第十四話:メティアから伝言だ、『頑張れ』ってよ
光が収まる。
アスナの荒い息遣いが聞こえる。
や……ったか? なら、なんで俺はまだ平気なんだ? いや、メティアが死んですぐに俺も死ぬとは聞いてねぇ。
だが……。
メティアの顔をよくよく見る。
舌打ちを一つ。浅かった。
今までの慈愛に満ちていた眼差しが嘘のように、苦悶の表情を浮かべながらもがき苦しむ元精霊の姿が目に映った。
「アスナっ! お前っ!」
「ち……ちがっ」
躊躇しやがったのか?
いや、んなことはどうだって良い。
どうにかしねぇと、全員お陀仏だ。
「ミリアっ!」
「えっ!? は、はいっ!」
「護りの魔法だっ!」
「わっわかりましたっ!」
俺の言葉にハッとしたような答えを返し、ミリアが詠唱を始める。
「エリナっ!」
「ッッ! 納得なんてしてないけど、わかってるわよっ!」
エリナが杖を構えながら下がり、そして詠唱する。
「キース!」
「委細承知している!」
キースが剣を抜く音が耳朶を打つ。
今はまだただただ苦しんでいるメティアを睨みつける。
あいつが苦しみ終わった時。神だとか精霊だとかの全力が来る。
それまでに。
「範囲物理守護!」
まずは物理防御。ミリアの詠唱は続く。
「範囲魔力保護!」
次に魔法防御。
「全能力向上! アスナっ! 受け取って!」
エリナの能力向上魔法。
これで、準備は整った。
後は俺だ。
「財の精霊、メルクリウスに乞い願わん――」
なんとかする。
「――かの者が行使した力を我にもまた与えたもれ」
ゲティアの時と同じ要領だ。
俺は身体は人間だが、その本質は精霊。
であればこそ、精霊という存在であれば、魔力を操ることによって。
「模倣」
模倣できる。
身体の作りが変わっていくのを感じる。
人間のものではない、何かへ。
実体を持たない、何かへ。
「……ぐっ!?」
模倣が完成した。同時に、圧倒的にも感じる力の奔流と、それ自体が持つ意思に身体全体が支配されそうになる。
――全然楽しくない。
これは……。
――全然楽しくない。
あいつの。
――飽きてしまった。
ゲティアの力。
――飽きてしまった。
そして、その意思。
意識が飛ぶ。
「僕は、ゲティアという名前にしよう。そうなると君はメティア、かな?」
「私は……メティア?」
どこだ? ここは。自分の身体がない。
何か不可思議な映像を直接脳に流し込まれているような、そんな感じだ。
「作った時に、僕のあらかたの記憶は知識として定着させたはずだけど……。テスト、テスト。さぁ、メティア。『人間』はわかる?」
「はい、わかります。二足歩行をする、知的生命体です」
「うん。大丈夫そうだね」
話している二人は。ゲティアと、メティアか。
「さて、メティア? 仕事を与える。君は人間にとって都合の良い『精霊』になりなさい」
「はい、人間にとって都合の良い精霊になります」
さっきまで相対していたメティアと違って、無機質な表情と声。
ってか、これいつだ?
「うん。上手上手。君は人間に『魔法』と『加護』という奇跡を与えなさい。良いね?」
「はい。人間に魔法と加護という奇跡を与えます」
「そうそう」
そう言ってから、ゲティアがため息を吐いた。
「僕はこういう存在だ。自分で創ったはずのあいつらになーんの愛着も持てない。愛着持ったら持ったで、大変なんだろうけどね?」
その独白にメティアが無機質ながらも少しだけ不思議そうな顔をした。
「そこばっかりはどうにもできないんだ。神様になるって決めたのにね。駄目だよねぇ」
ゲティアが少しばかり肩を竦めた。
「だから、君は、僕とは正反対に作った……はずだ。人間を愛して、助けて、救って、見守って、えーっと、それからそれから」
「はい。ゲティア。私の使命は既にインプットされています」
その言葉にゲティアがクスクスと笑う。
「これはそういうんじゃない。ただの確認作業。……でもないな。僕の僅かばかりの感傷、になるのかな?」
「理解できません」
「まぁ、作りたてだしね。ま、とにかく」
ゲティアがにっこりと笑った。そんな表情するなんて、俺の奴に対するイメージからはかけ離れている。
「僕が創った人間を、僕の分まで君が愛してあげてくれ」
「はい、わかりました」
鼻歌でも出そうな程ににこやかなゲティアが満足そうだ。
「人間は君が守ってくれ」
「はい」
「例え僕が退屈に狂ってしまったとしても、君が止めるんだよ? いいね」
「はい」
「大丈夫。僕ら同士が争っても、お互いを滅ぼすことなんてできない。その時は君のあらん限りの力を使って、なんとかするんだ」
「はい。承知しました。ゲティア」
なんだ、今の光景は。
いや、気にしてる場合だ。
身体が精霊のものになるのを感じる。自分のものでは無い力や、意思の濁流に振り回されそうになるのをなんとか抑え込む。
それと同時に、メティアが感情を読み取らせない眼差しで俺を睨みつけて来た。
正気を失っていやがるにも関わらず、俺を一番の敵だなんてきっちり認識しているらしい。
今までの経験。
イズミの技術。
そして、メティアの存在。
それらを模倣した俺は、確かにバケモノになりかけてる、目の前の精霊サマにとっちゃ天敵だろう。
「ア――アアアアアア」
狂ったように叫びながら、俺に向かってその細い腕を振るう。
どでかい衝撃が身体を揺らす。
痛い。
ただの人間なら死んでるんだろうな。
「ゲルグッ!?」
アスナの悲鳴が横合いから聞こえる。
ちらりとそちらを振り向いて、大丈夫だ、とでも言うように少し笑う。
「てめぇはっ!」
腕を振りかぶって真横に跳ぶ。
目標はメティア。世界の守護者。
そして今は、テラガルドをゆっくりと滅びに向かわせる、途轍も無い存在。
「殺される為にっ! 俺達を呼んだんだろうがっ!」
肉薄。
ぶん殴る。
「アッ――アアアアアアア」
奴が、めちゃくちゃに腕を振り回して俺を打擲する。
痛い。
「ゲルグッッ!」
誰の悲鳴だ? エリナか? ミリアか? キースか? 少なくともアスナではねぇ。
気を散らすな。今は、メティアに集中しろ。
「だったらっ!」
ぶん殴る。
「大人しくっ!」
ぶん殴る。
「殺されとけっ!」
ぶん殴る。
声にもならないつんざくような悲鳴を上げながら、奴が怯んだ。
まだだ。もうちょい弱らせねぇと。
かつてゲティアとメティアが争ったという。「戦争だった」みたいなことをゲティアは言っていた。
神と精霊が争った時、どちらも生き残るなんてことがあり得るのだろうか。
それはあまり考えられない。
実力が拮抗している者同士が争えば、どちらかが死に、どちらかが生き残る。
それが一番わかり易い結末だ。
だが、そうはならなかった。
さっき見た不思議な光景。きっとそれは本当にあった光景なのだろう。
ゲティアは言っていた。
――僕ら同士が争っても、お互いを滅ぼすことなんてできない。
俺がいくらぶん殴っても、きっとこいつは殺せない。
だからこそ、神薙の剣があるんだ。なんとなくそう思った。
きっと、全部、ずっと前から。
目の前の精霊サマはこうなるだろうことを予測してたんだろう。
だからこそ、ゲティアを、自らすらも滅ぼせる剣を現し世に創り出した。
なぁ、そうなんだろ?
「もう、てめぇはお役御免だ!」
ぶん殴る。
ババァのことを思い出す。
「人間はもう大丈夫だ!」
ぶん殴る。
今まで出会った奴らを思い出す。
「フランチェスカがいるっ!」
ぶん殴る。
あいつなら、世界平和なんてとんでもねぇ目標をちゃんと達成してくれんだろ。
「アナスタシアがいるっ! フィリップもいるっ!」
ぶん殴る。
あいつなら、フランチェスカやらエリナと協力して、上手いこと色々丸く収めんだろ。
「エリナが、キースがいるっ!」
ぶん殴る。
エリナなら、アリスタードだけじゃなく、仲良しこよししながら、なんとかやってくんだろ。そんでもって、キースはそれをなんだかんだずっと支えていくんだろう。
「ミリアがいるっ!」
ぶん殴る。
ミリアなら、フランチェスカと連絡を取り合って、なーんか上手いことやってくんだろ。
「そんでもって、アスナがっ! かつて勇者なんて呼ばれた英雄がっ! テラガルドにはいるっ!」
ぶん殴る。
アスナは、どうなるんだろうなぁ。
でも、あいつのことだ。きっと大勢の人間がアスナに協力してくれるんだろう。
人間同士を繋げていく。真っ直ぐな眼差しと、真摯で温かい人柄を以てなんとかしちまう。
きっとそれが、「アスナが勇者である所以」なんだろうよ。強さでも、太陽の加護でも、ましてメティアに選ばれたからでもなんでもねぇ。
そんでもってそれはあいつが「勇者」だから、そうなったんじゃねぇ。
アスナがアスナだからだ。
「さっさとっ! くたばれっ!」
ぶん殴る。
ようやく低い唸り声を上げて、メティアが押し黙った。
ここだ。
今、このタイミングだ。
「アスナっ!」
メティアを睨みつけたまんま。アスナの名前を呼ぶ。
「……ん」
静かにアスナが応えた。
「俺ごと、メティアを殺せっ!」
「……わか……った」
早くしろ。
躊躇してる場合だ。
「アスナっ!」
エリナの叫び声が鼓膜を震わせる。
「アスナの気持ちもわかるっ! でもっ! もうっ!」
「ん。エリナ、わかってる」
わかってんならそれで良いよ。
「アスナ様っ!」
次いでミリアが叫んでいる。
「私だって、納得できていませんっ! ですが彼のっ! 彼の奮闘を、犠牲をっ! 無かったことにしてはなりませんっ!」
「ん。ミリア」
俺の奮闘? 犠牲? 自分の身体をちらりと見る。
あぁ、なーんか身体が痛い痛いと思ってたら、身体に亀裂が入りまくってんじゃねぇか。
ゲティアの時はなんとも無かったんだがなぁ。
今と違うところ。それはメティアの力、ゲティアの力。その両方を模倣してるってことだ。
器に対して力がでかすぎんのか。
でもまぁ、いいや。
「アスナ様っ!」
キースが野太い叫び声を上げる。
「ゲルグのっ! その覚悟をっ! 男の覚悟をっ! 認めてやってくださいっ!」
「ん。キース。わかってる。わかってるから」
脳筋め。
てめぇとは一生わかりあえそうにねぇよ。だが、あんがとよ。
「……ごめんね。ゲルグ」
「謝られる筋合いがねぇ」
アスナが跳躍する気配を感じた。
「ああああああああああああ」
神薙の剣。そこから迸る、神を、精霊を、消し去る。その流れが、うねるのを感じた。
そして横薙ぎの剣閃が、俺ごとメティアを両断した。
痛みは無い。
なんだか晴れやかな気分ですらある。
てめぇもそうだろ?
メティアの顔を見る。
「……人間は、神を、精霊を超えました」
いつのまにか正気を取り戻してやがる。
「憧憬の精霊。ありがとうございます」
「うるせぇよ。さっさと消えちまえ」
「そうですね」
メティアの身体が薄くなっていく。
その存在感すらも。
「私が消えれば、やがて私から産み出された精霊も消えていきます。タイムラグがありますが。そのタイムラグがどれくらいなのかはわかりません」
何を言ってる?
「そして貴方も例外ではありません。別れは、ちゃんと済ませておくのですよ」
あぁ、そういうことか。
「てめぇに言われなくても、そうするさ」
「そうですか。私の愛しい憧憬の精霊。貴方には過酷な使命を与えてしまいましたね」
「今更かよ」
「最後に、ちゃんと謝りたいと思っていたのです。申し訳ございません」
っるせぇよ。
謝ってすみゃ、公僕は要らねぇんだよ。
でもまぁ。
物語の結末としちゃ、ケツの収まりが良いんじゃねぇのか?
「じゃあな。精霊メティア」
あと数秒ほどでこいつは消えるんだろう。
小さく別れの言葉を告げた。
「人間たちに、言伝を願えますか?」
「あん?」
「『神も精霊も居ない世界。何者からの庇護も受けられない世界。それは苦しいものになります。でも、貴方達なら大丈夫』、と。そう伝えて下さい」
「俺に頼むのかよ。俺も上半身と下半身が千切れてんだけどな」
「大丈夫。それくらいの時間は残っていますよ。わかりませんがこれだけは確実です」
「あぁ、そうかよ」
「では」
そう告げて、精霊メティアは霧散する。
模倣する相手がいなくなった。
つまるところ、俺は元の存在に戻る。
下半身の感覚がねぇ。だが痛くはねぇ。
「ゲルグっ!」
アスナが俺の元に駆け寄ってきた。
エリナ、ミリア、キースも少しだけ遅れて。
俺のもとに集まる。
あーあーあー。お前ら。
揃いも揃ってよぉ。
「泣くんじゃねぇよ」
「……だ、だって」
アスナがしゃくりあげる。
「げ、ゲルグ……」
ミリアが肩を震わせながら俺の頬を撫ぜる。
「……こんな……後味が悪い終わり方って……」
エリナが唇を噛む。
「悪党ッッ!」
キース。お前が泣いてもただ暑苦しいだけだから辞めろ。
「メティアから伝言だ」
四人の真っ赤な目が俺を見る。
「『頑張れ』ってよ」
色々と端折ったが、まぁつまるところこういうことだろ。
物語も後僅かなので、ちょっと投稿ペースを早めます。
ついに決着が着きました。
次回は5月30日(火)に更新予定です。
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