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第二話:アホ。自分一人でどうにかなることなんてたかが知れてんだよ

「フランチェスカ。ゲルグにごめんなさいは?」


 泣き止んだもののそれでもまだしゃくりあげ続けているフランチェスカを、アスナが厳しい顔で睨む。


「は……い。ごめん……なさい」


「フランチェスカ? 私の顔を見て言うんじゃないでしょ?」


「……仰るとおりです」


 フランチェスカが改めて俺を見て、深く頭を下げた。


 ちっこい教皇サマが泣き止むまで、十数分くらいかかっただろうか。身体もなんとか少しばかりは動かせるようになった。上体を起こすことができる程度には。


「ゲルグ様。ごめん……なさい……」


 しょんぼりとしている上に、ひたすらに俺の顔を直視しないように顔を俯かせているフランチェスカの様子がなんだかおかしくて、思わず笑いそうになるのを堪えるのに苦労する。


「ったく、教皇っていう立場上理解できるけどね。アンタ、もうあんなことしちゃ駄目よ」


 おい、エリナ。お前仮にも一国の主だろうが。教皇猊下に対する礼儀はどうした。


「フランチェスカ様? 私は世界の平和と安定を心から願っている貴方のお気持ちは理解しているつもりです。ですが、だからといって他の方を踏みにじってはいけませんよ

?」


 ミリアが優しく諭すように語る。フランチェスカがミリアをちらりと見た。


「えぇ。わかっています。ミリア。ですが――」


 お? 言い訳か?


「あの状況と、情報で私の判断が間違っていたとは思っていません……。許していただけるとも思っていません」


「おーい、フランチェスカ」


「はい……」


 こいつ、いつか俺が叱りつけたことの意味全然理解してねぇな。いや、正直にゲロってんのは一般的にゃ美徳っちゃ美徳なんだがよ。


「お前、自分から余計に叱られようとしてんじゃねぇよ」


「そんなつもりは……」


「言ったろうが。こういうときはできる限り殊勝な態度で謝り倒すんだよ。ったくお前は、賢い割に世渡りが下手くそだなぁ」


「……ですが……」


「ですがもクソもねぇ」


「は……い……」


「ガキは間違うもんだ。間違って間違って、そんで色々と覚えてくんだ。いくらお前が叡智の加護とやらを与えられてようが、天才で周りがバカに見えようが、一緒だ」


「……はい……ごめんなさい……」


「それで良いんだよ」


 腕を伸ばして、フランチェスカの頭を撫でる。


 なんだ? 急に部屋の気温が下がった気がする。


「ゲルグ、フランチェスカに甘くない?」


「アスナ? 何言ってんだ?」


「私だって撫でてほしい」


 アホ言え。つい最近撫でてやったろうがよ。


「あ! フランチェスカ! 今、ちょっと勝ち誇った顔したでしょ!」


「しっ! してませんっ!」


 こら。論点がずれてんだろうがよ。んなよくわからねぇことで喧嘩してんじゃねぇ。


 そしてもう一つ冷たい気配が横にいる。


「ゲルグ?」


「お、おう。ミリア?」


 アスナとフランチェスカは、年の離れた大人、つまり父親に甘えるような感じなんだろうが、しっかりと妙齢のミリアにそういう空気を発されるとなんだ。端的に怖い。


「節操がありませんよ?」


「ひ、人聞きの悪いこと言ってんじゃねぇ!」


 素人童貞に言う台詞じゃねぇだろうがよ。


「悪党。男冥利に尽きる状況なのではないか? 羨ましいぞ」


「お前の顔、全然羨ましそうに見えねぇけどな」


 そのにやけた面を辞めろ、脳筋。ぶっ殺すぞ。


 そんな中大きな咳払いが部屋の中に響いた。


「そろそろ話を進めたいんだけど、良いかしら?」


 エリナの吊り上がった眦が、爆発寸前だということを暗に告げていた。こいつが一番怒らせるとおっかねぇ。


「フランチェスカ様? 私違和感を感じたんです」


 エリナが女王としてのどでかい猫をかぶり直してフランチェスカを見る。


「違和感……ですか?」


「はい。フランチェスカ様は叡智の加護を授かってらっしゃいます。叡智の加護の具体的な力は私も把握できてはいませんが、『見通し、理解する』力だと聞いています。先程フランチェスカ様は、叡智の加護について『何でも識っている。識ることができる』と仰っていましたね」


「はい」


「よろしければ、叡智の加護がどのようなものなのか、改めて具体的にご教示いただけませんか?」


 フランチェスカが少しだけ考え込む。目が真っ赤なもんで、そんな様子もなんだか締まらねぇもんだが、そこはそれ、空気を読んで口に出しはしねぇ。


「はい。この際ですので全てお話します」






 叡智の加護。具体的な内容がフランチェスカの口から説明されると、俺達は開いた口が塞がらなくなってしまった。


「以上が、叡智の加護の力です」


 要点をかいつまむと、「フランチェスカが『知りたい』と望んだ事柄を全て知ることができる」、とのことだ。現時点で確定している事柄に限るらしいがな。


 つまるところ、未来のこと以外については、全てフランチェスカは知ることができる。望むがままに。


 そんな加護を眼の前のガキに与えやがったメティアとやらがとんでもなく悪辣なものに思えてきた。人間に与えられる範疇を超えた力にほかならない。


 なんっつーか……。


「……そんな力を持って、良く歪まずに立派に育ったもんだよ」


 俺のつぶやきに、フランチェスカが皮肉げに笑った。


「ゲルグ様。私は立派に歪んでいます。自分でも自覚しています。現に私は貴方を殺そうとしました」


 そりゃ、パニクって選んだ手段を間違っただけだ。確かにしようとしたことはでけぇがな。


 だが、俺も悪党の端くれだ。命を狙われたことなんて数え切れねぇし、そもそもが「あ、死んだわ」って瞬間は、この一年ちょっとで何度だってあった。もう麻痺してるんだよなぁ。


 だがそうなると、腑に落ちねぇのは。


「なんでゲティアが殺されたことやら、俺達が無事生きて帰ってくることはわからなかったんだよ」


 そうだ。叡智の加護の力がフランチェスカの言う通りなら、俺達が上位領域から戻ってくる時、()の前で待ち構えていてもおかしかねぇ。「俺達を殺す」なんて決断をするのであれば、そのタイミングが一番効果的だ。


「俺達が帰ってくるのは知ることができなかったのか?」


「……私も気が動転していて、あの時は思い当たっていませんでした。ですが、ゲルグ様が仰った通りかもしれません」


「まぁそう考えるのが自然だな」


 加護がメティアから与えられているものである限り、その力はメティアにコントロールされている。


 知られたらまずいこと。知られたくないこと。そういったものも当然あるだろう。


 しかし、別に俺達がゲティアを殺したこと自体は、知ってても良かねぇか? 基準がわからねぇ。


「フランチェスカ」


「はい」


「精霊のこと。上位領域のことは、叡智の加護で知ることができていたのか?」


「はい。知りたいと思ったことは」


「そうか」


 つまり、こいつは。


「ゲティアからメティアが生まれたことも知ってたか?」


「はい」


「勇者も魔王も、実はメティアが選定している。そのことは?」


 フランチェスカの顔色が変わる。


「……え?」


 その反応だと知らねぇってことか。それとも……。


「知りたいと望まなかった?」


「いえ。ジョーマ様に力の使い方を訓練していただいてから、ゆっくりと、時間をかけてですが力を使って知覚しました」


 おい。ちょっと待て。


「今、ババァの名前が出たよな?」


「はい」


 あのババァ。何から何まで……。


「お前とババァは、どんな関係なんだよ」


「ジョーマ様は私の恩人です。叡智の加護を授かっていることが明るみに出てすぐに、ジョーマ様が私のもとにいらっしゃり、加護の力の使い方や注意点をご教示下さいました。ジョーマ様は私にとっての母親代わり、なのかもしれません」


「本当の母は小さいときに亡くなってしまいましたから」と、フランチェスカが苦笑いする。


 っとに、あんのババァは。


 そういう大事なことは俺にぐらい言っとけバカ。死んでる奴に毒づいても意味がねぇのは理解しているが、それでもそんなことを考えちまう。


 そして、それを聞いて、俺は思い返す。ババァの死。それを隠蔽しようとするフランチェスカに思わず怒声を上げたことを。


「……悪かった」


「え? 何がですか?」


「いや、魔王をぶっ殺して、帰ってきて直ぐにお前を感情的に怒鳴りつけたことだ」


「……いえ、あれは当然で――」


「そうじゃねぇ。お前もお前で色々と考えて、苦悩して、それで選択してきたんだよな。お前とババァの関係も知らねぇ俺がとやかく言って良い問題じゃなかった」


 頭を下げる。


「あ、頭を上げて下さい! あのときのゲルグ様のお怒りはご尤もです」


「いや、ガキに『ちゃんと謝れ』って言ってるおっさんが、自分が悪いと自覚した時、謝らねぇなんて問屋が卸さねぇよ。本当に済まなかった」


「……いえ、その……」


「そんでもって――」


 顔を上げる。


「お前が選んだものが正解かどうかなんて俺にはわからねぇ。それでも、苦しかっただろ。辛かっただろ。そんなことおくびにも出さねぇで。お前は偉いよ」


「そ、そん……な……」


 フランチェスカの真っ赤な目から、さっきようやっと引っ込んだ涙がまた溢れ出す。


「頑張ったんだな」


「わ、わたっ、しっ……。ほ、本当、はっ!」


「あぁ」


「ジョーマ様に死んでっ、欲しく……なかっ……」


「そうだよな。お前もババァの子供だもんな」


「う、うえっ……ひーん」


 俺は再び泣き出したフランチェスカの頭をぐしぐしとなでつける。二つの冷ややかな視線が自身に突き刺さるのを感じながら。どうせアスナとミリアだ。


「げ、ゲルグっ、様っ……はっ……わかって……くれると、思って……。そんな、ことっ。望んじゃっ……いけないのに……」


「バーカ。最初から全部俺達に話してれば良かったんだよ。あと悪かったな。ちゃんとお前と話しておけば良かったな。これは俺が悪い」


「そ、そんなことっ……。これ、はっ! 私が! 為さなければ、ならないことでっ!」


「アホ。自分一人でどうにかなることなんてたかが知れてんだよ」


 本当にこの世界は。歪んでいる。


 ガキに重荷を負わせすぎだ。アスナ然り、フランチェスカ然り。


 こういう一人で背負い込むガキなんて、いちゃいけねぇ。


 ガキは大人に甘えるもんだ。思いっきり甘えて寄りかかって、そんでもって尻拭いしてやるもんだ。他ならねぇ、尻拭いなんてしてもらえなかった俺が言うんだから間違いじゃねぇ。


 ガキの頃、何度助けを求めたか。


 ガキの頃、救ってくれる大人が直ぐ側に居る環境にどれだけ憧れたか。


 熱心に探すまでもなく、んなガキは山ほどいるだろう。大勢いる中で数人が死なずに行きのこり、そしてロクデナシになる。俺みたいな。


 だが、そこらのガキが背負ってるモンなんて、せいぜい自分のその日の食い扶持ぐれぇだ。失敗したら自分が死ぬだけ。そこにゃ何の責任も義務もない。


 一方でこいつらはどうだ?


 世界の平和やら、安定やら、メティア教の未来やら。


 荷物がでかすぎんだよ。馬鹿野郎。


 口の中で舌打ちを一つ。


 メティアの奴。ぶっ殺す前に、どういうつもりだったのかちゃんと問い詰めてやらねぇとな。


「アスナはようやっと理解したんだ。お前もそろそろ理解しろ」


「ひぐっ、な、なにを、ですか?」


 アスナをちらりと見る。冷ややかーに見ていたのが、いきなり俺に見られて、慌てて表情を戻すのが一瞬視界に映った。


「フランチェスカ?」


「は……はい、アスナ様……」


「私は勇者。でも、私一人にできることなんてたかがしれてる。世界中の人々を救うことなんて私にはできないの」


「……はっ……い」


「でも、私は一人じゃない。いろんな人と出会って、関係を持って、そして協力できた。魔王を倒せたのも私一人の力じゃない」


 アスナが笑う。


 さっきまで絶対零度の視線で俺を見てた奴の笑顔とは思えねぇけどな。なんでんな顔してたんだよ。意味がわからねぇ。


「それはフランチェスカも同じ。ね?」


「はいっ……はい……」


「頼って良いんだよ。甘えて良いんだよ」


「は……っいっ」


 ズビズビ鼻水を啜るフランチェスカ。その頭に乗せていた手に、グリグリと力を込める。


「ちゅーことだよ。ガキは大人に甘えて寄りかかって、尻拭いしてもらうもんだ。他ならねぇ大人ですら、誰かに甘えて頼って、迷惑かけて、そうやって世界は回ってんだ。俺だって例外じゃねぇ。それがガキなら当たり前のことなんだよ。お前一人にゃ、世界の平和やら安定やらは手に余る。ちゃんと自覚しろ、バカ」


「は……いっ……ごめん……なさい。ごめんなさい……。ごめんっなさい。ごめんなさい。ごめんなさいっ!」


 ごめんなさい。そう謝罪の言葉を繰り返すフランチェスカの頭を俺はガシガシと撫でる。


 重すぎる荷物。それを持ち上げて、なんとか山越えしようと踏ん張ってたガキ。


 その荷物を降ろせてやったのかね?


 だったら良いけどな。


 ってか。アスナ。ミリア。いい加減、ちょこちょこ怖い雰囲気を俺に向けるのを辞めろ。空気読んで気配を消してるエリナとキースをちったぁ見習え。意味がわからねぇんだよ、バカ。

フランチェスカは望んでいながら諦めていた言葉をおっさんからちゃんと貰えました。

頑張ってきたので、当然なのです。

当然! なのです!


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[一言] フランチェスカ、望みが叶って良かったです。 アスナ達にとってはある意味まずいですがw >アスナ。ミリア。いい加減、ちょこちょこ怖い雰囲気を俺に向けるのを辞めろ。空気読んで気配を消してるエリ…
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