第十三話:意思が、覚悟が消えなければ、私は壊れなんてしない
意識が途切れて真っ暗だった目の前が、急に明るくなる。
あ? 俺……。
「今死んだよな?」
呟く。
「げ、ゲルグ……大丈夫?」
アスナの声が聞こえて、そっちを見る。真っ青な顔で、涙ぐみながら俺を見ていた。
他の連中の顔も見回す。信じられない物を見たような顔で、目で俺を見ている。
「ど、どういうことだ? どうなってる?」
狼狽する俺に向かって、ゲティアのクソでかいため息が投げかけられる。
「あーあ。君がやかましいから、ネタバレになっちゃったじゃん」
いや、言ってる意味がわからねぇ。ネタバレってなんだ。ってか、俺は今どうなった?
「僕は全知全能とは程遠いけど、それでも神様だ。人間一人を殺したり、生き返らせたりすることなんて」
その瞳が怪しく輝く。
「世界を一つ作り上げるのに比べれば簡単だよね」
生々しく残る死の感触。全身を蝕む痛みの記憶。
奴の言葉とともに、それらが一気に思い出される。
「ッッ!」
身体が震える。
気まぐれに人間を殺すとか、そういうレベルじゃねぇ。生殺与奪の権利を全部握られてやがる。
どうしろってんだ、こんなん。
「じゃ、ちょっと興ざめもしたけど、ゲームを始めよう」
声色からも、表情からも一切感情を読み取れないが、それでもどこか愉快そうにゲティアが言う。
「だーれーにーしーよーうーかーなーかーみーさーまーのー。……神様は僕だね。言う通りってそれは、僕がしたいように決めれば良いってことか」
くすくす、と笑う。
「あんまり壊れるのが早いとつまらないから……」
ゲティアがゆっくりとその右手を挙げて、指さした。
アスナを。
「勇者。君に決めた」
おい。
「待て! 『君に決めた』じゃねぇ! やるなら俺にしろ!」
「うるさいなぁ。でも君じゃきっと五分も持たないよ」
ゲティアが気怠げに俺を見る。
「殺して、そして生き返らせる。あらゆる苦痛を与えてね。それを繰り返すんだ。君に耐えられる?」
「……たっ」
逡巡する。さっきの記憶が頭にこびりついて離れない。
「ったりめぇだろ!」
「ふぅん……。そっかぁ」
情けねぇ。声が震えてら。
でも、アスナにあんな体験をさせるわけには――。
「でも、だぁめ」
「……は?」
「なんで? って思ってるね。理由はねぇ」
ゲティアが言う。その抑揚に乏しい声で。「僕がつまらないから」、と。
「さ、勇者のお嬢さん。覚悟は良い?」
辞めろ。辞めてくれ。
俺でいいじゃねぇか。
何分だって、何時間だって耐えて見せる。
だから、俺にしろ。
そんな願いとは裏腹に瞳を覚悟と決意に染めたアスナがゲティアを睨む。身体は細かく震えている。怖くて当たり前だ。
「私が耐えたら……」
「うん。ちゃんと君達の知りたいことを教える」
「そ……れで、良い」
馬鹿。何言ってる!
「アスナ! 辞めて!」
エリナが叫ぶ。
「そいつが、約束を守る保証なんてっ!」
「お言葉だけどね? 流石に僕も神様だ。嘘は吐くけど、時と場合は考えるよ」
「そ、そんなのっ!」
「じゃあ、君がやる?」
エリナが言葉を詰まらせる。
「やっ、や……」
「時間切れ。即答しなきゃ。それにね、君もすぐに壊れちゃいそうだから、論外」
そして、ゲティアがミリアとキースを見遣る。
「彼らにも資格は無い。だから無駄だよ」
ミリアは歯の根が合っていない。キースは厳しい顔をしてはいるが、少しだけ顔が青い。
そりゃそうだ。
一度俺が、あっさり殺されているのを目にしている。
死。それは根本的な恐怖だ。人間であれば誰だって忌避する。
「……大丈、夫」
「お、お前が思ってるほどっ――」
「たぶん……ね。精霊の試練に……近いと思うの」
アスナが頬を引きつらせながらも微笑む。声も震えている。なのになんでお前はそんな目をしてやがる。
「どれだけ痛くても、どれだけ怖くても……」
その青白い瞳でゲティアを睨みつける。
「意思が、覚悟が消えなければ、私は……きっと、壊れなんてしない」
「その意気やよし!」
クスクス、とゲティアが笑った。
「じゃあ、行くよ。三秒後だ」
何もできないのか?
「三」
アスナが苦しんでいるのをただ見ているだけなのか?
「二」
俺にできることは――
「一」
――何もない……。
「ゼーロ」
アスナの首が飛んだ。その瞳は何が起こったのかわからない。そんな色に染まっていた。叫び声をあげる暇もなかっただろう。
「首を切り飛ばしてもね、数秒ぐらいは意識があるらしいよ」
そして宙を舞う首が、ぐにゃりと軌道を変えて、アスナの身体に戻る。
瞬きをした。その瞬間に、アスナの首は元通りにくっついていた。
「……ッッ……!?」
よくわからねぇ力で首のつながったアスナが息を呑む。
「大丈夫? 大丈夫だよね。最初は軽めのやつだったから」
「じゃあ、次行くね」と、無慈悲な言葉をゲティアが発する。
その言葉に、アスナの瞳が恐怖に染まった。次いで、現れるのは苦痛に満ちた表情。
「あああああああああああああ!」
喉すら千切れそうな叫びが鼓膜を震えさせる。
目から、耳から、鼻から、口から、血が滴り落ちる。
エリナが涙を流しながら耳を塞ぐ。
ミリアが震えながらへたり込む。
キースがわなわなと震えている。
俺は……。ただただ立ち尽くしていた。
「ああ……あ……あ……ぎっ!」
そしてアスナの身体が爆発した。
花火のように真っ赤な血飛沫が飛び散り、その中の数滴が俺の頬にべちゃりとついた。
地面には臓物が散らばり、足元に印象的だった青白い瞳の目玉が転がる。
「や……」
声が震える。
「はい、リセット」
爆発までの流れを、時間を巻き戻すように、散らばった肉片が一つに集まり、そしてアスナを形作る。
「やめ……」
意識を取り戻したアスナが、顔を青くして、身体を震わせている。
だがそれでも、弱音は吐かなかった。
それでも、その瞳には、さっきまでの覚悟と決意が消えていなかった。
「やめ……てくれ」
「じゃあ次ー」
感情を感じさせない声で。それでも愉快そうに、またゲティアが号令をかける。
ぷつり、となにかが切れた気がした。
「やめろっつってんだろ!」
怖い。恐ろしい。
だが、それよりも。アスナが何度も殺されて生き返らせられるのを見ていたくはなかった。
ゲティアに向かって突撃し、拳を振り上げる。
奴は何の反応も示さない。そりゃそうだろう。神に傷をつけられるのはアスナの持つ剣と、魔法。それだけ。
のはずだった。
突き出した拳が、ゲティアの左頬に突き刺さる。
「……は?」
奴がもんどり打って吹っ飛んだ。
他の連中が驚いている気配がする。
だが、誰よりも驚いているのは、俺だ。
なんで、俺の拳が、ゲティアに当たった?
「……あぁ、久しく感じていなかった。そっか、これが『痛い』ってやつだね」
奴がゆらりと立ち上がる。
そして俺を見た。
「ちょっとごめんね」
目にも留まらぬ速さで、ゲティアが俺の目の前に立つ。驚く暇もない。
そのまま、腹のど真ん中に手を当てられる。
意識が遠のく。
――ゲルグよ。
懐かしい声がする。
――ゲルグよ。起きんか。
死んだよな。お前。夢か?
――ゲルグさん! 起きて下さい!
こりゃまた懐かしい声だ。もう記憶も擦り切れて、最近じゃ思い出すのにも精一杯だった気がする。
あぁ、こりゃあれか。
死ぬ間際に見る走馬灯ってやつか。
「違うわ! 戯け者!」
「うおっ!」
どことも分からない真っ暗な空間。
目の前にいるのは、ババァとチェルシー。
「全く、そなたというやつは」
「な、な、な」
「驚きすぎですよ。ゲルグさん。もしかして、アタイの顔忘れました?」
「は? いや、ちょっとま……て」
驚きすぎて声も出ねぇ。いやかろうじて出てる。
「チェルシーよ。ゲルグが驚くのも無理は無い。余もそなたも既に死んでいるのだからな」
「そうですよねぇ。もうちょっと成長すれば、ゲルグさん好みのボン・キュッ・ボンになれたかもしれないのになぁ」
「安心しろ。それはない」
「ひどっ! アタイの未来の可能性を切り捨てないでもらえますか!?」
「ふーっはっはっは。そなたはそもそもが栄養失調の期間が長かった。あのまま生き延びて成長していても、貧相な身体のままであろう。残念だったな」
「な、何も言い返せないっ……」
ちょっと待て。
驚いて、驚いて、驚きつくしてる俺の前で漫才を始めるんじゃねぇ。
「て、てめぇら。なんで」
「ゲルグ。そなたのポケットには何が入っている?」
「ポケット?」
言われて、ポケットをまさぐる。手に触れたのは。
「余のペンダント。そこに、余とチェルシーの魂の残骸を込めてある。そなたが限りなく真実に近づいた時、開放するように設定した。ゲティアに触れられたことが恐らくトリガーになったのだろう」
ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待て。
「いや、そりゃ何のために?」
「そなた自身のことを伝えるためだ。余が生きていれば直接伝えたのだがな。そうはならないと予測していた」
「は? 俺自身のこと?」
ってか、今それどころじゃ。ってか、それならチェルシー要らなくねぇか?
「馬鹿者。チェルシーはそなたの心の安定剤代わりだ。この事実は何よりも重い。少なくともそなたにとってはな」
「そうです。アタイはゲルグさんの安定剤! あ、なんかこれ、愛を感じていいですよね? ゲルグさん、アタイのこと大好きですもんねー」
チェルシー。うるせぇ。
「ひどっ!」
「それくらいにしておけ。時間はあまり長くは残されていない。良いか? 落ち着いて聞け」
ババァが優しく俺に笑いかけながら、精一杯落ち着かせようとしながら、言う。
「そなたは厳密には人間ではない」
「は?」
俺が?
人間じゃない?
いや、確かに違和感を感じることはあった。
「ゲルグさん。大丈夫ですよ。ジョーマさんから聞いて私も知ってますから。ゲルグさんの身体自体は人間そのものです」
「いや、意味がわからねぇ、どういうことだよ」
「心当たりはあるだろう?」
確かにある。ありまくる。それが『自分が人間ではない』という結論と紐づかなかっただけで。
「じゃあ、俺はなんなんだよ」
その疑問にババァが難しい顔をする。
「目的は余にもわからぬ。だが、二十年とちょっと前。生まれるはずのなかった存在が発生した。メティアは自身の全ての感情を削ぎ落とし、精霊とし、現し世と上位領域との境に住まわせた。そのはずだったのだ」
「いや、だから、俺はなんなんだよ」
「結論を急くなと何度も言っておろう。生まれるはずのなかった存在。それがそなただ」
はぁ?
ってぇ、ことは、つまり。
「ゲルグさんは、人間というよりも精霊に近い存在なんです」
だよなぁ。そういうことになるよなぁ。
「いや、でもよ。なんで?」
「だからそれは余にもわからぬ」
「なんでわからねぇんだよ」
「余にもわからぬことぐらいある!」
逆ギレしてんじゃねぇ。
でも、まぁ。うん。そうだな。
「そういうことかぁー」
「あれ?」
チェルシーが不思議そうな声を出す。
「あんまりショックじゃなさそうですね? ジョーマさん」
「ふむ。余もこの反応は意外だった」
いや、だってよ。
「別に、俺が精霊だろうが、人間だろうが、あんまり関係なくねぇか?」
そもそも人間の定義ってのは何だ? どうだったら人間で、どうだったら精霊なんだよ。
俺は今ここにいる。明確な目的を持って、ここまで来た。
それだけで俺自身が何者かに関わらず、俺が俺である証明には十分だ。
「アタイ、要りませんでした?」
チェルシーがニヤニヤしながらも悲しげな声を出す。飽くまで声だけだったが。
「そういう意味じゃねぇよ。わかってて言ってるだろ。予想外過ぎて感慨も湧いてねぇが、こういう形ではあるがもう一度会えて、なんだ。嬉しいっちゃ嬉しい」
「そうですよね。ゲルグさんってそういうとこありますからね」
和みかけた雰囲気をババァの声が締める。
「時間切れだ。余もチェルシーもどんどんと魂が摩耗していっている。重要なことは一つだ」
「重要なこと?」
「そなたは精霊に近い存在だ。であればこそ」
あー。いくら察しが悪くても気づいた。ババァ何を言いたいのか。その内容が。
「ゲティアをぶん殴れる?」
「珍しく察しが良いではないか。だがそれだけではない。そなたでなければできないことがある。精霊に近い身であるゆえにな。それは……」
「……人間という枠に縛られない?」
「そうだ。悪党は縛られぬのだろう? 自由なのだろう? そなたにぴったりではないか」
満足気にババァが笑う。
「さ、行って来い。アスナ・グレンバッハーグが笑える世界を作るのであろう?」
「ちょっと妬けちゃいますね。ゲルグさんのことを一番最初に好きになったのはアタイなのに」
そう言われてもなぁ。お前死んでんじゃねぇか。
「そうですけどー」
「あー、はいはい。悪かった悪かった」
チェルシーの頭をグリグリと撫で回す。
「えへへー」
ババァを見る。チェルシーを見る。その姿はいつの間にか半透明になっていた。
時間切れってことなんだろう。
「さて、これで本当にさよならだ。余達は、謂わば役割をまっとうするだけの魂のかけらだ。厳密に言えば本当のジョーマ・ソフトハートでも、チェルシーでもない」
「そんな気はしてたよ」
お前ら、確かに死んだもんな。
「でも、生前の人格が正確にコピーされてるんですよ。だから、ゲルグさんの目の前にいるのは、ゲルグさんからすると間違いなく本物です」
いや、そういうことを言われると余計にこんがらがる。
「ではな。ゲルグ。余の愛い子供よ。そなたであれば、できる。自分を信じることだ」
ババァらしい言葉に自然と笑いがこぼれる。
「じゃあな。お前ら。俺がそっち行ったら、そんときゃ、よろしくな」
「ゲルグさん。あんまり早く来たら、多分アタイ怒りますからね?」
そりゃ怖い。
二人の姿が掻き消える。
そして意識が戻る。
「そうか……。メティアめ。今回は何も言ってこないと思ったら、こんな隠し玉を用意しているとはね……」
ゲティアの声で意識がはっきりとする。時間にして一秒も経ってないってとこか。
「おい、ゲティアとやら」
「なぁに?」
「ゲームは終いだ。俺はてめぇと喧嘩できるんだとよ。もう一回ぶん殴られたくなかったら、洗いざらい吐け」
まだ恐怖は拭えされない。だが、それでも精一杯強がって、睨みつける。
その言葉にゲティアが少しだけ考える素振りを見せ、そして俺を見た。
「そうだね。勇者を痛めつけるよりも君の方に興味が湧いた。良いよ」
おっさんの謎がようやく解明されました。
おっさん、人間じゃなかったみたいです。
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