第十二話:えーっと、そのですね。ゲルグは努力家ですよね、って話をちょっと
「あのね、精霊と契約して魔法を使えるようになるっていうのは、相当大変なことなの。わかる? 契約してお終い、じゃないの。契約してスタートラインなの。初歩的な魔法はともかくとして、そこから瞑想したり、知識を蓄えたり、そういう努力があってやっといろんな魔法が使えるようになるのよ?」
次の目的地はルマリア帝都だ。メルクリウス霊殿から大体歩いて三日ほどかかる。多分近くで野宿して、んでもって夜にこそこそと城下町に忍び込むことになるだろうな。
「それが、なんの努力もなしに、財の精霊が与える魔法のほとんどを使える? 馬鹿じゃないの? アンタ。反則にも程があるんだけど。私が財の精霊と契約してから、一番初歩の解錠が使えるようになるまで、どれだけかかったと思ってんの? 確かに適性はそんなになかったけど! それでもよ! それでも頭にくるんだけど!」
んで、城下町に忍び込んだ後は、城に忍び込んで、皇帝と謁見するんだろうな。事情を話して、わかってもらえりゃそれで良し。俺達を無理やり捕まえようとすんなら、さっさととんずらこく。そんな感じだろう。
ババァも、ルマリア帝国はどう動くかまだ決めかねてる、とか言ってた。ババァは人をおちょくることはあっても、嘘はつかねぇ。たまーに、間違った情報を与えてくることもあるが、そりゃほんとにたまーにだ。九分九厘の情報は信じていい。
それに、間違った情報を与えてくるときは実にわかりやすい。「てめぇそれ明らかに間違ってんぞ」ってな塩梅ですぐわかる。指摘したあと「……ふーっはっはっは。余が与える試練をこうも容易く打ち破るとは、中々見込みのある男だ」とか言ってごまかしやがるから、くっそ胸糞悪いが。
「ねぇ、聞いてる? ゲルグ! アンタ、どんだけ自分が恵まれてるのか分かってる? 努力もなしに、メルクリウスから最大限の恩恵を受けれるなんて、どれだけ幸福かわかってるの?」
「っだー! うるせぇ! エリナ! お前さんはいつまでそうやってくっちゃべってんだよ! 俺だって知らねぇよ! どうにもならねぇことに、いつまでも文句言ってくんじゃねぇ!」
「なによ、なによ、なによ! 肥溜めからすくい上げたようなドブ臭い悪党が! ムカつく! 私の魔法で爆殺しなきゃ気がすまない!」
「やめろ! 死ぬ! 普通に死ぬから! やめろ! やめて! やめてくださいお願いします!」
こと武力に訴えかけられたら、全面降伏するしかない。こいつは、さっきからずーっと俺の横にひっつきながら、ぶつぶつぶつぶつ文句を垂れていた。そんなに悔しいのか? やーいやーい。いや、そんなふうに煽るとマジで殺される。やめとこう。
「っていうか、エリナよ。お前さんに詠唱やら何やら教えてもらわにゃ、魔法なんて使えねぇんだが」
俺は魔法とやらの詠唱なんて全く知らない。そりゃそうだ。魔法なんて使えるようになる予定も、使う気もさらっさらなかったんだ。覚える意味が無い。意味がないことはやらねぇ。それが楽に生きていくコツだ。
そんな風にエリナに教えを乞うと、少しばかり嬉しそうに笑いながらありえねぇことを言い出しやがった。
「ふ、ふーん。そうよね。土下座して、靴を舐めたら、教えてあげないこともないわよ。さぁ、ひれ伏しなさい、この大魔道士エリナ様に」
「……靴、舐めろ、だと?」
「そ、そうよ! アタシの、靴を、舐めなさい!」
ムカつく。端的にムカつく。なんでこの女はこういう言い方しかできないんだろうか。頭の構造がちょっとばかし常人と違ってんのか? 医者に行ったほうがいいんじゃねぇのか? いや、この性格は死ななきゃ治らねぇ。……死んでも治んねえかもしれねぇ。ってか、こいつ本気で俺に靴舐めさせようとか微塵も考えちゃいねぇな。そんな表情だ。どもってるし。ただの嫌がらせか。
だが、そんなムカつくなんて感情も、邪魔っちゃあ邪魔だ。俺が成し遂げたいこたなんだ? アスナを守ることだ。人間の悪意やら、その他諸々から。
「……靴を、舐めれば、いいんだな?」
エリナに向き合って、少しばかり腰を落とす。プライド? んなもんあるか。こちとら小悪党だぞ? いや、嘘だ。俺にだってプライドはある。でもな、小悪党の矜持、その九に「チンケなプライド、放り投げ」ってのがある。目的の為に手段を選ばねぇ。それが悪党なんだ。いいんだな? エリナ。俺は靴だって、馬糞だって舐められるぞ?
「え? えっと、本当に、舐めるの? 嘘よね。ポーズだけよね」
俺はそこから更に、腰を落とし、頭を下げる。
「舐めれば! いいんだな!」
舌を思いっきり伸ばす。いいのか? 俺みてぇなおっさんの唾液でてめぇの靴がびたびたになっても。その覚悟は、あるんだな。
「じょ、冗談、冗談よ! ごめんって、謝るから」
舌をエリナの靴に近づける。
「いいんだな! 舐めても!」
「嘘だって! 冗談よ! 流石に恥ずかしいから辞めて!」
最終的に根負けしたのはエリナだった。バーカ。おっさん舐めんな。お前さんみたいなべっぴんの靴を舐めるのなんてご褒美に決まってんだろ。うん? 今なんか変な電波が俺の脳味噌を支配したな。ご褒美とか思うわけねぇだろ。やべぇ、童貞拗らせて、思考が変な方向に行きかけてやがる。何言ってんのかって? 俺にもわかんねぇよ。
「ゲルグ……。流石にそれはちょっと……」
ミリア、黙れ。これは必要なことだったんだよ。そう、必要なことだったんだ。この目に溜まっているのは涙じゃねぇ。心の汗だ。
兎にも角にも根負けしたエリナから、詠唱を教えてもらう約束をもぎ取ったのだった。ありったけの羞恥心やら、おっさんなりのプライドやらを犠牲にして、だがな。エウロパ饅頭五個も有耶無耶になった。作戦通り。作戦通りなんだ。作戦通りったら作戦通りだ。
やめろ、アスナ。遠巻きに変な目で俺を見るな。その視線は今の俺に効く。ついでにキース。同情的な視線を送るのはよせ。端的にムカつく。
「メルクリウスの魔法、ほとんど使えるのよね。解錠は、鍵がないとよくわからないし、じゃあ、速度向上でも使ってみる?」
「ほー。確かに解錠は鍵がねぇと意味がねぇな。んで? 速度向上ってなんだ?」
「あー、ムカつく。なんだって、こんなよく分かってない奴にアタシが詠唱を教えないといけないのよ……」
「ブツクサ文句言うんじゃねぇよ。いや、すまん。こういう言い方は良くなかったな。何卒卑しい私めにその大いなる知識をお与え下さい、大魔道士エリナ様」
「やめて、気持ち悪い。キモいじゃなくて気持ち悪い」
そんな何度も気持ち悪いっていわれると、さすがの俺も傷つくんだぞ? わかってんのかこいつ。せっかく人が精一杯下手にでてやってんのに。
「速度向上は、自身の素早さを上げる魔法ですよ、ゲルグ」
ミリアがニコニコと笑いながら補足してくる。なんでお前はそんなに楽しそうなんだ? そんなに俺とエリナの漫才が楽しいのかよ。俺は恨めしそうにミリアを見る。
「あ、ごめんなさい。ゲルグが魔法を使えるようになったのが素直に嬉しくてですね」
「あ、そういうことか? すまんな。なんか勘違いしてたわ」
「いえ、いいんです。ゲルグが財の精霊に認められた。それは、貴方の心の在り様が認められた、そういうことなのですから」
よせやい。そんな褒めちぎるなよ。
「ゲルグなら、そうなるだろうと、私信じてました」
「あー、っと。なんだ、その。ありがとよ」
ニコニコニコニコ笑うミリアを見ると妙な気分になってくる。こいつなんだって俺みたいな小悪党にこんな顔向けてやがるんだろうな。
「ちょっと、ミリア……来て」
「はい? エリナ様」
なにやらエリナがミリアを連れてどっか行った。なんだ一体。うーん、わからん。
「キース。お前、わかるか?」
「ん? 何がだ?」
「いや、いいわ。お前に聞いた俺が馬鹿だった」
「貴様、それはその、傷つくぞ」
使えねぇんだよ。察せよ。流石脳筋なだけあるよ。いや、俺にもわかんねぇんだがな。
「ゲルグ、ミリアのことどう思ってる?」
んだ? アスナ。藪から棒に何だよ。どう思ってるかって? なんでお前がんなこと気にすんだ。
まぁいいか。そうだな。べっぴんな姉ちゃんだってことは確かだよな。あのお人好しそうなところを除けば、ぴったし俺のタイプだ。手を出そうなんて思わねぇがな。辞めるなんて本人は言っちゃいるが、まだ神官だ。
「んー。そうだなぁ。乳もでけぇし、べっぴんだ、それに性格も良い。ありゃモテるだろうな」
「……乳。おっぱい……。ゲルグ、大きいおっぱい好き?」
「ん? 好きだぞー。嫌いな男はいねぇんじゃねぇか?」
「……ふうん」
アスナがボソリとつまらなそうに呟いてどっか行く。なんじゃあいつ。
「ゲルグ。アスナ様も女性だぞ。十六歳とは多感な時期だ。今のはデリカシーに欠けるのではないか? 品がないぞ」
うるせぇよ。てめぇにはデリカシーなんてあんのかよ。っていうか悪党にデリカシー求めるんじゃねぇ。
そうこう話している内に、エリナとミリアが帰ってきた。ん? ミリアがなんか微妙な顔してやがる。まぁいいか。魔法の詠唱のが先だ。
「さ、じゃあ詠唱の練習するわよ。ちゃんと耳かっぽじって聞いて、一発で覚えること」
「へいへい。ところで、ミリア。エリナと二人で何話して来たんだ?」
「え? えーっと、そのですね。ゲルグは努力家ですよね、って話をちょっと」
「アンタねぇ。女同士の会話の内容を尋ねるって野暮にも程があるわよ」
そりゃそうか。エリナの言う通りだなぁ。このあたりがデリカシーってやつなのか? わからん。
「すまんな、野暮だった」
「い、いいんですよ」
「はいはいはい、いいから! 詠唱!」
エリナが割って入る。いちいちうるせぇな。ちゃんと謝ってんだよ。文句あるか?
「ミリアが汚れるからあんまり近づかないでよね」
「はぁ?」
汚れるってなんだよ、汚れるって。いや、まぁわかる。小悪党だもんなぁ、俺。うん、わかるわ。ミリアの方をちらりと見ると、なにやらものすごく申し訳無さそうな顔してやがった。そんな顔すんな。こっちが申し訳なくなるだろうが。
「あー、まぁ、いい、いい。悪かった。大魔道士エリナ様、教えて下さい」
「ん、いい心がけね。速度向上の詠唱は『財の精霊、メルクリウスに乞い願わん。我が行く手を阻む艱難辛苦をもはねのく速度を与えたもれ』よ。さ、復唱!」
「ざ、財の精霊、メルクリウスにこいねがわ、ん? わがゆくてをはばむコンナンチンクをもハナノク速度を与えタモリ?」
「……ぜんっぜん違う。舐めてんの?」
「う、うるせぇよ。初めてなんだから仕方ねぇだろ!」
エリナがやれやれと肩をすくめて、どでかいため息を吐く。やめろよ。傷つくぞ。おっさんのメンタルは時には傷つきやすいんだぞ? ギザギザハートをヤスリで削るような真似しやがって。
そんなこんなで、詠唱の練習は歩きながらひたすら続くのであった。
「はい、もう一回!」
「財の精霊、メルクリウスに乞い願わん。我が行く手を阻む艱難辛苦をもはねのく速度を与えたもれ!」
「うん、いい感じよ。もう一回!」
「財の精霊、メルクリウスに乞い願わん。我が行く手を阻む艱難辛苦をもはねのく速度を与えたもれ!」
「完璧。やればできるじゃない」
そりゃ小一時間ずーっとおんなじ台詞を延々と喋り続けさせられたら誰にでもできらぁな。
「そこまでいったら、最後に魔法名を発話すれば、魔法が発動するわよ」
魔法名を発話? ほう。それも詠唱の一部だったわけか。てっきり俺ぁ……。
「……カッコつけるためだけに叫んでんだと思ってたわ」
「馬鹿じゃないの? ほんと馬鹿。それに失礼」
そりゃすまん。
「あのね。魔法の名前は、最後のキーワードなの。つまりね、詠唱を用いて、体内にある精霊の触媒を活性化させて方向性を持たせる。で、最後に魔法の名前を叫んで発火させる。そういう理屈になってるの。全部必要でやってることなのよ」
「ババァは詠唱端折ってた気がするんだが」
「あれはね、ジョーマ様ぐらい研鑽をつんだ魔法使いだけに許された特権なの。良い? 詠唱は式、関数。作り上げた関数をキックするのが魔法名の発話。ジョーマ様はその身体自体を関数にしてるの。だから詠唱が不要」
「そんなもんなんか」
「そういうもんなの。じゃ、やってみて」
はい、とエリナが号令をかける。いや、なんだ。ちょっとばかしワクワクしやがる。魔法なんてよくわからねぇもん使うなんて、思ってもみなかったが、いざ使うとなると、なんだ。こう、少年の心が湧き上がってくるっつーかなんっつーか。いや、俺も年甲斐も無くはしゃいでんな、こりゃ。
「財の精霊、メルクリウスに乞い願わん。我が行く手を阻む艱難辛苦をもはねのく速度を与えたもれ、速度向上」
次の瞬間、俺の中の何かがごそっと持っていかれる感触がした。簡易魔法じゃ、感じなかった感触だ。魔力がごっそり使われたってことか? 気持ち悪ぃ。
そんでもって、次いで身体が淡く光る。青い光だ。
なんだこりゃ。身体が、軽い。風の加護を全開にしてる時みてぇだ。いやそれ以上かもしれねぇ。
「どう?」
エリナが尋ねてくる。俺は試しに膝を曲げて、脚に力を入れる。力を開放。「ぴょーん」なんて効果音がぴったりな程、高く跳び上がれた。風の加護は使っちゃいねぇ。
いや、すげぇ。すげぇなこれ。豆粒みたいになったエリナを見下ろして叫ぶ。
「すげぇ! すげぇなこれ!」
やがて、跳び上がったエネルギーが切れて、身体が自由落下を始める。やべ。着地のこと全然考えてなかったわ。とっさに風の加護も併用して、着地に備える。
どしーん、なんて、そんな音を立てて着地。ふぅ、やれやれ。
「どう? 初めての魔法」
「いや、すげぇ! すげぇよこれ!」
この魔法に風の加護を合わせりゃ、どんだけ速く跳んだり跳ねたり、走ったりできんだろうか。夢が広がるなぁ、おい。
「ルマリアに着くまでに、メルクリウスの詠唱、全部覚えてもらうからね」
感動も束の間。俺はこの四日間の地獄を想像して、げんなりするのであった。
「はじめてのまほう! ゲルグへん!」です。
はい、魔法。
一応この物語の主人公(主人公補正なし)である、ゲルグおじちゃんが、
なんか魔法を使えるようになりました。
素早さを上げる魔法です。
うん、逃げ足特化。
アスナの!しゅじんこうほせ(略)
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