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プロローグ

 ババァの屋敷の朝は早い。


「余は腹が減った。アスナ・グレンバッハーグ。朝餉を作るが良い」


「ん」


 修行の見返りとして、ババァの世話。それが俺達に課せられたミッションだ。


「ゲルグ。肩を揉むが良い」


「なんでてめぇはそう偉そうなんだよ。これでいいか? もみもみ」


「うむ。そこだ、そこ。あ、そこではない。いた、痛い! この下手くそが!」


 ババァの世話は困難を極める。突如降って湧いたように要望が飛んでくるからだ。


「エリナ・アリスタード。野菜を摘んで来るが良い」


「はい! 行ってきます!」


「マンドラゴラも栽培してるから、気をつけることだ」


 その要望一つ一つに応える。それは果たしてプロフェッショナルと言えるのだろうか。


「ミリアよ。床が汚れている。掃除するが良い」


「はい。頑張ります」


 いや、今まさに俺達はプロフェッショナルなんだ。求められること、それに応えること。そこに流儀があるならな。


「キース・グランファルド。そこの棚の上にある箱を取るが良い」


「はっ、御意に」


 いや、そんなくだらねぇこと考えてる場合じゃねぇ。


「おい、ババァ」


「なんだ。ゲルグよ」


「修行っつったよな? てめぇ」


「うむ」


「修行、したか? 俺ら。この一週間」


 そう、このババァが「そなたらに修行をつける」なんて言い出してから一週間だぞ? 一週間。長かった。ただただ長かった。


 一週間、ババァの面倒を見るだけ。そんな生活だ。なんだこれ? なんなんだこれ? 一週間が無駄になった気しかしてねぇんだが。


「そう急くな。ゲルグ。精神的な成長と言ったのを忘れたのか?」


「あのな、ババァ。精神的な成長ってのはてめぇのお守りをすればできるもんなのか?」


「そなたは馬鹿か? 当たり前だろう」


 ババァがゴミを見るような目で俺を見てくる。やめろ、その視線はイラつく。体よく色々押し付けられてる気しかしねぇ。


「良いのだ。余が良いと言っているから良いのだ」


 ついでに言うと、このババァは年甲斐もなくさびしんぼだ。そのことを俺はよーく知っている。この屋敷に一人。ババァにとっちゃ寂しい生活だったろう。その気持ちを汲んでやるのもやぶさかじゃあない。だがな、だが、確認せにゃならん。この一週間に意味は合ったのか、をな。


「てめぇ、ただ単純に俺達と一緒にいて、『わーい楽しい毎日だー』なんて、思ってねぇだろうな」


「……ふーっはっはっは! そんなこと思っているはずなかろう」


 あ、だめだこりゃ。俺は特大の溜息を吐いた。


 とは言っても、このババァが一週間前に言ったこともわかる。理解できる。納得もできる。そんなもんで、俺らはこのババァのお守りというミッションを甘んじて受け入れるしか無いのだが。


「アスナ・グレンバッハーグよ。足を揉め」


「ん」


 っとーに、くっだらねぇことしかやらされてねぇ気がしてきた。ちょっとまて、足を揉めってなんだ? 足を揉めって。ふざけんじゃねぇぞ?


「ゲルグよ。余が本当に何も考えていないと思っているのか?」


「てめぇは基本的に何も考えてねぇだろうがよ」


「だからそなたは馬鹿なのだ。余の崇高な思考を読めんとはな」


 何が崇高なんだ? 何が? アスナに足を揉ませていることがか? 俺に肩を揉ませやがったことがか?


 炊事、洗濯、雑用、掃除、その他雑用。この一週間そんなんばっかやってんだぞ? なんかあるのか? 俺らはハウスキーパーの力量(レベル)を上げてぇわけじゃねぇんだぞ? 目的が決まってなんか一致団結しました、みたいな雰囲気になったばっか! じゃねぇか!


 そんな俺の顔を見てババァが顔をしかめて溜息を吐く。


「まぁ、聞け。この屋敷には結界が張ってある。そなたらがここに来た時に張ったものだ」


「結界?」


「うむ。ゲルグよ。そなた、怒りっぽくなってはいないか?」


 怒りっぽくなってる? いつもどおりだと思うが。


「ゲルグ、一週間、なんか怒りっぽい」


 アスナがババァの足をもみほぐしながらこちらをちらりと見る。そうか? そんな怒りっぽいか?


「怒りっぽい。一週間ずっとジョーマさんに怒声浴びせてる」


「そりゃあれだ、このババァが悪い」


 いちいち人の神経を逆なでするのが上手いんだよな。このババァはよ。癪に障るんだ。衝動的にぶち殺したくなる。


「それが結界の効果だ」


 俺はババァの予想外すぎる台詞に目を点にした。怒りっぽくなる結界? はぁ? 馬鹿も休み休み言えよ。


「正確には、情緒不安定になる結界だ」


 誰も情緒不安定になってる様子なんてねぇんだがな。っていうか、情緒不安定になることと修行になんの関係があるんだよ。


「その結界がなんだってんだ?」


「わからんか? その結界の中で普段どおりに精神を鎮めて生活する。それこそが修行なのだ」


 馬鹿なのか? こいつは。馬鹿なのか? 情緒不安定になって、それを鎮めて、それで成長になるって、安直すぎんだろ。


「今安直とか思ったろう?」


「あぁ。思ったな」


「だが周りを見てみろ。怒りっぽくなっているのはゲルグ。そなただけだ」


 俺は周囲を見回す。エリナが慣れない料理に四苦八苦している。ミリアが床の拭き掃除をして、なんか爽やかな汗を流している。キースはなんだ、なんかやってるようで何もやってねぇ。


 だが、確かに今までと様子が違っているやつは一人もいなかった。ますます懐疑的になる俺をだれが責められるだろうか。


「それだけそなたの精神が、脆弱、ということだな。他の者は、結界の効果など意にも介していない。流石は魔王討伐を果たしたメンバーだ」


 ついに、ぷつり、と堪忍袋の緒が切れる音がした気がした。


「だ、か、ら! さっさと修行とやらをしやがれ!!」


「今この生活が修行だ、とそう言っている」


「ゲルグ、怒りっぽい」


 うるせぇアスナ。今大事な話をしてんだよ。ガキがしゃしゃってくんな。大声を上げ始めた俺に、エリナがしかめっ面で近寄ってくる。お嬢。お呼びじゃねぇんだよ。


「アンタ、この結界にも気づかなかったの? やっぱド低脳ねぇ」


「ド低脳って言うんじゃねぇ」


「ほら、また怒った。精神が幼稚なのよ」


 あー、うるせぇうるせぇうるせぇ。いちいち言うことが癪に障りやがる。ん? なんでこんなむしゃくしゃしてんだ? 相手はガキ、相手はガキ。だーっ、むしゃくしゃする! 俺ってこんなだったか? いや、別に成熟した立派なナイスミドルなんてキャラじゃねぇ。だが、こんなこまっけぇことでイライラしてたっけか? あ、なんかわからんくなってきた。


「徐々に強度を上げていく。そうだな、一ヶ月程度様子を見ようか」


「一ヶ月!? 一ヶ月俺はてめぇのお守りをしなきゃなんねぇのか!?」


「毎日強度は上げている。後二、三日だ。ゲルグ。そなた以外の者も辛くなってくるはずだ」


 そもそも、その結界ってのが眉唾なんだがな。本当にあんのか? そんな結界。ってか結界って何? 食えんのか? 美味いのか? 俺の顔はイライラと、疑問が混ざった面白い表情になっていただろう。そんな俺を見かねてエリナが説明を始める。


「だーかーら、ゲルグ。違和感。感じない?」


 エリナが目を三角にして、俺を睨みつける。怒りっぽいって言うなら、こいつも十二分に怒りっぽいと思うんだがな。


「違和感?」


「そ、違和感。なんかむずむずするような、もにゃもにゃするような」


 むずむず? もにゃもにゃ? その説明で何がわかるってんだ? 馬鹿か? こいつは。馬鹿なのか? こいつは天才肌なのか、基本的に説明が下手くそだ。知識をひけらかす時はわかりやすいんだがな。こと人にモノを教えるってなれば、こいつはてんで役に立たねぇ。


「ほーら。また怒ってる」


「怒ってねぇ」


「怒ってるわよ。効果覿面ね」


「だから怒ってねぇ!」


 エリナがやれやれ、と肩をすくめる。その仕草一つ一つが癪に障る。


「一旦落ち着きなさいよ。で、自分の内面に意識を向けてみなさい」


「……っ。ふーっ、……こうか?」


 俺はエリナに言われたとおり、自身の内面に意識を向ける。これがなんだってんだ? なんにもありゃしね……。あれ? 本当だ。むずむず? もにゃもにゃ? 変な感じがする。例えるなら、なんだ。背中が痒いのに手が届かねぇ時? びちゃびちゃになったブーツを長時間履かざるを得ないみたいな感じか? そんな具合のちょっとした不快感。


「わかったでしょ?」


 なんとなく分かった。あぁ、このそこはかとない違和感が、むしゃくしゃの原因だったわけか。


「なんでお前らは平気なんだ?」


「アンタよりも精神的に成熟してるからよ」


 なんでこいつは、いちいち人をイラつかせることを言いやがるんだ。っだー! またむしゃくしゃしてきた。


「ゲルグ。落ち着いて」


 アスナ、お前は良いやつだ。本当に良いやつだよ。涙がちょちょぎれらぁ。


 っていうか、一ヶ月って、そんな暇あんのか? 一ヶ月。一ヶ月。あと三週間? 俺達は国際手配されて、逃げてるんじゃなかったか? こんなのほほんとしてていいのか? あぁ、考えれば考えるほどむしゃくしゃしてきやがる。


「ま、一ヶ月耐えることだ。他の者もだ。この結界の中、平常心を保てるようになる、まずはそれが第一歩だ」







 それから三日経った。俺達は相変わらず、ババァの身の回りの世話をしている。だが、ババァの言っていたことが正しいことがよーくわかった。


 端的に言うとギスギスしてきた。これぐらいになりゃ、意識しなくてもはっきりと違和感を覚える。心がぞわぞわする。なんじゃこりゃ。


「ゲルグ! なんでアンタ出したものを出しっぱなしにすんの!? あーイライラする……」


 エリナもイライラを隠しきれていない。


「私は……、この世に存在する必要、あるのでしょうか」


 なんか、ミリアが世界の終わりを、深淵を覗いたような、そんな顔をしながら床の一点を一心不乱に拭いている。


「あぁっ! あああっ!」


 キースは相変わらずなんかしてるようで、なにもしてやがらねぇ。でも日に日に、動きが慌ただしくなっていく。ついでに、声もでけぇ。なんでてめぇは喘ぎ声をいちいち上げてんだ。


「だあぁ! むしゃくしゃする!」


 当然ながら俺も、この心をざわつかせる違和感に辟易としていた。イライラするのだ。と思えば次の瞬間には得も言われぬ不安感に襲われる。心の中は常にぐちゃぐちゃだ。


「皆、大丈夫?」


 唯一平気そうなのがアスナだ。こいつすげぇな。この違和感を一身に受けても眉一つ動かさねぇのか。流石勇者と言わざるを得ない。


「ふーっはっはっは。アスナ・グレンバッハーグ以外はこの程度だったか。まぁ良い機会だ。ぶれない心というのを身につけるが良い」


 ババァの高笑いが耳を突く。うるせぇ。あぁ、うるせぇ。


「こんなん、修行に、なるわけ、ねぇだろ!!!!!」


「ゲルグ! うるさいわよ! このロリコン! 童貞!! イカレポンチ!!!」


「うるっせぇ、エリナ! ぶち殺すぞ!」


「へー、ふーん? やってみなさいよ! アンタがあたしをぶち殺せると思ってるの!? 逆に体中に風穴開けてやるわよ! かかってきなさいよ!」


「おぉ!? やってやろうじゃねぇか! 表出やがれ!」


 こうなっちゃもう止まらない。ギスギスが爆発した。


「うるさいですねぇ……。でも、どうでもいいです。あ、死にたい」


 ミリア、お前はなんでそういう方向に突っ走ってるんだ。何がお前をそうさせる?


「あああっ! ああっ!」


 キース、てめぇはそれしか言えねぇのか。なんで常に喘ぎ声だしてんだ。殺すぞ。


「ふーっはっはっは! 実に興味深い!」


「うるせぇババァ!!!」


 もう屋敷の中は爆発寸前、ショート寸前だ。俺とエリナは一触即発。ミリアはなんかダウナーになってやがる。キースは、もはやよくわからねぇ。


 そんな俺らを一気に落ち着かせたのが、次に出てきたアスナの一言だった。


「皆、落ち着こ。大丈夫。怖くない」


 メンチ切り合ってた俺とエリナがピタリと止まる。ミリアがアスナを見上げる。キースが喘ぎ声を出すのを止める。


「怖くない」


 あ、そうか。むしゃくしゃするのはあれか。なんか怖いんだな。怖くなってるんだ。


「……ありがとう。アスナ。落ち着いたわ」


「ん。エリナ、さすが」


「アスナ様。ありがとうございます。なんか希望が湧いてきました」


「ミリアも。ん。頑張る」


「アスナ様。我を忘れていてすみません」


「キース。大丈夫」


 うん。そうなると、途端に慌てふためいて、喚き散らしていた自分が馬鹿みたいに思えてくる。そうか、怖がるな、か。


「ゲルグ。大丈夫?」


「……あぁ、ありがとよ」


 落ち着いた。なんかよくわからんが落ち着きやがった。


 っぱアスナはアスナか。こいつが真ん中だ。


「ふーっはっはっは。アスナ・グレンバッハーグよ。素晴らしいリーダーシップだ。よし、もっと強度を上げよう」


 やめろ、ババァ。これ以上御免なんだよ。


 そんな俺の心の叫びも虚しく、次の日からさらに違和感が増していくのであった。俺達のむしゃくしゃは終わらない。ここからだ!


 いや、マジでやめろ。

はい、第一部も終わり、第二部の始まり始まりです。

第一部の序盤は、ババァことジョーマ様の修行の話になります。

友情、努力、勝利!!

好きです。


第一部のサブタイトルはゲルグの台詞の引用でしたが、

第二部はミリアの台詞の引用になる予定です。


しゅじんこうほせ(略)


読んでくださった方、ブックマークと評価、いいね、そしてよければご感想等をお願いします。

とーっても励みになります。嬉しくて大体死にます。


評価は下から。星をポチッと。星五つで!五つでお願いいたします(違)

やっぱり死にます!


既にブックマークや評価してくださっている方。心の底から感謝申し上げます。

誠にありがとうございます。

死にます!!!

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