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第二話:俺が大人で、お前さんがガキだからだよ

 ゲン爺の店。その場所から足早にねぐらに戻る。朝日はまだ顔を見せちゃいないが、東の空の端の方が真っ赤に染まっている。時間がねぇ。俺はまた風の加護を最大限に利用して、人のまばらな大通りを駆け抜けた。


 大通りを抜けて、裏路地へ、そして数回ほど曲がったところが隠れ家だ。周囲をある程度警戒しながら、隠し扉を乱暴に開け、その中へ躍り込む。


「アスナ。起きろ」


 何も知らねぇで、能天気な顔で寝てやがる。「それどころじゃねぇんだぞ? わかってんのか」、なんて言葉を飲み込んで、少しばかり乱暴に肩を揺する。早く起きやがれ。


「むにゅ……」


「『むにゅ』、じゃねぇ、さっさと起きろ!」


「……ん。……えっと、ゲル……グ?」


「おい、俺は歳上だぞ。『さん』ぐらいつけろ」


「あ、ごめんなさい。ゲルグ、さん」


 あ、だめだ。なんか気持ち悪ぃ。こいつのお人好しそうな顔で、「ゲルグさん」なんて呼ばれると、くすぐったくて敵わねぇ。


「……いや、やっぱ、いいわ。呼び捨てで」


「ん」


 アスナは横になったまま小さくうなずくと、小さく欠伸をしてから上体を起こした。その動作の一つ一つがとろくさくて、イライラする。


「おせぇ。おせぇよ」


「ごめんなさい」


 少しばかりしゅんとした表情をするアスナに、更にイライラが募る。大人気ねぇとは自分でも思う。イライラの原因は他でもない、俺の焦りだ。なんで焦ってんのかは自分でもわからねぇ。


「逃げるぞ」


「え?」


 何度だって言う。柄じゃねぇのはわかってんだ。でも何故だか放っておけない。数時間前まで、身ぐるみはいでポイしようなんて考えていたのに、だ。理由は簡単だ。俺だって小悪党なりに良心なんてものを少しばかりは持っている。その良心なんて無駄なものが、こいつを放っておけない、って結論を出しちまったんだ。とんだ貧乏くじだよ、まったく。


「逃げる?」


「あぁ、いいか? 後数時間で、お前さんは『国家転覆』と『要人暗殺』の被疑で国際手配される。国際手配だ。国際手配。どこ行っても同じだろうが、少なくともここにいるよりゃマシだ」


「国家転覆、要人暗殺……」


 覚えがねぇ、って感じの呆然とした顔をしてやがる。そりゃそうだ。このお人好しを絵に書いたようなガキが、そんな大それたこと計画するはずがねぇ。そもそも、ガキにそんな緻密な計画をできるだけの脳ミソがあるとも思えねぇ。


 この国は。この国のお上は何を考えてる? 仮にも世界を救った英雄だぞ?


 だが、それ以上に俺は何を考えてる? こいつを連れて逃げて、それでどうする?


 いやいや、考えてる暇はねぇ。とにかく、こいつを連れてここから逃げる。それから考えれば良い。俺は頭脳明晰でも、切れ者でもねぇ。冴えたやり方なんて思いつかねぇ。


「とにかく、逃げんぞ」


「……逃げる……」


「そうだ。逃げるんだ、ここから」


 何を逡巡してやがる。逃げるしかねぇだろ? さっさと首を縦に振っちまえ。俺の顔は焦燥に満ちたものだったろう。自分でもなんとなくわかる。なんで俺が焦ってる? ほっぽりだしちまえばいいだろ。だけど、身体も口もさっきから裏腹にしか動かない。俺は一体どうしちまったんだ? こんなお人好しだったか? いや、実際俺もこれから自分がどう動けばいいのかを図りかねてるんだが。


 「ほっておけよ」、と、俺の中の俺が言う。「お前になんの得がある?」。あぁ、確かにそうだ。馬鹿なことをしてる自覚はあるんだ。でもな、こんなお人好しそうなガキが。しかも女の子だぞ? 世界中から追い回されそうになってるんだぞ?


 ゲン爺から大方のあらましは聞いている。こいつは一年前にこの国を旅立った。このアリスタード王国の国王に命じられて。仲間は、王国の若い騎士、都の隅の方にある教会のシスターがあてがわれた。どちらも死んでも問題のない人間だ。王国にはなんの損害もない。それでいて、騎士はそれなりに戦えるし、シスターはそれなりに神聖魔法を使える。体面上も問題ない。


 そこに、国王も予想外のことが起こった。なんと、この国の姫様が勇者に着いていったらしい。なんでも、一国の王女だてらに、魔法に堪能なんだとか。いや、姫様が魔王討伐の旅に出るってなんだよ、と俺も思った。誰でも思うだろ。


 まぁ、そんなこんなで、四人揃ったパーティの魔王討伐に向けた旅が始まったわけだ。勇者サマ御一行は、世界中を回り、各地のいろんなトラブルを解決しながら、時には傷つきながら、ようやっと魔王のいる魔王城にたどり着いた。


 魔王城にたどり着いた一行は、並み居る魔王軍の魔物たちと戦った。四人対数万匹の魔物。どう考えても普通じゃねぇ。


 だが、こいつは、こいつらはそれをやりきった。途中で、騎士が、シスターが、姫様が、魔物どもをひきつけて、血路を開いたのだろう。アスナは単身で魔王と対峙するに至った。


 そして倒した。こいつはやりきった。すべての魔物の頂点にいるとされる、人間では決して手の届かないはずの存在に。


 魔王討伐の知らせはすぐさま世界中に轟いた。こいつらは、意気揚々と転移魔法で始まりのこの国に帰ってきた。凱旋のパーティは華やかに執り行われ、めでたしめでたし、になるはずだった。


 だが、なんの因果か、こいつは今追われる身だ。それに、「国家転覆」と「要人暗殺」の容疑がセットと来てる。


 馬鹿じゃねぇのか? マジで。お上が、国王が、何を考えてるのか全然わかりゃしねぇ。いや、そりゃ嘘だ、なんとなく想像はつく。当たってるかは知らねぇ。


 人間では決して届くはずのない魔王という高み。それを軽々と超えた、このガキが怖いんだ。怖くて怖くて仕方がねぇんだよ。馬鹿だから。いや、俺も馬鹿だけどよ。


 (まつりごと)なんてわからねぇ。どういう政治的判断があって、こいつが今この状況になってるのかなんて知らねぇし、想像もできねぇ。だが、「過ぎた力は平和な世界には不要」、って考えは俺にだってよーく理解できる。納得はできねぇが。


 尤も、それだけじゃねぇかもしれねぇ。きっと、お上はもっと色々なあくどい考えを以って、今この状況を作り出してんだろうよ。クソッタレが。


 とにかく、逃げる。それだけしか今の俺の頭の中にはない。ゲン爺からことのあらましを聞いて、もうこいつをほっぽりだすなんて考えはなくなっちまった。何度も言うが、自分が馬鹿なことをしてるって自覚はある。


「……わかった……ゲルグに任せる……」


「あぁ、そうと決まれば行くぞ。時間がねぇ。情報屋からのタレコミじゃ、今日の昼にはお前さんの手配状が公布される。とっとと逃げるぞ」


「ん。あ、鎧とサークレットは?」


「んなもん気にしてる場合かよ」


「だって、ゲルグが」


「あー……、撤回だ撤回。鎧をさっさと着ろ。サークレットも付けろ。そのマントもだ。行くぞ」


「わかった」


 首を小さく縦に振ってから、パチリパチリ、と音を立ててアスナが床に転がった鎧を一つ一つ装着していく。その動作の遅さに俺はまたイライラすることになる。


「早くしろ」


「これ、つけるの結構難しい」


「だああ、しょうがねぇ奴だ」


 俺のイライラは足元に現れる。癖だ。しょうがない。貧乏ゆすりを始めて、イライラを隠そうともしない俺の表情を見て、アスナがあわあわしだす。あぁ、もう。あわあわしてる暇があったら、さっさと身支度を整えやがれ。


 数分経ち、ようやくマントまで身につけ、フードを目深に被ったアスナが、俺を見つめる。その顔を見て、俺は少しばかり頷くと、アスナも小さくそれに応えた。


 ガキの腕を引っ張って、隠れ家から躍り出る。もう、朝日が顔を出し始めてる。きついな。昨夜と違って、アスナが自分で走る気になっていることが幸いだ。っていうか、速いなこいつ。俺の脚についてきやがる。


 幸いにも、人通りは少なく、駆け抜ける俺たちを見咎める連中はいなかった。「何急いでんだろう」とか考えてるんだろう。人間なんてのは、自分に害のない他人に驚くほど興味がないもんだ。それに昨夜、盛大に世界中が盛り上がった後だ。皆脳味噌がお花畑になってるに決まってる。


 だが、王国の動きは俺の予想を遥かに上回る悪どさだった。


 突如王都中に他でもないアリスタード王国国王の声が響き渡った。拡声魔法によるものだ。


『アリスタード王国の民草よ。勇者アスナ・グレンバッハーグは愚かにも国家転覆及び要人暗殺を企み、そして企みが失敗に終わると逃走した。これはアリスタード王国に対する敵対行為であり、重罪である。アスナ・グレンバッハーグを捕まえたものには、百万ゴールドを報奨金として与える』


 まずい。この大音量で、都中の人間が起き始める。しかも、百万ゴールド、だと? 少しばかり、「こいつをこのまま城へ連れてけば、遊んで暮らせるな」、なんて考えが頭をもたげるが、そんな考えはすぐさま振り払う。そんなこと、絶対やっちゃいけねぇだろうがよ。


 いつの間にやら、俺はこの勇者サマを助ける、その方向にしか頭が向かっていなくなっているようだ。何度だって言う。馬鹿なことをやってる自覚はある。


 だが、アスナが不意に足を止めた。腕を引っ張りながら全力疾走していた俺は、当然ながらバランスを崩し、転びそうになる。うおっととと。


「お、おい! 逃げるっつってんだろ!」


 危うく転けそうになった俺は、なんとか体勢を整えると、アスナの顔を訝しげに見ながら叫ぶ。その顔は何やら不穏な決意に染まっていた。あぁ、次に言いそうなことがなんとなく予想できた。予想できちまった。


「ゲルグ。私をこのまま王宮に連れて行って」


「……で?」


「国家転覆も要人暗殺も身に覚えがない。きっと話せばわかってもらえる」


「お前は馬鹿か?」


 馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、救いようのねぇ馬鹿だ。話してわかってもらえる状況じゃねぇってことがどうしてわからねぇ。俺はアスナの腕を全身全霊を以って引っ張る。引きずってでも逃げさせてやる。だが、魔王なんて化け物を倒したこいつだ。岩のようにぴくりともしやしねぇ。


 そして、次の瞬間だ。それ以上にアスナが足を止める理由ができた。できてしまった。


『なお、並びに、ミーナ・グレンバッハーグ、キース・グランファルド、ミリアの三名は、アスナ・グレンバッハーグの逃亡幇助の罪により、明日正午処刑を行う』


 アスナの顔が見る見る青くなっていく。そりゃもう笑えるぐらいに。いや、全然笑えねぇ。笑えねぇよ。


「お、おい」


「か、母さん。キース。ミリア……」


 ミーナ・グレンバッハーグってのは、家名から想像するに、こいつの母親ってとこか。キース・グランファルド、ミリアは、おそらく旅の仲間の騎士と、シスターだな。人質ってわけか。俺みたいな小悪党でも反吐が出そうなことを平気でやりやがる。


 だが、ダメだ。そんな暇はねぇ。見捨てるのが最善の解だ。


「……行かなきゃ」


「馬鹿! お前さんが捕まるのがオチだ! 逃げるんだ!」


「でも!」


 気づいたら、アスナの眦には涙が湛えられていた。


「母さんが! キースが! ミリアが!」


 その切羽詰まった表情を目の当たりにして、俺は強制的に理解させられる。……そうか。そうだよな。肉親。一緒に一年間旅をした仲間。見捨てられねぇよな。


 俺は小さく舌打ちをした。その舌打ちは誰に向けられたものだったのか。それは俺にもわからねぇ。少なくともその中に、こんなクソッタレな状況を生み出したアリスタード王国のお上の連中が含まれていることだけは確かだ。


「一旦戻るぞ」


「……ううん。話せばわかってもらえる。ゲルグは気にしないで。私を王宮につれていけば百万ゴールド」


 涙を必死に流すまいと、それでいて不退転の決意を決めた、そんな表情をしながら、アスナが呟く。


 そんな顔するんじゃねぇ。ガキにはまだ早すぎる顔だ。


「お前は未だにそんなこと言ってやがんのか! もう話してどうこうなる状況はとっくに過ぎてんだよ!」


 いや、そんなことこいつもわかってるはずだ。未だに俺が掴んで離さないアスナの右腕。そこから伝わる震えが、何よりの証拠だ。きっと、自分を犠牲にしてでも、母親と仲間の助命を請おうとでも考えてるんだろう。そんなこと、許してやるかよ。


「いいか? 処刑は明日の正午だ。まだ時間がある。今夜、王宮に忍び込んで、お前さんのお袋さんと、仲間を助け出す。お袋さんは俺に任せとけ。逃がし屋の伝手がある。キースとやらと、ミリアとやらは、一緒に連れてけば良い。一緒に魔王討伐の旅を果たしたんだ。それなりに役に立つだろ」


 早口でまくしたてる。そんな俺の様子に、アスナが驚いたように目を見開いた。


「……なんで」


「は?」


「なんでそこまでしてくれるの?」


 遂にアスナの眼から一粒涙がこぼれた。どんな感情によるものなのか。それはこいつだけしか知らない。俺みたいなクズがわかっちゃいけない。口が裂けても「理解してる」なんて言えるか。


 んでもって、実のところ、俺はアスナの質問に返す答えなんてもっちゃいなかった。最初は気まぐれ。次は同情と、小悪党なりの矜持、そしてちっぽけな良心。今は……、今はなんだ? もう俺の手に負える範疇を軽く超えてる。それでもなんで俺はこいつを助けようとしてる?


 二秒ほど考えた。だが当然、答えはでねぇ。だから、それでも、俺は精一杯強がった笑顔をアスナに向ける。大丈夫だ、と。安心しろ、と。


「俺が大人で、お前さんがガキだからだよ」

ひーとーじーちー!!!

純粋培養のアスナには、効果覿面です。


んでもって、何かよくわからないけど、それをなんとか助けないとという頭になってしまったゲルグ。

がんばえー!!!


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[良い点] がんばれゲルググ! とはいうものの人質を取られては、どうにもならなさそう、どうするのか、楽しみです。
[良い点] 口の悪いツンデレ主人公と、貧乳善人ヒロイン……対比された良い構図です。 エール一杯、十ゴールド……中世ヨーロッパを意識された世界観もとても好感をもてました。 [一言] げっちょさん、こんば…
[良い点] 主人公が大人だから子供を助ける。納得です! 主人公は死ぬほど頑張れですね!
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