第十話:メルクリウスとの契約、無事成功することを祈っています
「はえー、これが霊殿ってやつかぁ」
俺は、目の前に鎮座する如何にも「遺跡」って塩梅な建物に嘆息する。いつ誰がこんな大仰なものを作ったのかは、誰も知らないらしい。気づいたらそこにあって、そして、今でもこれっぽっちも朽ちずに、その存在感を大いに放っている。
迷いの森を出て三日経った。その三日は驚くほど順調だった。流石に国際手配されてやがるもんだから、街道やら開けた道なんかは避けて通りはしたが、それにしたって順調だった。
魔物は難なくぶち殺すことができた。俺が奴らの攻撃を集め、躱す。その隙を縫ってアスナが、キースが剣で攻撃する。俺を無視して後衛のエリナやミリアを目標にしやがる小賢しい奴の攻撃は、全てキースが受け止めた。エリナが魔法で適宜支援し、攻撃する。ミリアが、ちょっとした傷も心配して回復する。
これがチームで動くってぇことか。職業柄単独で動くことの多かった俺にとっちゃ、なにもかもが新鮮だった。
そんで、これ。目の前のどでかい霊殿。ここに財の精霊がいるらしい。本当に、如何にもって感じの建物だよ、全く。
「魔王が現れる前は、魔物も少なく、多くはなくとも霊殿に人が押し寄せたんだと聞いてます。それを考えるとちょっと寂しい気持ちになりますよね」
ミリアがちょっとばかし困った顔で笑う。来たことねぇ俺にはわからねぇが、魔王なんてモンが現れる前は魔法を覚えたい人間でごった返す、そんな場所だったんだろう。魔王が現れ、魔物の脅威が増え、そして容易に訪れることができなくなった、ってぇとこか。
まぁ、人っ子一人いやしないこの状況は、国際手配犯なんて肩書がついてまわる俺達にとっちゃ、願ったり叶ったりのシチュエーションにほかならねぇ。
「そういやよ、エリナ」
「なによ、小悪党」
流れるように小悪党とか言ってんじゃねぇ。
「アスナから聞いたが、お前さんは最初っから高位魔法を使えたんだろ? いつ霊殿をまわったんだ?」
素朴な疑問だ。魔法を使うためには霊殿を訪れる必要がある。アリスタードには霊殿が無い。じゃあ、エリナはどのタイミングで霊殿を行脚したんだ?
「あぁ、私はね。アリスタードにある、メティア教支部の神官長に頼んで、精霊を呼び出して貰ったのよ」
「なんじゃそりゃ。裏技じゃねぇか。そんな方法があるなら、誰だってそっちにすんじゃねぇのか?」
「馬鹿みたいにお金かかるから、普通の人はやらないわよ。私が王女だから、特別措置ってこと。王国は少なくない金額を、メティア教に寄付してたからね」
なんっつーか、地獄の沙汰も金次第、じゃねぇけど、世知がれぇ話だな。魔法を使えるようになるのも、金がありゃなんとかなるってぇことか。金、金、金。あー金欲しい。
「ん? 神官がそんなことできるのなら、ミリアもできんじゃねぇのか?」
「あ、私はそこまで位の高い神官ではないので。許可も下りませんし、そもそもやり方も教えて貰ってません」
へー、ふーん、ほー。なんだか腐敗の匂いを感じ取ったのは俺だけか? まぁ、んなこたどうでもいいがよ。
「あまり、長居している時間はない。ゲルグ。さっさと行ってこい」
わーってるよ。キース。理解してる。ちゃーんとな。
「メルクリウスとの契約、無事成功することを祈っています」
あんがとよ、ミリア。
「んじゃ、行ってくらぁ」
俺は連中に背中を向けて、ひらひらと手を振りながら、霊殿の中にのそのそと入っていった。
「ゲルグ、頑張って」
アスナの激励の言葉が耳朶を打つ。了解。せいぜい頑張ってくるさ。
霊殿の中に入る。入り口をくぐり抜けると、すぐに一辺が数百歩程の正方形になった、広い部屋に出た。シンプルな作りだ。特に侵入者を迷わせようなんて意思も感じられない。迷路みたいに入り組んだ場所だったらどうしよう、なんて考えてた俺がアホらしい。
部屋のど真ん中にどでかい宝石がある。そのデカさと言ったら、今まで見たことのねぇくらいだ。大の大人がすっぽり収まっちまうほどの大きさ。これ売ったらいくらになるんだろうな。いやいや、流石に俺もそこまで罰当たりなこたしねぇよ。……いや、いくらになるんだろうな……。
さぁて、こっからどうすりゃいいんだか。何も聞いてねぇ。ミリアあたりにちゃんと聞いときゃよかったな。
俺は、フラフラと部屋のどまんなかにある宝石に歩いていく。青白い光を放つそれは、実に神秘的な輝きで俺の脳味噌を刺激した。なんだこれ、なんか見てると、不思議な気分になりやがる。
「えーっと? どうすりゃいいんだ? この宝石に触ったりすりゃいいのか?」
なんか、触るのは危険そうだ。そう思った。だが、その意志に反して俺は自然と宝石に手を伸ばす。
そして、そこで意識が消えた。
「こんにちは。ゲルグ君、だっけ?」
ここはドコだ? ぼーっとする。ってか眠ぃ。で、誰だ? 俺に話しかけてんのは。
目を擦って、周囲を見回す。そこは俺にとっちゃ、ありふれた光景だった。
アリスタードのねぐらだ。俺の。二年ぐらいかな。あそこをねぐらにしてたのは。狭いし汚ぇが、やっぱこの部屋が一番落ち着くのは、まぁ住めば都ってことなんだろ。
ってか、ここ。多分、精霊とやらが作り出したなんかよくわかんねぇ空間だな。今、この状況で、俺がここにいるのはおかしい。おかしすぎる。
んでもって、目の前でニヤニヤ薄ら寒いいけすかねぇニヤケ面を浮かべてるこいつ。誰?
「はじめまして。僕はメルクリウス。財の精霊だよ」
「あぁ、お前さんがメルクリウスか。俺はゲルグ……ってもう知ってるみてぇだな? なんで知ってる?」
「口が悪いなぁ。尊敬の念も一片たりとも感じられないね。嫌いじゃないよ。君のことを知っているのはね。メティア様が君を気にかけているからだよ。勇者とその仲間を導く存在として、ね」
こいつも運命がどうたらこうたらとか話し始めるのか? まぁ、精霊ってもんはそういうもんなのか? 知らねぇ。
「ふふ、運命なんて矮小な言葉では表せないよ。なんだろうね。使命? 宿命? うーん、人間の言葉じゃ言語化できないな。でも大丈夫。別に君がそれに縛られているわけじゃない。君の思っている通り、今の状況は君が選び、君が勝ち取ったものだ。誇って良い」
へー、ふーん、ほー。そうなんかぁ。ってか、こいつ今。
「お前さん、俺の心を読んだか?」
「当ったり~。流石に気づくのが早いね」
なんというか、珍妙な野郎だ。んでもってイケメン。すらりとしてて、しゅっとしてやがる。クソが。イケメンは死ね。万死に値する。
「やだなぁ。死ね、とか。流石に僕でも傷つくよ」
だーっ、いちいち俺の思考を読んでくるんじゃねぇ! 気持ち悪ぃ!
「ごめんごめん。だって君の思考読みやすくてさ。ここまでダダ漏れな人間も珍しいよ」
んだ? それ。俺を馬鹿って言ってんのか? うん。確かに反論できねぇ。悔しいが反論できねぇ。
「いや、君は頭良いと思うけどね。ただ、自分に正直、っていうのかな? 雑念がないよね。それでいて思慮深い。実に興味深い存在だ」
「好き勝手生きなきゃ、楽しくねぇ。それが俺の合言葉だからな」
嘘だ。そんな合言葉今まで考えたこともねぇ。口八丁手八丁。テキトーにくっちゃべってるだけだ。
「ふふ、面白いね。君。実際に会ってみて正解だ」
「ん? どういうこった?」
「実際に会ってみて」なんて言ったかこいつ? 普通はこうやって精霊と相まみえるこたねぇ、ってことか?
「そういうこと。普段は試練を受けさせて、それでお終い」
「なんでまた、俺みたいなちんけな小悪党に会おうなんて思ったんだよ」
「勇者、アスナ・グレンバッハーグとその一行。彼らを導く者に興味があってさ」
導く者ねぇ。ミリアも似たようなこと言ってたなぁ。俺がそんな大層な存在じゃねぇのは俺が一番良く知ってそうなもんだが。
「メティア様は賽を振る。イベントは定義されてるけど、そこからどのように選び、どのように生きるかは君たち人間の特権だ」
「賽を振る? どういうこっちゃ」
「あ、ごめんごめん。これ言っちゃいけない話だった。忘れてよ」
バーカ、一旦吐いたツバを飲み込めるかっての。忘れるかよ。
「そうだよねぇ。じゃ、僕はこれ以上そのことに関して口を開かないことにするよ」
なんっつーか掴みどころのねぇやつだ。精霊なんてもんだからもっと厳かなもんを想像してたもんだがな。なんか、知り合いの詐欺師に見えてきた。
「ははは、詐欺師。言い得て妙だね。勿論詐欺師なんて人間も僕が司る眷属の一つだよ」
「悪党だぞ? そんな連中を護ったり、力を与えていいもんなのかよ」
「善悪なんて、人間のちっぽけな尺度でしかない。例えばさ、君に身近な話をすると~、……人から盗むのはいけないこと?」
「そら、いけないことだろうがよ。俺が言うのもあれだがよ」
「なんで?」
なんで? なんでなんて言われたら……。考えたこともねぇな。泥棒は悪いことだ。そんなの誰でも知ってらぁ。それを稼業にしてっから、俺は小悪党なんだよ。
「考えたこともねぇよ」
「そりゃそうだろうね。答えを教えてあげるよ。他人から物を盗む。他人を騙す。他人を貶める。それら全ては自分がされたくないから、人間が『禁止』しただけなんだよ。根源的にそこに善悪はない。自然な人の営みだ」
あー、なんだ。そりゃ言われてみりゃそうかもしれねぇな。善悪はない、かぁ。考えたこともねぇな。
だがよ。俺ぁちっぽけな小悪党だ。自分が小悪党であることにちっちぇえプライドなんてものを持ってる。善悪はない? じゃあ何が悪いことだってんだよ。
「この世界に悪いことなんて一つもない。悪意も、殺意も、懐疑心も、欺瞞も、なにもかもだ。魔王だって悪ではない。魔物も悪ではない。魔族も悪ではない。ただ敵対してるだけだろ?」
そりゃ確かにそうだな。ニコルソンは悪人じゃなかった。むしろいいやつだ。イケメンでモテそうなのが癪だが、あいつは既婚者だ。既婚者は俺のぶっ殺リストから除外される決まりになっている。
「ぶははっ! なにさ、『ぶっ殺リスト』って。本当君は面白いね」
面白い面白いなんて、言い続けられると、流石にムカついてくるんだがな。そんなひょうきんな人間やってるつもりもねぇよ。
「ごめんごめん。まぁ、兎にも角にもだ。君たちはこれからいろんな精霊と出会うだろう。メティア様の化身としての、様々な精霊にね」
「あー、そうなる予定らしいな」
「手始めに僕のところに来たのは正解。僕は優しいからね」
バーカ。自分のことを「優しい」なんて言う野郎は信用おけねぇ、って昔から相場が決まってんだよ。一気に目の前のイケメンが信用できなくなったな。
「まぁ、いいけどね。さて、ゲルグ。君は盗賊。僕の眷属の一人だ。力を授けよう。勿論試練は受けてもらうけどね」
「あーうん。そのつもりだったから、望むところなんだがな。試練って具体的になにすんだ?」
「それは、始まってからのお楽しみ。大丈夫だよ。そんな難しいものじゃない。君なら、うん。数分でクリアするんじゃないかな?」
「俺なら?」
「うん。君にうってつけの試練だよ。多分ね」
そう言ってメルクリウスとやらが、芝居がかった様子で手を振るう。「ゴアアア」なのか「ズアアア」なのかわからねぇが、そんな感じの効果音を出しながら、如何にも異次元に繋がってますって様相の穴が中空にぽっかりと空いた。
「ここに入った瞬間、試練は開始」
「そうか」
うん。気持ち悪ぃし、怖ぇ。できることなら入りたくねぇ。演出が派手すぎんだよ。馬鹿なのか? 死ぬのか?
「一応、ルールだから聞くね。『汝、ゲルグよ。そなたは我の試練を受け、そして力を欲さんとするか?』」
「言うまでもねぇよ」
おぉ怖ぇ怖ぇ。そんな感情を押し殺して、俺はメルクリウスが中空に開けた穴に飛び込んだ。
「グーッドラーック」
後ろの方から、奴さんの人を小馬鹿にしたような声が聞こえた気がした。ムカつく野郎だ。あぁ、ムカつく野郎だよ。わかりあえる気が全然しねぇ。
意識がまた暗転する。
ダラララララララ、と太鼓の音が響く。
あれ? 俺いつの間にここにいたんだ? さっきまで、メルクリウスとやらと話してて、んでなんか穴に飛び込んで。
で、ここどこ?
なにやら、劇場のステージみたいなところで俺は突っ立っていた。なんだこりゃ。状況が上手く飲み込めねぇ。
そんな混乱している俺の背後から、大勢の人間の歓声が聞こえた。振り返ると、ステージ下の観客席には、溢れんばかりの人間がいた。なんじゃこりゃ?
「レディースエーンドジェントルメーン! 今日の挑戦者はこの、ちょいとばかし汚らしいナイスガイ! さて、今日の結果はどうなるだろうね!」
なんだなんだ? 黒い礼服みてぇな服と襟付きのシャツを着て、何やら紐を首に巻き付けたおっさんが、めちゃくちゃな笑顔で叫ぶ。手にはなんか杖? みたいなもんを持って、それを口元に当てて叫んでやがる。
ってかなんでこんな声でけぇんだよ。拡声魔法か?
「チャレンジャー! まずは君の名前を聞こうか! なんて名前なんだい? ワッチュアネーム?」
「ああん? ゲルグだよ」
「ファミリーネームは?」
「家名なんてねぇよ。ただのゲルグだ」
「ハハハ! どうやら彼はファミリーネームを言いたくないらしい。カミさんに怒られるのを怖がっているのかな?」
くっそつまらねぇジョークに、観客共がゲラゲラ笑う。そんな面白かったか今の? それに俺にカミさんはいねぇよ。童貞舐めんな。
「さて、さっそく本題に入ろうか。君の目の前に三つのドアがある」
おぉ。気づかなかった。確かにドアがあるな。
「そのうちひとつが当たり。その他は外れだ。君はどれを選ぶ?」
はぁ? これが俺にうってつけ? 馬鹿いうんじゃねぇよ、メルクリウス。こりゃ、あれだ。運ゲーって言うんだよ。
財の精霊、メルクリウスの試練の始まりです!
もうこの時点で、お察しの良い読者様なら、どんな試練の内容かわかってると思います。
えぇ、あの問題です。
でも大丈夫!
主人公補正がゲルグを守ります! アスナの!!(いつもの)
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とーっても励みになります。フジヤーマ。
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