第三話:ゲルグ。私は貴方に光を見ました。
「ゲルグ。そなたはまず魔物という存在に慣れることだ。身体能力だけで言えば決して引けは取らない」
ババァの言葉に少なからず驚きを覚える。なに? そうなのか? てっきり、まずは筋力やら身体能力から始まるかと思ってた。
「意外そうな顔をするな。そなたに足りないのは、魔物という『悪意』と闘うという覚悟と、戦術だ。力量だけで言うなら、普通の人間よりも遥かに上だ」
「そうなんか?」
「あぁ、誇って良い。そなたは、実に優秀だ。でなければ、余がそなたに興味を抱くことなど無かっただろう」
ババァが興味を抱くだとか、なんだとかはよくわからねぇが、つまりあれか。よくわからねぇ、「魔物」なんて存在と戦い抜くってぇ覚悟が大事、ってことか? はぁ?
「おい、ババァ」
「なんだ」
「てめぇ、馬鹿か? そんなマインドだけであんなバケモンどもと戦えるようになったら、苦労しねぇんだよ」
そう言ってババァを睨めつける俺を誰が責めることができようか。なんたって、アリスタードにいる弱い魔物数匹に遅れを取るレベルの人間だぞ。こちとら。そんな風に心構えを改めたところで「はい、じゃあ君、今日から魔物ハンターね」なんてなれるわけねぇだろうがよ。
「ふむ。確かに、魔王討伐をはたしたパーティーに比べてそなたは脆弱だ」
「そりゃそうだろ」
「だが、忘れたか? そなたには『風の加護』がある」
はぁ? 馬鹿言ってんじゃねぇ。あの逃げ足に特化した能力が魔物との戦闘でなんの役に立つっていうんだよ。寝言も休み休み言いやがれ。
「はっきり言う。そなたは魔物に直接攻撃するだとか、そういう役回りを目指してはならない」
ん?
「撹乱し、挑発し、目標を自らに集め、そしてその攻撃を全て避ける。それがそなたのスタイルだ」
言いてぇことは分かった。だがな、それって「戦ってる」ってことになんのか? ああん?
「ババァ。それってただ逃げ回ってるだけじゃねぇのか?」
ババァが大きくため息を吐く。
「そなたは本当に馬鹿だな。キース・グランファルド。あやつも方向性は違うがそなたと近い役割だ。騎士とはそういうものだ」
「ん? そうなのか?」
「そうだ。パーティーの中における騎士の最大の役割は、敵対する者の攻撃を全て受け止め、パーティーに攻撃が届かないようにすることだ。今余が説明したそなたの役割と何が違う? 尤も、キース・グランファルドは攻撃も同時に担当してはいるがな」
違わねぇ。違わねぇが。うーん。なんだろうなぁ。言い方が見つからねぇ。何ていうんだろうか。
あぁ、見つかったわ。
「それってパッとしなくねぇか?」
「……ぐだぐだ言うな。さ、行くぞ」
そう言って、俺はババァに襟首を掴まれて引きずられていった。背中の方からアスナの心配そうな声が聞こえはしたが、何を言っているのかまでは聞き取れなかった。とりあえず、手をひらひらさせる。心配すんな。大丈夫だ。
連れてこられたのは、先程居た場所から三十分ほど歩いた場所だった。さっきの場所と比べて、より鬱蒼としていて、いかにも森、ってな感じの場所だ。
そんでもって、辺りからは相変わらずうじゃうじゃ魔物の気配がしやがる。殺意。憎しみ。絶望。あらゆる負の感情が、こちらに向かって放たれる。身が竦む。こんな感情を当てられてあいつらは平然としてやがるのか。恐ろしい連中だ。
ババァが俺をどさりと放り投げる。このババァ、なんでこんな力が強えんだ? 大の男を片手で引きずってぶん投げるんじゃねぇよ。 いや、なんとなく想像はできる。なんか魔法を使ってやがるんだ。きっとそうに違いねぇ。
俺が、「ここからどうしろと?」という顔でババァを見遣ると、ババァはニヤリと笑ってから浮き上がる。周囲の木々よりも高く。遥か遥か高く。
おい、ちょっと待て。なにをさせられるのか、なんとなく予想がついた。
「回復はしてやる。全て避けてみせよ」
ほらなぁ。このババァはこういう奴だ。そんなこと知ってたじゃねぇか。
魔物共が、ババァという格上の存在がいなくなって、俺を格好の獲物かと思ったのだろう。飛んでくる殺気が途端に強くなる。
来る……。
空気が震える。いや、空気が震えてるんじゃねぇ。そう、俺が感じているだけだ。実際にゃ震えていねぇ。
いや、それもちげぇな。他でもない俺が震えている。やべぇ、と本能が告げる。逃げろ、と。今すぐここから離れろ、と。
草陰に隠れた魔物の唸り声が耳朶を打つ。震え上がりそうな低い低い声。俺は笑う膝を手でぶん殴りながら、なんとかかんとか立ち上がる。
「おっさん、舐めんな!」
その一言を皮切りに、魔物どもが俺に向かって牙を向いた。おぉ、怖ぇ、怖ぇ。
結果? 惨敗に決まってんじゃねぇか。命があるだけありがてぇ。
最初は上手いこといってた、と思うんだがな。ババァに言われたとおり、数多の魔物の攻撃を避けた。風の加護を最大限に活用して、だ。
生物センサーの感度も最大にする。こうでもしねぇと、後ろから来る魔物がどのタイミングで襲ってくるかわからねぇ。
「ひえぇ」だとか、「ひょわぁ」だとか、「ひゃああ」だとか、情けねぇ声を出しながら、連中の攻撃を避け続ける。だが、それも数分程度だった。
魔物の中の一匹。確か、魔狼とか言うやつだったか。よくわからねぇが、そいつの爪が俺の太ももにざくりと切り傷をつけた。深くはねぇ。だが脚を切りつけられたんだ。たまったもんじゃない。自慢の機動力がなんもかんも発揮できねぇ。
そこからの瓦解は早かった。俺は三十匹程度の魔物にボコボコにされて、ババァに死ぬ寸前のところで助けられて、んで今治療を受けている。
「さて、ゲルグよ。そなたの課題。少しでも理解できたか?」
課題? 課題だぁ? んなもん知るかよ。避けるのに必死だった。とにかくそれだけだろうが。見てたてめぇが一番わかるだろうが。俺の情けねぇ姿を見てなかったのか?
俺の「何ってるんだこのババァは」とでも言いたげな顔を目にして、ババァがため息を吐く。おいおい、そんな人の顔をみてため息ばっかり吐くんじゃねぇよ。俺だって傷つくんだぞ。
「そうだった。そうだったな。ゲルグ。そなたは、それなりに優秀で馬鹿ではないが、恐ろしく察しが悪かった。うむ、そなたに、こんな質問をした余が悪かった。すまない」
そうもはっきり言われるとそれはそれで傷つく。
「で、課題ってのは何だってんだよ?」
「ゲルグ。そなたは、攻撃を大げさに避けすぎだ」
「しゃあねぇだろ。怖ぇんだから」
「大きく動くとそれだけ隙ができる。紙一重で避けよ」
無理言うんじゃねぇ。当たったら一発アウト。そんなあいつらの攻撃をどうしたら紙一重で避けるとかそういう発想になるんだよ。
「……やれやれ、時間がかかりそうだな」
だから、ため息を吐くな。ため息を。
「で、その後はどうなったのですか?」
その日の夜。ババァの屋敷。その前で俺はミリアと二人で星を眺めていた。別にそんな甘やかな雰囲気じゃねぇ。ただ、俺がどんなしごきを受けたのか興味があった、ってそれだけらしい。
「その後は、ババァの回復魔法で治癒されながら、ひたすら魔物どものサンドバッグだよ。今思い出しても、走馬灯がよぎらぁ」
俺のその言葉に、ミリアが小さく笑う。おい、笑うなよ。こっちだって真面目に色々やってんだぞ。
「いえ、ごめんなさい。ゲルグが大勢の魔物を相手に、果敢に立ち向かう姿が想像できなくてですね」
「……ミリア。お前さん無自覚にひでぇこと言ってる自覚あるか? まぁ、いってるこた至極まっとうなことではあるんだが」
「あ、ご、ごめんなさい。そんなつもりでは」
「いや、いい。いい。お前さんの言うことも尤もだ。俺だって今ここまで自分がやる気になってることが信じらんねぇよ」
魔物と闘う。これまで考えたこともなかった。俺の敵はいつだって人間だ。善良な人間。悪を捌く人間。俺をしょっぴこうとする人間。人間、人間、人間。
人間なら楽なんだよなぁ。なんたって、騙せる。不意打ちだってできる。錯覚も思い違いもする。だが、魔物はそうもいかねぇ。
「そういや、アスナは?」
「眠ってます。よっぽど痛かったのでしょう。ゲルグとジョーマ様がいなくなって、すぐにエリナ様が屋敷に連れ帰って、そこから泥のように」
「あぁ。そうか。……痛かっただろうな」
本当。痛かっただろうな。「死にたくなるほどの苦痛」ってやつがどんなもんなのか、俺にゃよくわからねぇ。だが、その痛みが、苦痛が、尋常じゃないってことだけは、あいつのあの時の様子をみてなんとなく理解できた。いや、理解できてしまった。
拳を握りしめる。「守ってやるんじゃなかったのか? このチンケな小悪党風情が」と、俺の中の俺が頭の中で、他ならない俺自身を罵倒する。うるせぇよ。そんなん、全部、なんもかんも分かってる。分かってるんだよ。
「ゲルグ」
「んだ?」
「私達の今までの敵は、『魔王』と『魔物』と『魔族』でした。でも今は少し違います。そこに『人間』が増えました」
「そうだな」
「貴方の敵は、なんでしたか?」
「大多数にとっちゃな。人間の敵はいつだって人間だよ」
「そう……ですよね。馬鹿なこと聞いてすみません」
こいつは何が言いてぇんだろうか。よくわからねぇ。
「でも、ゲルグ。そんな貴方だからこそ、きっと私達には貴方が必要なのですよ」
「あぁん?」
「貴方の仰る通りです。私達は『人間』に弱い。その悪意に晒されず、護られて生きてきました。そんな旅でした」
そうだろうな。世界を救わんとする勇者サマ御一行だ。誰も無碍にはできねぇ。いたとしたら、そいつは世界の敵だ。あっちゅーまにボコボコにされるだろうよ。
「貴方は、そんな人間の悪意というものの本質を理解している。それは私達にないものです」
「そんな大層なもんじゃねぇよ。ま、俺自身がそんな悪意の塊みてぇな人間だからな」
「そうやって、自分を卑下するのは辞めて下さい。貴方は、そんな人間じゃない」
そんな人間だよ。ミリア。お前さんは間違ってるよ。俺はそんな大層なタマじゃねぇ。ただのチンケな小悪党だ。その小悪党がこれからどう成長するのかは見ものだと思ってくれて全然良い。
「ゲルグ。私は貴方に光を見ました。それは小さな、でも確かな光です。私達が出会った、そのことが精霊メティアの思し召しなのかもしれません」
「まーた、運命、ってやつか?」
「あ、いえ、そうじゃなくて、ですね。運命っていうのとはなんか違うような気もしています。運命、というよりも、必然、というべきでしょうか」
なんら違うように聞こえねぇのは、俺の頭が悪いからだろうか。
「アスナ様が、貴方の光に真っ先に気づきました。貴方はアスナ様に惹かれました。それは偶然ではない、そう思うのです。出会うべくして、出会った、と」
よくわからねぇ。よくわからねぇが、こいつが俺を大層買いかぶっていることはよーく理解した。
「だから俺はそんな大層なタマじゃねぇ」
あくびを一つ。
「ねみぃ。寝る」
「はい。おやすみなさい」
運命も必然もよくわからねぇ。だが、今俺は、俺にできることをただやるだけだ。
一週間程過ぎただろうか。俺はあいも変わらず、ババァに付き添われて魔物どものサンドバッグになる毎日を送っていた。
でも、最初に比べれば、大分マシな動きになったんじゃねぇか? 「紙一重で避ける」ってのも、なんとなくだが理解してきた。最小限の動きで避けるんだ。そんでもって、次に来る攻撃を予測する。たったそれだけ。言葉にするとな。モノにするのは、えらく時間がかかったような気もするが。
一時間だろうか。それが俺の最高タイムだ。一時間程度であれば、化け物どもの攻撃を避け、いなし、躱し、逃げ回ることができるようになった。
ババァが、俺を治療しながら、感心したような声を上げる。
「ふむ。ここまでの早さで習得するとは思っていなかった。まだまだ荒削りなのは確かだが、実践で通用するレベルには到達している。よく頑張ったと手放しで褒めてやろう」
だから、なんでこのババァはいつだって上から目線なんだか。いや、もう突っ込むのも疲れた。疲れてんだよ。文句あるか?
「次は」
「ん?」
「次は、何をすりゃ良い? この訓練はこのまま続けるとしてだ。それだけで終わらねぇ。そうだろ?」
「随分察しが良くなったではないか。では次のステップについて、簡単に説明しておこ……うん?」
ババァが訝しげな声を上げる。
「どうした?」
「いや、ちょっと待て。ふむ。……はーっ。またあやつらか。面倒だな」
「だから、どうしたって聞いてんだよ」
「はぐれ魔族だ。たまに余のところに助けを求めにくる。いつもは体よく追っ払っているのだがな。面倒だ」
魔族? そりゃ、また大層な存在に目をつけられたもんで。っていうか、魔族ってったら人間の敵だろ? そんな連中がなんでババァに助けを求めに来る?
「ゲルグよ。一旦屋敷に戻るぞ」
「わかった」
ゲルグの修行が始まりました。
彼の役割はいわゆる回避盾です。
回避盾、ロマンがありますね。
しかし、彼はスピード以外はひ弱な一般的な悪党なので、
オワタ式です。
オワタ式って久々に言ったな。。。
そして、何やらトラブルが発生した様子。。。
でも大丈夫!!
主人公補正!!アスナの!!(毎度以下略)
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