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第十話:御託は良い。さっさと終わらせて帰らせろ

 台座に書かれた魔法陣、()にまずは俺が乗る。足を乗せると同時に淡く輝き始める。次いでエリナが、ミリアが、キースが、俺を取り囲むように()に乗った。


「皆様……」


 最後に顔を拝んどこうと振り返ると、フランチェスカが俺をまっすぐに見据えていた。その眼差しを受けて俺は小さく頷き、そして唇を歪ませる。


「フランチェスカ」


「はい、ゲルグ様」


「後でな」


「は……い」


 エリナが俺を睨みつけているのが視界の端に映る。いちいち突っかかってくんな。これが一番自然だろうがよ。


 フランチェスカ。お前もだよ。そんな微妙な顔してんじゃねぇ。


 念じる。再び上位領域へ。


 魔法陣から放たれる光が一際強くなり、そして景色が歪む。


 フランチェスカが微かに泣いていたように見えたのは気の所為だろうか。気の所為じゃねぇなら、もうちょっと我慢しろよ、と思いもする。


 メティアーナの地下室がかき消え、ねじ曲がり、やがて景色がはっきりとした輪郭を持っていく。


 数日前と寸分違わない光景が目の前に広がっていた。


 二度目の上位領域。きっとこれが最後になる。


 前回と同様、気配を広く広く探る。


 いた。ゲティアに負けずとも劣らない大きな存在感。前回の時は感じなかったのが不思議な程にはっきりとした輪郭をもったそれが、確かな重圧を以て――しかし何故か威圧感は感じられない――鎮座していた。


 方向は、ゲティアが居た場所とは逆。


「……いたぞ」


 その方向を指差す。


「ん。行こ」


 アスナがそう言って歩き出す。


「おい。待て」


 周囲には小精霊がたむろしている。俺達の目的を鑑みりゃ、襲われる可能性はゼロじゃない。そう思ってアスナを制した。


「ん。大丈夫。前来たときと同じ。『待ってたよ』って。そんな意思を感じるの」


 振り返ってアスナが少しだけ微笑んだ。やれやれ、と肩を竦める。


 お前がそう思うなら、そうなんだろうよ。こないだも小精霊は一切俺達を襲わなかった。こういうときのこいつの勘は本当に良く当たる。


「じゃ。行きましょ」


 エリナが自身の赤髪を手で払い除けながらアスナの後ろに続く。


「はっ」


 キースがその後に。


「ゲルグ、行きましょう」


 そしてミリアが。


「おうよ」


 俺は小走りで、アスナの前まで躍り出る。気配を探って、正確な方向を掴んでいるのは俺だけだ。


「こっちだ」


 四人を先導して歩く。いざこの場所に来るまでは、やたらと重いものになるんだろうな、なんて思ってたもんだが、存外足取りは軽い。


 なんでだろうな。俺もよくわからねぇや。


 実感が湧いてないってのも勿論あるんだろう。だが、それ以上に。


 なんとなく理解してしまった。


 俺は、今、この瞬間のために生まれてきた、ということに。


 散々気持ち悪く感じてきた。


 自分が選んで掴み取ってきたものが、よくわからねぇ大きな存在によって支配されているような感覚。


 自分が悩み抜いて勝ち取ってきたものが、全てトロッコのレールの上に乗っかってただけかもしれない、なんていう不安。


 勿論、それは今も変わらねぇ。


 それでも、俺は、多分。


 今この瞬間の為に生きてきた。何故か腑に落ちてしまった。


 小精霊の気配を感じる。


 前回もさっきも、よくわからなかった、アスナが言ってた言葉の意味がなんとなく理解できた。


 ――待ってたよ。


 俺が一歩歩を進めるたびに、周囲からそこはかとなく、嬉しがるような気配が伝わってくる。


 俺が一歩歩を進めるたびに、周囲からそこはかとなく、待ち望んでいたものがようやく訪れたときの期待感のような気配が伝わってくる。


 小精霊ってのは基本的には強い意思みたいなもんは持たねぇ。そうババァから教わった。持つとしても、微かな指向性にすぎない。


 だが、持てないわけじゃない。持つ必要が無いから持たないんだそうだ。教えられたときはよくわからなかった。


 今ならわかる。小精霊が明確な意思を以て、俺を見ている。観察している。


 勿論俺一人に対してではない。アスナにも、エリナにも、ミリアにも、キースにも。同じような意思を持った気配が突き刺さっている。


 しかし、俺にだけ一際強い。


 勇者であるアスナじゃなくて、俺に、だ。


 周囲の小精霊の気配を感じながら数分ほど歩いていただろうか。


 目の前に大きな気配が突然現れたのを感じる。


「やっ」


 何もない空間から財の精霊(メルクリウス)が飛び出てきた。


「最初っから最後までお前かよ」


「君と一番相性が良いのは僕だからね。あ、勇者とその仲間たち。先日ぶりだね」


 財の精霊(メルクリウス)が俺の後ろの四人に向かって手を振る。前回は酷く困惑していたもんだが、二度目となりゃそれほどでもないらしい。四人が思い思いにクソイケメンに挨拶を返す。


「タイミングはばっちりだよ。丁度数刻前、メティア様が正気を取り戻したところさ。しばらくはメティア様はメティア様のままだ」


「そりゃ良かったよ」


「うん。急いでくれたことにお礼を言わなきゃね」


「礼には及ばねぇよ。こっちだって色々と懸かってっからな」


「それでもさ。君達人間としては色々と迷わざるを得ない結論だろ? フランチェスカ・フィオーレだっけか。彼女とも衝突したみたいだしね」


 こいつ見てやがったのかよ。いや、当然っちゃ当然か。


「ゲルグ君は刺されちゃうしねぇ」


 ははは、と財の精霊(メルクリウス)が笑う。っるせぇな。


「んな無駄話しに来たのか?」


「いや。最後にちゃーんと意思確認しとこうと思ってさ。……でも」


 財の精霊(メルクリウス)が俺を見て、その後で俺の後ろの四人に視線を遣る。


「必要なかったみたいだね」


 にこり、と爽やかに笑う。


「えっと、よろしいのですか?」


 エリナが恐る恐るといった様子で財の精霊(メルクリウス)に声をかけた。


「何がだい?」


「精霊メティアを下すということは、大精霊たる貴方も……」


「あぁ、そのことかい。僕たちの価値観は君達とは違う。君達にとってそれは『死』かもしれない。でも、僕たちにとっては開放なんだ」


「かい……ほう?」


 開放ねぇ。


「そう。僕たちはメティア様に作られ、命じられ、人間達に魔法という奇跡を与えるためだけに作られた存在だ。生産的な活動は許されず、能動的な干渉は許されず、ただただ与えられた役割をこなすだけ。ライン工……って言っても君達にはわからないか。単純作業を延々と続けることが、どれほど苦痛かわかるかい?」


「な、なんとなくは……」


「君達の一生なら、精々長くて数百年。その中でも数十年だろうね。それくらいなら僕達だって耐えられるさ。でも、僕達はそれこそ君達の体感で、数万年もそんなことをやってきた。ゲティア様から聞いてるだろ? 人間が滅び、また生まれ。そんなことを何度も何度も何度も何度も繰り返してさ。それでも僕たちの役割は変わらない。試練を課し、乗り越えた者に奇跡を与える」


 財の精霊(メルクリウス)が遠い目をする。その後で肩を竦めた。


「常に変化し続ける君達を羨ましいと思ったこともあった。滅びゆくその時でさえ、君達は流転し続ける」


 人間が変わっていくのなんて当たり前だろうがよ。っていうか、人間だけじゃない。何もかもが変化していくもんだ。


「ゲルグ君。『当たり前』だと思ったね? そんなことはない。僕たちの感覚からすると、変化し続けるものの方が珍しいんだよ」


 んなこと言われてもなぁ。全然わからねぇよ。


「君達はきっとこれからも変わり続ける。一方で僕たちは変わらない。流石にね、うんざりとは言わないまでも、退屈はするよね」


「お前、ゲティアと似たようなこと言ってんぞ」


「僕たちも元を正せば間接的にゲティア様から生まれたことになる。そりゃそうさ」


 そう言われりゃ、少しばかり納得もする。


「精霊メティアも、同じことをお考えなのでしょうか?」


 ミリアがおずおずと財の精霊(メルクリウス)に問いかけた。


「たぶんね。メティア様の真意。その奥の奥については僕達にはわかりかねるよ? でも、少なくとも僕達が感じていることは、メティア様も感じている。それは本質的にメティア様と僕たちが近しい存在だからだ。勿論ゲティア様も、だね」


「そんじゃあよ。ちょっと違えれば、メティアもゲティアと同じように世界を滅ぼそうなんて考えていた可能性もあるってことか?」


「それは無い。メティア様はそのように作られていない。飽くまで人間達を慈しむように、愛するように。そう作られたからね。メティア様が世界を能動的に滅ぼすなんてあり得ない。望まない。願わない。だからこそ、君達を急かすようなことを言って、ここまで来てもらった」


 財の精霊(メルクリウス)が微笑む。


「君達がテラガルドと呼ぶ世界。それを崩壊させることはメティア様の願いではないんだ。だから、そうなる前に君達になんとかしてもらう。そういう算段なのさ」


「……算段……」


 アスナがボソリとその言葉をオウム返しする。


「算段ということは、私達がここに来ているのは、予定調和ということでしょうか?」


 少しばかりキツめの雰囲気になったエリナの声が耳朶を打つ。


「予定調和なんかじゃないよ。全ては発散し収束する。アレハハンドロ・オールドマンだっけ? 戦の精霊(ヴァルキュリア)の秘蔵っ子。彼もそう言っていただろ?」


「理解できません」


「君達だと難しい。これは僕たちの概念だからね。分かりやすく言うなら……そうだね。厳密に言えば微妙に違うのだけれども、僕たちはあらゆる可能性と、君達の言う時間や時空に、一柱として存在しそれら全てを観測しているんだ。世界は様々な可能性を持っていて、様々な形で存在していて、それら全てが発散し収束する」


 いや、ぜんっぜん言ってることの意味がわからねぇ。


「だろうね。まぁ細かい話はメティア様に直接聞けば良い。メティア様も久しぶりに人間と相まみえるからね。少しばかり饒舌に色々話してくれると思うよ。理解できるかどうかは別としてね」


「は、はぁ」


 頭の良いエリナも理解できていないらしい。呆けたような返事をする。


「僕との話に夢中にさせすぎたかな? メティア様。待ちきれなかったのですか?」


 財の精霊(メルクリウス)とは歩きながら話していた。色々と意味深なことをべらべら喋りやがるから、こっちも頭をつかう。


 だから気づかなかったのか?


 メティアのものなんだろうどでかい気配が目の前に。居た。


「はい。財の精霊(メルクリウス)。ご苦労でした」


「いえ。僕の役目はこれで終わりですね。あとは見守らせていただきます」


「ありがとうございます。財の精霊(メルクリウス)


 姿は人間のそれと遜色ない。


 地面まで毛先が付きそうなほど長くしなやかな髪。それはまばゆく光り、どんな色をしているのかもわからない。赤くも青くも、黄色くも見える。絶世の美女と呼んでも遜色ない整った顔貌。そして、薄い布で包まれたほっそりとした体躯。


 ゲティアはガキの姿だったが、メティアはそんなうら若い女の姿をしていた。


 そして人間と違う部分。それは背中から生えている(・・・・・)ようにも見える、十二対の翼のようななにか。


 そしてゲティアのときも似たようなことを感じたが、発する雰囲気が人間とは全く違う。とは言え、奴とは違う。もっと崇高で、気高く、そして神聖な。


 そんななにかだ。


「嗚呼。私の愛し子達よ」


 感極まった様子でメティアがそう告げる。ゲティアのときと同じだ。喋っている内容は理解できる。だが、耳に入ってくるのは解読不能な奇妙な音。


 だが、その声は、音は、とんでもなく美しい。自然が、人間が発するどんな音よりも美麗な響きを以て、メティアが俺達に声をかける。


「良くここまで来てくれました。歓迎します」


 メティアが俺達をぐるりと見回す。


「今代の勇者、アスナ・グレンバッハーグ」


 それがアスナの名前を呼ぶ。


「アリスタードの女王にして、大魔道士。エリナ・アリスタード」


 俺の後ろにいる、エリナに視線を遣る。


「今代屈指の護り手であり、癒し手。ミリア」


 後ろの方で、ミリアが少しだけ震えた気配がした。


魔力(マナ)を持たずして、強靭な肉体を携えた騎士の鑑。キース・グランファルド」


 キースの鎧が、がしゃり、とこすれる音がした。


「そして……」


 メティアがその神秘的な瞳を俺に向けた。


「ずっと会いたかった。私の愛し子。ゲルグ」


 涙すら流して、メティアは俺の名前を呼ぶ。


「……御託は良い。さっさと終わらせて帰らせろ」


 向けられた視線を意図的に無視する。


 だがそんなことは意に介さず、メティアが告げる。


「時間の猶予はまだ少しだけございます。貴方達が知りたいこと、それらの幾つかに答えましょう。そして……」


 メティアが微笑んだ。


「その後で、私を殺しなさい」

精霊メティア様の登場です。

ゲティア様よりも、こちらの方が神様っぽいですね。


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― 新着の感想 ―
[一言] ある意味、魂の牢獄ですよね。 ゲティアが福利厚生をしっかりしないからこんな事になるのかとw メティアが全裸じゃなかったのが残念です。
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