第十七話:あぁ、そうだったな。このお人好しババァ
「……ゲルグ。なんでさっきよりもボロボロになってるんですか?」
ミリアが心配そうに俺を見遣る。うるせぇよ。そっちのむすっとしてる王女サマに聞けよ。俺だって知らねぇ。
「兎に角、治療しますね」
治癒の優しい薄緑色の光が俺の身体を癒す。全身の火傷やら凍傷やら、切り傷やらなにやらがいっぺんに治っていく。うん、なんか申し訳ねぇな。貴重な回復魔法をこんなくだらねぇことで使わせることになったってのは。
回復魔法をかけるミリアと、かけられる俺を横目で見て、エリナが鼻を鳴らす。このクソ王女が。誰のせいだと思ってるんだ。
俺の治療も終わり、一時間ほど休憩してから、俺達はこの洞窟からさっさとおさらばすることに決めた。休憩は主にエリナの魔力回復のためだ。その魔力回復の主な原因が俺とエリナの大喧嘩――喧嘩って言葉があまりにも似合わない一方的な虐待だったが――によるものだってのは、非常に笑えねぇ事実だ。
アスナは、先刻の俺とエリナの馬鹿げた命のやり取りを見て、微笑を浮かべる程度には持ち直したらしい。不幸中の幸いだよ。俺がただ痛めつけられただけって、そりゃなんの冗談にもなりゃしねぇ。
転移の魔法陣は、転移の洞窟の最北端にあった。イケメン、クソガキと闘ったその部屋を北に進むとあっさりと見つかる。ここまでの苦労が嘘みたいに拍子抜けだ。
しかし、転移か。転移。魔法陣に乗るのは初めてだ。うん、なんていうか怖ぇな。
「ロリコン。顔が強張ってますけど、怖いの? いい歳こいたおっさんが、怖いの? ねぇ今どんな気持ちなの? ねぇ、ねぇ」
煽ってくるんじゃねぇよ。俺はエリナを一睨みする。いいだろうがよ。こういうよくわからねぇものってのは、怖ぇんだよ。俺みたいな薄暗い人間はよくわからねぇものを忌避する傾向にある。それがどんな不安要素になるかわからないからだ。一歩間違えば自分の人生が終了するんだ。少しばかり慎重になってもおかしかねぇだろ?
そんな俺の強張った顔を見て、キースが優しく肩を叩く。
「大丈夫だ。俺も怖い。今でもだ」
やめろ。野郎の優しさなんざ要らねぇ。それに今の俺には、その優しさは効く。
「行こ」
アスナがそんな馬鹿みたいなやり取りに少しばかり笑いながらも、出発を促す。三十年弱か。正確な歳はわからねぇが、まだ三十路にゃなってねぇはずだ。しかし、それでも長いこと世話になったこの大陸ともおさらばか。感慨深いものがあるにはある。
俺達はせーので魔法陣の上に乗ったのだった。
空間がぐにゃりと歪み、そして、ゆっくりと景色が変わっていく。転移ってのはこんな感じなのか。ふーん。へー。ほー。
思ったよりも怖かねぇな。なんか奇妙な感じはするが、いざやってみるとそれほどでもねぇ。
ぐにゃぐにゃと混ざり合っていた景色がやがてはっきりと定まる。転移先はエウロパ大陸だ。その最南端に繋がっている、とそう聞いている。
だが様子がおかしい。具体的には、俺以外の四人の様子が、だ。異常に警戒してやがる。どういうこっちゃ?
「……ここじゃない……魔法陣の転移先は……」
エリナがボソリと呟く。
はぁ? ってことは、どういうことだ?
「……誰かが転移術式に手を入れたってことよ。嵌められたの。私達が一年前転移した時は、エウロパ大陸の最南端にある祠に転移した。こんな普通の民家っぽいところじゃなかったのよ」
確かに、転移先にしちゃどうも所帯じみてると思った。生活感しかねぇ。こりゃただの民家だ。ちょっとばかしだだっ広い。
アスナが背中の剣に手をかける。キースが腰の剣を握りしめる。エリナが杖を構える。ミリアがいつ支援しても大丈夫なように身構える。俺は特に役にはたたねぇから、何もしねぇ。
「小童ども。そう構えるものじゃあない」
そんな俺達の背後から艶のある女の声がかけられた。聞き覚えが有る声だ。聞き覚えが有りすぎる。アスナ達が「ババッ」とでも効果音がつきそうな速度で後ろを振り向く。俺一人が状況に取り残される形となった。
「ふ、ふふふ。ふーっはっはっは! どうだ? 余の干渉魔法は。誰一人気づかなかっただろう」
「誰!?」
アスナが警戒心むき出しの声を上げる。
あぁ、もう。そんな警戒しなくても良い。俺はこの声の主を知っている。知りすぎている。警戒する連中どもを尻目にゆっくりと振り返る。
「ご無沙汰だなぁ。ババァ」
「余をババァ呼ばわりするのは、ゲルグ。お前だけだ。ふん。久しいな。くっくっく。ふーっはっは!」
不遜な笑顔を浮かべている魔女っぽい格好をした目の前の女。そいつを俺はよーく知っていた。あの時から全然変わっちゃいねぇ。見た目は若々しく見える。だが、そんなことに騙されたのは遠い昔だ。
こいつは齢百を超えるババァなんだよ。よくわからん独自の魔法技術とやらで見た目はそうは見えないが。
「お前ら、そんな警戒しなくても良い。気持ちはわかるがな」
うん、気持ちはわかりすぎる。誰だって、こんないかにも「魔女です! 私!」みてぇな格好をした人間を見たら、頭が沸いてるんじゃねぇかと思うもんだ。まぁ、エリナ、お前もそういう点にしちゃ負けちゃいねぇけどな。いかにも魔法使いって格好だ。どういうセンスでその服着てるんだ? や、俺もテキトーな格好だから人のこた言えねぇけどよ。
「ゲルグの、知り合い?」
アスナが剣からゆっくりと手を離して俺の方を見遣る。
「偽悪的で胸糞悪ぃが、基本的にはお人好しなババァだ。害はねぇ」
「害は無いって、そうは見えないんだけど……」
エリナ、お前さんの意見も尤もだよ。こんな邪悪に笑う奴を「害は無い」、なんて言ってる俺もどうかしてると思ってる。数秒ほど経って、アスナが思い出したように呟く。
「あ、『色々教えてくれた人』って……」
「あぁ、そうだ。このババァだよ。会いたくなかったよ、心底な。畜生め」
「ババァ、ババァと失礼な男だな。だが、そういうところも愛い男よ」
ババァがゆっくりと俺に近寄ってきて、すんすんと匂いを嗅いで、顔をしかめる。ん? 汗臭くはあるとは思うが、そこまで臭いか? 加齢臭とか言うなよ。端的に傷つく。
「童貞臭い……ゲルグ。貴様……哀れな奴……」
「う、うるせぇよ!」
童貞臭いとか言うんじゃねぇ。っていうか、匂いで本当にわかんのかよ。このババァ、どんな嗅覚してやがるんだ。
「余が貰ってやっても良いぞ?」
「ババァにゃ食指は動かねぇんだっつってんだろ」
だから会いたくなかったんだよ。いっつも二言目には、「余と夜をともにするか?」とか抜かしやがる。ふざけるんじゃねぇよ。
「なんだ? 余の美貌が不満か? お前の好きなボン・キュッ・ボンで色っぽいお姉様だぞ?」
「中身が老練しすぎてんだよ」
くだらないやり取りを始めた俺達に、他の四人がぽかーんとこっちを見る。いや、正確には三人だった。アスナが俺とババァの間に割って入った。
「……駄目」
「……『駄目』、だけだと伝わらんぞ? 勇者アスナ・グレンバッハーグ」
「……駄目」
うん、よくわからねぇ。アスナ、お前何考えてんだ?
「あー、その、そうだな。紹介する。ジョーマ・ソフトハート。『テラガルドの魔女』なんて言われてる、有名なババァだよ」
一呼吸置いて、驚きの声がエリナから上がった。あぁうるせぇ。
「本当に『テラガルドの魔女』様なんですか? 私、貴方に憧れて魔法使いになったんです! お会いできて光栄です」
「エリナ・アリスタード。そなたの噂は聞いている。若いのに見込みのある魔法使いだとな。素直に感心しているぞ」
「そ、そんな、見込みがあるなんて……」
テラガルドの魔女は有名だ。それこそ、関連書籍が数百冊程度あるぐらいにはな。歴史書にも載ってるし、そもそもこのババァが書いた論文やら教本やらが山のようにある。
その知識は、テラガルドに存在する全てを包括するとも言われてたり、言われてなかったりする。確かに物知りだとは思うが、そこまで大層なババァだとも思えねぇんだがなぁ。
「さて、アスナ・グレンバッハーグ。大変であったな。国際手配、か。だが、各国の元首も対応を決めかねている。そこな小悪党のことだ。メティア聖公国を目的地としているのだろう?」
「ん。ジョーマ、さん? その通り」
「メティア聖公国は勇者の保護を真っ先に決めた。色々と便宜を図ってくれるだろう。余もそう助言した。連中はあっさりと助言を受け入れたよ」
「まぁ、そうですよね。メティア聖公国は、メティア教の総本山ですから。精霊メティアに選ばれし勇者を害するなんて有りえません」
「ミリア。そなたの言うとおりだ。そなたも聖公国に行けば相応の立場になれるだろう。到着したら、地位と権力を要求するが良い」
「私は権力や名誉のためにアスナ様に付いていったわけではないです」
「甘いな。権力というのは貰える時に貰っておくものだ。アスナ・グレンバッハーグの助けにもなる」
ババァは物知りすぎて、もう言っていることがわけわかんねぇ。しかもそれのどれもが正鵠を射るようなことばかりだから、質が悪い。ほら、ババァの言葉を受けてミリアが少しばかり考え込んでやがる。
「そう、ですね。確かに」
いいぞ? ババァの言うことなんて真に受けなくても。ミリア。お前さんの気持ちが大事だ。
「ふむ。キース・グランファルドよ。そなたも大変であったな。アリスタードの腐敗はそなたにとっても心が痛いだろう」
「い、いえ。私は姫様に忠誠を誓った身なので」
だから、キース。それはあんまり公言するもんじゃねぇって。ほら、ババァが怪訝な顔をしだした。俺に近づいてきて耳打ちをする。
「ゲルグよ。こやつはロリコンなのか? エリナ・アリスタードは今十八歳。こやつが騎士として認められたのは何年前だ? 常軌を逸している」
「黙ってろ」
あぁもう。しっちゃかめっちゃかだ。ついでに言や、常軌を逸してるって、てめぇが一番言っちゃいけねぇだろうがよ。
「まぁ、兎にも角にもだ。そなたらはこの余の屋敷でしばらくゆるりとくつろいでいくが良い」
気になることもあるしな、とババァがボソリと呟いたのを俺は聞き逃しちゃいなかった。このババァが気になることなんて、何某かの凶兆に決まってる。
だからこそ、ここに一旦とどまるべきだ。そう思う。あのクソチビガキが言った「全ての条件が揃った」って言葉に引っかかるもんがあるしな。
「世話になる。見返りは期待すんな」
「見返りなど、必要ない。そなたらは皆余の愛い子供達だ」
ババァがアスナ達を見回す。
「一年間、ずっと見ていた。よく頑張ったと手放しで褒めてやりたい程度には感心している。よもや、あの魔王を打倒せしめる、とはな」
「み、見てらっしゃったんですか?」
エリナが何やら感動に打ち震えている。感動する必要はねぇぞ。こいつは暇つぶしに覗いてただけだ。そうに決まってる。
「うむ。魔王は勇者しか打倒できない。それが世の理。それでも五分五分。よく頑張った」
一年間ずっと見てたんなら、なんで助けねぇんだよって、どうして誰も突っ込まねぇんだよ。
「おい、ババァ。ちなみにここはドコだ?」
「エウロパだ。ルマリアの西の森の最奥」
「迷いの森か。ババァらしいな」
そう。このババァが一年間こいつらを覗いて、そんでもって何も手助けをしなかった理由を俺は知っている。
このババァは俗世を離れたんだ。人間なんて言う矮小な存在に飽き飽きしてな。
それがどうして、今になって勇者サマ御一行を助けようなんて気になっているのかは俺にもわからねぇがな。
「どういうつもりかは聞かねぇ。ただの気まぐれなんだろ?」
「気まぐれなどで余が動くと思っているのか? ゲルグ」
「……あぁ、そうだったな。このお人好しババァ」
俗世から離れた。魔王なんてものも魔物なんてものも無視して。それはこのババァが今の人類に飽いていると同時に期待もしていたからだ。自分の力がなくても、世界はより良くなっていく、と。自分が手出ししたら、それこそ当たり前に良くなっていく、それが厭だ、と。
そんなババァが、手出しする。それは何よりも、アスナ達の境遇に何かしらの思うところがあったのだろう。
「今日はもういい。疲れているであろう。奥に部屋を用意してある。ゆっくりと休め。夕飯時になったら呼ぶ」
「ジョーマ、さん。えっと、ありがとう」
「礼には及ばぬ。魔王は余でも倒せん。そなたには少なからず感謝している。その褒美と思ってもらえば良い」
そんなこんなで俺達はババァの屋敷の奥にある部屋で一休みすることにした。それぞれ装備していた武器やら防具やらを脱ぎ、用意されたベッドに横になる。
くっそ柔けぇ。なんじゃこりゃ。ってか部屋もだだっ広い。あのババァ空間を弄くりやがったな。
「なんで言わなかったのよ」
上体を起こして、エリナが俺を睨めつける。
「あん?」
「テラガルドの魔女様とアンタが知り合いなんてさ。真っ先に言うべきでしょ? そうに決まってるわ」
「言っても信じねぇだろうがよ」
俺だって、あのババァがそんな大層な存在だなんて未だに信じられねぇんだ。話して信じてもらえる訳がねぇ。
そもそも、俺があのババァがそんな大層な存在であるなんて知ったのは、あのババァと別れる直前だ。眉唾も眉唾に思ってたんだよ。
「……確かに。アンタみたいな小悪党が、ジョーマ様とお知り合いなんて、そんな夢みたいな話、信じられないわね」
「だろ?」
そんな俺とエリナのやりとりを聞きながら、アスナがぼうっと天井を見上げながら呟く。
「ゲルグが物知りな理由。よく分かった」
「あのなぁ、俺は物知りなんかじゃ」
「ジョーマさん。私だって知ってる。すごい人。そんな人に色々教えて貰ったゲルグが物知りじゃないはずない」
そりゃ買いかぶりすぎだ。あのババァは気まぐれで人に色々教えやがるんだよ。まぁちょっとばかし感謝はしちゃいる。
「やっぱり、凄い。ゲルグ」
「凄くねぇ。さぁ、さっさと寝ろ。あのババァの作る飯は悔しいがめちゃくちゃ美味い」
「ん、楽しみ」
皆疲れてたんだろう。方方から寝息が聞こえ始めるのにそう時間はかからなかった。
悪役を退けて、胡散臭いお姉様の登場です。
ロリババァではないです。
お姉様ババァです。
アスナ達にとっては、とっても頼りになる存在になるでしょう。
これも!主人公補正!です!アスナの!(前回書き忘れた)
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