第十一話:おめでとうございます。ゲルグ。メルクリウスは、貴方をちゃんと認めたのですね
「さ、どれを選ぶ?」
「ちょっと待て。考えさせてくれ」
「勿論さ! 時間はたっぷりある!」
おっさんが陽気にしゃべる。うるせぇんだよ。イライラするからやめろ。
なんだこれは。何を試されてんだ? 俺の直感か? 運なのか? 普通に考えて適当に選んで三分の一。三分の二で俺は契約できねぇ、ってそういうことか? 馬鹿か?
いや、とにかく試練だ。集中だ。
右、いや、左か? んにゃ、真ん中も怪しい。ドアはどれもこれも真っ赤なペンキが塗られていて、どれも同じ様に見える。細かいヒントから正解を導き出せとか、そういうやつなのか? っだー、考えてもわからん!
「どうした? チャレンジャー。迷ってるようだね」
「そりゃ、迷うだろ。こんなん運じゃねぇか」
「ハハハ。そうだ。運だよ。でも、運を制したものこそが、本当の財宝を手に入れられる。人生ってのはそういうもんじゃないかい?」
それっぽいこと言ってんじゃねぇよ。こちとら、これから俺がどれだけアスナ達に貢献できるかどうかの境目なんだよ。運ゲーで済ますんじゃねぇ。
メルクリウスがどんな魔法を使わしてくれるのかは知らねぇ。だが、その力がなんとなくパーティーの力になる、そんな気はしてんだ。是が非でも、契約を済ませにゃいけねぇ。
くそっ、どれを選べばいいのかとんと見当もつかねぇ。右、いや左。真ん中? あーわかんねぇ。どれを選ぶのが正解なんだ? うん。右側の扉の隅がなんか汚れてやがるな。いや、そんなちゃちな仕掛けするわきゃねぇ。裏をかいて左か? それとも真ん中?
アスナの顔を思い浮かべる。エリナの顔も、ミリアの顔も、キースの顔もだ。あいつらに比べて俺は脆弱だ。矮小だ。ちっぽけな小悪党だ。そんなの十二分に理解してる。だからこそ、足手纏いにはなりたかねぇ。俺を助けようとして、アスナが苦しそうにする様子なんて見たかねぇ。
どれを選べば良い? 俺の左のこめかみから、つぅっと冷や汗が溢れる。くっそ、焦ってやがる。パニックってやつだ。どうしろってんだよ、これ。
「ふーっ……」
深呼吸を一つ。ここで俺が「ダメでした」なんて戻ってもあいつらは文句なんて言わねぇだろう。いや、エリナはちょっとばかし怒り狂うかもしれねぇな。
なんかそりゃムカつくな。文句を言われねぇって最高に腹が立つ。
でも、これどうすりゃいいんだ? マジで。もう適当に選ぶしかねぇよな。いや、適当以外に方法がねぇだろ。
そんなことを考えてたら、あー、うん。なんかどうでもよくなってきた。当たるも八卦当たらぬも八卦。こうなりゃマジで適当だ。メルクリウスは、「きっと君なら大丈夫」なんて言った。だから大丈夫だろ。
「右だ」
「ゲールグ。君は右の扉を選ぶのかい?」
「あぁ、右だ」
「諸君! 今宵のチャレンジャーは右の扉を選んだ! ここからいつものアレに突入するぜ!」
歓声。あぁ、うるせぇ。やめろ。耳障りなんだよ。ついでに言や、心臓の音がうるさい。当たるのか、当たらねぇのか? 確率は三分の一。
神妙な顔をする俺に、おっさんがまたまた陽気に話しかけてきた。
「さて、ゲルグ。君の選んでない二つの扉があるだろ?」
「あぁ、あるな」
そりゃ、三つの扉から二つ選んだんだ。あるに決まってんだろ。馬鹿にしてんのか?
「僕はどれが当たりのドアか知ってるんだ。君が選ばなかった、二つのドア。気にならないかい?」
気になりはするな。でもそんなの気にしたってしゃあねえだろ?
「じゃあこうしよう! 君が選ばなかった二つのドア。その片方を開ける。あぁ、それが当たりだったら、楽しくないよね! だから僕は必ず外れの方を開ける。いいかい?」
ん? それに何の意味があんだよ。
「ハズレの扉は……ジャジャーン! 真ん中の扉だーっ!」
またまた歓声。っとーにうるせぇ。衝動的にぶち殺したくなる。真ん中の扉が開けられて、その奥になにもないのがしっかりと目に映った。
「さ、ゲルグ。君に最後のチャンスをあげよう」
「最後のチャンス?」
「もう一回選び直しても良いってことだよ。君が選んだ右の扉を選んでも良し。左の扉に変えても良し。さぁ、どうする?」
あん? そういうことか? そんなん簡単じゃねぇか。つい数秒前までうるさかった心臓の音が途端に静かになる。
「変えるに決まってんだろ。左の扉だ」
「……自信満々だね。なんで変えるんだい?」
ああん? そんなん簡単だろうがよ。
「おっさん。てめぇは『当たりを知ってる』って言いやがったよな。俺が選んだ右の扉。それが当たりの確率は三分の一。だが、てめぇは『当たりを知ってて、外れの扉を開ける』って言いやがった。いいか? 三分の二で外れてんだよ。俺の選んだ扉は」
おっさんが驚いたように目を見開く。
「で、てめぇは『外れの扉を開けた』。ってこたぁよ。最初に選んだ俺の右の扉は三分の一。残りの左の扉は三分の二だ」
んなもん、さんざっぱら詐欺師やらなんやらに騙されかけた俺が引っかかると思ってんのか?
「だから、正解は左の扉。それが一番ベットできる賭けだ」
「じゃあ、ゲルグ、君は左の扉を選ぶ、そう言ってるんだね?」
「何回も言わせんじゃねぇ。左だ」
その瞬間、景色が花びらのように散り散りになった。なんじゃこりゃ?
「せいかーい。やっぱり君は頭良いよ。ゲルグ君」
メルクリウスが、ニヤニヤしながら花びらの中から現れた。心臓に悪ぃんだよ。このクソイケメン精霊が。
「メルクリウス……。外れてたらどうするんだよ」
「扉の向こうに何があるのかなんて関係ないさ。君があの場面で迷いなく選ぶ扉を変えた、ってことに意義があるんだよ」
「よくわかんねぇけど、まぁいい。試練は終いだな」
「うん。ちょっと僕も気張ってさ。普段よりも難しい試練を出しちゃったんだけど、やっぱり君なら合格するよねぇ」
んだと? ちょっと待て?
「『普段よりも難しい試練』って言ったか?」
「あっ……。聞かなかったことに……ならないよね?」
「なるか、馬鹿。ふざけんなよ? このクソイケメンが。俺が試練に合格しなかったらどうするつもりだったんだよ」
「どうもしないよ。精霊は現し世には能動的に働きかけない」
あぁ、そうかよ。クソッタレが。戯れに難易度上げてんじゃねぇよ。
「ごめんって。悪気はなかったんだよ」
「悪気がねぇ悪意が一番質が悪ぃんだよ」
「良いこと言うね、君」
感心してんじゃねぇ。
「じゃ、合格のご褒美だよ」
そう言ってメルクリウスが、その細っこい指を口に当て噛みちぎった。
「飲んで」
「え? は?」
「契約は、精霊の体液をその体内に取り込むことによって成立する。さ、飲んで」
なんで、俺がこのいけすかねぇイケメンの指を舐めて、血を飲まなきゃならねぇんだよ。……くそっ、気に食わねぇ。
「あ、別に指舐めなくてもいいから」
「っだー、そういうことは早く言え! 口を開けて上むきゃいいんだな!」
「そうそう」
口をあんぐりと開けて、上を向く。メルクリウスがその上から、血を一滴ぽとりと垂らした。ごくり。おえっ。味はしねぇが気分は最悪だ。
「契約はこれでおしまい」
「あぁ、そうか。あばよ。楽しくなかったぜ」
「……最後にさ、聞きたいことがあるんだけど」
「なんだ?」
「例えばさ、君が最後に迫られた二択。右の扉にはアスナ・グレンバッハーグが居る。左の扉には、キース・グランファルド、エリナ・アリスタード、ミリアが居る。片方を開けたら、もう片方は爆発する。君はどちらを選ぶ?」
「はぁ?」
そんな二択を迫るのは詐欺師のやり方だぞ? わかってんのか?
「いいから、君の答えが聞きたい」
メルクリウスのにやけ面が引っ込んで、えらく神妙な顔で見てきやがる。うーん、そうだなぁ。
「右の扉と左の扉をいっぺんに開ける。爆発する暇なんて与えねぇ。全員助ける」
「……ふふ、ははは! そうか、そういうことなんだね! 実に君らしい在り方だ! 風の加護の持ち主よ!」
狂ったようにメルクリウスが笑う。なんだこいつ。気が違ったのか?
「風は遍く全てを守る。実に君にぴったりな加護だ」
「あー、うん。どうでもいいんだが、そろそろ帰してくれねぇか? 時間がねぇんだよ」
外で、連中も待ちくたびれてらぁな。
「っと、ごめんごめん。そうだったね。メティア様のご加護があるように、祈ってるよ」
「あんがとよ。加護やらなんやらは眉唾だがな」
「ふふ。本当に君は面白い。全身全霊を以って君の力になろう。約束だ」
「そりゃどーも。あばよ」
「うん。じゃあね」
意識が薄れる。今日何回目だ?
気づいたら俺は霊殿のでかい宝石の前でぼーっと突っ立っていた。これで契約とやらが完了したってことになんのか? 何も変わった感じはしねぇがな。本当にこれだけで高位魔法使えるようになってんのか?
まぁいいや。後でエリナに聞いてみるか。
俺はてくてくと、霊殿の中から外に出た。薄暗い部屋にずっと居たせいか、太陽の光が眩しい。霊殿から出てくる俺の姿を見て、アスナがぱぱぱーっと駆け寄ってくる。
「ゲルグ」
「おう、待たせたな」
「どうだった?」
「バッチリだ」
エリナが、ミリアが、キースが、んでもってアスナが、誰からというわけでもなく拍手をし始めた。
「やったじゃない! あんたもこれで一端の魔法使いよ! まだ財の精霊だけってのがなんとも格好つかないけどねぇ」
うるせぇよ、エリナ。
「おめでとうございます。ゲルグ。メルクリウスは、貴方をちゃんと認めたのですね」
認められたのかどうかはよくわからん。
「俺は魔法は使えないからな。素直に感心する。凄いことだ」
お前魔法使えなかったのか、キース。
「そういやよ。エリナ。お前さんもメルクリウスと契約してんだろ?」
「そうね。この中じゃメルクリウスに多少なりとも適性があったのはアタシだけ。アスナも契約は済ませてるけど、魔法は使えなかったわね」
おぉ、アスナもエリナも契約してたんか。
「試練ってどんなもんだったんだ?」
「は? メルクリウスの試練なんて簡単なもんよ。迷路を歩き回って宝箱を見つける、ってだけ。誰でもできるわ」
「ん。時間かかったけど簡単」
え? は? じゃああれ何? 難易度上げすぎじゃねぇか? メルクリウスさんよぉ。
「え? 試練の内容、違ったの? アンタ」
顔をしかめる俺に、エリナが驚いたような声を上げる。
「……おう」
「……アンタ、メルクリウスに本当の意味で認められたってことよ。良かったじゃない」
どういうこっちゃ?
「精霊は人を選ぶの。その人にあった試練を、ってね。適性の低い者には普通の試練を。適性が著しく高い者には、それぞれに見合った試練を。つまり、アンタはメルクリウスの適性がこの中で誰よりもあるってこと」
ふーん、へー、ほー。つまりどういうこっちゃ?
「よくわかんねぇが、それって凄いことなのか?」
「馬鹿じゃないの!? 凄いに決まってるじゃない! そんなことも知らないの!? このド低脳が! きーっ悔しい! この小悪党の下水煮込みよりも、アタシの方が適性がないっていう事実が悔しい! それがメルクリウスだとしても、すんごい悔しい!」
「そこまで悔しがられると流石に傷つくんだがな」
「ゲルグ、凄い」
アスナ。お前は何時だって良いやつだ。エリナとは全然ちげぇな。姫さんよ、お前さんはもうちょい性格を改めたほうがいいんじゃねぇのか?
「ところでよ。高位魔法、俺本当に使えるようになったのか?」
未だに悔しがっているエリナに尋ねる。
「あぁ。そうね。後で試してみましょうか。高位魔法。アンタの魔力保有量なら、そんなに連発できないでしょうけど」
「そりゃ助かる。詠唱とかよくわからねぇからな。教えてくれ」
「しょーがないわねぇ。ルマリア名物のエウロパ饅頭五個で手を打ってあげる」
「おまっ! 俺今金ないんだがな」
「なけなしのお金をはたきなさい! この大魔道士エリナ様に教えを乞うんだから!」
「おーっほっほ」なんて高笑いを上げるエリナに、俺はやれやれと肩をすくめる。今いくら持ってたっけ? 魔物を倒して得た金は全員で山分けだ。ひいふうみい。げっ。思ったより少ねぇ。
「ゲルグ。私も出す」
「ん? あぁ、いや、大丈夫だ」
ガキに金を恵んでもらうとか、おっさんの恥だろ恥。
「じゃ、行こ。あんまり長居できない」
アスナの声に、俺達はまた旅路に戻るのであった。
しかし、エウロパ饅頭五個か……。あれ結構高ぇんだよなぁ、確か。なんて考えながらとぼとぼと歩いていると、頭の中に声が鳴り響いた。
『ゲルグくーん。僕だよー、メルクリウスだよー』
「んがっ!?」
思わず珍妙な叫び声を上げた俺に、他の連中が訝しげな視線を向ける。いや、すまん。気にするな。そんな顔をして、連中の視線を追っ払う。
『なんでお前の声が俺の頭の中に響いてんだよ。馬鹿なのか? 死ぬのか?』
『つれないなぁ。全身全霊を以って君の力になるって言ったじゃないか』
『野郎の手助けなんて、クソッタレ以外の何物でもねぇんだよ』
『僕性別ないけど?』
『なんじゃそりゃ』
『精霊なんてのはね、姿を自由自在に変えられるんだよ。飽くまで人間の姿に限るけどね』
ふーん、そんなもんなんか。ん? じゃあべっぴんな姉ちゃんにもなれるってことか? せっかくならそんな姿で現れてほしかったよ、全く。
『で? 何の用だよ』
『あぁ、伝え忘れたことがあってさ。君もう、僕が与えられる魔法のほとんどが使えるようになってるから』
「はぁ!?」
また、他の連中が訝しげに俺を見る。
『全部じゃないけどね。じゃ、そういうことだから。バイバーイ』
ふっざけんじゃねぇ。特大の爆弾を落としていきやがった。驚くだろ。普通。驚くに決まってんだろ。
「ゲルグ。アンタさっきから何? キモいじゃなくて、気持ち悪いんだけど」
「いや、メルクリウスがな、いきなり話しかけてきてよ」
「はぁ? 普通精霊ってそんなことしないわよ! どんだけ気に入られてんの!? アンタ!」
エリナが目を三角にして俺に詰め寄る。
「そうなのか? いや、なんだ。メルクリウスが与えられるほとんどの魔法が、使える、って」
今度こそ、どでかいエリナの悲鳴がそこら中に響き渡った。
馬鹿。俺らは今国際手配なんだぞ? 静かにしやがれ。
無事ゲルグが魔法を使えるようになりました。
でも、彼が契約した精霊は、ピーキーな魔法しか与えてくれないので、
使い所が限られます。次話で魔法を実際に使ってみるお話になる予定です。
はい、お察しの良い方はお気づきでしたね。
モンティ・ホール問題です。
なんでゲルグがちゃんと正解できたのか。
それだけ彼が騙し騙され、な世界に住んでいたということです。
あとは多分ジョーマ様あたりが教えてくれたのでしょう。ジョーマ様万能説。
まぁ、大きくはアスナのしゅじんこうほせ(略)
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とーっても励みになります。ゲイシャ。
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