と思ったら、この皇帝陛下サマもちゃんと仕事はやっているみてぇだ。いや、もしかしたらその手続きやらなんやらも、あのセドリックのおっさんがやったのかもしれねぇがな。
「ひとまず今日のところは、先程の部屋でゆっくりとしていけば良いよ。……おっと。あの部屋は五人で過ごすには狭すぎるな。別の部屋を用意する」
狭い? 十分広かった気がしたが。しかもちゃんとベッドもついていやがる。ありがてぇ話ではあるが、そんな高待遇、裏があると勘ぐっちまうのは俺だけか?
「今日はもう遅い。もうすぐ太陽もその姿を見せるだろう。一日程休息を取って、その後また話そう」
皇帝陛下サマがそこまで言って、手を大きく打ち鳴らす。
「セドリック! セドリックよ!」
部屋の外で延々と待ち続けていたんだろう。扉をゆっくりと開けてセドリックが「はっ」とか言いながら入ってきた。
「勇者アスナ・グレンバッハーグと、その仲間を丁重にもてなすように。粗相がないようにな」
「かしこまりました」
セドリックのおっさんが一礼し、俺達に「こちらです」と告げて案内する。アスナが深くお辞儀をして踵を返した。
エリナは流石に一国の王女だけあって堂々ったる立ち居振る舞いだ。敬意のかけらも見せねぇ。いや、それでいいのか? うーん。でもあいつが畏まって殊勝な態度を取ってるビジョンはまるで見えねぇ。良いんだろうなぁ。そう思っとこう。
俺も、アスナと同じ様に深くお辞儀しているキースとミリアを見習って、ぎこちないながらも一礼。そしてアスナ達のケツにちょこちょこ引っ付いていった。が、その時背中から思いもよらない声がかかった。
「ねぇ、ゲルグ、とか言ったかな? 君には少々話がある。少しばかり残ってもらえないかい?」
あん? 皇帝陛下サマが俺に用事? なんだそりゃ、
アスナが少しばかり心配そうにこちらをちらりと見る。大丈夫だよ。どうこうなるなんざあんまり考えられねぇ。俺は少しばかり笑って、「しっしっ」とその視線を手で追い払う。
「……で、俺になんの用だってんですだい? 皇帝陛下サマ」
「……ははっ、はははっ! そんなに畏まらなくても良い。慣れていないのがありありとわかる。どうせこの部屋には余と君の二人だけだ。誰も咎めるものなどいない。自然体で接してくれ」
その気遣いに関しちゃ素直に嬉しいがな。嬉しいが……。なんかきな臭い。ただ、モノはわかってるんだろうな。俺みたいな小悪党が、天上人との接点なんてありゃしねぇってことをよ。
……この皇帝、何考えてやがるんだ? よくわからねぇ。
「そりゃあんがとよ。んで、天下のルマリア皇帝陛下が、俺に何の用だ?」
「いや、大体一年前だったかな。勇者のパーティーに君はいなかった。どういう関係なのかな、と気になってね」
あぁ、そういうことか。そりゃそうか。アスナ達は各国の元首と顔見知り。当然パーティー全員で謁見する。見慣れない俺がひっついてるってのは不思議に思っても当然だ。
「君は一体何者なんだい?」
「俺はアリスタードを根城にしてた、ちんけな小悪党だよ。端的に言や盗人だ。なんやかんやあって、アスナ達を助けることになって、今一緒にここまできた」
「そのなんやかんやが気になるんだがね……。まぁいい」
「元々脛に傷を持った人間だ。お前さんが俺の手配書はそのままにしておくなんて言い出しても文句は言わねぇ。好きにしてくれ。しょっぴくんなら早めにな」
強がりだ。ここでしょっぴかれるなんてあんまり考えたくはない。でもこの後、目の前のクソイケメンがどう返すのか、なんとなく俺は予想できていた。
「そんなことしないさ。君は勇者の一行。すでにそうなっている。そんな君を捕まえようものなら、勇者アスナに嫌われてしまう」
「勇者アスナに嫌われてしまう」、云々は予想外だったが、それ以外はまぁ予想通りだ。何しろ、この皇帝陛下にゃ俺をしょっぴくだけの有意義な理由が何一つ存在しちゃいねぇ。
「さて、本題に入ろうか。君はアスナ・グレンバッハーグの一体何なんだね?」
俺がアスナの何かって? その質問は予想外だ。予想外過ぎた。いや、俺も知らねぇよ。なんなんだろうな。未だにはっきりとした答えなんてでちゃいねぇ。でもこれだけは言える。きっぱりとな。
「俺は、アスナ達を、人間なんてクソッタレなモンがもつ悪意やら悪辣さから守ってやる『悪い大人』だよ」
皇帝とひとしきり話し終えた後、俺は皇帝付きの侍従に案内されて自分に充てがわれた部屋にやってきた。
うん、なんっつーか、ここもまた絢爛豪華だ。場違い感が半端ねぇ。だって俺だぞ? ボロボロのネルシャツ。ところどころ穴の空いたズボン。髪はボサボサ。そう見てもこんな場所に居ていい人間じゃねぇだろうがよ。
んでもって、俺を案内してくれやがった侍従の畏まりまくった態度もむず痒くて敵わねぇ。あのなぁ、俺ぁそんな大した人間じゃねぇんだぞ? 気持ち悪い言葉遣いで話しかけてくるんじゃねぇよ。
そんなこんなで俺は深くお辞儀をし続ける侍従の兄ちゃんを尻目に、部屋の扉を開けて中に入り込んだ。おぉすげぇすげぇ。部屋の中も豪華だ。こんな綺麗に整えられた部屋見たこっちゃねぇ。
ってか、この壺たけぇだろ。このクローゼットについてる宝石もだ。こりゃいい。お宝ばっかじゃねぇか。ちょっとばかし拝借してもバレやしねぇだろ。俺はバレなさそうなお宝を部屋の中の隅から隅まで歩きまわってさがしまくる。
お、あったあった。ぱっと見じゃ見えない、影になった場所に、装飾用の宝石がある。しめしめ、とカバンからナイフを取り出して、ほじくり出そうとする。久々の盗みだテンションがあがるなぁ、おい。そんなテンションだっただろうか。後ろで立っている気配を感じ取れなかったのは。
「ゲルグ……何やってるんですか?」
背後から突然掛けられた声に俺は跳び上がる。
「い、いや! これは! その! ちょっとめずらしいものに目がくらんでだな! 盗もうとしたりとかそういうんじゃ! ……なんだミリアか。なんだよ」
「『なんだよ』じゃありませんよ、『なんだよ』じゃ。せっかくこの帝都では自由に行動できるようになったのに、それをふいにするつもりですか? すぐにバレますよ?」
ミリアがそう言って俺のナイフを取り上げる。表情は如何にも怒ってますって感じだが、全く様になってねぇのがちょっとばかし笑える。「全くこの人は」なんて表情を浮かべてやがる。怒ってるってより、呆れてるって感じなんかな?
ってか、完っ全に俺今浮かれてたな。対生物センサーも停止してやがったみたいだ。反省反省。入ってきたのがミリアだったから良かったものの。最近盗みなんてしねぇから平和ボケしてやがる。
「しゃあねぇだろ。盗人の習性だ。『高そうなものは兎に角盗っておけ』。それが小悪党の矜持その十だ」
「なんですか、小悪党の矜持その十って。盗みは駄目ですよ!」
見事な呆れ顔と怒り顔のあわせ技だと感心する。
「で? なんの用だよ? 疲れてるだろ? さっさと寝ろよ。ってかノックぐらいしろよ。俺がマスかいてたらどうするつもりだったんだ?」
「マスかいてっ、て!? ノックぐらいしましたよ! 貴方が気づかなかっただけじゃないですかぁ!」
「おぉ、そりゃ悪い。宝石に目がくらんでたみてぇだな。全然気づかなかったわ。で? 何の用だよ」
「話! そらさないで下さい! 盗みは駄目です! 別にこれまで泥棒さんだったことを責めるつもりはありません! でも今は貴方もそうじゃない生き方をしているはずでしょ!」
そんな怒んなよ。先立つものはいつだって必要だろうがよ。お前らは金が手に入る。俺も金が手に入る。ウィンウィンじゃねぇか。
「あのなぁ、俺はチンケな小悪党で……」
「もう貴方は悪党なんかじゃないんです! 自分を卑下しないで下さい!」
卑下してるつもりはねぇんだがなぁ。
「盗みは駄目! お金ならこれまで倒してきた魔物が落としたお金があるじゃないですか!」
ミリアの普段とは打って変わった予想外の剣幕にちょっとばかし辟易とする。あーうるせぇうるせぇ。わかったわかったから。
「わーったよ。盗みはしない。これから二度と。これでいいか?」
「そうですよ! 約束です!」
「約束する。わーったわーった。で、何の用だ? 別に暇つぶしに俺の部屋に来たわけじゃねぇだろ?」
一通りなだめすかして、改めて用を聞くと、なにやら「はっ」とした表情をしたあとで、もじもじしやがる。なんだこいつ。便所でも我慢してんのか?
「え、えっとですね……」
「なんだ? さっさと言え。まさか神官のお前さんが俺の寝込み襲いに来たとかそういうわけじゃねぇだろ?」
「そ、そんなことするわけ!」
「っだー! わかってるって、落ち着け!」
「落ち着いてますよ! ……ゲルグが変なこと、言うから……」
変なことなんて言ってねぇだろうがよ。ただの冗談だろ。あぁ、すまん。こりぁ悪党界隈の趣味の悪い冗談だったな。反省反省。
「あぁ、すまん。ありゃ悪党界隈の下品なジョークだった。お前さんには刺激が強すぎらぁな」
「いえ、す、すみません。私こそ取り乱して」
「で、何の用だ?」
こいつがこの部屋に入ってきてから何回「何の用だ」、って俺言った? さっさと喋れよボケナスが。
「そ、その……」
まーたもじもじしてやがる。っとーになんなんだこいつ。とはいえ、冗談を言ってまたあたふたさせてもつまらねぇから黙る。
「え、えっと。ヘンリー陛下の魅了から、目を覚まさせてくださってありがとうございました……」
「ん? それだけか? んなもん当たり前だろうがよ。誰だってそーする。俺だってそーする」
エリナとミリアじゃ対応が著しく違ったのは内緒だ。藪をつついて蛇を出すこともねぇだろ。
「い、いえ。そういうことじゃなくて、ですね」
ああん? なんだまだるっこしい。
「要領を得ねぇ。何が言いてぇんだよ」
「いえ! ですから……その。本当はエリナ様ぐらい強い衝撃を与えないと、呪詛による魅了はとけないんです……」
ん? そうなんか? じゃあ俺はあの時ミリアの顔面もグーでぶん殴るのが正解だったのか? いやいや、流石にこのお人好しのべっぴんな姉ちゃんをぶん殴るのは心が痛むだろ。流石の俺も、ちっぽけな良心が痛むぞ。
「なので、その。全部、ゲルグのおかげ、なんです……」
「んーっと。よくわかんねぇ。何に礼言われてんだ? 俺、悪いが察しは悪い方でな。はっきり言ってくんねぇか?」
「い、いえ! それだけでーす! ありがとうございました!」
そう言ってピューッと部屋を出ていく。なんのこっちゃ。顔は真っ赤だし、なんならちょっとばかし汗ばんでやがった。
「なんだったんだ……」
俺は疑問に思いつつもふっかふかのベッドに横になる。
しかし、ミリアの様子も気にはなるが、あの皇帝陛下サマも気になる。
いやな。一国の主としてまともだ。まともなんだよ。だがな、そのまともすぎるところが引っかかる。
そもそもあの皇帝はなんでまた「色欲の呪詛」なんて厄介な呪詛を受けた? 呪詛なんてもんにゃとんと造詣が深くねぇ俺でも、なんか変だな、って思う。普通の人間にとっちゃ呪詛なんて馴染みがねぇ。
それがあれだ。アスナと出会った瞬間、大バーゲンセールみたいにポンポンポンポンと出てきやがる。作為的な物を感じるのは俺だけか?
まぁ、いいか。考えたってしゃーねぇ。俺は頭が悪いんだよ。文句あっか。
そんなことをぼんやりと考えていると自然と俺は睡魔に負け、眠りにつくのだった。
皇帝陛下との謁見、無事終わりました、一旦は。
うん、なんか爽やかなイケメンで、権力も金も持っていて、ゲルグじゃなくてもいけ好かないですね。
泣かせてぇ。
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とーっても励みになります。優しい世界!!
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誠にありがとうございます。
バク転DOGEZA!! 絶対失敗して救急車で運ばれるので、多分見ものですよ!!