第十四話:拷問された方を治療するのは初めてですけど
残酷な描写、痛そうな描写があります。
お気をつけ下さい。
「聞こう。ルマリアに侵入したのはどういう意図だ?」
兵士が厳しい顔で俺に問いかける。
「お前さん、ちょっと誤解してるようだがな……」
「貴様がアリスタードの間諜であることは、理解している」
だめだこりゃ。聞く耳持っちゃいねぇ。ってかそう予想するのは大いに理解できる。できるんだがな、誤解されたこっちとしちゃたまったもんじゃねぇんだよ。
「……俺が間諜なわけあるかよ。アリスタードから逃げてきたんだよ」
「……まぁいい。身体に直接聞けば良い話だ」
クソッタレが。
兵士が椅子からゆっくりと立ち上がり、ペンチみたいなものを部屋の隅にある机から取ってくる。あぁ、使い方が簡単に想像できて嫌気がさす。
「もう一度聞く。目的はなんだ」
アスナ達のことは言うわけにはいかねぇ。腐っても国際手配だ。捜索隊が組まれたりすりゃ、あいつらのことだ。すぐに見つかるだろう。身を隠したりやら、見つからないように逃げたりやら、そういうのとは無縁の連中だ。
「ルマリアにはカジノがあるって聞いてな。こちとら、通行証も持ってねぇ。忍び込んでカジノで一儲けしようって思っただけだよ」
バチン。そんな音が体中に響いた気がした。気がしただけだ。実際にそんな音は鳴ってねぇ。野郎が、俺の右人差し指をペンチで握りつぶしやがった。
「……っ!」
「もう一度聞く。本当のことを言え」
あぁ、クソ。痛ぇ。プロの拷問ってやつぁ馬鹿にできねぇもんだ。ってか、聞かれても喋れるかよ。痛みで悶絶してんだぞ。
「……だから、カジノで」
また、バチン、と衝撃が身体を震わせる。こんどは右の中指。
「がああっ! ってぇ……」
「目的は?」
「……て、てめぇ、それしか話せねぇのか? バーカ」
「目的は?」
「だ、だから、カジノで……」
薬指。
「ぎゃっ!」
「目的は?」
「か、カジノ……」
小指。
「ぎっ!」
「指が無くなる前に吐いた方が身のためだぞ」
「……わかった、わかったから、もう辞めてくれ……」
心が折れた。プロの拷問ってこんなきつかったんだな。アリスタードで他の悪党どもに捕まったときも似たようなことされたが、ありゃ生ぬるかった。流石は帝国の兵士だ。徹底的だ。感心すらする。
だがな、アスナ達のことに関しちゃ口は割らねぇ。それだけは絶対だ。
「て、手配だ……。逃げてきたんだよ……」
「手配だと?」
「あぁ……あ、アリスタードのこ、国王陛下サマを、さ、さんざっぱら馬鹿にして、な。そ、そしたら、いってぇ……、て、手配されち、まって、よ……。あ、あわくって、に、逃げて、き、きたんだ」
「ほう……嘘を言っている様子はなさそうだ……」
なんとか誤魔化せたか……。何しろ嘘はついちゃいねぇ。なんども煮え湯を飲まされた詐欺師のやりかたをちょいっとパクった。真実の一片だけを開示する。そんなやり方だ。
「だが、念には念を入れよう。他に隠し事はないだろうな?」
あー、クソ。流石に手慣れてやがる。簡単には騙されてくれねぇ。そりゃそうか。こいつらはそれが仕事だ。何百回とこんなことを繰り返してたんだろうよ。
「……ねぇよ。それが全部だ」
親指。
「がぁっ! ね、ねぇ、って、言ってんだろ……。も、もう辞めてくれ。これ以上、い、痛めつけられ、ても、何も、で、でてこねぇ、って」
「……ふむ。よく理解した。ここで待っていろ。確認してくる」
「……そ、そうしてくれ」
っとに痛ぇ。右手の指全部ぐちゃぐちゃに折れてやがる。クソが。容赦ねぇ。
兵士が痛みに顔を青ざめさせている俺を尻目に部屋を出ていく。相変わらず魔法を使えそうな感覚は受けねぇ。しっかりしてやがる。全く。魔法を使えたところで、この状況をどうにかできる気は全くしねぇんだがな。
痛みで意識が朦朧とする。だが、気絶したり寝たりできる気もしねぇ。とにかく痛ぇ。右手がじんじんと痛む。
しかし、指を潰された程度で済んでよかった。切り落とされたりとかしたら、流石にきつい。治癒でも欠損部位は生えてこねぇ。いや、そんな心配してる場合でもねぇんだがな。
すまねぇな。アスナ。俺はここまでみてぇだ。すまん。キース、エリナ、ミリア。
確か帝国では不法侵入は理由を問わず終身刑。俺が娑婆に出られるこたもうねぇ。チンケな小悪党にふさわしい最期ってやつだ。
あーしかし痛ぇ。
そんな風に痛みに辟易としていると、扉の外からバタバタと慌てたような足跡が聞こえてきた。こりゃあれか、俺が国際手配になってるなんて気づきやがったか。いよいよもってやべぇな。
扉を開けてさっきの兵士が入ってくる。
「も、申し訳ありません。ゲルグ様。皇帝陛下がお会いしたいと。陛下の賓客とは知らず、大変失礼をいたしました」
は? どういうこっちゃ?
混乱する俺をほっぽり出して、兵士が俺を縛めていた縄を解く。いてっ、痛ぇよ。てめぇ乱暴なんだよ。こっちは右手の指という指が全部折れてやがるんだぞ。もうちょい丁寧に扱え。
「お、おい。すまねぇが、もうちょい、て、丁寧に、たのまぁ。痛ぇ」
「も、申し訳ございません!」
しかし、さっきまでとは雲泥の差だな。対応が。こりゃあれか。アスナ達がなんかやりやがったな。ありがてぇとは思うが、無駄なことしやがって。あいつら自分の状況わかってんのかね。国際手配されてんだぞ?
「すぐに治療の手配をさせていただきます!」
「あ、あー。いい、いい。とりあえず、俺はどっか連れてかれんだろ? とりあえず連れてってくれ」
「いえ、ですが」
「い、いいって。下手に治療されても、ただ痛ぇだけなんだよ。てめぇ、器用な方じゃねぇだろ。し、神聖魔法も使えねぇんだろ?」
「は、いえ、はい。申し訳ございません」
「ひ、治癒で治してくれんなら、は、話は別だがよ。た、ただ包帯巻きました、じゃ、か、かえって迷惑だ」
「し、失礼しました。城の客間へご案内いたします」
そんなこんなで、くっそ痛ぇ拷問から一転、俺は手厚く案内されることとなったのだった。
兵士に先導されて、地下牢から出る。ルマリアってのは、牢屋が城にあるわけじゃねぇのか。城下町の隅っこのほう、か。国によって違うもんなんだな。
「おい、お前さん、名前は?」
「わ、私ですか? じ、ジョンと申します」
まーたジョンかよ。多すぎんだろ。ジョン。偽名じゃねぇだろうな。いや、さっき会った牢屋の中の小悪党が偽名か? まぁどうでもいいか。
「ジョン。こっから城まではどんくらいだ?」
あー右手が痛ぇ。
「歩いて三十分ほどです」
「そうか。案内、頼むわ。あんがとな」
「と、とんでもございません!」
ジョンと他愛もない会話をしながら街を歩く。アリスタードの王都と比べて、ルマリアはなんってーんだ? 活気がある。カジノなんてもんすらあるからな。夜も眠らない街、とか言われてたっけな。ルマリアの帝都は。
右手の痛みに悶絶しながらも、三十分かけて城に辿り着く。しかしでけぇ城だ。天下のルマリア帝国ってこたぁな。
「こちらです」
ジョンが城の門番にボソボソとなにやら耳打ちしてから、俺を招き入れる。しかし、まだ朝日も登ってねぇ時間だってのに、よく城に入れる気になったな。
絢爛豪華な城の廊下に感心しながら、ジョンのあとをのそのそと付いて歩く。廊下を数回ほど曲がって、階段を二回ほど登っただろうか。ようやく客間とやらにたどり着いたらしい。どでかい扉の前でジョンが立ち止まった。
「どうぞ、お入り下さい」
「そりゃどうも」
ジョンが扉を開ける。開かれた扉の向こうにはよーく見知った顔が並んでいた。
「ゲルグ!」
俺の顔を見てアスナが駆け寄ってくる。
「……バーカ。お前自分が危険だって思わなかったのか?」
「思った。けど」
「見捨てろよ」
「それは嫌」
「嫌」じゃねぇよ、「嫌」じゃ。ったく。
っても、助けられたのは確かだ。どんな根回ししやがったのかは知らねぇが。
「あんがとよ」
「ん」
そんでもって、俺の右手を見て顔を青ざめさせたミリアが駆け寄ってくる。あぁ、そんな青ざめた顔すんな。
「それ、どうしたんですか!」
「いや、ちょっとばかし拷問を」
「ご、拷問!?」
おー、おー。血の気の引いた顔しやがって。やめろ。その顔見るとせっかくちょっとばかし引いてきた痛みがぶり返してくるじゃねぇか。
「す、すぐに治療します」
「おぉ、頼む。すまんな」
「いえ、治療が私の役目ですから。……拷問された方を治療するのは初めてですけど……」
そう言ってから、ミリアが詠唱を完成させて、治癒をかけてくれる。痛みがずんずん引いていく。骨も繋がったみてぇだ。すげぇなぁ。魔法って。
「馬鹿ね。捕まるとか。アタシ達が居なかったらアンタ一生臭い飯食わされてたのよ?」
「うるせぇよ」
エリナがじろりと俺を横目で見ながら、腕を組みながらぼやく。捕まっちまったもんはしょうがねぇだろうがよ。
「ゲルグ。照れ隠し。エリナが一番心配してた」
「ちょっ! アスナ!?」
へー、ふーん、ほー。エリナが俺の心配を? 明日雹でも降るんかな?
「……だって、ルマリアの帝都に入るって強情に言っちゃったの、アタシだし……、なんとかしなさいって言ったの、アタシだし……。心配ぐらい、するわよ。……っ! なによ! 文句ある!?」
文句なんてねぇよ。ただ意外だっただけだ。エリナが俺を心配してるビジョンが全然見えねぇからな。エリナ。お前にも人の心ってのがあったんだな。
「なによ……その目」
「いやなんでもねぇよ。心配掛けて悪かったよ」
「そうよ! 心配かけて! ちょっとは反省しなさい!」
あぁ、うるせぇ。心配してたっつーなら、もうちょっと殊勝な態度取れねぇのか。この姫さんは。
「拷問とは、災難だったな」
キースが俺の肩を叩く。どうでもいいが、お前に肩を叩かれるとちょっと痛ぇんだよ。加減ってものを覚えやがれ。
「まぁ、似たようなことはされたことある。流石にプロは容赦なかったもんで、辛かったがな」
「ルマリアの兵は容赦がないからな」
確かに容赦はなかった。アリスタードの悪党どもとは大違いだ。あいつら、所詮小悪党の域をでねぇからなぁ。おっかなびっくりって感じだったし、そこまで徹底的でもなかった。それに比べりゃ、ジョンの拷問はヤバかった。心が折れたもんな。
何が違うって、表情と声がけとタイミングだ。このタイミングで、この表情で、こう言って、こうすりゃ心が折れるだろ、なんてことを熟知してやがる。素直に感心までする。経験ってやつなんだろうなぁ。
まぁ、んなこたどうでもいい。
「で、今どういう状況なんだ?」
アスナを見遣る。
「ん。検問の人に事情を話して、皇帝陛下に会わせてほしいってお願いした」
やっぱこいつ馬鹿だ。下手すりゃ俺だけじゃなくてお前らも捕まってたじゃねぇか。馬鹿だ、馬鹿。バーカ!
「あのなぁ。アスナ。お前はもうちょい、搦め手とか、そういうことをちょっとは考えろよ」
「苦手」
確かに苦手そうだな。うん。それに、こいつが色々策を巡らせて云々ってのも、なんか違う気もしてきた。
「それで、皇帝陛下と謁見の許可が降りたんです。ジョーマ様が『どう動くか決めかねてる』と仰っていたのは本当だったんですねぇ」
ミリアが補足する。あぁ、ババァがそんなこと言ってたな。確かに。拷問の痛みで忘れてたわ。
「ん。もうちょっとしたら、皇帝陛下と謁見できる」
「謁見してどうすんだ?」
「……そこまで考えてなかった」
考えろよ……。
「とにかく、ゲルグを助けなきゃって」
よく分かった。心配掛けて悪かったよ。俺が悪かった。お前の性格は分かってたが、すっかり忘れていた。そうだったな。お前はそういう奴だ。だからこそ、憧れたし、付いていくって決めたんだ。
「なんだ、その。あんがとよ」
「ん」
やっぱ、「勇者」は「勇者」、なんだよな。ありがたくも思う。そこに嘘はねぇ。と同時にやっぱこいつら、というかアスナには俺が付いてやらにゃいかん。人を疑ったりすることを知らなすぎる。や、こいつはこのまんまでいいんだ。人を疑う役目は俺がやれば良い。
マジで、あっさり捕まったことを全力で反省だな。
んでもって、皇帝陛下と謁見ねぇ。きな臭い。どうにもきな臭い。
普通に考えて、全世界に国際手配のお触れが出されてる一行をこんな手厚く遇するか? しねぇだろ。仮にやるとしてもこっそりだ。こんな絢爛豪華な客室に通したりなんて絶対しねぇ。
ルマリア皇帝。何を考えてやがる? 仮にも一国の主だ。考えなしに今の状況を作ったとは思えねぇ。
こっからどうなるのか。予測できない未来に俺は少しばかりうんざりした。
おっさん拷問受けるの巻。
いやー、ペンチで指潰されるって痛そうですね。
ちなみに、アスナ達が動いてなかったら、もっとキツい拷問を受けることになっていました。
おっさん、頑張れ。
大丈夫! アスナのしゅじんこ(略)
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