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閑話:アスナ・グレンバッハーグ

アスナ視点の閑話です。

読まなくても物語的には支障はありません。

「メティア聖公国より、お告げがあった。そなたが勇者だということだ。仲間と支度金。そして装備を授ける。魔王を倒して参れ」


 国王陛下の言葉。忘れもしない、一年前。私の人生はガラリと変わった。


 課せられた使命に重圧を感じはするけど、でもそれ以上に私が誰かを救うことができる。その事実に心が踊った。


 小さい頃から、何でも出来た。かけっこは誰よりも早かったし、男の子にだって力は負けなかった。なんで私はこんなに何でもできるんだろう、なんて思ったりもした。


 でも全てはこのためだったんだ、って思った。「魔王」を倒す。私が「勇者」。勇気ある者なんて、大それた肩書は分不相応にも思えたけど、それでも困ってる人たちを救いたいって気持ちが勝った。


 旅に付いてくることになったのは、キースっていう名前の騎士さんと、ミリアっていう名前のシスターさん。手短に自己紹介を終わらせて、母さんに陛下から呼び出された理由を報告した。母さんには大反対されたけど、なんとかなだめすかして、色々支度して、それですぐに王都を出た。


 王都を出る直前、エリナがやってきて、「付いていく」なんて言い始めたから、すっごく焦った。騎士さんが何言っても無駄だった。シスターさんが何言っても無駄だった。当然私の言葉もエリナには届かなかった。心配だった。友達が付いてくるってことが。友達をどこかで失ってしまうんじゃないかって、すごい心配だった。


 でも、そんな心配は不要なんだなって、ちょっと経ってから理解した。エリナは「なんで使えるの?」ってぐらい魔法をたくさん使えた。魔物となんて戦ったことのない私よりも魔物を倒してた。


 王都を出て、リーベを経由して、転移の洞窟からアリスタード大陸を出る。大体二週間。そして、そこから私達の旅は始まった。


 皆とちょっとずつ仲良くなって、信頼し合って。それから、魔物を倒すのにも、その怖さにも抵抗がなくなって。私も強くなって。世界中を旅して。


 そして、テラガルドの最北。北極っていうらしいんだけど、そこにある「死の大陸」にようやくたどり着いた。一年。長かった。


 魔王の城には、とんでもなくたくさんの魔物と魔族がひしめき合っていて、キースもミリアもエリナも顔を青くした。私もちょっとだけ怖かった。けど、私が怖がったら、皆もっと怖がる。表に出しちゃいけない。表に出せない。


 旅の途中、魔物に、魔族に苦しめられてる人たちをたくさん見た。アリスタードは平和だったんだなって、痛感した。


 魔王の軍勢に滅ぼされた村を見た。魔王の軍勢に攻められている国を見た。


 何もかもを助けたい。救いたい。平和な世界にしてあげたい。そう思った。


 だから、私が怖がっちゃダメ。


「行こ。大丈夫。怖くない」


 エリナの顔が、キースの顔が、ミリアの顔が、ちょっとだけ勇気を得た、そんな表情になる。うん、皆やっぱり凄い。私はまだ怖い。でもやっぱりそれは表に出しちゃいけない。


 押し寄せてくる魔物を、魔族を、キースが、エリナが、思い思いに食い止める。ミリアが私達をフォローするように神聖魔法で能力を上げてくれる。


 それでも、数の暴力は圧倒的だった。魔王のところまでたどり着けない。そんな風に考えてしまった。その時だった。


「行って! アスナ! ここは私達がなんとかするから!」


 エリナ……。


「アスナ様! 行って下さい! このキース、どんな魔物にも魔族にもやられはしません!」


 キース……。


「貴方は! 伝説になるお方です! 行って下さい! アスナ様!」


 ミリア……。


 少しだけためらう。本当に皆をここに置き去りにしていいものか。でも、皆不退転の決意を以って、私を前に進めようとしてくれている。だったら答えは一つしかない。


「わかった。皆、無事で」


 私は駆け抜ける。立ちはだかる魔物を、魔族を、剣で、魔法で薙ぎ払って。


 魔王城の最奥。謁見室? そこにそいつは居た。


「勇者、か。そろそろ来る頃だと思っていた。さ、殺し合おう」


 酷く寂しげな顔をしているな、と思った。


 一時間ほど。多分時間にしては。でも私にはそれが数秒にも感じられたし、数日にも感じられた。


 なんだかんだで決着は着いた。なんだか違和感があった気がするけど、兎にも角にも決着が着いた。喜ばしいことだ、そう思った。


「……勇者よ。私の最後の言葉を聞いてくれるか?」


「何?」


「魔王とは、勇者とは、一体なんなのであろうな……」


「知らない。考えたこともない」


「……そうか、考えたこともない、か。そなたこそ、(まこと)の勇者。また相まみえるのを、楽しみ、に……」


 魔王が息絶えた。終わったんだ。これで全部。


 私は魔王が居た謁見室から、バルコニーに出て、大声で叫んだ。


「魔王は! 私が! 勇者アスナ・グレンバッハーグが打倒した! これ以上の血を私は望まない! 人間に害為すのなら、私が相手になる! それ以外の者は投降しなさい!」







 全てを終えた私達は、夜明けを待ってから転移魔法(リーピング)を使って、始まりの国、故郷、アリスタード王国に戻ってきた。


 国王陛下に謁見する。報告が必要だ。


「勇者、アスナ・グレンバッハーグよ。そなたの働き、実に見事であった。その仲間達もまた、見事であった。……エリナよ。心配したぞ。もう、旅に出ることはないな?」


「えぇ、お父様。世界は平和になりました。魔王がいなくなったのですから」


「安心した。さて、今宵は宴の用意をしてある。存分に楽しんでいってくれ」


 パーティーは楽しかった。食べたことのない美味しい食事。飲んだことのない美味しい飲み物。お酒は飲めないから遠慮したけど、キースもミリアもお酒を飲んで、幸せそうに笑っていた。


 あぁ、私は、こんな世界を作りたかったんだ。改めてそう実感した。


「して、勇者よ。ちと、話したいことがあるのだが、こちらへ来てくれぬか?」


 私が美味しい料理に舌鼓を打っていると、国王陛下が話があるのだと近寄ってきた。妙に小声で話す様子がちょっとだけ気になったけど、それでも付いていくことに決めた。


 馬鹿だった。今思えば。


 私は国王陛下の寝室に通された。国王陛下と二人で、だ。女の子として、男性と寝室で二人きりという状況に、なんだか怖さを感じはしたが、それでもエリナのお父様だ。変なことになるはずがない。


「さて、勇者、アスナ・グレンバッハーグよ」


「はい」


「余はそなたの力を高く買っている。どうか余の為に働いてはくれないか?」


「……仰っておられる意味がわかりません」


「このアリスタード王国における軍の最高指揮官としての地位を与えたい。そして、余の手足となり、動いてはくれないだろうか」


 最高指揮官? なにそれ? 私はよくわからなくなった。


「陛下。なにを仰っておられるのか理解できませんし、私には過分な職分だと思われます」


「そなたのその力があれば、どのような敵も打倒できる。余の為に働いてはくれないだろうか?」


 ちょっとぼんやりしてる自覚がある私でも見えてきた。分かってきた。王様は、私に軍を指揮して、戦争の最前線に立って、今度は人間を相手に戦え、と言っているのだ、と。


「申し訳ございませんが、私には過分な地位にございます。ご容赦ください」


「……そうか。残念だ……」


 王様がそう言ってから、その表情を酷く邪悪なものに変えた。


「者共! こやつをひっとらえよ! この者はあろうことか、アリスタード国王である余を害そうとした!」


 意味がわからなかった。頭はぐちゃぐちゃだった。


 騒ぎを聞きつけて、王宮中の兵士さん達が集まってきた。


「陛下? 何を仰っているのか……」


「黙れ! この逆賊め! 魔王を打倒したら次はこのアリスタードを打倒するというのか! 捕らえよ! 捕らえよ!」


 ざわついていた兵士さん達も、状況をよく飲み込めていないようだった。だけど次第に、要領を得たような顔になっていく。じりじりと私を取り囲む。


 騒ぎを聞きつけた、キースが、エリナが、ミリアが走ってやってきた。


「お父様!? これは一体!?」


「おぉ、エリナや。この逆賊が、余を殺そうとしたのだ」


「は? え? アスナがそんなことするはず」


 エリナが混乱している。混乱するに決まってる。


 でも混乱していない人もいた。キースだ。ミリアだ。


「アスナ様! お逃げ下さい!」


「キース……?」


「ここは私達にまかせて! 早く!」


「ミリア……?」


「ええい! ひっ捕らえよ!」


 王様がヒステリックに叫ぶ。邪悪そのものにしか見えない表情で。この人、こんな人だったっけ? もうよくわからない。


「私、は……!」


 叫ぶ。


「私は! 守るべき人を傷つけたくない! 人間を傷つけたくない!」


「よくぞ仰っしゃいました! 今はお逃げ下さい!」


 キースが、兵士さん達を食い止める。


「逃げて下さい! アスナ様!」


 ミリアがキースに支援魔法をかける。


「嫌……」


「アスナ! 兎に角今は逃げなさい!」


 エリナが状況を飲み込めていないままに叫ぶ。


 嫌だ。嫌だよ。皆を置いていけない。私は「勇者」じゃなかったの?


「逃げて!」


 キースが、ミリアが、エリナが声を揃えて叫ぶ。


 私は、その言葉に押されるように、その場から逃げ出した。


 途中にあった侍女のドレスアップルームに入って、木綿のマントを拝借した。それを着込んで兎に角逃げる。


 逃げる。なんで逃げてるんだっけ? よくわからない。でも逃げなきゃ。キースが、ミリアが、エリナが、「逃げろ」って言った。だから逃げなきゃ。


 王宮を飛び出して、裏路地に入って、兎に角逃げる。王都のどの辺りを走っているのかもよくわからない。


 曲がり角。ぐちゃぐちゃに動いて、捕まらないようにしないと。その丁字路を私は左に曲がることに決めた。


 そこで私はぶつかった。これから私にいろんなことを教えてくれる人に。


「おい、ガキ。よそ見しながら歩いてんじゃねぇよ」


 涙が出そうになった。とっさに「助けて!」って言いそうになった。でも、そんなこと言っちゃいけない。この人を巻き込んじゃいけない。そう思った。


 でも、なんだかよくわからないうちに、私は目の前の、ボサボサ頭で、ちょっと人相が悪くて、それでもなんだかものすごく優しい目をした男の人に手を掴まれて引っ張り回されていた。


 そこから先はよく覚えていない。よくわからないままに、その男の人の「ねぐら」とか言う場所に連れて行かれた。


「で?」


「……はい」


「何しやがったんだ?」


 私は何もやってない。心当たりがない。よくわからない。


「……何も」


「何もだぁ? こちとらお前に付き合わされて、一歩間違えりゃゲームオーバーだったんだぞ? 本当のことを喋れ」


「なにもやってない!」


 思わず大声になる。本当に何もやってない。その大声に、男の人が舌打ちをする。


「静かにしやがれ。防音までは気を使ってねぇんだ」


「あ、ご、ごめんなさい」


 そこから先はあんまり思い出したくない。顔を見られて、ついでに裸も見られた。凄く恥ずかしかった。


 男の人は「ゲルグ」って名前らしい。悪役みたいだなって言ったら、すっごく不機嫌そうになったから、思わず笑ってしまった。こんな状況で笑わせてくれるこのゲルグって人、すごく優しい人なんだな、って思った。


 その後は、ゲルグの独壇場だった。私一人じゃなんもできなかった。


 何もかも解決してくれた。


 私は、その数日間のことを生涯忘れないだろう。






「ジョーマさんと何話してたの?」


 不意に口を突いてでた言葉に自分でも驚く。なんだろう。この感情。もやもやする。


 ジョーマさんは凄く綺麗な人だった。ゲルグは百歳を超えてるなんて言ってたし、テラガルドの魔女の話は私も聞いたことがある。でも信じられない。あんな綺麗な人が百歳超え。信じられない。


 それで、その綺麗な人と、ゲルグが二人でなんか話してた。その事実に何故かもやもやする。


「他愛のない話だよ。今まで何やってたとか、そういうくだらねぇ話だ」


 そんなゲルグの答えに私はほっぺを膨らませる。こんな顔他人に見せるの初めてだ。いつぶりだろう。多分小さい頃に母さんにしてから、それからしたことない。


「なんつー顔してんだよ」


「だって、ジョーマさんは私の知らないゲルグを知ってる」


 ジョーマさんとゲルグは気の置けない間柄みたいだった。きっと二人の間で私の知らない信頼関係があるんだと思う。それが凄くもやもやする。


「あのなぁ。俺とお前が知り合って何日だよ」


「大体二週間位?」


 でも、この二週間は、魔王を倒すために世界中を旅した一年よりも濃い。そんな自信がある。


 ゲルグが私の頭に手を伸ばす。温かい手。私を撫でてくれる手。気持ちいい手。思わず目を細める。


「くっだらねぇこと考えてんじゃねぇよ」


 ゲルグにとっては下らないことなんだ。ちょっとだけ落胆する。なんで落胆してるんだっけ? わからない。


「むぅ。下らなくない。大事」


 口から出てくる言葉は、私自身にも制御が効かない。なんでこんなこと言っちゃったんだろう。ゲルグと会ってから、そんなことがどんどん増えていく。


「これからなんだって知っていく。俺はお前に付いてくってそう決めたんだよ」


 そんなゲルグの言葉に、私はすっかり安心してしまう。この人は、私を守ってくれる。そんな根拠のない期待。


「ん」


 頭をグリグリと撫でつけられる。ちょっと乱暴だけど、それでも優しいその手が私は大好きだ。


「もっと」


 ほら、また心にもないことを言ってしまう。なんなんだろう。


「あん?」


「もっと撫でて」


 でもいいか。もっと撫でてほしいのは本当。「撫でて」なんて言ったら、ゲルグの迷惑にならないかな、ってそれが心配で絶対言わないって決めてたんだけどな。


「……それで満足するなら、死ぬほど撫で回してやるよ」


 ぐりぐりー、って撫でられる。この手。安心する。ゴツゴツしてて、お世辞にも綺麗な手とは言えない。でも、それでも温かくて、優しくて、守ってくれるんだって、そう実感させてくれる手。


 なんなんだろう。この感情。ゲルグといると、もやもやしたり、安心したり、裏腹になったり、わくわくしたりする。今まで無かった。こんな感情知らない。


 そもそも、他の人に「守ってもらえる」って思ったことがない。嘘。エリナにはちょっとだけ思ったことがある。でも、それは友達だから。男の人に「守ってもらえる」って感じたことは無い。私には「父親」はいなかったけど、きっといたならこんな感じだったのかな? お父さんって。


 そう、ゲルグはきっと私を守ってくれる。ずうっと守らなきゃって思ってた。なにもかも。でも、そんな私にも「守って欲しい」って思える人ができたんだよ。母さん。


 それだけで私は嬉しくて嬉しくて、笑顔になってしまう。


 優しい気持ちになる。


 これからどんな苦しいことがあっても、辛いことがあっても、ゲルグがいたら、多分私は「勇者」のままで居られる。


 あ、そうか。ちょっとだけわかった。これって。「大好き」って気持ち、なのかもしれない。でもどんな「大好き」なんだろう。わかんないな。エリナも、ミリアも、キースも大好き。でもゲルグの「大好き」とは、ちょっと違う気がする。お父さん? お父さんに対する大好きってこんな感じなのかな?


 いつの間にか起きたエリナがゲルグを睨みつける。ゲルグが慌てる。「俺はロリコンじゃねぇ」って必死に言い訳してる。ロリコンってなんなんだろ。ゲルグ何回も言ってるけど。よくわかんないな。


 でも、ゲルグとエリナの言い争う様子がおかしくて、なんとなく私は笑ってしまうのだった。

はい、アスナ視点でゲルグがどう見えていたのか、みたいなお話でした。

また、ゲルグと出会う前、アスナがなんで逃げていたのか、

ちょっとだけわかりましたね。


主人公補正!アスナの!!(もうこれから絶対これ書こう)


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― 新着の感想 ―
[良い点] 甘酸っぱいですね… [気になる点] しかしジョーマさん、いい人じゃん、なんでそんなに扱いがぞんざいなの。
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