第五話:きっと、私の人生は勇者になった瞬間に色々決まってしまってた。でもそれを全部ゲルグが壊してくれた
案内された部屋もそれはもう歴史を感じさせる趣だった。だが、決してネガティブな印象は持たせない。丹念に掃除されており、カビ臭さや埃臭さは無く、積み上げてきた時間だけが香り立つ。
過度に装飾されているわけでもない。無闇矢鱈に価値のある調度品なんかが置いてあるわけでもない。だからこそ押し付けがましくなく、それでいて厭味ったらしくない。
朝飯はメティアーナで済ましてきたもんだが、そろそろ昼飯時だ。腹から、ぐう、と低い音が鳴る。つっても今晩は「ささやかな祝宴」らしい。昼飯ぐらい抜いても、晩飯で釣りが出るほど食えるだろう。そう考えて、空腹感を意識の外に追いやる。
荷物を適当に放ってベッドに横になる。綺麗にメイキングされたそれは、俺の体重によって、ぎいい、と古びた音を鳴らした。ここまで歴史深さを徹底されると、もはや清々しい思いだ。
寝そべったまま煙草に火をつける。紫煙が口から肺まで到達する。部屋の中の何とも言えない古めかしい空気と混ざり合って、嫌に複雑な味わいが広がる。悪くない。
一息ついて、ぼんやりとする。
アレハハンドロのジジィの勢いに負けて、そんで北アルテリア大陸まで来ちまったもんだが、状況は変わってねぇ。
つまりあれだ。「初代教皇の手記」とやらが、嘘八百を並べている可能性があると同時に、ジジィが嘘八百しか喋らねぇ可能性もまたゼロではない。勿論各々、自身では「嘘八百」なんて思っちゃいねぇかもしれねぇけどよ。
何が真実で、何が虚実なのかが、わかりゃしねぇ。
だが一つ一理どころか百里も万里もあるものがある。それは「わからねぇなら、当の本人に聞きに行きゃ良い」なんていうジジィの台詞だ。
神やら精霊やらの存在は、実際に話しかけられ僅かながらでも交流を持った俺が保証できる。「そりゃ幻覚だよ」なんて言われても否定材料はねぇんだが、そんなことを言ってくる奴はいねぇだろ。
あいつらはいる。存在する。この世の理だ。存在を疑う奴はいない。何しろ、否定し始めたら、魔法やら呪法の存在が説明できなくなる。
魔法を使わない技術。「科学」は説明が着く、らしい。つまるところ「こういう原理で、こういうことが起きる」っていうことが、ちゃんと理にかなっているんだそうだ。俺にゃわからねぇがな。
その理から外れた、説明の出来ない魔法や呪法。その存在こそが、ゲティアやらメティア。そしてその他の精霊どもの存在を確かなものにしているんだ。それが世界の常識だ。
存在している以上、話を聞きに行けるなら、それが一番手っ取り早い。それが本当に可能なのであれば、だ。
だが少し考える。もしもジジィが「こうすれば上位領域に行ける」と教えてくれたとして、例えばそこに大きなリスクが無いなら。それを試してみることは無駄ではあったとしても、無茶でも無理でもない。
出来なかったら出来なかったってそんだけだ。
同時にリスクについても考える。思いつく限りじゃ、「行ったが最後戻ってこれない」だとか、「そこに行くためには生贄が必要だ」とか、そのあたりか?
生贄が必要だとかまで行くとちょっと気軽に行ってくるたぁならねぇ。その生贄が見も知らねぇ誰かなら俺としちゃどうだって良いが、アスナが首を縦に振らねぇだろう。
最初の「行ったが最後戻ってこれない」ならどうだろうか。上位領域は死者の魂が最終的に向かう所、と言われている。「上位領域に行く手っ取り早い方法はてめぇが死ぬことだ」なんて言われても納得だ。
そうしたらどうする? 俺が一人で行けば良い。そんな考えが思い浮かぶが、それをした後の連中の顔を想像するとあんまりやりたかねぇ方法だ。
一回逃げ出した時の連中の反応を思い出す。あの時よりも酷いことになるのは目に見えてる。
それに、俺自身が死ぬだけなら良い。だが考えろ。俺の欲しいモンはは「アスナが屈託なく笑える未来」だ。俺の犠牲の上に、諸々成し遂げられたとして、アスナは笑えるだろうか。
……だとしても、もし、仮にだ。それしか方法がねぇなら、しゃあねぇっちゃしゃあねぇ。エリナとミリアがちゃんとフォローしてくれることに期待しよう。
そんな風に煙草を付けては消してを繰り返しながら思考の海に沈んでいると、扉を叩くノックの音に意識が浮上させられる。
「ゲルグ?」
アスナの声だ。考え事に没頭しすぎて気配に気づかなかったらしい。
「いいぞ、入れよ」
扉が開く。
「ね。城下町見に行こ。まだ時間ある」
「は? 特に用事もねぇだろ」
「用事はあるよ。私がゲルグに見せたいの」
しょうがねぇな。このお嬢さんは。
「他の連中は?」
「ん……。私が見せたいのはゲルグにだから。特に誘ってない」
ちょっとまてよ。それ後から俺がエリナに殺される奴じゃねぇか。
「駄目?」
その青白い瞳が控えめに俺を見つめる。ため息を一つ。
「駄目じゃねぇよ。行くか」
「ん」
城下町は城門当たりから見た時の印象と変わらず、歴史の重みを感じさせる様相だ。石畳が敷き詰められ、比較的入り組んだ作りになっている。だが、アリスタードのような薄暗いスラムのような場所は無く、全てが普通の一般的な国民が住むエリアだ。治安も良い。
「勇者に選ばれて、アリスタードを旅立ってね。ルマリア、ヒスパーナを経由して、メティアーナに行った。それから、ルイジアからインハオ、シンを経由して、その次にここに来たの」
「そうか」
「その時はここにも魔王の軍勢が大量に押し寄せていてね。私達は協力することになった。でもこの国に限っては必要なかったのかもしれない」
「そりゃなんでだ?」
「ん。アレハハンドロ陛下が凄かった。勿論この国の兵士さん達も強かったんだけどね、陛下の采配は見事だった」
あのジジィならなんとなく納得もする。
「私達はいろんな国と協力して魔物の群れと対峙したけど、基本的には遊撃部隊みたいな扱いをされることが多かった」
「そりゃ、お前らぐらい強かったそうなるだろうな」
「でも陛下は違った。あの時私達がお願いされたのは、この街の防衛。襲ってくる魔物たちを、魔族たちを積極的に倒したのは、殆どがこの国の軍」
「そりゃすげぇ」
「ん。私達は殆ど何もしなかった。エリナなんかは、広範囲の攻撃魔法を使えたから、少しだけ参加したりもしたけどね。でも、それはエリナが『やらせて』って陛下にお願いしたから」
あー、なんとなくその光景は想像できる。的を前にして、魔法をぶっ放す衝動を抑えられる女王陛下サマじゃねぇもんな。
「だから、この街はこうして、歴史の厚みを残したままで残ってる」
ぐねぐねと入り組んだ通りを二人で並んで歩く。
と、突然アスナが宝物を見つけたような表情を浮かべて小走りで小さな店に駆け寄った。
「まだやってるんだ! ここのレストラン。デザートが美味しいの」
「ほー。入るか?」
「ん」
アスナが小さく頷く。店の扉を開けて、二人で入りこむ。
「やってるか?」
「はいはい、やってます、よ……? も……しかして……、アスナ様、ですか?」
相当な歳に見える女店主がパタパタとやってきて、アスナの顔を見て驚く。
「ん。ご無沙汰してます」
「……生きている間にもう一度お会いできるとは思っておりませんでした。席、空いていますよ。どうぞ」
案内されるがままに、窓際の席に着く。窓の外では楽しそうに歩く連中の姿と、美しい街並みの一角が見える。小さくはあるが、洒落た感じのレストランだ。こういう店には入ったことがないもんで、少しばかり落ち着かない。
「ゲルグ、なんでもじもじしてるの?」
「いや、よ。こういう洒落た店ってのには縁がなくてだな」
ふふ、とアスナが小さく笑った。それと同時に女店主が水の入ったグラスを持ってくる。
「アスナ様は確か、パンケーキがお好きでしたよね。どうされますか?」
「ん。それでお願いします」
「そちらの殿方は?」
殿方なんて呼ばれるのも初めてで、なにやら気持ちが悪い。
「あー、そうだな。甘すぎない、適当なモンを見繕ってくれ」
「承知いたしました。お飲み物に紅茶が付きますが、一緒に持ってまいりましょうか?」
「よろしく頼む」
店主が嬉しそうに注文を諳んじながらカウンターの奥に消える。アスナがご機嫌だ。鼻歌でも飛んできそうな程度には。
「ここ、魔物を追い払って、一段落してから、よく来たの。あのときはエリナとミリアと三人だったかなぁ?」
キースは仲間はずれかよ。いや、でもあいつのことだからな。女三人の中に男一人ってなりゃ、自分から遠慮しそうだ。ってか俺だってその状況なら丁重に断る。端的に地獄だ。
「エリナはイチゴのショートケーキ。ミリアはミルクレープが好きでね。何回か通ったなぁ」
「へー。一回魔王をぶっ殺すまでは、結構大変だったって聞いてたけどな」
「ん。この国だけ。ほんのちょっとだけ余裕があったの。大体一週間とちょっとくらい。それまで休みなくずっと旅してきたから、ちょっとだけ休もう、って」
そうだったのか。アスナが勇者として選ばれて魔王をぶっ殺すまで一年。その一年はずっと休み無く旅し続けてきたのかと思ってたんだが、少しばかりは休む時間もあったってことか。少しばかりほっとする。
その旅路が、辛い記憶だけだったんじゃないと知って。ただただ地獄のような日々だけだったんじゃないと知って。
会話が途切れる。アスナが窓の外を見て、嬉しそうに笑う。あまりにも嬉しそうなもんで、それを見て俺も少しだけ嬉しくなってくる。
数分ほど、緩やかな時間が流れた。
「ゲルグ?」
アスナが窓から目を離さずに言う。
「私ね。一年前のあの日。アリスタードで貴方に会えて本当に良かったと思ってる」
「なんだよ。いきなり」
突然改まって言われても困るし、その上でこんな風にさらりと言われたら更に反応に困る。
「きっと、私の人生は勇者になった瞬間に色々決まってしまってた。でもそれを全部ゲルグが壊してくれた」
アスナが窓から目を離して俺を見つめる。
いや、んな言われるほどじゃねぇよ。成り行きもある。ガラにもねぇことをずっとしてきたとは自分でも思うな。
だが、それでも。
「んな大層なこたしてねぇよ」
「ふふ。ゲルグったら、いっつもそればっかりだね」
「そればっかりってなんだよ」
「ううん。でね。私はきっともっと貴方に感謝しないといけないの。違うな……。感謝したいの」
なんでだよ。
「いつだって、ゲルグは私がどうしようもなくなった時、手を引いてくれる。立ち上がれそうも無くなった時、道標になってくれる」
「そんな大げさに頼りにされても困るけどなぁ」
「困らないで。私が勝手にそう思ってるだけだから」
困らないで、だとよ。そりゃ難問だ。
「きっとこれからも、全部最後はゲルグが解決しちゃうんだろうな、って思うの」
「おいおいおい。今まで俺が何かを解決したことってあったか?」
「全部だよ。貴方と出会ってなかったら、多分私今生きてないと思う」
「んなこたねぇよ」
こりゃ本心だよ。お前なら、俺なんて小悪党の力なんて借りなくても、一人でどうにかできたはずだ。
それはアスナがアスナだからだ。勇者だからって理由で手を貸す人間も沢山いるんだろうがな。
でも、一回目の一年。こいつらが積み重ねてきた努力は、決して無駄ではなかった。だからこそ、俺なんて本来必要なかったはずなんだよ。
俺がいなけりゃ、他の誰かが手を貸してた。いや、誰も手を貸さなくても、結果としちゃこうなってただろうよ。
だから、俺がいて良かったかどうかなんて、結果論でしかねぇ。
「貴方から教わったことがたくさんある」
アスナが笑う。
「貴方に気付かされたことがたくさんある」
そりゃもう満面の笑顔だ。
「貴方に助けられたことなんて数え切れない」
言い過ぎだよ。
「きっとそれはこれからもおんなじ」
だからよ、言い過ぎだってば。
「だから、ありがと」
「……褒めても、おだてても何も出ねぇぞ」
「褒めなくても、おだてなくても、色々出してくれる」
「……バーカ」
少しだけ恥ずかしくなって、顔をそらす。
「昨日だって、絶望してた私を、一瞬で持ち上げてくれた」
「ありゃ、俺だけじゃねぇよ。エリナもミリアもキースもだ。皆で考えたんだよ」
「それでも、伝えに来てくれたのはゲルグ」
そりゃそうだがよ。
「何回『ありがと』って言っても、きっと足りない」
足りるよ。
「何を返せば良いのか、わからない」
お前はもう十分すぎるぐらいに俺に返してる。
自分では気づいちゃいねぇんだろうけどよ。
「……最初は」
「ん?」
「『勇者』ってモンに俺も憧れてた。白状するよ。俺だってお前をお前じゃなく『勇者』として見てた」
「ん。知ってる」
「だが、それにしても放っておけなかった。何しろお前は……」
「危なっかしい?」
「よくわかったじゃねぇか」
「よく言われるから」
「そうか……。そんでお前がどんどん成長していって。変わっていって。最初はそれが受け入れ難かった。お前が俺が魅せられたはずの『勇者』じゃなくなっていくことに、抵抗があった」
「そっか」
「だが、違った。お前はよ、なんて言ったらいいかわかんねぇけどよ」
「ん」
「今の方が良いよ」
アスナが笑う。その笑顔に少しだけ見惚れた。
「あらあら、素敵な年の差カップルですこと」
店主が注文を持ってきたことに気づかない程度には。
カップルって。俺みたいなおっさんと、こんな小娘がカップルになってたまるかよ。イイトコ親子だろうがよ。
だが、アスナがそれを聞いてあんまり嬉しそうに笑うもんだから、何も言えなくなった。
注文したデザートは文句の付け所が無いほどに美味かった。
アスナとおっさんがデートしてます。
タイーーーーーーーホ!!!!
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