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第五話:全部終わらせたら、ちゃんとするさ

「終わった後……か」


「はい」


 ミリアの何気ない微笑みから目が離せない。


 罪悪感、っつーとなんか違う。申し訳無さは勿論ある。それ以上に胸の内を占める感情。それは――


 きっと、名残惜しさ。そう呼ばれる感情なんだろう。いや、それもなんか違う気がするな。


 よくわからねぇ。


「ゲルグは、全てが終わったら。片付いたら。何をされるんですか?」


 笑顔に彩られた台詞に少しだけ思案する。


 何をする、か。


 ぶっちゃけなーんにも考えちゃいねぇ。当然っちゃ当然だ。


「そうだなぁ。最初は元通りに、盗人稼業に精を出して生きていくんだろうとは思ってたよ」


「それは駄目ですよ。精霊メティアが許しても、私が許しません」


「……わーってるよ。エリナが逃しちゃくれねぇだろうからな。あいつから課される無理難題を、うまーくサボりながらこなして生きてくんだろうよ」


 嘘を吐く。少しだけつっかえそうになった。予め用意していたものだ。


 そんな嘘に、少しだけ笑い声を漏らすミリアを見て、妙な気分になる。


「お前は?」


「はい?」


「お前はどうすんだ?」


 ミリアはとっくに神官を辞めている。今はなんやかんややることが満載で、考えなくても良さそうなもんだが、落ち着いたら身の振り方も考えねぇとならねぇだろう。


「私は……そうですね。花屋でも営もうかな、と思っています」


「花屋、か」


 そりゃ。


「お前にぴったりじゃねぇか」


「そうですか? ちゃんとやっていけるかどうか不安なんですけどね」


 困ったようにミリアが笑う。


「なんとかなるさ」


 ミリアの笑顔からなんとなく目をそらして、懐からタバコを取り出して火をつける。


 少しでも自分の表情がミリアから霞んで見えるように。


 少しでも自分の感情がミリアから覆い隠されるように。


 そう願いながら。


「おかしいですよね。神官になる前は、お花屋さんになりたかったんです」


「ほー。そりゃまたなんでだよ」


 俺の問いに、ミリアが懐かしそうな目をする。


「小さい頃だったので細かいところまでは覚えてないんですけどね」


「おう」


「実家の隣がお花屋さんだったんです。良く母と一緒に眺めていました」


「隣が花屋かぁ」


 ガキの頃、俺の家の隣はなんだったかな。リーベに居た頃住んでたあばら家の隣は畑だったような気がするし、アリスタードに出てきてからはスラムの路地裏にいたから家なんてなかった。


 隣はいつだって死にそうな同い年くらいのガキだった、かな?


 グラマンの屋敷は広すぎて、隣なんて概念無かったしなぁ。


「そのお店に出入りする方々は、様々です。でも多くは『花束を誰かに贈りたい』方でした。殆どの方がお店から出てくる時には笑顔で出てくるんですよ。勿論例外もいらっしゃいましたが。それでも、入るときと出た時では表情が違っていました」


 そうだろうな。


 花を贈る。その理由は様々だ。


 恋人に贈る奴、世話になった奴に贈る奴、なんかの祝い事で贈る奴。


 そして、死んだ人間に贈る奴。


 どの理由をとっても、相手のことを考えて、真剣に考えて選ぶもんだ。


 そんでもって、選んで買って、渡した時のことを考える。想像する。相手が生きてようが死んでようがな。


「やっぱぴったりじゃねぇか」


「そうですか?」


「あぁ。お前は神官じゃなくて、別の方法で手の届く範囲の人間を幸せにしてやりてぇ。そう思ったんだろ?」


 きっとそうなんだろう。


 お人好しのミリアらしい。


「そこまで大げさではないですけど……。はい」


 はにかんだ笑顔を見てられなくて、少しだけ目を逸らす。


「お金を稼ぐことは余り考えていないんです。ただ、誰かを笑顔にできる、私にできる範囲の何かはないか。そう考えた時、『お花屋さんになりたい』なんて思ってしまったんです。笑っちゃいますよね。子供みたいで。事実子供の頃の夢ですしね」


「笑わねぇよ」


 らしいっちゃらしい未来設計図だ。


 こいつなら、気立ての良い女店主が評判の、温かい花屋を作り上げるだろう。


「どこでやんだよ?」


「アリスタードです、かね? 生まれはメティアーナですが、一番長く住んでいたのは、あの国ですし……それに――」


 そう言って、ミリアがもじもじとする。


 何をもじもじとしてんだよ、と思うが、ミリアの次の句でその理由がわかった。


「貴方も、アリスタードに帰るのでしょう?」


「そのつもりだ」


 二度目の嘘はすらすらと出てきた。


「貴方のおそばに、ずっと居たいんです」


「……バーカ」


「酷いですよ?」


「バカにバカって言って何が悪いんだよ」


 そんな俺の言葉に、ミリアが笑う。


「ならバカで良いです」


「そうかよ」


 それっきり、数秒ほど会話が途切れた。ミリアは少しばかり上機嫌な様子で鼻歌なんて歌っている。


 タバコを吸う。紫煙を吐き出す。


 少しだけ眠気がどこかに行った。


 会話は無い。だがそれでも気まずくは無い、心地よい時間が流れた。


 数分ほどだろうか。


 不意に、ミリアがゆっくりと口を開いた。


「ゲルグ。全てが終わったら……」


「ん?」


「えっと……。その……」


 煮えきらねぇな。はっきり言えよ。


 銃数秒ほどまごまごしているミリアに業を煮やして、こっちから聞いてやる。


「なんだよ。言いてぇことがあるならはっきり言え」


「……意地悪……」


 あぁ、そういうことか。


 真っ赤になった顔を見て、こいつが言いたいことがなんとなくわかった。


「不義理なことをしてる自覚はある。全部終わらせたら、ちゃんとするさ」


 三度目の嘘は、それはもうなめらかだった。


「……はいっ」


 心底嬉しそうにミリアが笑った。


 自分の心の大事な部分が、少しだけ歪んだような気がした。


「では、私は自室に戻ります。ゆっくりお休みになってください」


 そう言って、ミリアが立ち上がる。


「おう」


 そのまま扉の方まで歩き出す。扉に手をかけ、そして何か言い忘れがあったことを思い出したかのようにその手を止め、こちらを振り向いた。


「あ、今のお話、皆様には内緒、ですよ?」


「隠し事たぁ、お前らしくねぇじゃねぇか」


「私、もう神官ではないので」


「そうかよ」


「はい」


 そう言ってミリアがまた扉の方を向く。


 数秒ほどだろうか。扉を開けて出ていく気配は無い。


「どうした?」


「ゲルグ……」


「なんだよ」


 今度はこちらを見ずに、ミリアが震える声で呟いた。


「貴方は、どこにも行ったりしませんよね?」


 少しだけ躊躇する。はっきりと答えることに。


 俺は、本当に悪党だよ。


「……ったりめぇだろ。懲りてんだよ」


 四度目の嘘は、少しだけ歯切れの悪いものになった。


「そう……ですよね。じゃあ、お休みなさい」


 ミリアが扉を開けて出ていく。


 タバコは短くなり、もう火種も消えていた。それを適当に放り投げて、新しいのを取り出して火をつける。


「……悪いな」


 約束は守れそうにねぇよ。


 だが、話してみて分かった。


 あいつは大丈夫だ。


 俺がいなくなっても、なんとかやってくだろう。


 俺のことを好きだとかなんとかってのも、一過性の病熱みてぇなもんだ。


 しばらくしたら忘れんだろ。


 紫煙が昇る。






 夢を見る余裕もない程度には熟睡していたもんだが、部屋の中、突然響き渡る乱暴なノックの音に飛び起きた。


 どかっ、とドアが開けられ、元気な声が耳朶を打った。


「入るわよ!」


「ひっ、姫様っ! 流石にっ!」


「良いのよ、キース。ゲルグはアタシの騎士なんだから」


 寝ぼけ眼を擦って上体を起こす。


 部屋はすっかり真っ暗。時間としちゃ、お天道様が隠れてから数時間くらいってところか。


「っせーな。もうちょっと時間を考えろよ」


「あら、普通の人間はまだギリギリ起きてるわよ。ってかアンタその様子じゃ日中ずっと寝てたわね」


「昨日痛みで全然眠れなかったんだよ。察しろ」


「災難だったわねぇ。アタシ心配よ? 騎士の健康状態を把握するのも主君の務めだから」


 全然心配してるように聞こえねぇのは、俺だけか?


「おい、脳筋。どうにかしろ」


「すまぬ。お止めはしたのだが」


 あー。そうだよなぁ。お前にそれができたら苦労はしねぇよなぁ。


 舌打ちを一つ。


「人様の安眠を妨害してまで、押しかけてきたんだ。それなりの理由があんだろうなぁ」


「当たり前でしょ」


「なんだってんだよ、そりゃ」


 エリナが、ふふん、と鼻を鳴らす。


「色々と終わりが見えてきたからさ。今後のアンタの処遇について話しておこうと思ってね」


「それ、今じゃねぇと駄目なのか?」


「バカね。猶予が無いんでしょ? 思いたったが吉日なのよ?」


 それに俺を巻き込むんじゃねぇよ。バカ。


「精霊メティアを倒す。それはもう決定事項よね」


「あぁ」


「全部が終わったら、アンタは引き続きアタシの騎士。そう決まってるから」


「だろうな、とは思ってたよ。だがよ、具体的に何させるつもりだよ」


「そうねぇ」、とエリナがその形の良い顎に手をかける。


「アンタもよく知ってると思うけど、アリスタードの王都は治安が良い都だなんて口が裂けても言えないわ」


 そりゃそうだ。


 一歩大通りを離れりゃ、悪党が我が物顔で闊歩する街。それがアリスタード王都だ。


「アンタに任せるのは、平和的な治安回復。かしらね?」


「平和的?」


「そう。ちょっとは裏社会に顔が効くんでしょ? 上手いこと連中を納得させて、悪事を働かないようにするのよ」


 言ってることはわかる。だがそれは余りにも。


「言うのは簡単だがなぁ」


 言うが易し行うは難し。悪党界隈ってのもそんな単純じゃねぇ。んなことできてりゃ、とっくに誰かがやってる。


「大丈夫。計画はアタシが全部組み立てる。アンタはその通りに動いてくれれば良い」


「そうかよ。具体的にどうすんだよ。簡単じゃねぇぞ?」


 治安が悪い。それをよくする。


 そう言っちまえば簡単に聞こえはする。だがな。


「悪党界隈は、悪党界隈でちゃんと役目がある。勿論それが百パーセント正しいものではねぇ。だが、普通に生きていけなくなる人間ってのは、どんだけお前が頑張っても生まれてくる。その受け皿になってるってことを忘れんな」


「バカね。そんなことぐらい分かってるわよ」


「そうかぁ?」


「そうよ」


 エリナが肩をすくめる。


「悪事に手を染める人間のほとんどは、そうせざるを(・・・・・)得なかったから(・・・・・・・)。貧しい人間。肉体労働のできない人間。頭の良くない人間。身寄りの無い子供。どうしようもなくなって、仕方なくその入口を叩く」


「……ほぉ?」


「意外そうな顔すんな。アタシを誰だと思ってんのよ」


「エリナだ」


「いや、そうだけどっ! まぁいいわ。あんまり具体的には詰めてないんだけどね。確かにアンタが言っている側面があるのも事実」


 そこまでわかってんなら、どうするってんだよ。


「最初は、ちょっとずつよ。アリスタードの悪党どもを王国の管理下に置くのよ」


「は?」


「グラマンっていたわよね」


 こいつがグラマンの名前を覚えてるたぁ。


「あぁ」


「アタシだって、それなりに情報は集めてる。治安が一気に悪くなったのは、グラマンが引退した後。しばらくして落ち着きはしたけど、それでもグラマンが引退する前と比べたら、ね」


 確かにそうだ。


「だから、アンタを顔役にして、王都の悪党どもをアタシが管理する」


「それ、本気で言ってんのか?」


「本気よ」


 悪党と手を組む。手を組むまでいかねぇにしろ、だ。本当にそんな手段を取るとしてだ。それはエリナにとって大きなスキャンダルだ。弱みを作ることになる。


「賢い選択だとは思えねぇがな」


「これ以上賢い選択も無いわよ。アタシにはアンタがいる」


「巻き込むんじゃねぇよ」


「うるさいわね。アンタはアタシの騎士なんだから、黙って従いなさい」


 舌打ちをしたくなるのを堪える。


「計画はアタシが考える。それを動かしていくのはアンタ。アンタは、王都にはびこる悪党どもを上手いことコントロールして、徐々に弱体化させていく。必要悪って言うなら、ちゃんと管理する。それがアタシのやり方よ」


 そういうやり方もねぇわけじゃねぇ。


 大体そういうやり方を選んだ権力者は、作られたどでかい利権に狂って、破滅していくもんだがな。


 だが……、まぁ、こいつなら大丈夫だろ。


 エリナはそうはならない。


 さしあたって一番の問題は。その計画を実行するってのが俺だってことだ。


 俺をキーマンにするんじゃねぇ。いや、当然の選択だってことはわかってるけどよ。


 そんなことを考えた瞬間だった。


 エリナの勝ち気そうな顔が打って変わって怪訝そうなものに変わる。


 ヤバい。そう思っても遅かった。


「……アンタ」


 舌打ちをする。


「変なこと考えてるでしょ」


 声が鋭い。


 また心を読みやがって。クソッタレが。


「どこまでわかった?」


「……細かい所まではわからなかった。でも、アンタがろくでもないことを考えているのだけはわかる」


 用心しとくべきだった。眼の前の女は大魔道士エリナ様だぞ? 油断した。


「……キース。鍵、閉めなさい」


「は、はい?」


「早くっ!」


「はっ!」


 キースがエリナの号令で入り口まで駆けていき、扉に鍵をかける。


「さぁて……」


 エリナの眦が吊り上がる。


「どういうつもりなのか、ちゃーんと説明してもらおうかしら?」

ミリアさんの次はエリナ様の番です。


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[一言] やっぱエリナにはバレましたか。 どうなるか楽しみです。
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