第三話:お前はすげぇ奴だ。これからもっと凄くなってくんだろうよ。だから、あんま心配すんな。なんとかなる
「フランチェスカ様。答え合わせをしましょう」
「ごめんなさい」と、ひたすらに俺に詫び続けるフランチェスカがちょっとばかし落ち着いた頃、エリナがそう切り出した。
「ぐずっ、答え……合わせ、ですか?」
鼻をすすりながら、フランチェスカがエリナを見る。
「はい。私達がゲティアから直接聞いた話。フランチェスカ様が『真実』であると認識している話。食い違っているはずです。まずは、そこを埋めましょう」
「……はい」
「叡智の加護で猊下が知り得た世界の真実はどんなものですか?」
エリナが真剣な眼差しでフランチェスカを見やる。その視線を受けたフランチェスカも真っ赤な目をしながらも、考え込む様子を見せた。
「ちょっと待て」
「何よ、ゲルグ」
エリナが「良いところで止めるんじゃねぇ」みたいな視線を俺に向ける。
「フランチェスカ。叡智の加護ってのは、人間の記憶やらなんやらも把握できるのか?」
「はい。人間の持つ情報量は大きいので、一気にやると私の頭がショートしてしまいますが……」
「一部ならできる。ってことだな? なら話は簡単じゃねぇか」
「できます。……ですが……」
なんだよ、煮えきらねぇな。
「なんだよ」
「私は、叡智の加護に対して三つのルールを設けています。その一つに『好ましいと感じた人間に対して加護の力は利用しない』というものがあります。なので……」
そりゃ、立派な心がけだ。どうせババァの入れ知恵だろうがよ。
人間の内心なんて、そう気軽に読み取るもんじゃねぇ。エリナは俺の心を滅茶苦茶気軽に読んでいはするが、それでも断片的でもやっとしたモンでしかねぇ。
本人には決して打ち明けないこと、感情、その他諸々。そんなもんを読み取っちまったときには、人間に対して絶望しかねない。英断だ。
だが……。
「本人が良いって言ってんだ。俺を読め。別にお前にバレて不都合なこたねぇよ」
「ですが……。いえ、わかりました」
「慎重にな。脳みそぶっ壊さない程度にだぞ?」
「はい」
そう言ってフランチェスカが目を閉じる。
数分程過ぎただろうか。
フランチェスカが目を開き、そしてわなわなと震え始めた。
「『チキュウ』、ってなんですか?」
「さぁな」
「ゲティアは、あのような傲慢な存在だったのですか?」
「そりゃ、俺もクソッタレだと思う。理解できねぇ」
「魔王も勇者も、精霊メティアが選び続けていた……のですか?」
俺は黙って首を縦にふる。
「……理解しました。皆様が混沌の神を滅した理由を……。世界が滅びるというのであれば、今の帰結に納得もできます」
あっさりと納得してくれてありがてぇよ。
「ってか最初からそうしとけよ」
「私は……。自らに課したルールは破りません。そう決めていました」
「融通の効かねぇガキだ」
肩をすくめる。
「あの……ゲルグ様?」
「なんだよ」
「貴方は……」
あ、やべ。そこまで読まれたか。どう口止めする?
「……いえ。わかりました」
心の中だけで安堵のため息を吐く。空気を読んでくれたようだ。
四人にバレるわけにはいかないこともある。
「しかし……精霊メティアにゲティアの精神が流入し、世界が狂う、のですか」
「あぁ。だからメティアをぶっ殺す必要がある。それは確定だ」
俺の言葉に、他の四人が小さく頷く気配がした。
だが、フランチェスカが難しい顔をする。
「私は……。迷っています。精霊メティアを滅する。その意味は理解していますか? ゲルグ様は理解されているようですが」
フランチェスカが顔を上げる。
「アスナ様。精霊メティアを滅する。その後、どうなるかわかりますか?」
「ん……。精霊メティアがいなくなると……。精霊メティアがいなくなる?」
アスナ。それ全然答えになってねぇからな。
「アスナ。魔法を使うのには何が必要?」
見かねたエリナが助け舟を出した。
「大精霊との契約」
「大精霊は誰から生まれたの?」
「精霊メティア。……あっ!」
ようやくアスナが理解したらしい。
「そうです。魔法がこの世界から失われます。勿論加護もです。加護はともかく、魔法はテラガルドに根ざした技術です。魔法によって世界中の人間が豊かな生活を送ることができています。それが一度に失われたら……」
その後はミリアが引き継いだ。
「世界は混乱します、ね」
「はい。しかし、そうしなければ世界が緩やかに滅びていく。ジレンマ……ですね。数年ほどかけて霊殿を封鎖し、世界に訴え、魔法を古い技術にしていく必要があります。仮に精霊メティアを滅するにしても……」
あー、だがなぁ。そりゃまずい。
「あー、フランチェスカ。色々と頭の中で計画してるんだろうけどよ。あんま猶予はねぇらしい」
「え? 数十年かけて、というお話では……?」
いや、ゲティアはそう言ってたんだけどな。
「財の精霊に発破かけられた。予想以上にゲティアが消えた影響が強い。さっさと来てくれ、とよ」
「……そう……ですか……。どうしましょう」
フランチェスカが頭を抱える。
どうしようつってもなぁ。こればっかりは流れに身を任せるしかねぇような気がする。
どうフランチェスカに声をかけようか迷っていると、ミリアがフランチェスカに柔らかく笑いかけた。
「フランチェスカ様?」
「はい、ミリア」
「メティア教の教義は素晴らしいものです。例え魔法が使えなくなったとしても」
「……そう、かもしれませんが……」
「人間を、皆を信じましょう。魔法が無くても、加護が無くとも、人間は自らの力で前に進めるはずです」
「……それは……私はミリアのように、人間というものを信じることができません……」
そこに関しちゃ俺もそう思う。
「ま、どっちにしろ選択肢はねぇんだがよ」
「理解しています……」
「細かいことは、フランチェスカ。お前に任せる」
「は? え?」
メティア教。その教皇。こいつのちっちゃなおつむは、叡智の加護とかいうよくわからねぇ力がなくても十二分に素晴らしい。
「お前は教皇なんだろ? ガキにこんなこと任せるのもおっさんとしちゃどうかとは思うんだがな……」
「いえ、その……」
「魔法が使えなくなって、加護もなくなって、そのときに人間が必要とするのは、優れた指導者だ。幸いお前に協力してくれそうな奴はたくさんいる」
「そんなことは」
あるだろうがよ。そんなこと。
「おーい、エリナ。お前、フランチェスカが困ってたら助けてやるよな?」
「勿論よ」
「アスナー。お前は?」
「ん。当然」
「ミリアは……言うまでもねぇか」
「はい」
「キースは、脳筋だから頼りにしねぇとして……」
「おい、悪党。酷くないか?」
笑う。
「ほれ。お前にゃ、ちゃんと仲間がいる」
そして、さらりと嘘を吐く。
「そんでもって、大した力にはならねぇかもしれねぇが俺もいる」
フランチェスカにはバレてんだろうな。だからこれはフランチェスカに対する嘘じゃねぇ。四人に対する嘘だ。
「は……い……」
「お前はすげぇ奴だ。これからもっと凄くなってくんだろうよ。だから、あんま心配すんな。なんとかなる」
「そうでしょうか」
「そうだよ」
「……そう……ですね」
それによ。
「現にゲティアが観測してた『チキュウ』とやらは、魔法やら加護やら、精霊やらなんやらが無くてもやっていけてたらしいぞ。その『チキュウ』に住んでる連中とそっくりに作られた俺達が、やってやれねぇこたねぇだろ」
「……わかりました。私も覚悟を決めます」
ようやっと話がまとまったよ。
あー疲れた。肉体的にも精神的にも。
一息ついたら、刺されたとこが痛くなってきやがった。
「……ってぇ……。悪い。ミリア。治癒頼む」
「申し上げにくいんですが、フランチェスカ様のナイフで付けられた傷には、魔法の効果が出るまで時間がかかるようで……。フランチェスカ様が既に手ずから治癒をかけた後です。ゆっくりと効果が進行しているところだと思います」
「げっ……ってこたぁ」
「……ちょっとだけ我慢してて下さい」
「まじかよ……」
俺の言葉にフランチェスカがまた沈んだ顔をする。
「ごめんなさい……」
「あー悪い。そういうつもりじゃねぇよ。ってかバカ、言っただろうが。ガキの間違いなんざ、一発怒鳴ってゲンコツふらして、そしたら笑って許すのがおっさんなんだよ」
「……ですが……」
あーもう。
「いいからっ! 俺ぁもう寝る! 寝てりゃ治んだろ! お前ら、もう帰れ!」
そう言って俺は痛む腹を手で押さえながら、他の連中を追い払ったのだった。
数時間経ち、深夜。
ちなみにさっきまでは連中と色々と話すのに夢中で気づかなかったが、ここは教皇庁の医務室とかではねぇ。客間だ。
流石にフランチェスカが俺を刺したって事実を公にするわけにはいかなかったんだろ。どんな事情があったとしても、邪推する人間はいくらでもいる。
混乱しまくってたはずだろうにな。流石にちゃんと考えてやがる。末恐ろしいガキだよ、ったく。
そんでもってなんで「寝る!」なんて宣言して連中を追い出した俺が、深夜まで起きてるかというと……。
「痛くて寝れねぇ……」
そう。気絶するほどの痛みであれば楽だったのだ。
だがそうじゃない。じくじくという絶妙な痛みが寝入りかけた俺を即座に叩き起こす。
こればっかりはしょうがねぇよなぁ。
フランチェスカを責める気もない。あいつはガキだし、それになぁ。
タバコを取り出し咥え、火をつける。
「ふーっ。……いたたた」
肺から煙を出す。その呼吸でまた腹がじくじくと痛みだした。
「痛みますか?」
「うおっ! フランチェ……、いったたたた」
「あぁっ、すみません。驚かせるつもりでは!」
フランチェスカが横にいた。いつの間にいたんだよ。そういや痛みで周囲の気配には無頓着だった。
「お前……音もなく入ってくるなよ」
「教皇庁の中で私が入れない部屋はありませんから。それに別に音もなく入ってきたわけではありません」
「そうかよ……ってててて」
痛がる俺。思わず腹を押さえた右手に、フランチェスカが手を重ねる。
「ゲルグ様……」
「んだ? ガキはさっさと寝ろ。育つところも育たねぇぞ」
軽く茶化したつもりだったのだが、フランチェスカの表情は暗い。
「……なんだよ……」
「本当に、ごめんなさい……」
フランチェスカの眦に涙が溜まる。
「もうそりゃ良いっつーの。ガキはガキらしく、怒られたら反省して次に活かせ」
「ですが……」
ったく。このガキは。
変に賢しいせいで、大人に甘えるってことを全然知らねぇ。
「あのなぁ。フランチェスカ」
「ぐずっ、はい」
「あー、もう泣くなよ」
面倒くせぇ。
「お前が握っている情報と、あの状況での教皇としての判断。間違っちゃいねぇよ」
「……それは……正直に申し上げますと、間違っていなかったと思います」
月明かりが部屋を薄く照らす。フランチェスカの顔が涙で濡れていた。
「ですが、教皇としては……です。私個人としては、間違っていました」
「どういうこったよ」
フランチェスカが徐々にしゃくりあげる。
このガキは今日は泣きっぱなしだなぁ。
「他でもない、ゲルグ様に……っ! 刃を向けるなんてっ!」
「お前の中で俺はどういう存在なんだよ、バカ」
俺は単なる悪党だっつーの。いや、蓋を開けてみたら悪党どころか人間ですらなかったってのは、笑い話にもならねぇけどな。
「貴方が、ゲルグ様が、精霊でなければ、死んでいました。あのナイフはそういう類のものです……」
決定的なフランチェスカの言葉を聞いて、俺はため息を吐く。
タバコを咥え、吸い込み、紫煙を吐く。
「……やっぱ、わかってたか……」
「……はい」
そりゃわかるよなぁ。叡智の加護ってのはすげぇ力だ。
「空気読んでくれたんだな」
「はい。隠し通すという、貴方の強い意思を感じました、から……」
「あんがとよ」
「ですがっ……。ですがっ!」
どうやらそのこともフランチェスカがしくしくと泣いている原因の一つらしい。
死に際のゲティアにちょっかいかけられて話した内容。その全てがフランチェスカに知れ渡ったのだろう。
メティアとやらも、もうちょっと都合の悪い部分は隠すとか、そういう気を利かせても良いんじゃねぇのか?
「頼む。あいつらには言わねぇでくれ」
「本当に……それで良いのですか?」
「良いよ」
そう。
俺は精霊だ。
事実を理解してから、はっきりと自覚できるようになった。副作用なのか魔力の流れが、今まで以上に明確に理解できるようになった。
勿論エリナみたいにポンポン魔法を使えるようになったわけじゃねぇけどな。
わかったのは、自分の身体を流れる魔力の微妙な違い。
アスナとも、エリナとも、ミリアとも、フランチェスカとも、他の誰とも違う。
そもそもの魔力の質が違う。
それは、簡易魔法を使う時、小精霊の力を借りるときに感じる、その存在感に近い。
「そのことも含めて、ゲルグ様とお話したくて、来ました」
いつの間にか涙の止まった瞳で、俺をじっと見つめながらフランチェスカがそういった。
ったく、何を話そうってんだよ。
まぁ良い。どうせ眠れそうもねぇし、話し相手になってやるか。
俺は上体を起こしてフランチェスカに向き合った。
フランチェスカには色々とバレてしまいました。
読んでくださった方、ブックマークと評価、いいね、そしてよければご感想等をお願いします。
とーっても励みになります。
評価は下から。星をポチッと。星五つで! 五つでお願いいたします(違)
既にブックマークや評価してくださっている方。心の底から感謝申し上げます。
誠にありがとうございます。




