第六話:どうして、あの時、動けたのですか? 誰よりも真っ先に
「いや、こいつがポイズネスなんちゃら、ってやつか。なんっつーか」
でけぇな。こんなでけぇのか? 大の大人、十人分位はある高さに、「ほえー」と情けないため息が漏れる。んでもって、なんっつーか毒毒しい色してやがる。こりゃあ、確かに怖ぇな。
そんでもって、周囲の草木が枯れきっている。「ポイズネス」とか言われてる理由はそれか。なんだよ、あるだけで災害じゃねぇか。馬鹿か? 馬鹿なのか? 誰がこんな植物作りやがったんだよ。作ったとかじゃないのか? 勝手に生まれたのか? こんな非生産的で悪辣な植物、自然発生するはずねぇだろうがよ。
見た目はでけぇことを除けば普通のラフレシアだ。いや、ちげぇな。なんか蔦がうねうね動いてやがる。あれがラフレシア? 冗談も休み休み言えよ。
「ゲルグ。気をつけろ。今はおとなしいが、殺意を向けた瞬間反撃してくる」
「あ、あぁ。あんがとよ」
ニコルソンが隣でボソリと俺に注意する。いや、殺意とかは向けてねぇよ。ただただ感心、ってのは違うな、驚いてるってそんな感じだ。こいつを俺がどうこうできるとは逆立ちしても思わねぇよ。
「しっかし、こんな大物も久々ねぇ。腕が鳴るわ」
エリナがその顔に似合わない、信じられそうもない言葉を吐く。「腕が鳴る?」。何言ってんだお前。人間がどうこうできんのか、って疑問に思うレベルのでかさだぞ。
「懐かしいですね。姫様。これぐらいの大きさの魔物、良く倒しましたね」
おい、キース。嘘だろ? 嘘だと言ってくれよ。このデカさの魔物をよく倒した? おめぇらが化け物かよ。
「あ、援護と回復はお任せ下さい」
むん、っとミリアが袖をまくり上げる。ミリア、お前もか。なんでビビってねぇんだ? ビビってんの俺だけ? ねぇ。
「ん。五分くらい、かな。終わらせる」
アスナ。勇者ってやつを舐めてた。俺は舐めてたよ。すまん。
いや、そのだな。本当にすまん。お前らを舐めてた。過小評価してたわ。このデケえ毒々しい、魔物なのか植物なのかわからねぇブツを見て、誰もビビりゃしねぇ。それだけこいつらが修羅場をくぐってきてるって、そのことの何よりの証明でしか無い。
いや、ほんと、舐めてた。魔王討伐っていうミッションを舐めてた。こいつらの一年を舐めてた。
「ゲルグは後ろにいて。多分手に余る」
「お、おぉ」
うん。ここはアスナにおとなしく従っておいたほうが賢明だ。俺はそろりそろりと後ろへ下がる。情けねぇ? うるせぇよ。しょうがねぇじゃねぇか。人間がどうにかできる代物だと思えねぇんだよ。
被害がこなさそうな遠くにゆっくりと後ずさる俺に、ニコルソンが付いてくる。あぁ、お前もこっち側の人間か。親近感が湧く。すまん、お前のこといけすかねぇイケメンとか思って。きっとお前は非童貞だが、それでも仲間だ。モテそうだが仲間だ。ありがとう、ニコルソン。ちょっとこれから生きていくための勇気が湧いた。本当にありがとう。
「私も戦えはするのがな。勇者達からすると力不足もいいところだろうからな。ゲルグと一緒に避難させてもらう」
ん? 今「戦えはする」とか言ったか? ビビってない? 畜生。裏切りやがったな。畜生め! 俺の気持ちを! 裏切りやがったな! そうか……、ビビってるの俺だけか……。
「行こ!」
アスナが跳ぶ。キースがその頑強そうな鎧と肉体を盾に、全ての攻撃を受け止めんと腰を低くする。エリナが詠唱を始める。ミリアがなんかよくわからん支援魔法を使って、パーティー全体の能力を底上げする。
いや、すげぇ。本当にすげぇよ。何度だって見たよ。こいつらが戦うところは。だがな、やっぱ感心しかしねぇ。できねぇ。
剣閃が、魔法が飛び交う。ポイズネスなんちゃらが、「シャアア」やら、「キエエエエ」やら凡そ植物が上げるとは思えない悲鳴を上げる。いや、植物って鳴かねぇだろ。なんだこれ。
順調かと思われた。すぐに、やっつけられるんだろうなぁ、なんて思ってたよ、俺も。楽観的に考えてた。この自信満々な奴らが負けるはずはねぇだろ、って。あっさりぶっ殺しちまうんだろうな、って。そう思ってた。
だが違った。違ったんだ。
「……ぐっ……」
アスナが苦しそうな吐息を漏らす。数日前に見たやつだ。アスナの身体が痙攣を始め、そして顔が面白いほどに青ざめ始める。冷や汗が笑えるぐらい流れ始める。いや、笑えねぇ。笑えねぇわ。
「アスナ!?」
エリナが詠唱を切り上げて悲鳴を上げる。
「い、いかん!」
キースが慌て始める。
「アスナ様!」
ミリアが心配そうに叫ぶ。
そんでもってそんな勇者御一行なんて知ったこっちゃねぇ、って勢いで、目の前のトンデモ植物は、アスナを攻撃しようと蔦を振り回す。無数の蔦がアスナにぶち当たる。それ自体のダメージはそんなでもなさそうだ。だが、それ以上に、呪詛からくる苦痛、それがアスナを苦しめている。そんな風に見えた。
……そうか。理解した。そうなのか。アスナは今、「魔族の連中を助けたい」ってそんな思いで戦ってるのか。条件に合致しやがる。クソッタレが。
「アスナ!」
「待て! ゲルグ!」
身体が自然と動いていた。ニコルソンの制止の声も聞こえねぇ。や、聞こえちゃいる。だがな、ダメだ。もう動き出しちまった。
俺は痛みで蹲りそうになっているアスナの前に躍り出た。
んーと、こっからどうすんだ? やべぇ、なんも考えてなかった。
「ゲルグ! お前の敵う相手ではない! 下がれ! 危険だ!」
アスナの前に立つ。それは、アスナが積極的に奴さんを攻撃しようとしていたもんだから、必然的にキースよりも前に立つことと同義だ。そんな俺を見て、キースが「下がれ」とほざく。
いやな、俺もそう思う。「下がれよ」ってそう思うよ。まーた裏腹だ。アスナと会ってから、っとーに頭と身体が裏腹に動く。
目の前のでけぇバケモン、そいつが俺を敵と認識したのか、蔦を振り上げる。あぁ、こりゃあれだ。死んだな。短い人生だった。俺は半ば自分のこれからの人生を諦めかけた。
ん? でもなんだ。いつもと違う。なんか、蔦の動きがよく見えやがるぞ。あれか? ババァの修行の成果か? よくわからねぇ。よくわからねぇが……。兎に角やれることはまだあるらしい。
「っと!」
紙一重で躱せ。ババァはそう言った。それは己の恐怖心との戦い、それ以外の何物でもない。
でもなんでだろうなぁ。さっきまでビビりまくってた俺なんだがな。なんでか、今は全然ビビってねぇ。
「バーカ! バーカ! 草ごときの攻撃が俺様に当たるかってんだよ! 悔しかったら当ててみやがれ! 食物連鎖のド底辺がよ! ほれ、当たんねぇぞ? それで本気か?」
我ながら見事な煽り文句だと感心する。うん。俺ならこんなこと言われたらブチギレ案件だな。とはいえ、植物がそんな煽り文句に反応するかどうかは知らねぇがよ。
あ、でもなんか効いてるっぽい。目に見えて、目標が俺に向き始めたのがなんとなく分かった。幾重もの蔦が俺を標的に、ぶんぶんと振り回される。
「ほい! よっ! ほっ!」
そのどれもを俺は紙一重で避ける。おぉ、怖ぇ、怖ぇ。一発でも当たったら即死だな。こりゃ。薄れかけていた恐怖心が、少しずつ顔を見せ始めるのが自分でもわかった。あんま時間は稼げねぇ。
「キース! 何してやがる! お前の馬鹿力の見せ所だぞ! ってか早くしろ! そろそろっ! 限界っ! なんだよっ!」
俺の予想外の動きに目を点にしていた面々に。その中でもキースに、俺は叫んだ。アスナが物理でぶん殴れねぇんだ。お前がやれ。
「……っ! 感謝する!」
キースがパーティーを守るという責務から解放される。剣を振り上げて跳ぶ。併せてぼけっと見ていたんだろうエリナが慌てて詠唱を再開する気配が感じ取れる。
「うおおおおおお!」
キース。お前。顔はそこそこイケメンなのに、「うおおおおおお!」はねぇよ。もうちょっと自分のイメージってやつを考えろよ。
だが、流石だ。キースの剣は、グラマンからもらったなまくらだが、それでも奴さんに少なくないダメージを与えた。
んでもって、その次の瞬間に草野郎を中心に爆発。轟音が身体を震わせる。エリナの魔法だな。煙が一面を覆い隠する。やったか? いや、「やったか?」とか思うな俺。これはあれだ。典型的な「やってねぇ」場面の台詞だろ。
煙が晴れる。俺の「やったか?」はその効果を発揮しなかったらしい。
おーおー。塵一つ残ってねぇ。すげぇな。
終わったんか。終わったな。塵一つ残ってねぇんだもんな。終わったよな?
俺はいつの間にやら、痛みで蹲ってしまったアスナに駆け寄る。
「アスナ、大丈夫か?」
「ゲル、グ?」
おいおい。俺が割って入ったのも認識してなかったのか? そんなコンディションでなんでこいつそんな頑張ろうとしてんだよ……。
「そんな頑張んじゃねぇよ……馬鹿」
「……私、勇者、だから……」
ったく。お前にゃ、俺がついてるだろうが。……いや、そりゃ恥ずかしすぎるし、何より俺がついててどうなるってツッコミが入る案件だ。俺は何様だってんだよ。ちげぇちげぇ。
「お前にゃ、仲間がついてるだろうがよ」
そこを忘れるんじゃねぇよ。アスナ。お前は一人じゃねぇんだ。キースを見る。エリナを見る。ミリアを見る。ほら、皆心配そうにお前を見てるじゃねぇか。応えてやれよ。皆お前に頼りにされたがってんだよ。心配してるだろうがよ。
「……ん。ごめんなさい」
「バーカ、謝るところじゃねぇだろ」
ミリアがとことこと歩いてくる気配が感じ取れた。
「アスナ様。『ごめんなさい』じゃないですよ。『ありがとう』、です」
いいこと言うじゃねぇか。流石神官。
「ん。ありがとう。皆」
アスナが、青ざめた顔で、震える身体で、それでもちょっとばかし微笑んだ。
しっかし、なんだ。終わっちまうとあっけねぇな。流石だなぁ。
あの後、キースが、エリナが、ついでにミリアもだが、思い思いにアスナの周りに集まって、口々に「大丈夫?」だのなんだのと声をかけ始めた。ってか長ぇ。あれから十分ぐれぇ経ってんだぞ。何時まで心配してやがるんだ。
ちなみに俺は、その集団からちょいとばかし離れて、ついさっきまであの馬鹿デケェ草野郎がいやがった場所をぼんやりと見ていた。これで本当に大丈夫なんだろうな。根っことか残ってねぇのかな? ちとばかし気になる。んだもんで、ニコルソンをちらりと見る。
うん、大丈夫そうだ。ありゃ、「全部終わってよかった、めでたしめでたし」ってな感じの顔だ。よくわからねぇが、エリナの魔法が、根っこまで爆砕したんだろうな。冷静に考えるとアイツやべぇ奴だな。端的に怖ぇ。
そんな風にぼんやりしていると、ミリアが近寄ってきた。
「ん? なんだ? ミリア。お前さんはアスナの心配大会を一抜けしたのか?」
「なんですか? 心配大会って。ふふ」
「流石に長ぇだろ。ほら、アスナも困ってんじゃねぇか」
「確かにそうですね。ふふ。アスナ様もあそこまで心配されると思ってなかったみたいです」
心配するに決まってんだろ。一年間一緒に旅した仲間だろ? 心配なんてするに決まってる。
「アスナ様は、旅の最初はともかく、その加護もあって、ずっとパーティーの要として活躍されていました。旅の中で、私達はアスナ様に頼ることはあっても、頼られることはありませんでしたから。エリナ様だけは別でしたけど」
「そんなもんなんか。まぁ、強ぇからな。アスナは」
そうだな。アイツは強い。人間とは思えねぇ。何でもできる。剣の腕も達人レベル。魔法も使う。んでもって、あんな細っこい腕でなんでそんな破壊ができるんだってぐらい力も強ぇ。
そりゃ、皆頼りにするだろうな。なんたって、アイツは勇者だ。あんな小娘が「勇者」なんて大層な肩書を背負ってる事自体が、なんかピンとこねぇんだがよ。
「ゲルグ……。貴方はどうして」
「あん?」
「どうして、あの時、動けたのですか? 誰よりも真っ先に」
予想外の質問だ。なんで動けたかって? そんなん俺が知りてえよ。
「知らねぇよ。勝手に身体が動いてた。それだけだ」
「死ぬかも、しれなかった訳じゃないですか。なので……」
「確かにそうだなぁ。死ぬかと思った」
俺はミリアに顔を向けてニカっと笑う。あぁ、本当に死ぬかと思ったよ。死ぬかと思った。俺、なんで今生きてるんだろうな。ババァに感謝、ってとこか? 業腹ではあるが。
そんな俺の顔を見たミリアが、なんか顔を真っ赤にしてやがる。なんだ? 熱でもあんのか? それとも、俺の吐いた台詞がなんかそんな恥ずかしいもんだったか?
「なんだよ」
「い、いえ。なんでもないです」
「気になるじゃねぇか。何だ、全く」
「き、聞かないでくださーい」
ぴゅーっと、走って逃げて行きやがった。なんじゃありゃ。俺は首を捻る。
入れ違いで、ニコルソンが俺に近づいてきた。嬉しそうな顔してやがる。そんな顔もイケメンでムカつく。死ね。このモテ男が。いや、まぁ、口にゃ出さねぇし、態度にもださねぇがな。
「ゲルグ。勇者とは、本当に素晴らしい存在なのだな」
「あぁ? 今更気づいたのか?」
「否善の呪詛。魔族の私なら、彼女にそれが付与されていることはすぐに分かった。そして、あの戦いで勇者が苦痛を感じた。いや、感じてくれた。他ならない『人間の敵』。そう思われている我々を救いたいと、そう思ってくれた。そのことが、私は嬉しい。不謹慎かもしれないが……」
不謹慎っちゃ不謹慎だな。だが、こいつの気持ちもよーく理解できた。なんっつーんだろうな。こんな時。うーん。あぁ、そうそう。
「それが、アイツが『勇者』なんて大層なモンだっていう。ただそれだけのこったよ」
俺の言葉にニコルソンが愉快そうに笑う。
「……そうだな。『勇者』とは、そういうものなのだろうな」
「そういうもんなんだよ。アイツにとっちゃな」
守りたい。救いたい。その心が原動力。なんとも勇者らしいじゃねぇか、アスナ。お前はすげぇ奴だよ。
俺は未だにエリナとキースに心配されて困った顔をしているアスナをちらりと見た。そんでちょっとだけ笑った。
しばらくのお休みから戻ってまいりました。
また、毎日更新を目標に頑張っていきます!
というわけで、中ボス戦? が終わりました。
基本的に勇者御一行パーティーは強いので、バトルは瞬殺です。
主人公補正です! アスナの!!!(毎話恒例?)
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