第十三話:ここで貴方を失うなんてあまり考えたくありません
四日間かけて、俺はエリナに数々の詠唱を覚えさせられた。全部覚えられたかって? んなもん無理に決まってんだろ。せいぜい三つがいいとこだ。
だが、役に立ちそうな魔法についてはちゃーんと覚えた。
まずは解錠。こりゃ、職業柄必須だ。メルクリウスから与えられる魔法のなかで一番簡単で、魔力もそれほど消費しないところが気に入っている。
次に、速度向上だ。こいつは、俺が持っている風の加護と合わせりゃ、相当に役に立つ。具体的には、魔物やらなんやらの攻撃を躱しまくるのに便利だ。速すぎてちょっとばかし感覚を掴むのに苦労をしはしたが、それも最初のうちだけだ。欠点は結構魔力を消費すること。俺じゃ一日に二発が限度だ。
あとは強奪。こりゃ俺にぴったりじゃねぇか? 魔法で盗みを働けるなんて想像だにしていなかった。スリが捗る。いや、スリなんてやろうもんなら、アスナが非難の視線を送ってくることは容易に想像できるもんだから、まぁやんねぇんだけどな。それでも浪漫だ。浪漫がある。これも欠点は魔力の消費が激しいことだ。今の俺じゃ一日に一発が限度だ。
その他にも色々叩き込まれたが、ぶっちゃける。忘れた。覚えられるわけねぇだろ。運気を上げる魔法やら、道具を鑑定する魔法やら、色々あったが、何に役立つのか全然理解できなかった。それに、どうしても俺の魔力は常人と比べても少ないようで、そもそも使えない魔法が多かったのもある。へこむだろ。頑張って詠唱して、んで何も起こらねぇって。
その度に、エリナがどでかいため息を吐くもんだから、ストレスも溜まる。「アンタ、本当にゴミみたいな魔力しか無いのねぇ」とかしみじみ言われるとよ、俺だって傷つく。おっさんはな、若い女に罵倒されると容易く傷つくんだぞ。そこんとこわかってんのか?
そんなこんなで、エリナと喧々諤々とやり合いながらも、俺達はルマリア帝都のちょい手前までたどり着いた。いやな、たどり着いたんだが。
「……城壁があるな」
「そうねぇ。忘れてたわ」
「……城壁があるってこたぁ、検問もあるよなぁ」
「そうねぇ。忘れてたわ」
忘れてたって、お前。忘れるか? そんなこと。エリナさんよぉ。ってか他の連中は? 全員忘れてたってわけじゃねぇだろ?
「おい、アスナ」
「ん。あんまり気にしてなかった」
そうだな。お前はそういう奴だ。もうちょっと考えような。その申し訳無さそうな顔は素直に可愛いと褒めてやりたいところだが、もうちょっと考えよ? ね?
「キース」
「すまない。俺も失念していた」
馬鹿ばっかなのか? このパーティーは。なんで魔王なんてぶち殺せたんだ? いや、しゃーない。キースは脳筋。キースは脳筋。最後の一人。魔王討伐パーティーの良心に俺は賭けるぞ。
「……ミリア」
「え、えっと、その。ごめんなさい……。分かっていましたが、誰かがどうにかすると思ってました……」
賭けは失敗だ。ミリア……。お前それは一番やっちゃいけないやつだぞ……。「ルマリア帝国は検問ありますけど、どうします?」、ぐらい言え。わかってたんだろうがよ。
「っだー! お前ら揃いも揃って馬鹿ばっかかよ!」
「っるさいわね! 忘れてたんだから仕方ないでしょ! ビチグソ小悪党が一端の口利いてんじゃないわよ!」
ビチグソとかお姫様が言うんじゃねぇよ。どこで覚えてくんだよ。品位を疑われるぞ?
いやな、俺だってそこまで頭が良い方じゃねぇ。だが、こんな大事なこと忘れねぇだろ。誰だよ、帝都に行くっていい出したのは。あ、アスナか。うん、なんっつーか、責められねぇ。なんかすげぇ申し訳無さそうな顔をしてるこいつを叱責するとか、端的に心が痛む。
「どうにかしなさい。ゲルグ。命令」
どうにかしろって……。どうにもなんねぇだろうがよ。風の加護に速度向上使やぁ、あんな城壁ぐらいぴょーんとひとっ飛びではあるがな。流石に四人抱えては無理だ。キース。お前、「姫様の言う通り」みたいな顔してやがるが、お前が一番重いんだぞ?
「……とりあえず、今日はここらで野宿だ。夜までに何かしら考える。期待はすんな」
「ん。薪、拾ってくる」
うん、アスナ。お前は働き者だ。偉い。だがな、もう一度言うが、もうちょっと考えよう? マジで。申し訳無さそうな顔をしてるところは評価する。だが、本当にもうちょっと考えよ?
「あ、待って、アスナ。私も行く!」
エリナ、しれっとアスナに付いてって有耶無耶にしようとするんじゃねぇよ。てめぇの態度が一番ムカつくんだよ。
「で、では俺は獣を狩ってこよう」
キースまでそそくさとどっか行きやがった。まぁお前には期待してねぇ。せいぜいその脳筋なパワーを上手に使ってくれ。晩飯だけは期待してるから。
「……すみません。私がもっと早く言っておけば」
「いい、いい。誰も悪くねぇ。俺ももうちょっと考えとけばよかった」
そんな心底申し訳無さそうな顔されたら、何も言えねぇだろうが。おまけにミリアはべっぴんだ。んでもってボン・キュッ・ボン。可愛いは正義なんだよ。誰だっけなぁ。これ言ってたの。
さて、どうすっか。あの城壁を、全員纏めて超えて、忍び込む。どうすりゃいい?
俺はミリアの申し訳無さそうな視線を一身に受けながら、思案にふける。
……俺がまずあの城壁に登るだろ? んで、仕事道具のロープを使って、一人ずつ登ってきてもらうか? あ、駄目だ。着地のことを全然考えてねぇ。魔王をぶち殺した連中だからといって、人間二十人分ぐらいありそうな高さから落ちりゃただじゃすまねぇ。俺だって、速度向上と風の加護を両方駆使して、跳び上がったら、着地の時に多少ダメージ食う。打ちどころ悪けりゃ死ぬ。
あ、いや、全員城壁に乗ってから、ロープで降りりゃいいのか。簡単じゃねぇか。なんで気づかなかったんだ。
そこまで考えて思う。なんで帝都に寄る必要があるんだっけか。特に疑問を持たなかったが、俺達の目的地はメティア聖公国だ。寄る必要ねぇんじゃねぇのか?
色々と考えていたら、結構時間が経っていたらしい。アスナとエリナが薪を拾って戻ってきていた。
「おい、エリナ。なんで帝都に寄る必要があんだ?」
「は? 馬鹿ねぇ。そんなことも分かんないの? アスナの国際手配を認めさせないために決まってんじゃない」
うっ、出た。このアスナ至上主義者が。要らなくねぇか? ってか俺は国際手配されたまんまで、そのまま捕まりそうな気がするんだが。
「どう思うよ。ミリア。俺はこのままメティア聖公国に直行すりゃいいんじゃねぇかって思い始めてるんだが」
「え? その、えっと……。え、エリナ様の仰るとおりかと……」
おい、エリナ。ミリアを睨むんじゃねぇ。完全に縮こまってんじゃねぇか。
「ミリア。大丈夫だ。エリナがお前に襲いかかったら、代わりに俺が殺される。本音を言え」
「いえ、その。本音じゃないわけじゃないです。味方を増やすのは必要なことだと思いますので」
そうか。うん。よく分かった。一理ある。アスナをチラリと見遣るが、なんか同意見っぽい。理解した。だがな、エリナ。その勝ち誇ったような顔をやめろ。端的にムカつく。
「……わかった。んじゃ、夜を待って、忍び込むぞ」
ちょうど俺がそういったタイミングでキースが戻ってきた。鹿一匹を背負って。
「ん? 話はまとまったのか?」
あぁ、纏まったよ。不本意な方向にだがな。
夜、晩飯も食って腹もくちくなって、その後数時間ほど経ってから俺達は動き始めた。
まずは俺が城壁の上に登るところからだ。
「財の精霊、メルクリウスに乞い願わん。我が行く手を阻む艱難辛苦をもはねのく速度を与えたもれ。速度向上」
身体が軽くなる。流石にこの高さは風の加護だけじゃ跳べねぇ。速度向上が必要だ。
「んじゃ、俺がまず登る。ロープ垂らすから、お前らは一人ずつ登ってこい」
連中が思い思いに首を縦に振る。俺はそれを確認してから、膝を曲げて思いっきり地面を蹴ろうとした。が、ミリアが心配そうに俺を見たもんで、ちょっとばかし見つめ合うみたいな形になる。
「ゲルグ。くれぐれも気をつけて下さい。ここで貴方を失うなんてあまり考えたくありません」
「心配すんな。なんとかなる」
そう言い捨てて、跳び上がる。心配し過ぎなんだよ。人生時には楽観的に行くのも大事だ。うん、慎重で小心者な俺が何言ってんだって感じだな。俺も変わったもんだ。
おぉ、高ぇ、高ぇ。風の加護と速度向上の相乗効果だ。今までここまで高く跳べるなんて考えもしなかった。俺は目論見通り、その高い高い城壁の上に登った。
右を見る。左を見る。う、やべぇ。見張りがいやがった。まぁ、当然か。まずは左から。音を消せ。静かに、だ。カバンからピアノ線を取り出す。
左の見張り。そいつの首にピアノ線を引っ掛ける。手慣れたもんだ。頭の中で数を数える。一、二、三……。よし、気絶した。次は右の奴だ。踵を返す。
「き、貴様! 何奴! 曲者! 曲者だ!」
見張りの怒声が耳朶を打つ。やべっ。舌打ちをひとつ。見つかっちまった。俺としたことがしくじった。わらわらと警ら兵が集まってくる。クソッタレめ。作戦は失敗だ。
「抵抗するな! 手を頭の後ろに組んで、腹ばいになれ!」
数にして、八人程度。この人数になっちまえば、一人じゃもうどうにもできねぇ。俺はおとなしくその言葉に従う。手を頭の後ろで組んで、ゆっくりと腹ばいになる。
次の瞬間、後頭部に強い衝撃。クソが、思いっきり踏みつけやがって。続けざまに全身を打擲される。痛ぇ。くっそ痛ぇ。
そして、俺の意識はそこで途切れた。
「……い、おい」
聞き慣れない声に意識が浮上する。誰だ? 俺に呼びかけてやがんのは。こちとら気持ちよく寝てたってのによ。いや、違うか。全然気持ちよくなんてねぇ。ってか痛ぇ。気絶してたんだな。クソが。
まだズキズキと痛む全身に辟易としながら、目を開き、上体を起こす。
石造りの壁。小さな部屋。んでもって鉄格子。如何にも不潔そうな便所に、粗末なベッド。あーあ。牢屋だ。捕まったんか。
「起きたか、新入り。気分はどうだ?」
「最悪だよ。クソが。おぉ、痛ぇ。思っくそ踏みつけやがって」
「ルマリアの兵は多少乱暴だ。災難だったな。ついでに言や、ここにぶち込まれてる事自体が災難だ。残念だったな」
声の主をまじまじと見る。あぁ、俺の知り合いに大勢いる感じのやつだ。所謂小悪党だな。短く刈り上げた髪。ボロボロのシャツ。んでもってうっすい眉。どっからどう見ても悪党面だ。
「俺は、ジョンだ。ま、長い付き合いになる。せいぜい仲良くしようや」
まーたジョンか。これで何人目だ? いすぎなんだよ、「ジョン」。もうちょっと捻れや。
「ゲルグだ」
「ん? その訛り、アリスタードか?」
「よく分かったな。お前さんの言うとおりだよ」
「そうか。なら覚悟しておくこったな。これから辛い」
辛い? あぁ、そういうことか。アリスタードの出身なんてバレたら、散々な目に合わされんだろう。嫌だなぁ。痛いのは苦手なんだがな。これから尋問と拷問だろうな。下手したら間諜なんかと勘違いされるかもなぁ。あぁ、嫌だ嫌だ。
「で? ゲルグ。お前さんはなんでしょっぴかれたんだ?」
「ん? あぁ。城壁に登って忍び込もうとしたところを捕まったんだよ」
「……そりゃご愁傷さまだ」
俺もそう思うよ。間諜扱いは御免だ。だが、そう思われてもしゃーねぇ。投獄されるのは流石に初めてだが、どういう扱いを受けるのかはなんとなく分かってる。
「んで? ジョン。お前さんはなんでしょっぴかれたんだ?」
礼儀として聞く。これっぽっちも興味なんてねぇがな。
「皇帝の悪口を喧伝したのがバレてな。ちょっと酒の勢いで有る事無い事言っちまってなぁ。それから一年だ。出られるこたぁねぇだろうな」
「あぁ、そりゃご愁傷さまだな」
「全くだ」
ルマリアはそういう国だ。皇帝の権力が絶対。異を唱える者には容赦ない。とはいえ、今の皇帝は善政を敷いているって話だ。そんな馬鹿な理由で捕まる奴も珍しいだろうな。
しかし、アスナ達は逃げおおせただろうか。それだけが心配だ。俺が城壁に登って捕まったんだ。あの周辺は重点的に見張りが回るだろう。見つかってなきゃいいがな。なにしろあいつらは全世界に面が割れてる。アスナなんて特にそうだろう。俺みたいなどこにでもいそうな小悪党とは訳が違う。
ってか、牢屋ってこういう風になってんだな。素直に感心する。何がって、魔法が使えねぇ。魔力が身体の中で滞留しているのがはっきりとわかる。解錠対策ってぇわけか。
そんな感じで数分ほどぼけっしていると、鉄格子の前に革張りの鎧を着込んだ兵士が歩いてきた。
「囚人番号、千六十五番。出てこい」
「……千六十五番って、俺のことか?」
「そうだ。出てこい」
牢の鍵を開け、兵士が俺の腕を掴む。
「いてぇな。別に抵抗したりしねぇよ。もっと丁寧に扱いやがれ」
「無駄口を叩くな」
「へいへい」
そんなこんなで、俺はぶち込まれていた牢から、少しばかり離れた小部屋に案内された。殺風景な部屋だ。あるのは、簡素なテーブルと椅子が二つ。いや、隅の方にいろんな道具が据え置かれた机も据えられている。並べられた道具が何に使われるのかはすぐにわかんだろ。拷問だよ。んでもってこの部屋は拷問室だろうな。
立派に間諜かなんかだと思われてやがる。いや、この国はとりあえずしょっぴいたら拷問かけんのか? うん、知らねぇ。
「座れ」
言われたとおりに部屋の奥の方の椅子に座る。兵士が椅子の肘掛けに腕を、脚に俺の脚を縛り付ける。絶対に逃さねぇし、動くことも許さねぇってことか。
俺はこれから与えられる責め苦を想像して顔をしかめた。
あっさり捕まっちゃいました。
おっさん……。お前便利キャラだったろ。どうにかしろよ。
でも大丈夫!
アスナのしゅじんこうほせ(略)
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