第十六話:何もかも投げ出して、帰って死ぬよりも、今頑張って死ぬほうが! 百万倍マシっ!
「皆! お願い!」
アスナが叫ぶ。それにいち早く反応したのは、エリナだ。
「戦の精霊、ヴァルキュリアに乞い願わん。かの者に汝の加護を与え、遍く苦難に抗す有りとし有らん力を与えたもれ! 全能力向上!」
早口の詠唱。使う魔法は、全ての能力を上げる全能力向上。アスナの身体が淡く光る。
「さっきからクソな悪夢みたいに現実感が無いのよ! でもねぇ! アスナが幸せになれないなら、アタシだって帰ったりなんてできないっ! 死んでもっ! 死にきれないわよっ!」
エリナが涙混じりに、がむしゃらに叫ぶ。
その直後にミリアが詠唱を完成させる。
「守護の精霊、イージスに乞い願わん。我らを打擲する有りとし汎ゆるものからの守りを与えたもれ。範囲物理守護」
続けて詠唱。
「守護の精霊、イージスに乞い願わん。我らを打倒せしめんとす奇跡からの守りを与えたもれ。範囲魔力保護」
物理、魔法。双方に対する護りの魔法。
相手は混沌の神だ。暖簾に腕押し、糠に釘。もしかしたらそうかもしれねぇ。それでも何も無いよりゃマシだ。
「正直足がすくみますっ! でも神も、精霊も関係ありません! 私は、アスナ様と、皆様と! 笑って帰りたいっ! それに比べたら、今感じている恐怖なんてっ!!」
人一倍怖がり。直接的に戦える力は無い。魔法で他者を癒やし、護ることだけに特化している。
そんなミリアが声を、身体を震わせながらも、そんな言葉を叫んだ。
「むうううんっ!」
キースが唸り声を上げる。
顔は真っ青なまんまだ。だが、それでも頬を歪ませて、男臭く笑う。
「これまで、国王に、騎士団長に、主席宮廷魔道士に刃を向けてきたっ! 今更神にそれを向けることに何のためらいがあろうかっ!」
エリナとミリアの二人を護るように力強く立ち、大剣を抜いた。
混沌の神には、キースの剣じゃダメージは与えられない。それでも剣があいつの勇気の拠り所になっている。
っとーにお前らは。
お前らは。
最高の勇者御一行様だよ。
「財の精霊、メルクリウスに乞い願わん。我らが行く手を阻む艱難辛苦をもはねのく速度を与えたもれ」
後は俺だ。
「範囲速度向上」
俺を含めた五人の身体が複雑な色合いを以て光る。
能力向上、防御、速度向上。多種多様な補助魔法の重ねがけ。
「おい、混沌の神とやらよぉ」
ゲティアを睨みつける。
「てめぇ、さっきから『人間モドキ』、『人間モドキ』ってよぉ」
震える身体を、声を、なんとか抑えつける。
「っるせぇんだよ」
これは武者震いだ。そうに決まってる。
「なーにが、混沌の神だ」
神がどうした?
「なーにが、世界を作った、だ」
世界を作ったなんざ、んなすげぇことか? クソッタレが。
「精々見下してやがれ。てめぇは今からその『人間モドキ』にぶっ殺されんだよ」
精一杯強がってニヤリと笑う。
「ざまぁみろ」
ゲティアが俺達の顔を見回す。
「やれやれ。帰っても良いって言ってるのに。本当に君達は度し難いなぁ」
肩を竦めてため息を吐いた。
「蛮勇は美徳ではない。愚かだ。特に相手の力量を顧みないそれは、大罪だ」
言ってろ、クソがよ。
「もう飽きちゃったし、抵抗するのも面倒だからさ。しばらくは様子を見てるよ」
そりゃ喜ばしいねぇ。無抵抗で殴られてくれるってわけか。
「でもね。それが済んだらさ――」
ゲティアが、価値の無いものを見るような眼差しが俺達を貫く。
「――君達を僕は消す」
それがきっかけだった。
「どっちにしろっ!」
アスナが跳び、ゲティアに肉薄する。
剣を縦横無尽に振る。どれもがゲティアに浅くないダメージを与えている。ように見える。
「今死んでも、貴方の言う通りに生きて帰ってもっ!」
この状況。完全に追い詰められた鼠の構図。であっても尚。
「結末は変わらないっ!」
アスナの剣舞は綺麗だった。
「貴方はわかってないっ! 何もかも投げ出して、帰って死ぬよりも、今頑張って死ぬほうが!」
そう。目の前の神はよ。そこんとこわかってねぇ。
神だってのによ。全然わかってねぇ。
「百万倍マシっ!」
ゲティアに無数の切り傷が刻まれていく。
「あー、痛い痛い」
痛い、という感情を微塵も感じさせない声でゲティアが呟く。
「でもそれだけだなぁ」
「くっ!!」
アスナの悔しそうな声が耳朶を打つ。
「もう、どうにでもなってっ! 一か八かっ! 人が作りし人口の神、デウス・オムニポテンに命ずる!」
エリナが詠唱を始める。聞き覚えがある。ババァの顔が脳裏によぎった。
「遍く森羅万象を構成する、最小単位の粒子を、決して隔絶するに能わぬその連鎖した結束を」
メティアとやらが、俺を作ったってんならよ。
「真理を超えたその先の先の先に在る、知識を超越した絶対なる流れによって、分離させ、其が持つ尾を飲み込む竜の如き秘められし力を開放し――」
どうせ見てんだろ? ここで奇跡の一つや二つ起こして見せやがれ。
「爆ぜろっ! 核爆発ッッ!」
魔力がうねりを上げる。魔法が発動する前兆だ。エリナもダメ元だったのだろう。あいつ自身が一番驚いた顔をしていた。
「……できた……!? ッッ! アスナ! 離れて」
「エリナ! わかった!」
アスナが離脱する。
ゲティアを中心に、範囲が限定された大爆発が起こる。耳に痛いほどの轟音。そして振動。次いで上がるきのこ雲。
その重低音にまぎれて、エリナの荒い息遣いがやけに近くで聞こえる。
「……こ、これで、アタシの魔力は空っぽよっ! 皆! 後はどうにかして!」
その声に、キースが動いた。
「ふぬううううううう!」
剣を振りかざし、きのこ雲に突撃していく。あの中はまだ熱いはずだ。
そして大剣を文字通りめちゃくちゃに振り回す。キースを中心につむじ風が起こり、きのこ雲がかき消されていく。ダメージは与えられねぇが、時間は無駄にはできねぇ。爆煙が消えるのを待っている時間も惜しい。脳筋の割に考えたじゃねぇか。
中から、少しばかり煤けた神が姿を現す。
「けほっ、こほっ。これは……。地球の技術に近い魔法……? 流石に痛いね」
余裕そうな声出しやがって、クソッタレが。
「アスナ様!」
「ありがと! キースっ!」
またアスナがゲティアに肉薄し、剣を振るう。ところどころ焦げた様子のゲティアの身体に更なる切り傷が物凄いスピードで増えていく。
「……うーん。この程度かなぁ……」
しかし、ややあってゲティアが「興が削がれた」みたいなニュアンスをふんだんに込めながら呟いた。
ダメージは与えている。相当与えているはずなんだ。
「ッッ!」
アスナが顔を歪ませる。
剣による攻撃。その傷は確かについている。
にも関わらず、奴は涼し気な顔を崩さない。
「……飽きてきちゃったかなぁ……。もっと頑張ってよ」
「もっと頑張ってよ」だと? 今俺達は、最高の攻撃をしている。
それが。「もっと頑張ってよ」の一言で片付けられるのか?
「うーん。そういえば、人間は感情の力で強くなる、ってのがパターンだよねぇ」
アスナに斬られ続けながら、ゲティアが何かを思いついたような顔をする。
まずい。何故かそう思った。
今までアスナをぼんやりと見ていたゲティアの、冷たい氷のような眼差しが移動した。
移動先は。
「君、ちょっと動けなくなっても支障ないよね?」
ミリアがその眼差しに身体を強張らせた。
それとほぼ同時に、ゲティアの姿が掻き消える。
「ッッ! や、辞めっ!」
アスナの切羽詰まったような声が虚しく響く。そして、ミリアの腹から右腕が生えた。
「……え?」
血飛沫が舞う。いつの間にかミリアの後ろに現れていたゲティアがその右腕をゆっくりと抜いた。
げほっ、とミリアが咳き込み、大量の血液が口から吐き出された。
「ミリア!」
誰の叫び声だったろうか。もしかしたら俺達全員が異口同音に叫んだのかもしれない。
自分の腹に空いた風穴を震えるように見てから、ゆっくりとミリアが崩れ落ちる。
あれはただの拳だ。範囲物理守護である程度軽減されているはず。奴は、世界最高の神聖魔法の使い手であるミリアの魔法を容易に突破し、その腹を貫いた。
「ゲ、ティアァァァァァァ!」
アスナの掠れた怒号が耳に響く。そのまま、猛スピードでゲティアに肉薄し剣を振り回す。その剣閃は今までとは違い精彩を欠くものだった。
そして、違ったのはそれだけじゃない。ゲティアはそのすべての剣撃を自身の右手で弾いている。何もせず受けるだけではない。
「まだだね。まだ足りない」
そしてゲティアがエリナを見た。
「エリナっ! 逃げろっ!」
叫ぶ。無駄だとわかっていても。
「もう魔力、無いんでしょ? じゃあ、良いよね?」
ゲティアがエリナの目の前に転移し、そしてその右腕を横薙ぎに振り抜いた。
「……か、はっ……」
信じられないようなものを見る目で、エリナがゲティアを見る。そして自身の喉元に手を当てる。そこはぱっくりと開いていて、泡混じりの真っ赤な液体が次から次へと溢れ出ていた。
血で塗れた手を見て、エリナが唇を噛み締める。
そして、目の前のゲティアに自身の拳を、弱々しく叩きつけ、そのまま倒れた。
「はい、二人目」
「ひ、めさま……」
キースが呟く。絶望に彩られた声で。
「き……貴様ァァァァ!」
そして激昂し、その大剣をゲティアに振り下ろす。しかし、その攻撃は空を斬る。確かにゲティアには当たった。
神は、普通の武器では傷つけられない。通り過ぎるだけだ。
「……手間が省けたね」
ゲティアが軽くキースの腹を押す。少なくとも俺にはただそうしたように見えた。
その動きからは想像できないスピードでキースが数百歩ほど吹っ飛んだ。
まるでボールのように、地面を跳ねながら、徐々に速度を落としていき、そのままピクリとも動かなくなる。
「さて、君達? どうする?」
俺とアスナを、奴が見る。
「仲間が死にそうだよ? 今すぐ僕を倒して、手当しないとだね?」
「……あ……」
アスナがともすれば泣きそうな。そんな声を上げた。
舌打ちを一つ。
「うん。ちょっとだけマシな顔になったね。恐怖、焦燥、憤怒、無力感。いろんな感情が入り混じった顔だ」
残ったのは二人。俺とアスナ。
神聖魔法はアスナしか使えない。
「よく、も……。皆を……」
震える声でアスナが剣を構え直す。
だが、駄目だ。
「アスナ! ストップだ! まだ、連中は死んでねぇ!」
「……で、でもっ! 今動かないとっ!」
「お前ができることを思い出せ。俺は神聖魔法は使えねぇ!」
「で、でもっ!」
「あいつらが死ぬっ! こいつは――」
目の前の神を睨みつける。
「俺が食い止める! お前は連中を治療しろっ!」
「できるの?」
できるの? じゃねぇんだ。やるんだよ。
風の加護を全開にして、奴に向かって跳ぶ。
奴には普通の武器は効かない。だが、俺の肉体であれば。
拳を握る。
「死にさらせっ!」
パシ、と乾いた音が鳴る。
俺の右拳は、ゲティアの左手によって掴まれていた。
「駄目だなぁ。そんな真っ正直なパンチなんて――」
「バーカ」
予測済みなんだよ。
そのまま奴の左手首を左手で握りしめる。握った左手を軸に、跳んできた勢いを殺さないよう、ゲティアの左肩の外側に回る。ゲティアに握られた右拳、そこに繋がる右腕がねじれ、粉々になる感触がするが、大事の前の小事だ。
俺にできることなんて、少ない。
だが、できることの一つ一つは、世界最高の忍。その技術が根底にある。
奴の首に右脚を絡みつかせる。同時に左脚で左腕を雁字搦めにする。
「またこれ? 君も学ばないなぁ」
「そう思うか?」
そのまま左手で、天逆毎を抜く。
奴の中。
その力のベクトルを探る。
ほれ、やっぱりな。
「転移、って言って良いのかわからねぇが、まーた消えようとしてやがんだろ」
「そうだけど?」
混沌の神に、普通の武器でダメージは与えられない。だが……。
ババァと魔王の間に割って入ったあの時の感覚を思い出せ。
魔王のよくわからねぇ力の波動を切り裂いて、アスナに止めを刺させた時の感覚を思い出せ。
力の流れさえわかれば。
それをいなすことだって、弾くことだって、逸らすことだってできる。
「ここだろうがよ!」
ゲティアの身体。その中心から少し右にずれた場所。
そこに小太刀を突き刺す。
渦巻いていた転移のためのエネルギーが霧散する。手に伝わる感覚でそれを理解する.
「驚いた。そんな芸当もできるんだね。あぁ、近いことをやってたね。ユリウスと戦っていた時、だったかな?」
「見てたんなら、ちゃんと覚えておくべきだったな」
無差別な転移は封じた。
なら、俺の拘束から抜け出せることはできない。
「やるね。流石にこうなっちゃ僕もちょっとやそっとじゃ動けないね。君達と同じステージにいれば、の話だけどさ」
「んじゃどうする? 神の力とやらを使って俺を殺すか? 神、なんだろ?」
「そうだね。神として一度言った言葉を取り消すのはねぇ」
「てめぇのメンツってやつがかかってるもんなぁ。『人間モドキ』とか心底見下してた奴に完封される気分はどんなだ?」
ゲティアが、クスクスと笑う。
「気分? ちょっとだけ楽しくなってきたよ」
「そりゃ重畳だよ。なにしろよ、こりゃ」
ただの時間稼ぎだからな。
「範囲治癒!」
アスナの魔法が発動する。俺のバキバキになった右腕も元通りに治っていく。
「ゲティアよぉ。どうする?」
「……つまらないね」
「なにより」
ニヤリと笑う。
「アスナァ!」
「ん!」
「気張るぞ!」
最高を、全力全開をぶつけた。
それでも神という高みにはどうやら届きはしない。
それでも。アスナの言葉どおりなんだ。
「尻尾巻いて帰ってたよりも、てめぇとぶつかって死んだ方がやっぱ百億倍マシだよなぁ!」
ゲティアの身体を羽交い締めにしている力を強くする。
「最初からわかってたよなぁ!」
アスナが跳躍し、神薙の剣を振り上げる。
「ん! ゲルグ! 良いこと言う!」
ずっとゲティアのターン!!!
GWは5/1と5/2に更新をし、後はお休みとさせていただきます。
ご了承くださいませ。
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