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第七話:私、神官辞めようと思います

 ニコルソンが、「是非お礼をしたい」、なんて言い始めたもんで、魔族の一部と、勇者サマ御一行プラス俺とババァという、なんとも珍妙なメンバーでささやかに祝勝会が行われることとなった。場所はババァの屋敷の前だ。


 準備は魔族の連中が全部整えてくれるらしい。肉やら、魚やら、野菜やら、キノコやら、なんやらをどこからともなく持ってきて、調理道具もどこからともなく持ってきて、んで凄まじい速度で準備が整えられていった。


 しかしなんだ、すげぇな。ここまで迅速に宴の準備を進められるのは素直に感心しかしねぇ。指揮はニコルソンだ。的確に指示を出し、そんでもって自分でもあくせく動く。なんっつーリーダーシップだよ。伊達にここら一帯の魔族の取り纏め役なんてやっちゃいねぇ。ん? 取り纏め役なんて言ってたっけか? まぁいいや。


 俺達は、「主賓は休んでいてくれ」と、ニコルソンに言われ、思い思いにその様子を眺めていた。キースに至っちゃ、こくりこくりと船をこいでやがる。ここで寝るなよ。風邪ひくぞ。寝るならベッドで寝やがれ。


「ゲルグ」


 座ってぼんやりしていたら、不意にアスナに声をかけられた。


「んだ? アスナ」


「さっき、ミリアと何話してたの?」


「あん? 別に特にこれといった話じゃねぇよ」


「……ふうん」


 さっきから、こいつなんなんだ? よくわかんねぇ。よくわかんねぇ顔しやがるなぁ。何考えてんだ? アスナはわかりやすいタイプなんだが、こういう時ばっかりは何考えてるのかとんと見当もつかねぇ。


「ふーっはっはっは! 美味そうなものばかりが集まってくるではないか! どれ、余も腕を振るってやろう!」


 ババァ、うるせぇ。あと、余計な手出ししてやるな。ニコルソン達が困るだろうがよ。ほら、連中の一部が「余計な手出ししないでほしい」みたいな顔してやがる。チームワークが乱れるし、可哀想だろ、やめてやれ。


「ね、キース、キース! あのお魚私見たことないわ! あれなに!?」


「むにゃ? ひ、姫様? さ、魚? す、すみません。魚には疎くてですね」


「……使えないわねぇ。……脳筋だし仕方ないか……」


「ひ、姫様? 今なんと仰ったので?」


「ううん。キースはいつも頼りになるな、って言っただけよ」


 エリナがはしゃいでやがる。うるせぇし、キースが可哀想だろ。強制的に起こした上に、「脳筋」とか言ってやるんじゃねぇよ。多分気にしてるし、ちゃんと聞こえてるぞ。誤魔化せてねぇ。誤魔化せてねぇから。


「このお野菜は皆様がお作りになったのですか?」


「はい、集落の畑で取れた、季節の野菜です」


「お魚はどうしているのですか?」


「森の中の川魚です。養殖もしてるんですよ」


「素晴らしいですね。自給自足の生活。憧れます]


「そんな大層なもんじゃないですよ」


 ミリア、お前馴染んだなぁ。メティア教の教義に「魔族は不倶戴天の敵」ってあったんじゃねぇのかよ。いや、いいことなんだとは素直に思うがよ。その変わり身っぷりは、もうよくわかんねぇよ。


 いや、いやな。色々思ったりもしたがな。なんっつーか。うん。


「暇だなぁ」


 祝勝会はまだまだ始まりそうにねぇ。


「寝るか……」


 俺はババァの屋敷にこそこそと入っていった。悪いか? 眠いんだよ。らしくなく張り切ったからな。多少は大目に見やがれ。






 人の気配。それを感じて深いところにあった意識が浮かび上がる。ん、誰だ?


「あ、すみません。起こしちゃいましたか?」


 なにやらミリアが俺の顔を覗き込んでいた。あのな、俺の寝顔見て楽しいか?


「ミリアか。祝勝会とやらの準備は終わったのか?」


「いえ、まだです。流石にあの人数の食べ物と飲み物を用意するとなると、時間かかっちゃいますよねぇ」


「そりゃそうだろうなぁ。まだ、お天道さんも沈んじゃいねぇしなぁ。始まんのは日が沈むぐらいか?」


 今は大体夕方からちょっと手前だ。そういや昼飯食ってねぇな。まぁいいか。ニコルソン達が用意してくれたあれやこれやに舌鼓を打てる未来が確定してんだ。空腹は最高のスパイスってな。


「そうなりそうですね。ニコルソンさん達のお料理、楽しみですね」


 そう言いながらミリアがニコニコ微笑む。しかし、なんで神官なんてのはこうお人好しそうな笑顔を浮かべんのかねぇ。ミリアだけか? 神官は全部そうなのか? お人好しっぷりに関しちゃアスナに勝てるやつはそうそういねぇだろうが、こいつも相当なもんだ。


「で、なんでまたお前さんここにいるんだ?」


「えっ!? あ、えっと……、その。そ、そう、ちょっと忘れ物がありまして」


「忘れ物?」


「はい、私の荷物は~っと」


 ミリアがパタパタと皆の荷物が纏められている一画に駆けていき、自分の荷物をあさり始めた。忘れ物ねぇ。何を忘れたんだろうな。ま、どうでもいいが。ん? でも忘れ物なら、なんで俺の顔なんて見てたんだ。……ま、いいか。俺は起き上がって背中をボリボリと掻く。


「忘れ物は見つかったか?」


「え? あ、はい! 見つかりました! ありがとうございます!」


「そりゃ良かったな」


 ふあぁ。眠ぃ。大きな欠伸を一つ。寝起きは悪いわけじゃねぇんだけどな。なんかすげぇ眠い。


「えっと、ゲルグ」


「んだ?」


「……私、神官辞めようと思います」


 は? 神官を辞める? なんで?


「そりゃ、なんでまた」


「……棄教するわけではないです。メティア教はもう私の芯に根ざしたものですから。でも……」


 ミリアが、新官帽を脱いで、その長く青い髪の毛を指で弄ぶ。


「それが全てじゃない、って、そう思ってしまって」


 困ったような笑顔。色々思うところがあったんだろうな。人間の敵、魔族。そんな存在とこれから祝勝会だ。メティア教の神官として、バレたら大目玉だろうしなぁ。


 魔族なんて存在にも、いい奴がいるのを知っちまった。敵ばっかりじゃねぇって分かっちまった。メティア教とやらに疑問を抱いても仕方がない。


「そうか」


「止めないんですね。アスナ様もエリナ様もキース様も止めたのに」


 なんだ、俺が寝てた間にそんな会話があったのか。まぁそりゃ止めるだろうな。とどのつまり無職(・・)になるって、そういうことだからな。給金やらなんやら、色々考えたら止めたほうが良い。そりゃそうだなぁ。


 だが、まぁ、別にそのへんはなんとかなるだろ。こいつのことだからなぁ。


「メティア教自体にあんま興味がねぇからな。それに、あれだ」


 こいつは優秀だ。頭の回転も早えし、性格も良い。そんでもって、勇者パーティーの一人。今は国際手配になっちゃいるが、それが綺麗サッパリ消えた後、どうとでもなんだろ。


「お前さんなら、どうとでもなるだろ? 頭も良いし、器量も良い、んでもって性格も悪かねぇ。全てが終わってからの話になっちまうがな」


 ミリアの顔が真っ赤に染まる。だからなんでそんなゆでダコみたいになんだよ。俺そんな変なこと言ったか?


「え、えっと、あ、ありがとうございます。『器量が良い』なんて、男の人に言われたの、初めてです」


「あ、そりゃ悪い。気に触ったか?」


「そ、そんなことないです。あ、ありがとうございます! わ、私、外の様子みてきまーす!」


 ぴゅーっと逃げていった。ほんと、さっきから何だアイツ。アスナもなんか様子おかしいが、アイツも相当だ。俺か? 俺みたいなおっさんがいるのが悪いのか? 存在自体が許されねぇのか? なんだろう、なんか涙が出てきた。うん。負けるな俺。明日に生きろ。






 祝勝会は、そりゃもう華やかに始まった。ニコルソンもそりゃもう、気の利いた男で、「長々としたスピーチは不要だろう。アスナ・グレンバッハーグとその仲間達に乾杯! 好きなだけ飲んで食べて歌ってくれ」、と秒で乾杯まで持っていきやがった。うん、っぱアイツは良いやつだ。それだけにムカつく。モテんだろうな。


「肉だ! 肉! 寄越せ! それと酒!」


「ゲルグ! このクソ小悪党! 一人でそんなに持っていくんじゃないわよ!」


「もぐもぐ。うむ、これは美味い。何という料理なんだ?」


「キース様、こっちのサラダも美味しいですよ。よそいよそい、はい」


「お、ミリア。済まない。感謝する」


「美味しい……。豪華……」


「ふーっはっはっは! 魔族達の料理も中々に馬鹿にできんな!」


 俺もそうだが、それぞれ思い思いに楽しんでやがる。ニコルソンがそんな俺達の様子を見て、微笑ましいものを見るかのように小さく笑う。くっそ、アイツそんな笑い方もサマになりやがる。


 しかし美味えな、これ。酒も美味ぇ。飲んだことねぇ味だが、美味ぇことには変わりねぇ。ガブガブ飲む。飲み口がサラッとしてて、飲みやすい。あれ? でもこれ、結構強くねぇか? ……やべっ、俺としたことが、酔ってきやがった。


 俺は基本的には一人で静かに飲むタイプだ。酔っ払っても誰かに管を巻いたり、絡んだりはしない。だがな、それも周りにいけすかねぇ奴がいねぇ時、っていう条件がつく。


 いけすかねぇ奴? この場に一人しかいねぇだろ。


「ニーコールーソーン! てめぇ、モテんだろ? モテるんだな? クソッタレが! 秘訣を教えやがれ!」


「……ゲルグ。お前、酔うとそうなるのか……。あのな、私は結婚している。モテる男を目指していたのは、もう百年も昔の話だ。その時のテクニックで良いなら教えるが、時代にそぐわないと思うぞ。人間と魔族でも違うだろうしな」


「は? 百年だぁ。お前さん何歳だよ」


「詳しい歳は覚えていない。百三十歳くらい、だろうな」


「なぁにくだらねぇ冗談言ってやがんだ! こら! モテる秘訣教えやがれ」


 いつの間にか俺の隣に立っていたミリアが笑いながら補足する。


「ゲルグ。魔族は人間よりも長寿ですよ。ニコルソンさんの言っていることは嘘じゃないです」


「ああん? そうなのか?」


「あぁ。百年前のモテテクニック。知りたいか?」


 百年前か。百年前。うん、要らねぇな。ってかこいつ結婚してたのか。魔族にも結婚とかいう文化があんのか。なんか不思議な気分だ。


「要らねぇ。ってか結婚してんならそう言え。男の敵だと思ったろうがよ」


「くくっ、男の敵とはなんだ」


「モテてモテてしょうがねぇやつのことだよ! 童貞のひがみを舐めんなよ!」


「ゲルグ。自分で童貞って言ってますけど、大丈夫ですか? この間否定してませんでした?」


「うるせぇ、ミリア! 童貞舐めんな! クソッタレが!」


「ゲルグ、酔っ払ってる?」


「おお! 酔ってる! フラフラしてるぞ! なんだ、アスナ。お前何時の間に分身できるようになったんだ? 光の速さで動いてんのか?」


「ゲルグ、酔い過ぎ……。私、分身してない」


 おい、なんだ、楽しくなってきやがった。ベロベロに酔ってんなこりゃ。あぁ、楽しい夜だ。楽しい夜だよ。


「おい! キース! てめぇもどうせ童貞だろ! 童貞同盟!」


「い、一緒にするな! ど、童貞じゃない!」


「その反応が童貞なんだよ!」


「くっ、悪党め!」


 悪党? そりゃ褒め言葉だ。


「ゲルグ、アンタ酔い過ぎよ! 私の騎士をいじめんじゃないわよ! クソド低脳! ついでにアスナとくっつきすぎ! 離れて! この悪党の下水煮込みが!」


「エリナぁ! 一国の姫がそんな汚ぇ言葉つかうんじゃねぇ! 品位が下がるぞ! 品位が!」


「うっさいわよ! さっさとアスナから離れなさい! クズが感染る! ってか、なんでそんなご機嫌なのよ! アンタ!」


 ご機嫌に決まってんだろ。ご機嫌もご機嫌だ。美味ぇ飯、美味ぇ酒。それらがありゃ、世は並べて事もなし、ってな。


「酒だ! 酒持ってこーい!」


 そんな祝勝会は深夜まで続いた。束の間の休息。今このときは、国際手配なんてクソッタレなもんも、魔王が生き返るかもしれねぇってどでかい問題も、アスナにかかってる否善の呪詛なんてもんも、全部が全部忘れられた。






「……ったま痛ぇ……」


 次の日。朝。俺は二日酔いに痛む頭で目を覚ました。深酒した次の日の朝ってのは、なんでまたこう早起きしちまうんだろうな。まだ朝日も昇ってねぇじゃねぇか。くっそ。二度寝だ、二度寝。


 ……あー、ダメだ、寝れそうにねぇ。頭が痛ぇし、身体の節々も痛ぇ。不幸中の幸いなのか、ゲロ吐きそうな具合ではないが、気分は最悪だ。


「……っだー、眠れん」


 しゃーない、と思い、俺はベッドから転がり落ちるように這い出る。動くたびに、ズキズキと頭が痛みやがる。


「ん?」


 ババァが俺達にあてがった部屋は東側に窓がついている。朝日は昇っちゃいねぇが、少しばかり白み始めた東の空。窓枠に腰掛けて、アスナが外を見ていた。


「どうした? アスナ」


「ん。おはよ、ゲルグ。大丈夫? 顔色悪い」


「大丈夫じゃねぇ。二日酔いだ」


「ゲルグ、飲みすぎ」


「うるせぇよ。……何見てんだ?」


 俺はアスナが先程まで見ていた視線の先を見遣った。何もねぇじゃねぇか。何見てやがったんだ?


「何も見てない。ぼーっとしてた」


「そうか」


「ん」


 無言。無言の時間が続いた。しかしなんだ、なんでこいつはこんなちょっとばかし寂しそうな顔をしてやがる?


「どうした?」


「どうもしてない」


「してんだろ。顔みりゃわかる」


 アスナはわかりやすすぎる。ポーカーフェイスとは正反対の存在だな。たまーによくわからねぇ時もあるもんだが、基本的にはわかりやすい。


「……これから、私戦えない、かも、って。皆を守れるのかな、って、思ってた」


 否善の呪詛、か。確かに厄介だ。苦痛に顔を歪めるこいつを誰だって見ていたくはない。もうこれ以上、戦ってほしくない。俺らの誰もがそんなことをちらりとでも考えているだろう。


 だが、お前一人でなにもかも背負い込むんじゃねぇよ。馬鹿か? あぁ、馬鹿だったな。バーカ! お前には、仲間がいる。何回も言ってるだろうが。


「あんな、お前が守ってやらなきゃいけねぇ程、連中は脆弱か?」


「……そんなことない、と思う」


 俺は守ってもらわにゃヤバいかもしれんがな。でも、アスナじゃなくても良い。キースが、エリナが、ミリアが、きっとそのときにゃなんとかしてくれんだろ。他力本願極まりない。しかも、俺みたいなおっさんが一番守るべき存在ってのが悲しすぎる。


「今は考えんな。なんもかんもうまくいく」


 俺の酷く楽観的な言葉に、アスナが小さく笑った。


「ゲルグがそう言うと。本当にそうなりそう、って思える。ゲルグ、凄いね」


 顔に血が集まるのがわかる。熱い。何回このお嬢さんはおっさんを赤面させれば気が済むんだろうか。おっさんの赤面って誰が得するんだよ。馬鹿。


 俺は、黙ってアスナの黒髪を撫ぜる。頭痛が鬱陶しいが、それでも静かな朝だった。


 その後、それをエリナに見つかって、俺が爆殺されそうになったことはあんまり話したくはねぇ。聞くな。聞くなったら聞くな。

祝勝会です!

打ち上げ! 酒! 飯! 最高ですね!!


そして、ミリアがなんか決意を固めたようです。

アスナもなんか悩んでいる様子。


ゲルグ、頑張れ! パーティーのメンタルケアはお前にかかってる!

大丈夫! アスナの主人公補正がある!!!


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とーっても励みになります。涙がちょちょぎれます。


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誠にありがとうございます。

え? Amazonの欲しい物リスト? しかたないにゃあ。

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