第四話:最後に一発どでかい花火挙げて散ってくんだよ
「精霊メティアを滅した後、貴方は……」
フランチェスカが神妙な顔つきで俺を見つめる。
予測はしてたが、この顔。全部知ってる、って、そんな顔だな。
「全てを為して、消えようと。そうお考えなのですか?」
ほれ。知ってた。
バーカ。皆まで言うんじゃねぇよ。
こういうのは、絶妙に濁すとか、そういうもんだろうが。
もうちょっと情緒ってもんをだなぁ。まぁ良い。
「……ま。そういうことになるな」
「……そん……な」
ついさっき俺を殺そうとしてたとは思えねぇ顔すんじゃねぇ。とは思うが、フランチェスカが本心から俺を殺したかったわけじゃないことは十分理解している。そうせざるを得なかったことも。
判断は間違っちゃいねぇ。与えられた情報が誤っていた。それだけだ。
情報ってのは厄介だ。
その情報の過多によって容易く人間ってのは道を違える。
「自分はこうしなければならない」、だとか、「こうあるべきだ」、だとか。
そういったクソッタレな判断は全て与えられた限りある情報から本人が取捨選択せざるを得なかったものだ。
そして、今。
フランチェスカは、叡智の加護の力で、俺から得た情報のせいでこんな顔をしている。
ガキがそんな顔してんじゃねぇ。
俺みたいなおっさんが悲しむに決まってんだろうが。
「おい、フランチェスカ」
「は……い」
「笑え」
「はい?」
変なトーンで聞き返してきてんじゃねぇ。なんか自分が素っ頓狂なこと言ったみてぇで恥ずかしくなるじゃねぇか。
「俺は悪党だ」
「そんなことは」
「悪党が一人、この世から消える。そんだけだ」
「貴方は……悪党なんかじゃ……」
いや、悪党だよ。
俺は悪党で良い。
そう自身を定義づけてきた。そう在れと今まで生きてきた。
俺の根幹はそこだ。どんなにガラにもねぇことをやろうが、そこだけは変わりゃしねぇ。
「良いか? この世には居なけりゃならねぇ人間ってのと、居なくなった方が良い人間の二種類がいる」
乱暴な分け方っちゃそうだが、人間ってのはある側面から見りゃその二種類しかいねぇ。
「俺は後者だ。居なくなった方が良い人間なんだよ」
「そんなことは……ありません……」
「あるよ」
何度だって言う。何しろ俺は悪党だ。
悪党なんざ、この世から綺麗さっぱり居なくなった方が良い。
「連中には申し訳ない気持ちもありはするがな。何分仲良くなりすぎた。しばらくは引きずるだろうがよ。こればっかりはしょうがねぇ」
「しょうがない……で、済ませるんですか?」
「しょうがねぇだろ。そういうことになっちまってんだから」
そう。しょうがねぇ。
しょうがねぇことなんだ。
「お前は精霊だ」、と。そう言われた時から、どうなっても受け入れる覚悟はあった。そもそもが俺は人間じゃねぇ。
「貴方はっ!」
フランチェスカが震える声で叫ぶ。
「どんな絶望的な状況でもっ! どんな大変な現実でもっ! ……今までなんとかしてきたではありませんか……」
アホ。んなことしてきた記憶なんざねぇよ。
俺はその時その時で、可能な範囲の最適な選択をしてきただけだ。
それが上手いことハマった。運が良かった。
それだけだ。
「フランチェスカ」
「……なんで……ですか?」
「俺はただの悪党だ。できることってのは限られてる」
そう。そんな俺がよ。
「一年ちょっと前。俺はそこらに湧いて出るゴキブリみてぇな、木っ端なこそ泥だった。掃除しても掃除してもいなくなりゃしねぇ。そんなクソみてぇな集団の中の一人だった」
人様からモノをかっぱらって生きていく。思えばクソみてぇな人生だよ。
それ自体を後悔したことはない。俺が俺として選択し、掴み取ってきた人生だ。むしろ誇りにさえ思っている。
俺は悪党だ。悪党であるべきだ。それで良い。
「そんな、消えちまっても何一つ影響のねぇゴミがよ。最後に一発どでかい花火挙げて散ってくんだよ」
アリスタードにはびこる小悪党から、下手すりゃ世界を救った英雄だ。大出世じゃねぇか。
ま、そんな大英雄扱いされるほどのことはできねぇだろうし、後世に名前を残すって意味じゃ、アスナ達の方がしっくりくる。
「俺はこれで良い」
「よくありませんっ!」
引っ込んでいた涙が、またその眦から溢れ出す。
「どうして……。いつだって貴方は、『自分は無価値だ』なんて断ずるように……」
「断じてんじゃねぇ。事実を事実として認識して、ありのまま喋ってるだけだ」
「そんなことっ!」
「あるんだよ。俺は、勇者なんて大層な肩書を持った、アスナとは違う」
そう。違う。
俺は世界を救ってやろうなんざこれっぽっちも思いやしねぇ。今だってそうだ。
「アリスタードなんてでかい国を良い国にしていけそうな、エリナとも違う」
違う。
俺はアリスタードを良い国にしようなんざ、天地がひっくり返っても思わねぇ。むしろもっと治安悪くなれとか思うだろう。その方が都合が良い。
「優しくて、魔法なんざ使わなくても、周囲の人間を救ってやれるようなミリアとは違う」
全然違う。
俺は人様に疎まれるようなことをし続けて生きてきた人間だ。救ってやれる人間なんていねぇ。事実、俺はチェルシーを救えなかった。イズミも、ババァも救えなかった。
「芯が強くて、仲間を絶対に護るなんて意気込んで、それを実際に実行に移せちまう、キースとは違う」
何もかも違う。
俺は護ってやろうなんて、戯れにガラにもなく思いはしたが、そんなの力不足でできやしなかった。ちったぁできてたかもしれねぇが、及第点には程遠い。
そうなんだよ。結局のところ俺はな。
「なーんの力も持たねぇ、小悪党だ」
「違いますっ……そんなことはっ……」
「いいんだよ。それで。俺は小悪党のまんまで、小悪党のまんま消える。悲しむ奴なんて、ほとんどいやしねぇ」
そう。別に俺が居なくなっても、この世界に影響なんざねぇ。いや、逆だ。良い影響しか無い。
あいつらだって、きっと最初は悲しみはしてくれるだろうよ。それからしばらくして「あぁ、あんな奴もいたなぁ」なんて思い出になって、そんで忘れられていく。
「ゲルグなんて言う小悪党がいたっけなぁ」なんてな。
それぐらいで丁度良い。
「ゲルグ様。貴方は勘違いをしています……」
「勘違い?」
「そうです。貴方がいなくなって悲しむのは、アスナ様達だけではありません」
フランチェスカが泣きながら、笑う。
「私だって悲しいんですよ?」
あー、うん。
そうだったな。お前とも仲良くしすぎたな。
お前なら、悲しむよな。自分の為すべきことときっかりと切り離しはするんだろうがよ。
お前は、そういう奴だよな。
「あんがとよ」
「お礼を言われたいわけじゃないんです。そうじゃ……そうじゃなくて……」
「それ以外俺にはどうにもできねぇよ」
既定路線。確定事項。
俺は消える。
それはもう決定済みだ。覆りゃしねぇよ。
何しろこの世界を創り出した神とやらがそう言ってやがったんだ。
「なんとか……してください」
「なんとか?」
「貴方なら、できるはずです……」
「バーカ」
そりゃお前。俺を過大評価しすぎだ。
言ったろうがよ。俺はなーんの力も持たねぇ、小悪党だ。
できることなんざたかが知れてる。
「悪党にはもったいない言葉だよ」
お前が悲しんでくれんのは嬉しいよ。
だが、悲しむ人間が多少増減しようが、変わらねぇ。それに悲しむ人間は少ない方だ。多分な。喜ぶ人間の方が多いんじゃねぇか?
「あんがとよ。だが、どうにもならねぇよ。きっとな」
「……どっ……どうにかっ!」
「その気持ちだけで十分だ」
笑ってフランチェスカの頭を撫でくりまわす。
「……お前はどんな大人になるんだろなぁ」
「……ださい」
「顔は悪かねぇ。頭だって抜群に良い。成長したら、そりゃもうべっぴんになるんだろうなぁ」
「……てください」
「そんでもって、メティア教の教皇猊下と来たもんだ。立派な人間になるんだろうよ」
「やめてくださいっ」
フランチェスカが俺の手を振り払う。
はらはらと涙を流しながら、俺を睨みつける。
「んな顔すんな」
「私はっ……。貴方を……」
フランチェスカが一瞬言葉をつまらせる。
顔を俯かせて数秒。ゆっくりと俺を見て、そして悲しそうに笑った。
「……ゲルグ様をお慕い申し上げております……」
「お慕い申し上げております」ってなんだよ。その冗談笑えんぞ。どういう意味だよ。
いや、そりゃ野暮か。流石に素人童貞でもその言葉の真意くらいは分かる。
「貴方はっ! 私の初恋のっ!」
初恋ときたか。そりゃ光栄だよ。
馬鹿だなぁ。仮にお前が大人の女だったとして、だ。俺にお前は勿体ねぇだろうがよ。
「フランチェスカ。初恋ってのはな」
また、その小さな頭を撫でる。
「実らねぇって相場が決まってんだよ」
そもそも俺はロリコンじゃねぇ。ストライクゾーンから外れてんだよ、お前は。
……いや、そういうことじゃねぇよな。
「あと、十年経ったら考えてやるよ」
「十年後、貴方はいないじゃありませんか……」
「そうだなぁ」
乾いた笑いと、フランチェスカが鼻をすする音が部屋に響く。
「そんじゃあよ。フランチェスカ」
「……なん……ですか?」
鼻水出てんぞ。いや、別に良いけどよ。べっぴんが台無しだ。
「俺がお前の初恋の相手だって言うならよ。頼みがある。聞いてくれるか?」
「私に……できることなら」
言ったな?
「アスナを、エリナを、ミリアを、キースを。頼んだ」
フランチェスカが唇を噛みしめた。
「お前みたいなガキにこんなこと頼むのは正直気が引ける。ガキに頼むにゃ重すぎる。だから、お前が大人になってからで良い。そんときちゃんと覚えていたらで良い。連中が笑って暮らせる世界にしてくれ」
「……貴方は、いつだって……」
「いつだって」ってなんだよ。
フランチェスカが袖口で目をこする。
「あとな。お前ももうちょっと肩の力を抜け。幸せになれ。大変な立場だろうけどよ。世界の平和やら安定なんかより、お前が笑えてることの方が大事だよ」
「……そんなこと言って……」
そう呟いたフランチェスカが、頭を撫でくりまわしていた俺の手を取って、握った。
「自分のことは後回し。周囲の心配ばっかり。本当は貴方が一番怖がって良いはずなのに」
「別に怖かねぇよ。マジだ」
だって、俺ぁ、精霊なんだぜ?
「納得してる。なんっつーんだろうなぁ。今までの人生やら、なんやら思い返してよ。なーんか、腑に落ちたんだよなぁ。なんだ? どでかいヤマに盗みに入る直前みたいな高揚感すらある」
「なんですかそれ」
フランチェスカが流す涙をそのままに、ふふ、と笑った。
そうだよ。お前はそうやって愛嬌よく笑ってるのが良い。
「わかりました。約束します。ゲルグ様」
「おう」
「貴方が、羨ましがるような。皆が笑って過ごせる。そんな世界を、私は作ります。それからっ! 貴方が後悔するような美人になってっ! 貴方よりもっ! かっこよくて、頭が良くて、優しいっ! そんな旦那様を見つけますっ!」
さーて、これで俺もガキに重責を押し付ける悪い大人の仲間入りだ。
「それで良い。悪いな。頼んだぞ」
「はい」
フランチェスカが帰って、夜が明けた。
朝方まで絶妙な疼痛が続いて、結局一睡もできなかった。
そんでもってお天道様が昇ってからしばらくして、やっとちょっとばかし痛みが引いてきやがった。ままならねぇもんだ。
あー。なんっつーか、ようやく眠れそうだな。
心地よい睡魔に身を委ねかけたその時。ノックの音が部屋に響いた。
誰だよ。ったくよぉ。
扉の外の気配を探る。
ミリアか。
「入れよ」
扉が開く。
「もうちょいで眠れそうだったのによ。ったく」
「あ、すみません。タイミング、悪かったですね」
「謝られるほどじゃねぇ。ちょっと悪態つきたくなっただけだ」
ミリアが、ふふ、と笑う。
「そうですか」
「あぁ」
ミリアが俺が寝ているベッドに腰掛ける。
こいつ何しに来たんだ?
「何の用だよ」
「いえ。用ってほどではないのですが。ゲルグと話したくなって」
俺は今滅茶苦茶に眠いんだがなぁ。まぁ良いか。
「何を話す?」
「もう、一年以上、経ちましたね」
ミリアが感慨深げに呟く。
「そうだなぁ。アリスタードで初めて会ってから、一年ちょっとだ」
「はい。あのときはまさか、こんな事態になるとは思っていませんでした」
ミリアがまた柔らかく笑う。
「精霊メティアを打倒する、なんて。当時の私であれば考えるのもおこがましい、そう思ってしまいそうです」
「そりゃ、お前はメティア教の神官だったもんなぁ」
「えぇ。考えが凝り固まっていたのかもしれません」
「常識ってのは絶えず変化していくもんだ。人間ってのはな」
何もかもが変わっていく。
ミリアだって変わった。
「貴方が居たおかげです。ゲルグは私にたくさんのことを気づかせてくれました」
「記憶にねぇがな」
「貴方はいつもそればっかりですね」
楽しそうに笑う。
俺と話して何が楽しいんだか。いや、楽しいのか。楽しいんだろうな。
こいつは俺のこと好きだとかいう、物好き女だからなぁ。
「傷の具合はいかがですか?」
「大分痛みがマシになってきたよ。一晩中絶妙に痛むもんだから、全然眠れなくてな」
「お邪魔、ですか?」
ミリアが困ったように笑う。
そんな顔すんな。
「いますぐ寝てぇところだがよ。ま、そりゃ後でもできる。邪魔なんかじゃねぇよ」
「ゲルグは優しいですね」
優しい? 俺が?
「バーカ。優しかねぇよ」
「優しいです」
「アホ」
そう言って二人で顔を見合わせて笑う。
「ゲルグ?」
「なんだよ」
「全てが終わった後の話をしませんか?」
優しげなミリアの瞳が控えめに俺を見据えた。
フランチェスカ、おっさんに告るの巻。
おっさんは「ロリをたぶらかした罪」で逮捕です。
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