第十二話:もうそんな時間かぁ。そろそろ無駄話も終いってことか
「ゲティアの計画に気づいた時、私はそれを阻止する方法を考えました」
メティアがゆっくりと語り出す。どれくらい前の話なのかわからない、きっと俺達にとっちゃ遥か昔の話を。
「ですが、図らずも数千年何もせずに力を蓄えていた彼と、ずっと貴方達に奇跡を与え続け、見守り続けていた私。直接ぶつかればどちらが勝利するのかは明白です。精霊達を従えても、彼を止められる見込みはありません」
尤もらしく聞こえはする。
「おい」
「なんですか? ゲルグ」
「てめぇで勝てねぇなら、俺達が勝てる可能性なんざ限りなくゼロに近いだろうがよ」
俺の言葉にメティアがにこりと微笑む。
「仰るとおりです。ですが、そもそもが彼と私が直接争うことは避けなければならなかったのです」
「そりゃなんでだよ」
「上位領域での争いは少なからず現し世に影響すること。全ての精霊を結集しなければならず、その間貴方達人間に魔法という奇跡を与えられなくなってしまうこと。そして、争いは長期化し、『勇者』と『魔王』の仕組みを中断せざるを得ないこと。それが大きな理由です」
最初はともかくだ。
魔法を与えられない。勇者と魔王の仕組みを中断せざるを得ない。
どっちも、さっき言っていたことと少しばかりの矛盾がある。
「人間を信じてるんじゃねぇのか?」
「信じています。ですが、突然私達が消えた時、貴方達がどれだけ混乱するかなど、容易に想像がつきました」
確かに。そりゃそうだろう。
「貴方達人間が、自らの意思で私達を消し去る。そのような流れにする必要があったのです」
「ならなかった時はどうすんだよ」
「そうはなりません。そう信じていました。ゲルグ。その為の貴方です」
それが、俺の役目……か。
「貴方は私の望み通り、良くやってくれました。勇者、アスナ・グレンバッハーグと出会い、共に旅をし、そして貴方達人間の有力者と交流し、神を、精霊を滅する。そのように意思決定させてきました」
これだ。
ずっと気持ち悪かった。
何度だって考える。俺は自分の意思で、自分の力で、選択し、掴み取ってきた。
自分の力足らずで取りこぼしたモンも当然ありまくる。
それらが、全部が。目の前の精霊とやらによって操られていた?
俺の自由意志でさえも?
死んでいったあいつらも?
口を噤む。
「最終的には、私を信仰する宗教のトップまで説得し、私達が消えてしまうことを納得させました。本当によくやってくださいましたね」
メティアが俺に向かってにこやかに微笑む。
その笑顔に僅かな怖気が走る。
「懸念点は幾つもありました。ゲルグが導く勇者とその仲間達が、ゲティアを倒せずに力尽きてしまう可能性です。ですが、ゲティアの性質を考えた時、その可能性が低いことも理解していました」
どういうことだよ。
「彼も自身の作り出した作品に愛着を抱いていたのですよ。彼なりに。酷く歪んでしまっていましたが。なので世界を滅ぼすという計画も、亀のように遅い歩みでした」
少しばかり苦い笑いをメティアが浮かべた。
「やろうと思えばもっと早く計画を進めることができたはずです。私が気づく、それよりも早いスピードで。それでも貴方達を愛していたのです。自ら作り出した存在です。神と呼ばれる存在であろうと、精霊と呼ばれる存在であろうと、それは同じだったのかもしれませんね」
「彼ももう消えてしまいましたが……」、とメティアが悲しげに呟いた。
「であればこそ、貴方達人間が自ら彼を滅ぼす。彼は決して本気を出しはしない。彼が貴方達人間に向けたものは非常に複雑でしたが、愛情があることは確かでした」
あいつが、俺達を愛していた? 馬鹿言うんじゃねぇよ。
「結果として、貴方達はゲティアを討ち滅ぼし、そして今私の目の前に立っているのです」
「俺達が殺せなかったらどうするつもりだったんだよ」
「ゲルグ。全ては発散し収束します。そのことを理解できないよう、私は貴方を作りました。数々の可能性の中から、世界は今この帰結を選んだのです。これは私達神や精霊にも操作できないものです」
理解できないように作ったってかよ。そりゃ、意味がわからねぇよ。
「ゲティアに滅ぼされる世界も存在しました。アスナ・グレンバッハーグ。貴方が魔王ユリウスに殺されてしまう世界も存在しました。私達はそれらを観測し、少しばかり力学を働かせることしかできません。ですが、複雑に絡み合う様々な可能性を内包し外包した世界が、世界自体が結果的にこの結末を選びました」
マジで何言ってんのかわからねぇ。
つまりそりゃ。予定調和ってことと何が違う?
不快感に胸が押しつぶされそうだ。
そんな俺の隣で、アスナが焦燥に満ちたような声を発する。
「前置きは良い。ゲルグは……。何なの?」
「彼自身が言っていたではありませんか。ゲルグは。精霊です」
「せい……れい?」
「はい。私の一部を切り取り、作り上げた、大精霊。その一柱。それが彼です」
「でもっ! ゲルグはっ!」
アスナが叫ぶ。
「人間とそっくりになるように作りました。しかし、彼の本質は精霊です」
「そん……な」
メティアの言葉に、アスナががっくりと項垂れた。
続けて、震える声でミリアが問いかける。
「では……精霊メティア。貴方を倒したら、ゲルグは」
「大精霊や小精霊と同じです。消えます」
ミリアが絶句する。何も言えなくなってしまったようだ。
「ゲルグ」
メティアが俺を見る。
「私が貴方に与えた精霊としての名前は憧憬の精霊」
憧憬の精霊、だと?
「そう。貴方に与えた役割は、アスナ・グレンバッハーグという勇者に憧れ、護り、そして導いていくこと。他者から物を盗み取る。それも『憧れ』に根ざしたものだと言えなくもありません。人間という存在の負の一面を良く知っている貴方だからこそ、勇者という輝かしい存在に強く憧れた側面もあるでしょう」
「無論、私がそうなるように具体的な何かをしたわけではありませんが」、とメティアが付け足した。
「ゲルグ。貴方は本当によくやってくれました。貴方を生み出した存在としてここまで誇らしいことはありません」
俺はもう何も言えない。
気持ちが悪くて仕方がない。
自分が精霊みたいなもんだってのは、理解もしたし納得もした。素直に受け入れることもできた。
だが、やっぱり考えてしまう。
俺が今まで生きてきた三十と余年は、なんだったのだろうか。
「私はゲティアの企てを知り、長い時をかけ、私の中の『憧れ』を集めて切り取り、少年の姿をした貴方を現し世に産み落としました。私達の、精霊の感覚で言えば、ついさっきの出来事です」
……ってこたぁ、そもそも俺は三十年ちょっとも生きちゃいねぇのか。
ガキの頃の記憶が無いのも納得だ。
もうある程度成長した状態で、テラガルドに発生したんだからな。
あー、なんっつーか。
全部が線でつながった、そんな感じだよ。
「じゃあ、ゲルグは……」
「はい、アスナ・グレンバッハーグ」
「ゲルグはっ! そのためだけにっ! 生まれてきたっていうの!?」
アスナが震えた声で叫ぶ。
「そうです。憧憬の精霊は、貴方達を導き、ゲティア、そして私メティアの前まで貴方達を連れてくる。そのために創り上げた存在です」
「そんなことって……」
「事実、彼がいなければ、貴方達は魔王ユリウスを倒して、それで満足していたでしょう。上位領域まで至ることはできなかったはずです。彼がいなければ上位領域への扉は開かない。勿論それも要因の一つ」
アスナが膝を着いた。
「そんなのって、無い……。それじゃあ、ゲルグは……」
「貴方達の世界が滅びるかもしれないこと。それを考えれば妥当です」
「……そんな酷いことって……」
「酷い、ですか?」
メティアが不思議そうに問いかける。
「すみません。『酷い』というのは、どういうことなのでしょうか?」
「だってっ! ゲルグには、ゲルグの感情があってっ! 人生があってっ!」
「嗚呼。貴方達の価値基準からするとそうなのですね」
その細い指をメティアが自身の顎に添えた。
「貴方達に魔法を与える精霊は、たった一つの役割の為に創りました。人間に『魔法』を与える。それだけです」
不思議そうな眼差しを、アスナに向けた。
「何が違うのですか?」
そうか。
俺達にやたらと親しげだったから忘れていた。
こいつも、メティアも。
神やら精霊やらなんだ。正しく。
だがまぁ。そこに関しちゃどうだって良い。
「アスナ」
「ゲル……グ?」
「大丈夫だ。俺は納得してんだ」
「納得なんてしないでっ!!」
アスナの怒号が響き渡った。
「憧憬の精霊? アスナ・グレンバッハーグは何をそんなに怒っているのですか?」
「てめぇは黙ってろ。どうせ理解できてねぇんだから」
「わかりました」
アスナの目の前に立って、その柔らかな黒髪を指で梳く。
「いいんだよ。それで」
「よく……ないよ……」
「バーカ。俺がいなくなっても世界は回る」
「私の世界は……回らない」
困ったな。
「ゲルグ?」
今まで黙っていたミリアが俺に向かって問いかける。
「なんだ」
「知ってらっしゃったんですか?」
「あぁ。ゲティアが死に際に俺に教えてくれやがった」
「なんで、相談してくれなかったんです……か?」
そりゃお前。
「相談してどうにかなる問題じゃねぇだろ」
「ですがっ! 今まで、私達と過ごした時間はっ!」
「大事に思ってる。お前らのことは、大切な仲間だと思ってるよ。なんだ。言ってて小っ恥ずかしいな」
きまりが悪くなって、何となく後頭部をボリボリとかきむしる。
「だからこそ、言えねぇだろ。本当は、最後まで隠し通すつもりだった」
「そんなことっ!」
「じゃねぇと、お前ら、『メティアを殺す』なんてことに賛成しようとしなかっただろうがよ」
「……当然じゃ、ないですかぁ……」
遂にミリアが泣き崩れた。あーもう。やっぱこうなるよなぁ。
いつの間にかアスナも泣いている。
ぜーんぶ、メティアのせいだ。
「おい、メティア」
「なんでしょう?」
「てめぇがいらねぇこと言うから」
しっちゃかめっちゃかじゃねぇかよ。
「そうですか?」
それでもメティアは不思議そうな顔を隠さない。
「この感覚は、貴方達人間の価値基準とは大きく差はないと思うのですが……」
「精霊のトップなんだったらよ。もうちょっと空気読むとか――」
今更ちまちま文句をつけようとした言葉をエリナが遮る。
「ゲルグ、アンタねぇ。こればっかりは、アタシは精霊メティアと同じ意見よ」
「あん?」
「アンタは、全部アタシ達に話すべきだった。他ならないアンタの口から」
「んなこと言ったら」
「アンタも、精霊とおんなじでちょっとずれてるわね。その上でアタシ達がどう選択するかなんて、アンタの知ったこっちゃ無い話でしょ」
それは聞き捨てならねぇ。
「ならあれか? このままテラガルドがゆっくりと滅んでいくのを黙って見てるのが正解だってそういうことか?」
「そうは……思わないけどっ! でも、少なくとももっと冴えたやり方がっ!」
「時間がねぇだろうがよ!」
「時間が無かったとしても、どうにかできたかもしれないじゃないっ!」
どうにも、できねぇだろ。
「なぁ、メティア? どうにもできねぇだろ?」
「私を滅ぼせば、精霊は潰えます。それは憧憬の精霊、貴方も例外ではありません」
「ほれ」
「でもっ!」
もうどうにも説得はできそうもねぇ。いや、別に説得する必要もねぇんだがな。
ずっと黙ってことの成り行きを見守ることに決めていたらしいキースを見る。
「おい、キース」
「なんだ」
「お前はどう思うよ?」
「……俺は……。俺がお前だったら、同じ選択をするだろう」
「だよなぁ?」
それが男の美学ってやつだよ。
「そういうこったよ。さて、メティア」
「はい」
「あと時間はどれくらいだ?」
「あと……貴方達の感覚で恐らく十分程、長くて二十分ほど。それくらいで私はまた正気を失うでしょう。時間はどんどん長くなっていっています。次正気を失ったら、もとに戻ることはできないかもしれません。可能性は低いですが」
「もうそんな時間かぁ。そろそろ無駄話も終いってことか」
「はい。さぁ、アスナ・グレンバッハーグ」
メティアがうなだれて動かないアスナを見つめる。
「その剣で、私を斬るのです。それで全てが終わります。貴方を最後に『勇者』という存在は、『魔王』という存在は、そのシステムは失われます。魔法や加護の力も失われます。貴方達人間が、自分の足で、自分の力で立ち上がる時代がやってくるのです」
飽くまで優しげに、メティアが促す。
だが、アスナから返ってきた言葉は、逆のものだった。
「できないよ……。ね、皆。帰ろう? 世界なんて滅びても良い。私はゲルグを失いたくない」
おっさんは、霞から産まれた存在でした。
当然ながらアスナがメティアを倒すことに反対し始めます。
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