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第七話:死にたくねーなぁ

 フランチェスカの執務室の扉をノックする。少しだけ控えめに四回。


「はい」


 返答の声が聞こえたので、扉を開けて中に入る。


「ゲルグ様。おはようございます」


 無理をしたようなひきつった顔でフランチェスカが笑う。


「なんちゅー顔してんだよ」


「……普段通りになんて、できませんよ」


 引きつった笑い顔から一転、困ったような顔になる。


「ガキは笑ってろ」


「わかってます……。ですが……」


「ですがもクソもねぇよ。あー、そうそう。昨日エリナにバレた。ついでにキースにも」


 俺の言葉にフランチェスカの表情が固まった。


「エリナ様とキース様に……ですか。いえ、確かにエリナ様であれば、ゲルグ様の事情にたどり着くのも難しくはなさそうです」


「がっつり心読まれて、そんでもって尋問じみたことされたよ。あいつも容赦ねぇよなぁ」


 俺の呆れたような顔に、フランチェスカが乾いた笑い声を上げた。


「他の方には?」


「バレてねぇ。それにエリナは言わねぇだろうよ。多分な」


 これは単なる推測だ。だが可能性としては大分高いんじゃねぇかと思う。


 あいつは良く気の回る奴だ。俺が隠そうとしていることをホイホイとアスナやミリアに明かすってことに対するリスクをよく理解している。


 アスナやミリアが知ったら、最悪メティアをぶっ殺すこと自体躊躇するだろう。


 今必要なのは、神だろうが精霊だろうが、自身の成し遂げたいもののために邁進することだ。エリナはきっとそれを理解している。


「あと、昨日財の精霊(メルクリウス)から言われた。猶予がねぇってよ」


「猶予が無い。元々そう聞いていましたが、わざわざ精霊がゲルグ様に伝えに来たということは」


「あぁ。早くて後一週間くらい、遅くて一ヶ月程度だそうだ。テラガルドに影響が出るのはすぐって話ではねぇらしいがな。だが、正気のメティアであれば、俺達に大人しく殺されてくれるらしい。そこまで計画に折込済みってわけだ」


「……一方で、時間が経ち精霊メティアが完全に狂ってしまえば、矮小な人間では止められなくなる、ということですか」


「そういうこった」


 フランチェスカが深刻そうな顔をする。


「んな心配そうな顔すんな。今日すぐにっては無理だろうが、明日ぐらいには行ってきてぱぱっとやっつけてくるさ」


「……そう……ですか」


「あぁ。だから、フランチェスカ。連中を全員招集してくれ」


 俺の言葉にフランチェスカが困ったように笑った。


「ゲルグ様がそう仰ることは予測していました。あと二十分ほどで皆様ここにいらっしゃいます」


 流石だよ。






 フランチェスカの執務室に四人が揃うのにそこまで時間はかからなかった。


 アスナとミリアはいつもどおりの様子だ。


 エリナは……。少しばかりイライラした様子を隠していないが、全体の雰囲気を鑑みりゃ予想どおりアスナとミリアには何も言ってねぇだろう。


 キースは神妙な顔をしている。ってもあいつのことだから、何も考えてねぇんだろうよ。脳筋だからな。


「皆様。お集まりいただいたのは他でもありません。精霊メティアの打倒に関してです」


 フランチェスカがまず切り出した。さっきまでの落ち込んだ様子はどこへやら。立派に教皇としての顔を保っている。っとにガキらしくねぇガキだ。


「昨夜、ゲルグ様に財の精霊(メルクリウス)からのコンタクトがあったそうです。精霊メティアは今この瞬間も狂った存在になりつつある。猶予が無い、とのことです」


「ん。どういうこと?」


 アスナがキョトンとした顔をする。


「精霊メティアは、最初からこの事態を予測していた、と考えられます。正気の精霊メティアであれば、皆様でも打倒することができるでしょう。ですが……」


 フランチェスカの言葉を遮って喋る。


財の精霊(メルクリウス)は言ってた。メティアの正気を失っている時間がどんどん長くなっているらしい。正気なら俺達に大人しく殺されてくれるみてぇだが、完全に狂っちまえば、それはゲティアと殺し合うよりも質が悪くなる」


 俺の言にミリアが少しだけ顔を青くする。


「それは……」


「ゲティアもあれで大分手加減してくれてたらしい。見ただろ? 睨みつけられただけで、俺もアスナも死んだ。それとおんなじことがメティアにもできる。狂いきったメティアを殺すなんて、人間じゃまず無理だ」


「……理解しました」


 理解が早くて助かる。一方で話を進めれば進めるほど、エリナが不機嫌になっていく。


 ったく。あいつめ。もうちょっと隠せよ、馬鹿。


 幸いエリナが不機嫌そうにしているのは珍しくはない。だいたい月に一回くらい、二、三日程度は超絶不機嫌になる。まぁ、月のモノが辛いってのは男には理解できねぇ感覚だ。


「ん。猶予はどれくらいなの?」


 アスナがフランチェスカと俺の顔を交互に見る。


「持って一週間。遅くても一ヶ月。まぁ、早けりゃ早いにこしたこたねぇってことだ」


「ん」


 アスナが頷く。


「メティア教教皇として、皆様に命じます。上位領域に向かい、精霊メティアを滅ぼしてなさい。と申し上げても、今すぐというわけにはいかないでしょう。出発は明日です。諸々の準備を整えて、今日と同じ時間にここに集合して下さい」


 フランチェスカの決意を固めた顔にミリアが困惑した表情を向ける。


「フランチェスカ様も、精霊メティアを滅ぼすこと。納得されたんですか?」


「……私は……。本当を言えば、少しだけ迷っています。ですが、皆様と認識を同じくした今、取れる選択肢が一つであることも理解しています」


 その言葉に、ミリアが柔らかく笑った。


「フランチェスカ様」


「なんですか? ミリア」


「『迷う』ということは、フランチェスカ様の中で取るべき正解が増えていることと同義です。色々ありましたが、成長されましたね」


 その言葉にフランチェスカの顔が赤くなる。


「わ、私だっていつまでも子供ではありません。日々成長していますっ!」


 そういってフランチェスカが真っ赤な顔で胸を張る。その様子、ってか体型はガキそのものだ。成長したが、まだまだガキなのには変わりねぇよ。


「では、皆様。各々準備を」






 街に出る。独りでだ。


 明日。いろんな意味で最後になる。備えは万全にってな。


 向かう先は鍛冶屋。フランチェスカが紹介してくれた店だ。メティアーナでも一番の鍛冶師らしい。


 イズミに手ほどきは受けたもんだが、武器の手入れってのは素人じゃある程度まではできても、プロにはかなわねぇ。その他にも、苦無やら、手裏剣やらなんらやかんやら。全部研いでもらうつもりだ。


 普通の武器じゃ、精霊相手に太刀打ちできねぇことは理解している。


 それでも、これはイズミの形見みたいなもんだ。


 最後くらい最高のコンディションにしてやりてぇ。何故かそう思った。


 目的の鍛冶屋に着く。


「やってるか?」


 扉を開けて、呼びつける。


「やってますよお」


 店の奥から、評判の鍛冶師のものだろう、男の声が聞こえた。数秒ほど経って、小走りカウンターの奥に姿を現した。


「急ぎの仕事を頼みたい」


「急ぎですかい」


 小さく頷いて、カウンターに煙々羅(えんえんら)天逆毎(あまのざこ)。そして苦無やら手裏剣やらをカバンから取り出す。


「こいつらを研ぎ直して欲しいんだ。そんなに時間はかからねぇだろ?」


 店主が、煙々羅(えんえんら)を抜き、しげしげと眺める。


「お客さん。結構大事に使われてますね」


「そうか?」


「刃こぼれはある。だが、確かに使い込まれているのに、手入れを怠った様子はない。武器としても、ここまで大切に使ってもらえりゃ、本望でしょうよ」


「世辞は良い。どれぐらいかかる?」


「研ぐだけなら、全部込みでも五時間もありゃ済みます。急ぎなんで特急料金になりますが……」


「急ぎで五時間か。意外とかかるな。んじゃ、夕方くらいに取りに来るわ。金は……」


 自分で払っても良いんだが、フランチェスカから手形を貰ってる。多少の金額ならこの手形で教皇庁が後払いしてくれるとのことだ。


 それを取り出して、店主に押し付ける。


「教皇庁公式の手形だ。これで教皇猊下にツケといてくれ」


「は?」


「頼んだ」


「ちょ、ちょっ! お客さん!」


 踵を返して店を出ようとする。


「こ、この手形、本物だっ! お客さん! 何者なんですかい!?」


 少しだけ振り返る。


「ただの小悪党だよ」






 その後は、街をしばらくぶらぶらして、気づいたら夕方になっていた。鍛冶屋に戻って、研ぎ直してもらった得物を受け取って教皇庁に帰る。


 門をくぐって、教皇庁に入ろうとした時、後ろから近づいてくる気配に気づいた。


「ゲルグ」


 アスナだ。


「んだ。準備は終わったのか?」


「ん。魔法薬(ポーション)を何本か買って、鎧をメンテナンスしてもらってきた」


「そうか」


 もし精霊メティアが狂いきっていたら、鎧なんてなんの役にも立ちゃしねぇ。だが、何もしねぇよりはマシだ。


「ね、ゲルグ」


「んだ?」


「明日。全部が終わるね」


「多分な」


「長かった……ね」


「そうだなぁ」


 教皇庁の廊下を歩きながら、そんな会話を繰り広げる。


「今日ね、メティアーナで美味しいレストラン見つけたんだ。鎧のメンテナンスの待ち時間に」


「そりゃ良かったな。何が美味かったんだ?」


「ん。メティアーナって海近いでしょ? 海鮮のスパゲッティがすっごく美味しかった」


「ほお。そりゃ、ちょっと食ってみてぇな。魚よりゃ肉のほうが好きだがよ」


「ふふっ。ゲルグってお肉好きだよね」


「男なら、肉だろ。つっても最近歳なのか脂っこい肉は受け付けなくなってきたなぁ」


 そんな他愛も無い会話にアスナが笑う。


「ね、上位領域から帰ってきたら、一緒に行きたい」


「そりゃ……」


 少しだけ言葉が喉につっかえた。


「……良い考えだ。連れてってくれよ。そんときゃ、祝勝会、だな。世界を救った記念ってやつか?」


「ん。そうだね。私達が全員幸せに向かって進み始めた、壮行式でもあるかも」


 屈託なく笑うアスナに、少しばかり申し訳なくなる。


 悪党は嘘なんていくらでも吐くもんだ。


 だが、なんだろうな。


 吐けば吐くだけ、なんとなく自分が落ち込んでいくこの嘘は。


「楽しみだな」


「ん」


 そこからしばらく会話が途絶えた。そのまま各々の居室の前までたどり着く。


「じゃあ。明日な。ゆっくり休めよ」


 そう言って、自分の部屋の扉を開けようとした。


「ちょっと待って。ゲルグ」


「んだ?」


「今晩。ゲルグのお部屋に行って良い?」


 何を言ってるんだ、このお嬢さんは。


「お前よぉ。俺からすりゃお前は確かにガキだが、それでももうそれなりの歳だぞ? 一人で男の部屋に来るって、どういう意味になるか分かって言ってんのか?」


 勿論そういうアレじゃねぇことは理解してるし、散々今までいろんな奴が俺の部屋に入ってきた。今更って感じもするが、なし崩しじゃなく、前置き有りで「部屋に来る」と宣言されるのは初めてだ。


「えっ!? ち、ち、ち、違くてっ! 何となく、ちょっとお話したいと思ってっ!」


 顔を真っ赤にしたアスナが必死に否定する。


 その様子がなんだかおかしくて、少しだけ笑う。


「良いよ。あんま遅くならねぇうちにな。明日に差し支える」


「ん。じゃあ、二時間くらいしたら、行くね」


「おう」


 返事をして、自分の部屋に逃げ込んだ。


 正直、話したくはない。


 ゲティアから「メティアを殺せば俺は消える」と言われて。


 そのこと自体は納得しちゃいる。


 だがな。


 ここ数日、いろんな奴が俺のために泣いたり、憤ったりしてくれてよ。


 ちょっとばかし名残惜しさも感じるんだ。


 できれば、誰とも話したくはない。


 タバコに火をつける。


「ったく。あいつらよぉ。お人好しばっかでよ」


 未練ができちまうだろうがよ。


 素直に消えちまえなくなるだろうがよ。


「……どうしようもねぇんだよ」


 悪いとは思っている。


 残された奴がどんな気持ちになるかも、ちゃあんと理解している。


「……どうにもならねぇんだよなぁ」


 正直に言おう。今まで必死に考えないようにしてきた。


 俺だって消えたかねぇ。


 何度だって痛感する。


 死ぬ覚悟なんてしちゃいない。人間なんて誰だってそうだ。死ぬその瞬間、その間際にさえ、その酷くシンプルで迷いない覚悟を、誰しもができない。


 それでも。俺は消える。そこに納得もしている。


 消えたくない。だが、自然と受け入れている。なんとも不思議な気持ちだ。


 ため息まじりに、紫煙を吐き出す。


「あー」


 タバコによって、思考が鈍る。


 ぼんやりとする。


 紫煙で部屋が霞む。


 何となく、煙が目に染みた気がして、手で覆う。


「なんだろーなー」


 この気持ち。


 俺もよくわからねぇ。


 この土壇場になってよ。


「あー」


 なんか方法はねぇのか、って考えちまう。


 そして、ぐるぐるぐるぐる考えた結果、「方法なんて無い」。そんな結論に落ち着く。


 その繰り返しだ。


「クソッタレが……」


 クソッタレは俺だ。


 納得してる振りしてよ。


 思わず本音が口からこぼれた。


「死にたくねーなぁ」


 どうにもならねぇよ。俺の中の俺が、笑いながら俺にそう言った。

決戦前日。

次話が決戦前夜です。


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[一言] >ただの小悪党だよ 盗品だと思われるかとw
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