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第八話:ただ、こうしてゲルグと一緒にぼうっとしていたい、そんな気分なんです

「よっ、とっ、ほっ」


 俺はいつもの森の奥で魔物共の攻撃を華麗に躱す。何? 「華麗」が引っかかるだと? うるせぇよ。おっさんが無様にあくせく動き回ってるだけだ。これで満足か?


 魔族の連中を救い、祝勝会を行ってから、はや一ヶ月が過ぎようとしていた。その間毎日俺はこんな風に魔物の攻撃をただひたすらに避けるという修行を朝から晩までせっせと行っている。


 最初の一、二週間はババァも様子を見るためにちょこちょこ付き添っていやがったが、そのあたりで「もはや余の監督も要らぬだろう。励め、ゲルグよ。次のステップについても、そなたはもはや自然に行えている」、なんて言ってどっか行った。ちょっとばかし不安になりはしたが、まぁ他の連中の修行もあるからな。しゃあねぇしゃあねぇ、と思ったもんだ。


 それに、その頃になりゃ、確かに魔物の攻撃を避けるなんて造作もなくなっていた。あとは、どれだけ「紙一重」ってやつを極めるか。それが課題ってやつだ。ここらの魔物じゃもう俺の相手にならない。動きが止まってるように見える。……嘘だ。見栄張った。結構必死だ。


 魔族の連中、特にニコルソンはあれから良くババァの屋敷に顔を出すようになった。別に特に用があるわけでもねぇ。だが、なにやら上質な鹿肉が手に入ったからおすそ分け~、だとか、珍しいキノコを見つけたからおすそ分け~やら、ことあらばおすそ分けしてきやがる。そんだけ恩義を感じてるってことなんだろう。


 ちなみに、ここら一帯の魔物については、俺の予想通りニコルソン達が掌握していた。「貴方方を襲わせないようにもできるが……」とか言い始めたもんで、ババァが慌てて止めた。「それでは修行にならん」とのことだ。そんなわけで、魔物はこれまで通り俺らを襲う。襲ってくる。


 結果的に魔物を殺しちまうことがあるだろう。そのことは良いんだろうか、と思って、ニコルソンに尋ねると、「ただ、我々が操作可能な野良の者たちだ。数を減らしてもいなくなっても問題ない。気づけば増えているしな」とのことで、基本的には大丈夫なのだそうだ。魔族と魔物ってのの関係性がいまいちよくわからなくなる。


 まぁ、そんなこんなで、アスナ含めて勇者サマ御一行の修行ってのは、粛々と行われることになったんだが。


「いよっ! ほりゃっ! お、危ねっ! なんのっ!」


 この修業にも飽きてきたな……。俺ぁおっさんだ。だがその前に一端の男ってやつでもある。男たるもの、あれだ、伝説の武器で魔物どもをちぎっては投げ、ちぎっては投げ、してぇだろうがよ。伝説の武器(・・・・・)なんてものありゃしねぇがなぁ。世界中を旅したアスナ達が市販の武器を使ってやがるんだ。んなもんあるはずがねぇ。つまるところ、「伝説の武器」なんて代物は、ただの骨董品ってわけだな。


 いや、なんだ。つまりあれだ。せっかくだから、魔物を物理で粉砕できるようになりてぇじゃねぇか。アスナもキースもできる。エリナもミリアも弱い魔物ぐらいならワンパンだ。俺だけが、魔物をワンパンできねぇ。いやぁ、情けねぇよな、全く。


「よっ、ほっ、とっ」


 そんな風に考え事をしながら、魔物どもの攻撃を避け続けていると、不意に上の方から声をかけられた。


「考え事をしながらでも、避けれるようになったか。凄まじい成長速度だな。大器晩成型かと思ったのだが、想いがあるとここまで人間は成長するか」


「よっ。お! ババァ、いつの間にいやがった」


「数分前くらいからだ。ふむ。これ以上のそなたの成長は見込めんな。終いだ」


 ババァが何やら魔法を使って、魔物を一網打尽にする。詠唱もしねぇ。あれ? 詠唱って魔法使う時に必要なんじゃなかったけか。まぁいい。流石魔女だ。何度見ても感心のため息すら出ねぇ。


 汗一つかいちゃいねぇが、なんとなく気分的に額を袖で拭って、降りてきたババァに近寄る。


「他の連中は?」


「お前と同じだ。仕上がった、というのはまた違うが、この場所ではこれ以上の成長は見込めない、そんな塩梅だ」


「ほぉ。他の連中、どんなことやってたんだ?」


「聞きたいか?」


 ちょっとばかし興味はある。


「まずはアスナ・グレンバッハーグだ。あやつは無心で戦う訓練をさせた」


「無心で?」


 無心で戦うって、どうすんだよ。っていうか、「守らなきゃ」みたいに思っちゃいけねぇってことだろ? 無理じゃね? あいつじゃ。


「子供用の絵本を朗読させながら戦わせた」


「は? え? 子供用の絵本?」


「あぁ。最初はな。徐々に本の難易度を上げていった。今では魔法の専門書を片手で読みながら魔物を打倒できる」


「……いや、なんかすげぇな」


 俺は想像した。シュールだ。シュールでしかない。子供用の絵本を片手に、それを朗読しながら魔物と戦うアスナ。いや、面白すぎんだろ。


「エリナ・アリスタードは、ひたすら瞑想だ」


「瞑想?」


「あぁ。あやつは魔法使いにしては雑念が多すぎる。魔法使いとは、常に冷静に、客観的に状況を判断し、そしてケースバイケースで魔法を使い分ける必要がある。あやつはこと攻撃魔法に関してはかなりの力量(レベル)で使いこなせているフシがあるが、他の魔法になるとダメだ。使えない訳ではないのだがな。使い所を間違えている」


 ふーん、へー、ほー。んで、なんでそれが「瞑想」に繋がるんだ?


「瞑想によって、あやつの闘争に対する精神をコントロールする。それがあやつの課題だ」


 それって無理じゃねえか? エリナが「魔法で何もかも破壊したい欲」をコントロールできている姿なんて想像できない。あいつは何時だって、全力全開のぶっ放しだ。本人曰く「すっとする」らしいのだが。


「無理じゃね? それ」


「いや、余も予想外だったが、非常に上手くいった」


 ん? ババァも「予想外」とか思ってたんか。ってか成功するってあんまり思ってなかったってことだよな。そんな修行やらせんじゃねぇよ……。ついでに言や、ババァすらも匙を投げかけるエリナの破壊欲求に対して、本能的に恐怖を抱く。やべぇやつじゃん、やっぱあいつ。


冷静な(・・・)時に限り(・・・・)はするが(・・・・)、上手く折り合いをつけたようだ。今までのように、ひたすらに攻撃魔法を詠唱し続けるなどは、無くなるだろう。……多分……」


「今、小声で『多分』って言わなかったか?」


「言っておらん」


「そうか」


「付随的に、魔力(マナ)も上がっている。攻撃魔法の効果も向上している。今までよりも頼れる仲間となるだろう」


 攻撃魔法の効果が向上している……か。うっ、寒気がしてきた。あいつ怒らせるのよそう。俺の命がいくつあっても足りん。


「キースは?」


「キース・グランファルドは、ひたすらに耐える訓練だ。魔物の攻撃を避けもせず、防御もせず、ただひたすらに受け続けろ、と命じた」


 いや、それ、ひでぇな。死ぬだろ。


「効果は覿面だったぞ。あやつの肉体的性能(バイタリティ)は、以前とは比較にならん」


 そりゃそうだろうなぁ。ひたすら魔物に無抵抗でぶん殴られ続けろ、ってことだろ? 死ぬわ普通。死なねぇキースマジやべぇ。マジリスペクト。


「……最後のあたりは少し泣いていたが、まぁ些事だろう……」


「なんか不穏な言葉が聞こえた気がしたが、気の所為だよな?」


「余は何も言っておらん。そなたの耳がおかしいのではないか?」


 ババァがそう言うならそうなんだろう。俺の耳も悪くなったもんだなぁ。って騙されるか。確かに「泣いていた」とか聞こえたぞ。可哀想に。キース。俺だきゃお前の味方だぞ。童貞同盟。っていってもあいつイケメンだから、場合によっちゃ俺は普通に裏切る。そう心に決めてる。


「最後にミリアだが。あやつは特に何もない。ひたすら余の世話をさせていた」


「あん? ミリアは仲間はずれかよ」


「あやつは、その精神性以外は完成されている。精神だけが問題だ。ここでやれることは無い」


 まぁ、確かに頭も良いし、性格も良い。んでもってべっぴんで、スタイルも良い。ん? こりゃ関係ねぇか。兎に角、役割的にこれ以上強くなっても意味ねぇってことか?


「ミリアに関して言えば、あの精神の脆弱さだけが課題だ」


「脆弱? そんな感じにゃ思わなかったがな」


「余の結界の中で、怒りっぽくなるわけでもなく、他者を目標にそれを発散させるわけでもなく、自分なりに発散させるわけでもなく、ただただ内省的になっていたのはあやつだけだ。その精神の在りようは危うい」


「そんなもんか」


「そのようなものだ」


 一通り聞いたな。ってぇこた。


「修行はこれで終いってことか?」


「飽くまでここでは、の話だがな。研鑽を怠らないことだ。特にゲルグ。そなたはな」


「へいへい、分かってらぁ。一番弱っちいのが俺だからな。肝に命じらぁ」


「その意気だ。あとは、変な色気を出さないことだな」


 色気? 色気ってなんだ? 言っとくが、おっさんに色気なんてねぇぞ?


「何、馬鹿なことを考えている。ゲルグよ。そなたは決して魔物を(・・・)打倒しようと(・・・・・・)するな(・・・)。そなた、ちょっとばかし、『俺も魔物ちぎっては投げちぎっては投げしてぇもんだな』などと考えていたろう」


 げ。見透かされてやがる。


「そなたの強みはそこではない。魔物を打倒するのは他の者の役目だ。そなたという存在が勇者のパーティーに加わったことで、キース・グランファルドが攻撃しやすくなる。パーティーとはそういうものだ」


「はぁ」


「それに、そなたは一生かかっても、魔物を打倒できるようにはならん」


 はぁ? そりゃ夢のねぇ話だ。


成長上限(レベルキャップ)は有名な話だ。ある程度知識を持つものなら、誰でも知っている。実感している。だがな、能力上限(ステータスキャップ)については知る者が少ない」


「なんじゃ? 能力上限(ステータスキャップ)って」


「言葉通りだ。ゲルグ。例えばそなたの身体的性能(バイタリティ)だが、どれだけ頑張ってもキース・グランファルドの半分にも満たないだろう」


「……そういうことか……」


力量(レベル)が上がっても、能力(ステータス)が上がらなければ意味がない。エリナ・アリスタードが、ミリアが、どれだけ訓練しても、その膂力で強い魔物を倒せ得ないのと同じだ」


「なんっつーか、夢のねぇ話だな」


「その代わり、そなたの素早さ(アジリティ)は折り紙付きだ。鍛えれば、この世の誰よりも早くなる。自らの方向性を見失うな。人には役目があるのだ」


「ん、わぁった」


 俺とババァはその後数分ほどくだらない話をしてから、屋敷に帰った。






 その夜、ババァから「修行の終了」を知らされると、皆が皆喜んだもんだ。キースは泣いてたな。可哀想に。


 んで、久方ぶりにババァが腕を振るって、そのムカつくぐらい美味い夕飯をかっ喰らって、思い思いに床についた。明日には迷いの森を出る。


 ん。しかしなんだ? 眠れねぇな。別にどうってこともねぇが眠れねぇ。なんだろな。ワクワクもソワソワもしてねぇんだが。ついでに、ババァが張った結界もさっきの「修行終了」宣言を以って解除されている。原因が思い当たらねぇ。


 俺はどうにも眠りにつけず、外の空気を吸いに行くことに決めた。連中を起こさないようにそーっと部屋を抜け出す。足音やらなんやらを消しながら動き回るのは職業柄得意分野だ。部屋の扉をゆーっくりと開ける。


 屋敷のリビングでは、ババァが本を読みながらくつろいでいた。このババァ、あんだけ知識あんのに、さらに知識を蓄えようとしてんのか。もはや病気だな病気。


「おや? ゲルグよ。眠れないのか? なんか悩み事でもあるのか?」


「いんや。ただなんとなく眠れねぇだけだ」


「余が添い寝してやろうか?」


「バーカ。ババァには食指が動かねぇって言ってんだろ。外の空気吸ってくんだよ。ついでに煙草だ」


「そうか」


 ババァが小さく笑って、さっさと行け、と手でジェスチャーする。どうでもいいが、その手の動きやめろ。「しっしっ」って言われてるようで、気分悪ぃんだよ。


 屋敷の玄関を通って、外に出る。今日は快晴だ。森の中は明かりが全くねぇ分、星が綺麗に見える。絶景かな絶景かな。煙草に火をつけて、一吸い。はーっ、うめぇ。


 紫煙がくゆる。煙草独特の匂いが鼻腔を刺激し、何やらざわついていた心が静かになっていくのを感じた。何にざわざわしていたのかは自分でもわからねぇ。だが、眠れねぇってのは、それなりに理由があるんだろうよ。知らねぇがな。


 後ろからガチャリと音がする。扉が開く音だ。


「んだ。ババァか?」


「いえ、私です。ミリアです」


 ミリア? 寝てたと思ったが。


「寝てたんじゃねぇのか?」


「いえ。ちょっと眠れなくて。狸寝入りしてました。そしたらゲルグが起きて外に出ていくのが見えて」


 ミリアが少しばかり微笑む。アスナ程じゃないが、こいつの笑顔も綺麗なこた綺麗だ。元がべっぴんで、それでいて人が好さそうな顔をしてる。そりゃあ、そんな女の笑顔だ。綺麗だって素直に思う。


「……私一人だけ、何もしていませんでした」


「……あぁ、ババァから聞いた。でも別にネガティブな感じじゃなかったぞ? お前さんはそれで完成されてるから、ここではやれることはねぇんだとよ」


 精神性うんぬんかんぬんは黙っておこう。ただただ、こいつを不安にさせるだけだ。


「本当に、そうなのでしょうか……」


 あぁ、ババァの言ってた精神性云々が理解できた。こういうとこなんだよな。こういうところが「精神的に弱い」ってそういうことなんだろう。


「私は役に立っているのでしょうか……。何時だって守られてばかりで、何も出来ていないような気がするんです」


 あぁ、こりゃこいつのメンタルケアが必要だなぁ。それをやろうとしてるのが、ちんけな小悪党ってのがサイッコーに笑えねぇ話だが。


「いいか? ミリア。お前さんを皆が頼ってる。いざという時の最後の壁がお前さんだ。それで良いんだよ」


「そう、なのでしょうか」


「良いんだ。お前さんにはお前さんの役割がある。って前も似たような話したな。……ってか、付け加えるとだな、べっぴんな姉ちゃんは、そこにいるだけで十分だ」


 俺の言葉に、影を潜めていたミリアの笑顔が少しばかり戻る。


「はは、なんですかそれ」


「俺の知り合いが言っていたぞ。可愛いは正義だ(・・・・・・・)ってな」


「ふふ。可愛いは正義、ですか。ゲルグは私のこと、可愛いって思ってくれてるんですね」


「そりゃ思うだろ。お前さんはべっぴんだ。あ、別に口説いてるわけじゃねぇからな! ただの感想だ感想」


 俺みたいなおっさんに口説かれても、ミリアが困るだろ。言ってて悲しくはなるが、それもまた厳然たる事実だ。


「ゲルグ。ありがとうございます。やっぱり貴方は私の光です。何時だって、不安な気持ちを打ち払ってくれる。ありがとうございます」


 そんな大層なもんじゃあねぇんだがなぁ。まぁ、ミリアが元気になったんなら、それでいいか。


「さ、もう寝ろ。俺はもう一本煙草吸ってから寝る」


「えっと、ご一緒しても良いですか?」


「あん? お前さんも煙草吸うのか?」


 俺は煙草を一本取り出して、ミリアに差し出す。


「い、いえ。煙草は吸いません。ただ、こうしてゲルグと一緒にぼうっとしていたい、そんな気分なんです」


「なんじゃそりゃ。ま、良いけどよ」


 煙草を数本ほど吸って、他愛ない話をして、それから俺達は静かにそれぞれのベッドに戻った。

迷いの森での修行も終わりです。


なんか、ミリアがゲルグといい感じですが、

おっさん、メインヒロインはそいつじゃねぇぞ。


大丈夫!アスナには主人公補正がありますから!(いつもどおり)


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とーっても励みになります。ハラキーリ。


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誠にありがとうございます。

嬉しくて、頭がフットーしそうだよう!

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― 新着の感想 ―
[一言] 今後、ゲルグに攻撃能力が必要になると思います。 攻撃能力が無いとわかれば敵はゲルグを無視して、他のメンバーを襲う様に成るでしょうから。 切り札の一つとして、今から鍛えておいた方が良いと思いま…
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