第十二話:貴方が、世界を滅ぼすというのなら、私はそれを止めるっ!
膝が笑う。
ここまでの気配。存在感。そんなもん、十二分にバケモンだった魔王ですら放っていなかった。
これが神?
霊殿で試練を与える大精霊も気づかなかっただけで、実はここまでの存在感を持っていたのか? 全然感じなかったぞ。
「……お前ら……。引き返すなら今だぞ」
声が震える。
「一回戻って、そんでもって俺一人でまた来るって手もあんだぞ?」
そう。あんなどでかい存在感を放つ相手だ。
気まぐれに殺される。そんなことさえ想像できてしまう。ジジィの言ってたことは間違っちゃいなかった。
そんな俺の耳に、エリナのため息が聞こえた。
「アンタね。ここまできて、『帰っても良い』とか言われてさ。アタシ達がすごすごと帰ると思ってんの?」
振り向く。
「……それにね。アンタに指差されれば流石に気づくわよ。クソでかくて逆に気づかなかった、ってのが正しいかもね」
「ん。確かにいる」
エリナの言葉にアスナが頷く。
「悪党。俺は魔力もない。気配を感じ取れもしない。だが、どれだけ大きな相手だとしても、既に皆一蓮托生だ」
「そうです。ゲルグ」
キースが呆れたように言い、それにミリアが同意する。
「後悔、しねぇな?」
俺は四人の顔をぐるりと見回して、念を押す。
「ゲルグ? 私達は後悔しないためにここまで来たんでしょ?」
アスナの優しげな声が耳朶を打つ。
仰るとおりだ。俺は、いや俺達は将来後悔しないためにここまで来たんだ。
「やってやれねぇことはねぇ、か」
「ん。行こ」
アスナが剣を抜く。いつでも戦える様に、なのだろう。
「剣が、熱くなってる……」
「熱く?」
「ん。魔力が中ですごい勢いで動き回ってる。こんな武器初めて」
つまりあれか。その武器が『神を薙ぐ剣』という名に恥じない効力を持っている。その可能性が上がった、ってことか?
「もしも、襲われたら、私以外は戦えない。皆はサポートをお願い」
アスナの言葉に、俺以外の全員が首を縦に振る。
しかし、アスナしか戦えねぇってのは、でかいハンディキャップだ。頭を抱えそうになる衝動を必死で抑える。
魔王ですら俺達全員が束になって、ようやくぶっ殺せたんだ。それ以上のでかい気配を放つバケモンが襲いかかってきたら。そう考えると身震いが止まらない。
「やっ」
そんな時、突然宙空から声が聞こえた。この声は何度も聞いた。
「てめぇ、いっつもハエみてぇに湧いて出てくるな」
「ハエみたいなんて、お言葉だね」
見上げると財の精霊が浮かんでいた。何しに来やがった。
「勇者と、その仲間達。初めまして。財の精霊です」
アスナ以外の奴らが口をパクパクさせてやがる。ほれ、驚きまくってんじゃねぇか。もうちょっと前兆の演出みたいなもんを噛ませろよ。心の準備ってのがあるんだよ。こっちにも。
「メ、メ、メ、財の精霊!?」
エリナが素っ頓狂な声を上げる。
「いかにも。エリナ・アリスタード、だったっけ? 君とは契約してたよね」
そして財の精霊がアスナに視線を向ける。
「君とも、だね」
「ん」
アスナは特段驚いた様子を見せない。そういや、こいつは俺が知る限りで一回精霊と会ってるんだったか。確か、復讐の精霊だったか?
「小精霊が君達を襲うことは無いよ。メティア様が言って聞かせてある。でも注意してね。名もなき悪魔は君達を全力で排除しようとするだろうから」
財の精霊が俺達から視線を外し、後ろの方を見る。
「ほら、近づいてきてる。もうすぐここまで来るよ」
確かに。小さな気配が群がってこっちに猛スピードで向かってきているのを捕捉する。
「数えんのも馬鹿らしいな。これをアスナ一人で捌ききれるか?」
「ん。頑張る」
アスナが、ふん、と意気込んだ。
それを見て、財の精霊が声を上げて笑う。
「大丈夫。精霊や悪魔に効果があるのは、その剣だけじゃない」
「は?」
聞いてた話と大分違う。
「精霊も悪魔も実体を持ってはいない。彼らは魔力や呪力でできている」
「呪い?」
「悪魔と契約した者は呪法を使うだろ? その根源となる力さ」
呪力って呼ぶのか。知らなかったよ。
「魔力と呪力は本質的に類似したものだ。前者は願いの力。後者は呪いの力。生物のそういった感情が根源になっている」
「前置きが長ぇ」
つまり、どういうことだ。
「魔法を使いなよ。ちゃんと効く。ただし、生半可な魔法じゃだめだ。目一杯魔力を込めた魔法じゃないと、存在に打ち勝てない」
財の精霊の姿が透けていく。
「あと、ゲルグ君」
消え際に、財の精霊が俺を見る。
「んだよ、クソイケメン」
「模倣は僕が与えられる最高の魔法だ。そして、君だからこそ模倣は現実へと昇華する」
「意味分かんねぇよ」
俺の言葉に財の精霊が笑う。
「ほら、来たよ」
猛スピードでこちらに迫ってきてやがる。あと数十秒程で接敵だ。
「頑張ってね」
クソイケメンの姿が掻き消える。ってか、ここまで来たならちょっとぐれぇ手伝っていけよ。
「構えろ! 来るぞ!」
俺の叫び声で、他の連中が構える。
キースがエリナとミリアの前で仁王立ちする。
エリナが詠唱を始める。
ミリアが杖を握りしめる。
アスナが剣を構える。
その後、予想以上に静かな状態が数秒程続いた。
静かに、道のど真ん中から一匹の見たこともないなにかが生えた。もやもやっとした霧のようで、それでいて、狼やら、狐やら、熊やら、イノシシやら、そういった獣の姿を重ねたような、頭がおかしくなりそうな見た目をした何か。
赤く、邪悪さを隠さない瞳が俺達を捉え。
吠えた。
「ッッ!!」
思わず耳を塞ぎそうになる。だが駄目だ。そんな余裕はねぇ。遠吠えを思わせる甲高く野太い咆哮と同時に、無数のそれが後から後から地面から生まれてくる。
「魔銃!」
エリナが魔法を完成させる。身体から無数の純粋な魔力が高速で弾き飛び、そしてそいつらを貫いていく。財の精霊の言ってたことはマジだったらしい。
貫かれた悪魔が痛みで――痛みを感じているのかどうなのかは知らねぇが――もがき苦しんでいる。
「やっぱり使えたわね! ありがとうございますっ、ジョーマ様! アスナ! お願い!」
「ん!」
アスナが悪魔どものど真ん中に向かって駆け抜けていく。そして、風のように剣を閃かせ、悪魔を次々と両断していった。
「すごい……。ちゃんと斬れるっ!」
そりゃ斬れなかったら困んだろうがよ。なにしろ、大精霊サマのお墨付きだ。
さぁ。俺のすべきことは?
数秒前、エリナが魔銃を使った。
なればこそ、だ。
「財の精霊、メルクリウスに乞い願わん」
さっきまで話してたやつに乞い願うとか、奇妙な感じがするがな。
「かの者が行使した力を我にもまた与えたもれ」
この一択だろうがよ。
「模倣」
魔力を込めろ。ただ模倣するだけじゃ駄目だ。
身体が熱を持ち、無数の魔力の塊が飛び出ていく。そして、それが悪魔を貫く。
この世のものとは思えない――実際にこの世のものじゃねぇんだが――叫び声を上げて、悪魔どもがもがき苦しむ。
「アスナ! 奴さんら、怯んでやがるぞ!」
「ん!」
踊るように身を翻し、その度に細身の剣が、神薙の剣が振られる。剣は不思議な光を発していて、光の軌跡がこんな状況であるにも関わらず美しく感じた。
だが……。
「数が多すぎるっ!」
あのアスナが悲鳴を上げる。こと戦いの場において言えば、弱音なんて吐き出しそうもねぇあいつがだ。
そうだ。数が多すぎる。キリがない。
倒しても倒しても、後から後から湧いてくる。
舌打ちを一つ。
「お前ら! スピードを底上げして、あいつらを適当にあしらいながら押し通るぞ! まともに相手してたら死ぬ!」
その後で早口で詠唱を完成させる。
さっき模倣を一回。そんでもって続けざまにこれだ。
「範囲速度向上!」
光の柱が俺達を包み、そして身体が青く光る。
「行くぞ! アスナ! 攻撃を続けながら前に進め! エリナ! 適当に魔法を打ち込んでくれ! ミリア! いつでも治療できるように、構えておいてくれ! キース、エリナとミリアを守れ!」
思い思いの了承の応えが返ってくる。全員分の返事を確認し、走り出す。
「走るぞ!」
開けた場所に出る。悪魔どもの追撃に関しちゃなんとか振り切っている。
連中は諦めちゃいない。未だに俺達を追いかけ続けている。
「こんっ、なの! どうすれってんだよ!」
こうも数が多くちゃ、多勢に無勢だ。しかも攻撃手段は限られてる。アスナとエリナしかまともにダメージを与えられない。模倣を使うことも考えたが、燃費が悪すぎる。
「魔砲!」
エリナが魔法を後ろに向けて打つ。図太い光がエリナの掌から放たれ、そして悪魔の気配を消し去っていく。
「キリがないわねっ!」
「言うなっ! 再認識しちまうじゃねぇか!」
「無茶言うなっ!」
「ってかお前、いつの間にババァの魔法使えるようになってたんだ!」
「今のところ魔銃と魔砲だけよ! 魔力を単純に操るだけだから、原理は簡単! 他の魔法も目下原理を理解中っ!」
そりゃ重畳だよ。
アスナが跳び上がって宙返りし、追いかけてくる悪魔の中心に降り立つ。
「こ……のっ!」
無駄の無い動き。一振りで数匹から数十匹の悪魔を斬る。
だがそれでも減らない。
ある程度追いかけてくる悪魔の一部を両断してから、アスナが離脱し、俺達に追いついてくる。しかし数が減ってる気配は無い。後から後から湧いてくる。
「駄目。全然減らない」
「見なくてもわかるっ!」
そろそろミリアが限界そうだ。息苦しそうに呼吸をしている。
「大丈夫か!? ミリア!」
「ぜっ、はっ! だ、大丈夫っ、ですっ!」
「キース、いざとなったらミリアを抱えて走れ!」
「応ッッ!」
走る。走る。
走ることに必死ながらも気づいている。多分俺だけじゃなくて全員だ。
このまま駆け抜けること。それがあのどでかい気配に近づいていくことと同義だということを、だ。
財の精霊の言いっぷりからすると、あれはゲティアなのだろう。
このペースで駆け抜ければ後数分で奴の場所まで辿り着く。
前門の虎、後門の狼。行っても戻っても手詰まり。
舌打ちをする。
だが、次の瞬間。後ろから追いかけてくる悪魔どもの気配が一瞬で消え去った。
そんでもってだ。
驚いている暇もなかった。
俺だけじゃない。全員の足が止まる。
今まで走ってたペースを考えりゃ、あと数分くらいだったはずだ。
――いつの間に、そこにいた?
「おはよう。こんにちは。こんばんは。はじめまして。挨拶はこれくらいでいいかな? 愛しい愛しい僕の成果物」
どでかい気配とは裏腹に、そいつは小さな少年の姿をしていた。だが発する雰囲気は人間のそれではない。もっと別のなにかだ。そのちぐはぐさに、喉の奥からせりあがるものを感じる。
奴は愉快そうに――つっても感情が全然感じ取れねぇのが非常に気持ち悪い――微笑みを浮かべ、クスクスと笑った。
「ずっと見てたよ。少しだけ楽しかったなぁ。絶望から束の間だけれども、開放された。お礼を言わせてよ」
幼くも聞こえ、老人のようにも聞こえる。そんな不可思議な声色が、不気味でしかない。
荒く肩で息をしながら、目の前にいるとてつもない存在を呆然と見つめる。
「ありがとう。僕の子供たち」
奴がにこやかに告げる。一方でその表情からは何の感情も読み取れなくて頭が混乱する。
「君達のご先祖様は僕が作り上げたんだよ。何度か失敗しちゃったけどね。でも、君達の世代が一番の出来なんだよ」
失敗? 世代? 一番の出来? 意味がわからない。
「あぁ、ごめん。挨拶は済んだかと思っていたけど、自己紹介がまだだったね」
口角を三日月のように目一杯吊り上げて、それが笑う。
「ゲティアと申します。よろしくね」
人間の言葉を話している。そのように認識できる。
だが、耳に聞こえてくる音は全然別物だ。
どうなってる?
理解が追いつかない。
いや、理解している場合じゃねぇ。
とにかく、今すべきことは。
「お、おい! 混沌の神ゲティアとやらっ!」
「うん」
「俺達はただ話をしにきただけだ! てめぇに害を加えるつもりはねぇ!」
「うん。知ってるよ。見てたもの」
「だ、だったらっ!」
「でもさぁ」
ゲティアがその気色悪い微笑みを引っ込めて、真顔になる。
「もうリセットしようと思ってたんだよね。君達は実に興味深かったけどさ」
リセット? 意味がわからねぇ。
「君達が最初だったとしても、あんまり大きな差はない」
「ま、待て待て待て!」
「僕はどっちでも良いんだ。結局やることは変わらないからさ」
どっちでも良いとか、やることは変わらないとか、マジで意味わからねぇ。
リセット? テラガルドをってことか? つまり?
テラガルドが滅びる?
「さ、させないっ!」
意味不明すぎて、狼狽している俺の後ろから、一歩前に出たアスナが剣を構えて吠える。声は震えている。おまけに、構えた剣の切っ先まで同じように震えている。
そんな体たらくで、お前、どうしようってんだよ。
「今代の勇者、だね。うーん。どうしようかなぁ」
「貴方が、世界を滅ぼすというのなら、私はそれを止めるっ!」
「それもそれで、あんまり面白くない展開なんだよね」
ゲティアが小ぶりな手を顎に添えて考える素振りをする。
「そうだ! ゲームをしよう!」
ゲーム、だと?
「僕が飽きるまで耐えられたらさ、君達が欲しがってる『真実』を教えてあげるよ」
何を言ってんだ。こいつは。
「さっきからてめぇ、意味がわからねぇんだよ!」
理解できないもの。それを目の前にした時、人間ってのは怖がる。例に漏れず俺だって怖がっている。震えた声でがむしゃらに叫ぶ。
「うるさいよ」
ゲティアの冷たくも温かくもない眼差しが俺を貫いた。それがきっかけだった。
「が……あッッ!」
痛い。痛い。痛い。
身体中に耐えようもない痛みが走る。目の前が真っ赤になる。
恐る恐る自分の身体を見ると、服の袖から見える手に、腕に、まるで割れたガラスのように亀裂が入っていた。真っ赤な血液がにじみ出る。
「ゲルグっ!」
アスナの叫び声がかすかにだが聞こえた。
意識は既に遠い。
「はい、これで一回死んだ」
満を持して神様のご登場です。
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