第十八話:これからなんだって知っていく。俺はお前に付いてくってそう決めたんだよ
眠っている四人を起こさないように静かに部屋を出る。ババァが鼻歌を歌いながら、夕飯の仕込みをしていやがった。やめろ、年甲斐もねぇ。見た目だけは、妙齢の姉ちゃんだってとこが本気でたちが悪い。
「ん? ゲルグか。そなたは寝なくてよいのか?」
こっちも見ねぇで俺だって言い当てやがる。本当に末恐ろしいババァだ。
「んで? 何を考えてる?」
「ふーっはっはっは。結論を急くのは、そなたの悪い癖だ。何度も注意したつもりだが、まだ治ってなかったのか」
「うるせぇよ。職業柄せっかちなんだ。大目に見ろ」
ババァが夕飯の仕込みを中断して振り返る。見た目だけはタイプだ。見た目だけはな。
ババァと俺は、アリスタード王都の安酒場で出会った。見た目だけはボン・キュッ・ボンの色っぺー若い姉ちゃんだ。酒に酔った勢いで俺が口説いた。それが始まりだ。あのときの俺の迂闊さを恨むのは普通の感覚だと信じたい。
そっからなんやかんやあって、その姉ちゃんが、百歳を超えるババァだと知って、嘘だろ? とか思って。んでなんかよくわかんねぇが気に入られて、色々教えてもらったりした。まだ二十歳位のときだったか。
「アスナ・グレンバッハーグ。少しばかり厄介な呪詛を受けている」
「呪詛? そんなもんあいつが受けるわけねぇだろ?」
「アレは、混沌の神が戯れに魔物や魔族に与えるのが常だ。だが、極稀に人間にもその力を与える」
「あぁ、王国の騎士団長とやらと主席宮廷魔道士とやらも、ってことか」
「うむ。恐らくだがアリスタード国王も呪詛を受けているだろう」
確かに今思やぁ、あのおっさん、様子がおかしかった。曲がりなりにも、勇者を輩出した国の国王があそこまで一気に腐り切るとは考えにくい、のか? いや、あのクソオヤジは元々俗物っぽいぞ? その呪詛とやらが大いに関係しているってことか? ホントかよ。
「そして、呪詛は、条件を満たした人間に強制的に付与することもできる」
「ん? どういうこっちゃ?」
「心当たりはないか? 守るべきものと考えている者らを不本意ながら一定数殺し、その上でその原因となる守るべきものに並々ならぬ憎しみや殺意を向けた。そんな状況に」
心当たり? ありまくる。改造人間をアスナは少なからず何十匹と殺した。その顔を青ざめさせながらだ。その上で、あのクソガキに「殺す」と恐らく初めての殺意をむき出しにした。
「その条件が揃った時、殺意の対象に呪われることによって、受ける呪詛がある」
ババァが俺の胸をどんっと拳で叩く。
「それが否善の呪詛。条件が特殊すぎてあまりにも無名な呪詛だ」
「よくわからねぇ。呪詛ってのはそもそもなんなんだ?」
混沌の神が与える潜在能力、とだけミリアから説明を受けた。呪詛に関してあまりにも知らなすぎる。
「混沌の神、ゲティアがその者の悪しき運命に応じて、精霊メティアの眷属に対抗させるために与える、悪辣な潜在能力だ」
「悪辣、な潜在能力?」
「常時発動の状態異常とでも考えれば良い。呪詛はその者に一定の条件で力を与えるが、その一方で呪いも与える」
「呪い……」
呪い、呪い、呪い。転移の洞窟で聞いたクソ胸糞悪い単語だ。
「否善の呪詛。その効果は……。憎しみや殺意等の負の感情によって力を行使する際に全能力を向上させる、そんな呪詛だ。その一方で、救う、だとか、守る、だとかそういった想いから力を行使する時、苦痛を与える」
「苦痛?」
「あぁ、死にたくなるほどの苦痛だ」
ババァがどこから取り出したのか、ティーカップを差し出してくる。
「ま、何もナシで長話もなんだ。飲むが良い」
「ありがとよ」
憎しみや殺意やら、負の感情によって力を行使する際に能力向上……。アスナとははっきり言って相性が悪すぎる。んで、それに付随する呪い。それもおんなじだ。アスナの弱体化が意図だったってぇことははっきりと理解できる。
マジで相性が悪すぎる。あのお人好しにゃ。
「どうにかならねぇのか?」
「なに、対策はある。だが大変だ」
このババァが「大変」なんて言うってこたぁ、本当に大変なんだろう。どれだけ大変なのかは想像もつかねぇがな。
「勇者がゲティアの呪詛を受ける……か。皮肉にも程がある……」
「皮肉ってどういうことだ?」
「勇者と魔王は対になる存在だ。精霊メティアが勇者を選定し、混沌の神ゲティアが魔王を選定する。魔王は勇者でなければ倒せない」
魔王は勇者でなければ倒せない。そんなからくりになってやがったのか。俺は茶をずずっと啜りながら、舌打ちをする。
「当然ながら、アスナ・グレンバッハーグにも加護がついているよ。太陽の加護だ。他の者にもついてる。エリナ・アリスタードは月の加護。ミリアには水の加護。キース・グランファルドには火の加護」
そこまでわかるもんなのか。素直に感心しちまったのが業腹だ。
ちなみに、俺に風の加護があるってことを教えてくれたのも、このババァだった。その使い方もだ。それまで意識しないで使ってたらしいが、ちゃんと使い方を理解すれば、本来の効果を発揮できるんだそうだ。
「ゲルグ、そなたに風の加護がついているということは前に話した通りだ」
「あぁ」
「風は全てを守る。守ってやれ」
言われなくても。そうするつもりだよ。言葉には出さなかった。代わりに鼻を鳴らす。
「この悪辣な状況から脱するにはそなたらじゃ力不足だ。しばらくは余の側で修行を受けることだな」
「修行、ねぇ」
あいつらにそんなん必要なのか? 魔王をぶち殺した連中だぞ?
「ゲルグ。そなたもだぞ?」
「げっ」
俺は知っている。このババァがこと訓練とか修行とかそういうものになると、ひたすらにスパルタになることを。昔を思い出す。思わず今口に含んだ茶を吐き出しそうになった。
「ところで、ゲルグよ。アスナ・グレンバッハーグのことはどう思っている?」
「は? なんだ突然! お、俺はロリコンじゃねぇよ!」
俺の言葉にババァが大きくため息を吐く。
「そういうことではない。どう思う?」
「あ、あぁ、そういうことか」
俺はアスナの顔を思い浮かべる。
「お人好しを絵に書いたような奴だ。人の悪意なんてものにゃとんと無防備。だがそれで良い。純粋無垢。正しく勇者。それがあいつだ」
「ふふっ」
ババァが笑う。
「ふーっはっはっは。ゲルグよ。そなたにそこまで言わせる小娘だったとは。気に入った。アスナ・グレンバッハーグにも、しっかりきっかり修行をつけてやろう」
「お、お手柔らかにな」
これから先のアスナの行く末を考えると同情を禁じえねぇ。俺がちょっとばかし顔をしかめていると、ババァがえらく優しげな顔をしだした。いつもの邪悪な笑顔とは別の表情だ。
「ゲルグよ」
「ん?」
「憧れたな?」
舌打ちを一つ。
「……あぁ、その通りだ。憧れた。お天道様に顔向けできねぇ俺が、なんでまたこういうことを感じちまったのか知らねぇ。だが、憧れた」
そう。憧れた。魅入られたんだ。
「守ってやりてぇ。あいつは人間がどんだけクソをひり出す存在なのか全然わかっちゃいねぇ。このままじゃ、いつかあいつは壊れちまう」
「英断だ」
「……馬鹿なことしてるってだけだよ。柄じゃねぇことは理解してる」
俺の言葉を聞いたババァが、微笑みながら俺の頭をガシガシとなでつける。やめろ、いい歳こいたおっさんを子供扱いすんな。
「ならば、力が必要だな」
「……やぶ蛇だったか……」
あぁ、嫌だ、嫌だ。このババァ、っとーにスパルタなんだよなぁ……。まぁ良いか。後で考えよ。
その後、一時間ほど俺はババァと他愛のない話に花を咲かせてから、奥の部屋に戻ったのだった。
部屋に戻ると、アスナがパチリと目を開けた。
「ゲルグ」
「あ、悪い。起こしちまったか?」
なんか前にもこういう状況があったような気がするな。既視感を覚える。あぁ、あれだ。グラマンの屋敷でだ。
「ジョーマさんと何話してたの?」
「他愛のない話だよ。今まで何やってたとか、そういうくだらねぇ話だ」
特段なんでもねぇ回答だったはずだ。そのはずだったんだが、アスナがなにやらむすりとした顔をし始めた。なんならちょっとばかし頬を膨らませてさえいる。
「なんつー顔してんだよ」
「だって、ジョーマさんは私の知らないゲルグを知ってる」
「あのなぁ。俺とお前が知り合って何日だよ」
「大体二週間位?」
二週間で俺の何もかもを知られたらそれはそれで怖ぇんだよ。バーカ。
俺はアスナの髪の毛をグリグリと撫で回す。アスナは俺のその手を受け入れて目を細めた。
「くっだらねぇこと考えてんじゃねぇよ」
「むぅ。下らなくない。大事」
「これからなんだって知っていく。俺はお前に付いてくってそう決めたんだよ」
「ん」
しっかし、こいつの髪の毛ってどうなってんだ? さらっさらだぞさらっさら。女にしては短く切りそろえてはいるが、その猫っ毛が、こいつがどうしようもないほどに少女なんだってことを自覚する。
「もっと」
「あん?」
「もっと撫でて」
「……それで満足するなら、死ぬほど撫で回してやるよ」
グリグリと撫で回す。アスナが目を細める。愛い奴め。ぐりぐり。
だが、その様子をじーっと見ていた視線があった。気づかなかった。この部屋にはあいつもいたんだよ。
「……なに、してるの?」
エリナがジト目で俺を睨みつけていた。やべぇ奴にみつかった。
「ゲルグ……アンタやっぱりロリコンだったのね……万死に値するわ」
「だ、だからちげ、違ぇって。俺はロリコンじゃねぇ」
「さっさとその手をどけろ! このロリコン! ペドフェリア!」
「は、はいぃ!」
エリナが杖を持っていないことが不幸中の幸いだった。危うく殺されるところだった。ってか、アスナ。お前なんでそんな楽しそうに笑ってんだ。俺危うく殺されそうになってんだぞ?
「アスナ。この男に心を許しちゃだめよ」
「なんで?」
「男は皆、狼なの」
「ゲルグ、狼? 人間に見えるけど」
「狼なの! 性犯罪者が服着て歩いているもんなのよ! 触られただけで妊娠するかもしれないのよ!」
待て、俺の手にそんな魔法はかかってねぇよ。馬鹿言ってんじゃねぇ。
「でも、ゲルグの手、暖かい。お父さんみたい」
「あぁ、……そういうことねぇ。……なら、ま、良いわ。アスナ。ゲルグはお父さん。お父さんよ」
「よくわからないけど、わかった」
勝手にお父さん認定するんじゃねぇ。十六歳の娘がいるほど俺は老いちゃいねぇよ。
「ゲルグ、お父さん」
「そう、ゲルグはお父さんよ。お父さんは、娘に決して手を出したりしないの」
「手を出す?」
「いいの、アスナは何も知らなくていいの。私が、これから色々教えてあげるから」
おい。エリナ。顔がいやらしいぞ。
「うるさい、ゲルグ。どっか行きなさいよ」
流石にそれはひでぇと思うんだが。
まぁいいか。俺は自分のベッドにどさりと横になって、夕飯まで寝ることにした。二人に背を向けてな。背中から聞こえるエリナの姦しい声に辟易とする。うるせぇ。寝れねぇだろうがよ。
「夕飯だ!」
ババァが、バシーン、と音を立てて部屋の扉を開ける。その大声に、俺も含めた全員が飛び起きた。
「料理が冷めてしまう。早く起きてくるが良い」
寝ぼけ眼で、なんとか起き上がる。ミリアが眠そうに目を擦っている。うん、なんだ。扇情的だ。端的に言うとエロい。
「ゲルグ。目がいやらしいんだけど」
「うるせぇ、エリナ。いちいちつっかかってくんじゃねぇ」
俺はミリアの姿を心のアルバムに保存するのに忙しいんだよ。
「ふわぁ。……なんですかゲルグ? そんなに見られると、流石に恥ずかしいんですが」
「ん、あぁ悪い悪い。他意はない」
嘘だ。他意なんてありまくりだ。心のアルバムに今の扇情的なミリアの姿は保存済みだ。うむ。眼福眼福。
「……童貞くさっ」
うるせぇよ。エリナ。それにその言葉は俺だけじゃなくて、キースにも効いてるぞ。ほら、ちょっと傷ついた顔してるじゃねぇか。可哀想に。
「……俺は……俺は剣に生きるんだ。女なんて……女なんて」
「キース。俺達は仲間だ。そうだろ?」
「ゲルグ……ありがとう……」
野郎の涙なんて見たくねぇが、だが親近感は湧くもんだ。まぁいい。兎に角飯だ飯。腹減ったわ。
五人揃って部屋を出ると、それはそれは豪華な夕餉がダイニングテーブルに所狭しと並べられてあった。
「おい、ババァ。気合いれすぎなんだよ」
「悪いか? 料理は余の趣味だ」
てめぇが「料理が趣味」とか、冗談にもならねぇんだよ。これでまた、絶妙に美味いのが本気で腹が立つ。
「凄い。豪華」
感動したようにアスナが呟く。
「そうであろう、そうであろう。アスナ・グレンバッハーグ。さ、座るが良い。他の者も。冷めるとせっかくの料理の価値が半減だ」
俺達は大きめのダイニングテーブルの周りに置かれた椅子に、思い思いに座ると、食前の祈りを唱える。いや、普段は俺は唱えねぇんだけどな。ミリアがいると、どうしてもこういう風になる。
「全能なる精霊メティアよ。今日も我々にささやかなる糧を与え給うたこと、感謝します。そして、これらの命を、決して無駄にはしないことを誓います……」
ババァも珍しく祈っている。さて、祈りも終わった。夕食タイムだ。ババァがニッコリと笑う。その笑顔が邪悪そのものなのは誰も突っ込んじゃいけねぇ。
「召し上がれ」
「肉! 肉は俺のもんだ!」
「ゲルグ! あんた取りすぎよ! あらやだ、これ凄く美味しい」
「美味しい……」
「こんなちゃんとした食事……久々に食べました……」
「旅をしていると粗末になるからな……。野菜が食べたくなる」
「美味いであろう、美味いであろう。ふーっはっはっは」
大量の食事にテンションが上りまくった俺達の夕食は、騒がしいという一言に尽きた。ババァがその様子を、酷く楽しそうに眺めて笑っていたのが印象的な夜だった。
ちょっと公開が遅くなりました。すみません。
第一部は残すところエピローグと閑話となります。
ちっぽけなプライドから、この物語は全てゲルグの一人称で書くと密かに決めていたのですが……。
すまん、ありゃ嘘だ。
閑話はアスナ視点のお話になります。
しょうがないじゃないですか。書き始めたら楽しすぎたんですもの。
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