第十話:皆が貴方に向ける悪意に、貴方は傷ついてる。自分に吐く嘘は、辛いよ
転移先はメティアーナ、教皇庁前。視界が安定し、精霊メティアを象ったシンボルが印象的な大きな門が視界に映る。
そして、その門の前ににこやかに笑うフランチェスカが立っていた。こちらをみて、更にそのガキらしくねぇ微笑みを深くする。
俺達がこの場所に、この時間に転移してくることなんて、誰にも言っちゃいない。
フランチェスカの姿を見て、俺達の全員が鼻白んだだろう。いや、エリナやミリア、キースは少しばかり驚いた顔をしていたが、アスナはいつも通りだ。そんな気配がする。
「お帰りなさいませ。いかがでしたか? アルテリア古王国は」
「フランチェスカ」
アスナがただただ微笑み続けるフランチェスカの名前を呼ぶ。
「まずは、私の執務室へ参りましょうか。目も耳もございません」
そう言って踵を返す。
「アレハハンドロ陛下から為になるお話をお聞きになったのでしょう?」
全てを見透かされている。叡智の加護ってやつがどんだけのことを見通せるのかは知らねぇが、俺達がアレハハンドロのジジィと何を話してきて、何を目的として戻ってきたのかはちゃんと理解しているらしい。
そのまま、教皇庁の入り口に向かって歩き出す。
「おい、フランチェスカ」
思わず声をかける。フランチェスカの足が止まった。
「何を考えてる?」
「何を考えている、ですか?」
そう言って、フランチェスカが横顔をちらりと覗かせる。その横顔が少しだけ寂しげだったのは、俺の気の所為だろうか。
「いつだって、私は世界の平和と安定を考えています」
また前を向き歩き出す。
「私にとって、それが何よりも優先すべき事柄ですから」
その声色も、どことなく寂しそうだと感じたのは、俺の贔屓目なのだろうか。
教皇庁の入り口をくぐり、廊下を歩く。フランチェスカの執務室は二階。廊下を数回曲がり、階段を登る。
誰も何も喋らない。口を開かない。
そりゃそうだ。
俺はまだしも、他の連中はフランチェスカを全面的に信頼していたはずだ。信頼していた相手から隠し事をされていた。意図的に情報を捻じ曲げられて伝えられていた。その事実は殊の外重い。
こうして本人を目の前にすると、その気持ちが一段と強くなるのは人間として当然だろう。普段どおりなのはアスナぐらいだ。
皆が皆、様々な感情を顔に滲ませている。バカ。そーんな「警戒してます」みたいな顔しやがると、逆効果だっつーの。まぁ、フランチェスカなら叡智の加護でポーカーフェイスも見通せる、だなんて言われても驚かねぇがな。
そうこう考えているうちに、フランチェスカの執務室へ着いた。
フランチェスカが懐から鍵を取り出し、扉を開ける。
「お入り下さい」
「ん」
アスナが小さく頷いて、部屋の中に入り込む。その後に続いて俺も入り込む。その他の連中は、俺の後ろに続いた。
「それで――」
フランチェスカがゆっくりと自身の執務机の椅子に腰掛け、そしてこちらを見回した。
「上位領域への入り口。その所在でしょうか?」
ほれ。全部わかってやがる。末恐ろしいガキだよ、ったく。
「ん。アレハハンドロ陛下から伺った。初代教皇の手記。そこに書かれていることが真実なのかどうか――」
フランチェスカの言葉にアスナが応える。
「――実際に会って、確かめる」
アスナの決意の籠もった顔を見て、フランチェスカが苦笑いを浮かべる。
「アスナ様ならそう仰ると思っておりました」
「ううん。識ってたんでしょ? フランチェスカ」
フランチェスカの苦笑いに、苦々しさが混じる。
「……えぇ」
「ん。そうだと思ってた」
「アスナ様は、何も、気になさらないのですね」
言外にアスナ以外の連中は色々と気にしていて、それを認識している、とそう言ったのだろうか。それはわからねぇ。
「フランチェスカはフランチェスカの信念がある。私、ちゃんと理解ってるから」
「……ありがとう、ございます」
ってかこいつら何を話してやがる? アスナは言った。「知ってたんでしょ?」、と。それに対して、フランチェスカの答えは肯定。
アスナは叡智の加護ってやつがどんなもんなのか知ってんのか?
「おい、アスナ」
「なに? ゲルグ」
アスナが俺を見る。
「お前らだけで、独自の世界観を作ってんじゃねぇ。俺にもわかるように説明しろ」
「私も全部は把握してない。でも、なんとなく、そんな気がしただけ。それに――」
その青白い瞳をアスナがフランチェスカに向けた。
「フランチェスカは良い娘。例え、私達に言えないことがあったって、それを隠していたって、それはフランチェスカの事情だから」
いやアスナ。お前の言うことも一理あるよ。だがよ、誰しもがお前みたいに考えられるわけじゃねぇ。
「フランチェスカ猊下」
「なんですか? エリナ陛下」
「私は猊下より賜ったご恩を忘れてはおりません。メティア聖公国とは、これからも良い関係を築きたいと存じております」
「陛下、貴方のお顔はそうは仰っていませんよ?」
そのにこやかに放たれた言葉に、エリナの堪忍袋の緒が切れる音がした気がした。
「……言うわね。クソガキ」
「おい! エリナ!」
待て、そこでいきり立つのはお前の役目じゃねぇ。
「良い? フランチェスカ? この際、対面とか儀礼とか、そういう面倒なものは取っ払わせてもらうわ。正直ね、アンタに裏切られた気持ちで一杯よ」
「待てって! お前は一国の主だろうがよ!」
それ以上言うんじゃねぇ。
「止めんな! ゲルグ! アタシの一番大事なものはアスナなんだ! アスナが幸せになることを阻む奴、邪魔立てする奴は全員敵なのよ!」
「立場を考えろ! あの時と逆じゃねぇかよ! いいから黙れ!」
「っさい! ゲルグ! アンタ、アタシの騎士でしょ!? 黙ってアタシに従ってなさい!」
今にも暴れだしそうなエリナを宥める。どうどう。だが、俺程度の人間で抑え込める女じゃねぇ。
「姫様っ! 一国の主ともあろう者が、取って良い態度ではありません!」
部屋中にキースの喝が響き渡った。
驚いた。キースがエリナに怒鳴るとか、天地がひっくり返ってもありえないと思ってた。
エリナも相当衝撃だったようで、思わずその口から出てくるクソを止めるに至ったようだ。
「猊下。陛下が失礼を致しました」
「いえ、キース様。ここには目も耳もございません。私が皆様に隠し事をしていたのは事実。そのお怒りはご尤もなものなのです」
柔らかくフランチェスカが微笑む。世界最強の一角。大魔道士エリナの怒気を受けて、涼し気な顔をしている人間ってのもそうそういねぇだろう。
「フランチェスカ……様?」
しん、と静まり返った執務室にミリアのか細い声が小さく響いた。
「はい、ミリア?」
「どうしてですか? 私は貴方を実の妹のように思っていましたのに……」
「家族にすら、話せないことはございます。ミリア。私も貴方のことは姉のように思っております。ですが、本当の姉妹ではない。話せないことがあって当然、ではないですか?」
「そ、れは……。そうです……ね」
その眦に目一杯涙を湛えながら、ミリアが顔を俯かせる。ミリアはそれ以上口を開かない。
「おい、フランチェスカ」
「はい、ゲルグ様」
「他に、俺達に隠し事はあるか?」
俺の問いに、フランチェスカが怪しく笑う。
「ご想像にお任せいたします」
舌打ちを一つ。このクソガキ、底が見えねぇ。バケモンみたいなガキだよ、ったく。
まぁ良いや。
このガキがこういう奴だってことはよく理解した。俺達全員が――っつってもアスナはそうじゃねぇ様子ではあるが――他人に勝手に期待して裏切られた。そんだけだ。
「皆様のお望みは識っています。上位領域への入り口へ案内いたしましょう。代々教皇のみが入ることを許された場所です」
「あぁ、さっさと案内しやがれ」
「はい、ご随意に」
こうまで悪意を向けられても、表情一つ変えない。このちっこい教皇サマは、当初エリナが言ってた通り「正しく教皇」なんだろう。
「皆。待って」
フランチェスカに案内されるがままに、上位領域の入り口とやらに行かんと意気込んでいた俺達を、アスナが制す。何事かと思って振り返ると、アスナが俺達全員の顔をぐるりと見回した。
「フランチェスカは良い娘だよ。私達とは向いている方向が違うだけ。だから、責めないであげて」
そして、次いで、フランチェスカにその顔を向ける。
「フランチェスカ。隠し事は良いよ。いくらしたって。私だって皆に言えないこと、たくさんある。でもね、嘘は良くないよ?」
「嘘? ですか? 私嘘なんて吐いていません」
フランチェスカが小首をかしげる。
「それも嘘。ねぇ、フランチェスカ。私はゲルグと会って、ゲルグから徹底的に子供扱いされた。それはフランチェスカも一緒でしょ?」
フランチェスカが笑顔のまま固まる。
「全部一人で背負い込まなくて良い。そんな虚勢を張らなくても良い。皆が貴方に向ける悪意に、貴方は傷ついてる。自分に吐く嘘は、辛いよ」
長い金髪が揺れる。その小さな口をパクパクさせる。数秒ほどその状態が続き、そして、フランチェスカがようやっと言葉を発した。
その様子を見てハッとする。
「な……」
歳相応のらしさを感じさせる動揺は、すぐに引っ込んだ。
「……アスナ様。勘違いされては困ります」
「そっか。私の勘違いなら、それで良い」
「はい」
勘違いじゃねぇ。
アスナの言葉。フランチェスカの反応。それらを見て、忘れかけてたものを思い出した。
勿論まだわだかまりはある。
だが、俺は大人だ。おっさんだ。
そんな大事なことも忘れてた。どうかしてた。
俺は馬鹿野郎だ。
ガキの吐く嘘に、ガキが必死で隠そうとする悪事に、大のおっさんがかっかしてどうする。
こういうときどうするか。そりゃこうするに決まってんだろ。
ツカツカとフランチェスカの目の前に歩み寄る。フランチェスカが俺を見た。
「ゲルグ様?」
何も言わずに拳を振り上げて、フランチェスカの脳天に振り下ろす。
「ッッ!?」
その衝撃に、痛みに、フランチェスカが頭を押さえてうずくまる。
「げ、ゲルグ!?」
ミリアが俺の突然の行動に驚愕の声を上げる。他の連中も似たように驚いているようだ。気配でわかる。
あー、どうだったかねぇ。遥か昔のことだから思い出せねぇなぁ。チェルシーが俺の大事にしてた道具をぶっ壊しちまって、それを隠してた時、俺はなんて言ったかねぇ。
そうだそうだ。思い出した。
「良いかフランチェスカ」
フランチェスカがげんこつの痛みで涙ぐんだ瞳を、こちらに向ける。
「嘘吐くなら吐け。隠し通すなら隠し通せ。バレなきゃ問題ねぇ。だがよ……」
その柔らかな金髪を、頭頂部を撫でる。おぉ、たんこぶになってやがる。流石に強くぶん殴りすぎたか。
「バレた時はそれ相応の態度っつーもんを見せろ。じゃねぇと、損を見るのはお前だ」
「……え?」
ガキは嘘だって吐く。隠し事だってする。大人だってするんだ。ものの善し悪しが理解ってねぇガキならなおさらだ。
そんでもって俺は悪党だ。嘘吐いたり、隠し事したりだなんて当たり前だ。騙し騙されの世界で生きてきたんだ。
「……悪かった。いちいちガキの吐く嘘やらなんやらに目くじら立てるのは、おっさんとしてかっこ悪いよな」
「……嘘、は吐いてません」
「隠し事だって、嘘に含まれてんだよ。屁理屈こねんな、バカ」
「……そう、なんですね……」
なにやら呆然としている。
こりゃ単なる推測だ。
こいつをこうやって叱りつける奴なんて、今まで居なかっただろう。
げんこつを落とす奴なんて、いやしなかっただろう。
それってよ。すっげぇ、可哀想なことだよな。そう思うのは俺だけか? まぁ、俺も他人のことを言えるような育ち方はしてねぇけどよ。
「ってか、お前今の自分の状況わかってるか?」
「え……っと?」
「ったく、変に賢い割にこういうとこはバカだよな、お前は」
「は、はぁ」
こいつは賢い。叡智の加護とやらも相まって、そらもう天才みたいなもんなんだろう。だもんで、叱られるようなことをやったことがねぇんだろう。もしくは叱られるようなことをやっても、叱られないようになんとか切り抜けてきたんだろう。
だから、こんなシンプルな答えにたどり着かねぇ。
「嘘吐いて、バレて、そんで悪ーい大人に怒られてんだよ。賢いお前なら、どうすべきかわかるな?」
「え? え?」
ため息を吐く。賢い割になんでこう察しが悪いんだよ。
「こういうときは、速攻で謝んだよ。できるだけ殊勝な態度でな。そうすりゃ、公僕に突き出されねぇで、半殺しぐらいで済む」
あ、こりゃ、盗みをやってる俺ぐらいにしかわからねぇことだった。いけね。
「公僕云々は置いといて、だ。ほれ、言え。『ごめんなさい』、だ」
フランチェスカが目を白黒させながら、言われるがままに復唱する。
「ご、ごめんなさい」
「それで良い」
ニヤリと笑ってやる。そうだよ。最初からこうしときゃよかったんだよ。
こいつが余りにも頭が良くて、大人びたガキだったから忘れてた。
こいつもガキだ。みーんなガキだ。
そんなガキに重ったい責任を背負わせやがってよ。なーにがメティア教だよ。クソ喰らえ。
「これからは、嘘も隠し事も絶対にバレるんじゃねぇぞ。バレる度に俺はお前にげんこつすっからな」
「うぇっ! い、痛いからやです!」
「だったら、バレねぇ努力をするか、バレたら落とされる前に全力で謝れ」
「……はい……ごめんなさい」
「あぁ」
やれやれだよ。さ、上位領域とやらに行ってくるか。
「さ、行くぞ、お前ら……。ってお前らなんちゅー顔してんだよ」
アスナが、エリナが、ミリアが、キースが、「理解できかねる」、そんな感情を隠さない顔で俺を見ていた。
「アンタを見てると、なんか色々考えてたアタシがバカみたいに思えてくるわ……。フランチェスカ猊下。先程は失礼を致しました」
エリナが呆れたように吐き捨て、その後でフランチェスカに詫びを入れた。
「ゲルグ……。流石にそういう叱り方は……。いえ、言ってることは正しい、んですかね? でもやっぱり、嘘は良くないんじゃないですか? 隠し事も」
ミリアが絶妙に論点がずれた突っ込みをいれてくる。いや、そこじゃねぇだろ。それに嘘やらなんやらなんて、歳食えば食うほど増えてくもんなんだよ。大事なのはバレた時のリカバリーだ。
「悪党、貴様……。だが、まぁ。貴様らしいと言えばらしいな」
脳筋。お前のその満足気な顔を見てるとぶん殴りたくなるからやめろ。
「ゲルグ。ちょっとずれてる」
アスナ。お前に言われたくねぇ。
「っだーもう! しっちゃかめっちゃかじゃねぇか!」
「誰のせいよ、ったく」
エリナが目を三角にして俺を睨みつける。
一気に執務室が騒々しくなった。
そのうるさい執務室の中、フランチェスカの蚊の鳴くような声が小さく響いた。
「げ、ゲルグ様……」
「ん? なんだよ」
「私は、まだ、たくさん、嘘を吐きます。隠し事もします……」
いや、お前俺の話聞いてなかったのかよ。
「だから、バレなきゃいいんだよ」
「じゃあ、明るみに出たら――」
フランチェスカが涙目で俺に笑いかける。
「こうやって、また叱って下さいますか?」
その顔が、何故か儚げに見えて。きっとまだまだ俺達に言えないなにかをゴマンと抱えていることを予想させて。恐らくだが、それなりに苦しんで、足掻いてきた、その結果できあがったモノが目の前に居ることを容易に察することができて。
もう一度目の前のガキの頭をなでつけた。
「ったりめぇだろ。そのために、俺みたいなおっさんがいるんだよ」
世界最大の宗教のトップにゲンコツするおっさんです。
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