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第三話:アレハハンドロ陛下は聡明なお方。そして、確信の持てないことはしないし、言わない

 元気を取り戻したアスナを部屋から連れ出す。目的地は今全員が集まっているであろうミリアの部屋だ。


 どんなにゆっくり歩いても数十秒。すぐの場所だ。


 だが、アスナの部屋の扉を開け、部屋を出ようとした俺達の前に見覚えのある人影が見えた。


「おや?」


 真っ白く長い髭を蓄え、同様に真っ白く長い髪を背中側でひと結びにした年寄り。確か、こいつは……。


「御機嫌よう。アスナ殿と……、ゲルグ・ヒーツヘイズ殿だったかね」


 会談の時の鋭い眼光はどこへやら。好々爺然としたしわくちゃな笑顔を俺達に向ける。


「アレハハンドロ陛下。ご無沙汰しております」


 アスナがそのジジィを見て、一礼した。


「歳を取ると、時間の感覚があやふやになって敵わん。一年以上前になるかな? 君が我が国を訪れたのは」


 アレハハンドロ・オールドマン。アルテリア古王国、国王、だったか。


「はい、それくらいになるかと思います」


「時の流れは早いものだな。あの時の小さかった少女が、こんなにも大きくなっている」


「そこまで体格は変わっていないと思いますが」


「人間の大きさは、体格だけに表れるものではない。君の在り方。それが一層大きくなった。これでも人を見る目には自身がある。成長したのだな」


「恐縮です」


 基本的にアスナは、堅苦しい言葉遣いをしない。公の場やら、立場を意識しないとならない時なんかはちゃんと礼儀正しく振る舞える偉い奴ではあるが、自然体で振る舞えるのなら、そうしてしまうタイプだ。


 そのアスナが、こうまで自然に敬意を払っている。ババァにすら、「ん。わかった、ジョーマさん」とか言ってたアスナが、だ。


 この爺さん。何者だ? いや、アルテリア古王国の国王陛下サマだってのはわかるんだがよ。


「して、隣のゲルグ・ヒーツヘイズ殿も。初めまして、かな? アレハハンドロ・オールドマンという」


「あ、あぁ。会談の時に一方的に顔は見て知ってたもんだが、話すのは初めてだな。よろしくたのまぁ」


「無礼な言葉遣い。しかし不快感は感じさせない。目上の人間に敬意を払わない事自体が自然体になっている証拠か。今は騎士と聞いているが、君は後ろ暗いところの出身で合っているかな?」


 俺のことを知っている? 勿論、世界の各国がアスナにひっついてる出自不明の俺のことを監視してたのは知っている。だが、この口ぶり。そういうんじゃねぇ。


「あぁ、すまない。我が国は君達を監視したりなどはしていない。その必要がない。悪い意味ではなくてな。今君に言ったのは、全て私の推測だ。年の功、というやつだな」


 そう言って相好を崩すジジィ。監視してねぇのかよ。んじゃ、なんで言い当てられた? いや、ひとしきり話して、少し考えりゃわかることかもしれねぇけどよ。こうも一言二言話しただけで、そこまでわかるか? 普通。


「はっはっは。そう警戒するものじゃない。国王とは言っても、もはや実権は息子に譲っている。神輿代わりに担ぎ上げられているだけの、ただの老いぼれだ」


 そうは思えねぇがな。


「アレハハンドロ陛下はどうしてまだここにいらっしゃるのですか? 他国の元首の皆様はもうとっくに自国にお帰りになっている、と伺いましたが」


「転移、というやつがあまり好きになれなくてな。転移酔い、というのかな? 若い頃はそうでもなかったんだが、老体には堪える。船の方がまだマシだ。というわけで私は我が国の艦隊の帰還準備を待っていてな」


「そうなんですか」


「めったに来られない、メティア聖公国の教皇庁だ。この機会に色々と見て回ろうと思ってな。ここは良い。歴史深くもあり、押し付けがましくない美しさもある。流石メティア教の総本山と言えよう」


「え……っと、はぁ……」


 アスナのピンと来ていない顔に、ジジィがまた笑う。


「若い者にはわからんか。そうであろうな。歳は取りたくないものだ。感性の違いというものは、大きな溝となる。老害にはならないように気をつけてはいるのだが」


「いえ、アレハハンドロ陛下は、そうはならないかと」


「君にそう言ってもらえると、私も鼻が高い」


 掠れた声で笑い声を上げる。なんとも、憎めないジジィだ。


 ひとしきり笑った後、何かに気づいたかのように、ジジィが俺達の顔を見る。


「……なにか悩んでいる。いや、壁にぶつかった、か? それでいてどうすればよいか分からない。だが、それでも前に進もうとしている」


 このジジィ。読心(リーディングマインド)でも使えんのか? いや、あの魔法でもここまで正確に他人の状況を読み取れたりはしねぇ。


 末恐ろしいジジィだ。


「どれ、明かせない話もあるだろうが、この老いぼれに相談してみるというのはどうだ? なに、年寄りの他愛もない話し相手になってやろう、とでも気軽に考えてくれれば良い」


 どうする? 今俺達が抱えている問題は、フランチェスカに口外無用と言われている。このジジィに話してしまうと、足が着くだろう。下手すりゃ破門。最悪異端認定。こりゃ推測だが、初代教皇とやらの手記はそれほどまでにヤバい代物なはずだ。


 俺が答えあぐねていると、アスナが俺の袖を、くい、と引っ張った。


「ゲルグ。陛下は聡明なお方。ある程度包み隠して話しても、身のあるお話をしてくださると思う」


「……お前がそう言うなら……異論はねぇよ」


「ん。アレハハンドロ陛下。お話、聞いてくださいますか?」


 アスナの窺うような視線に、ジジィが満足気な表情で頷いた。






「……『勇者と魔王』。そのシステムを壊す……か。よくそのようなことを考えたものだ」


 俺達は、ジジィを引き連れ、人の居ない会議室を拝借し、飽くまで話せる範囲で、今の現状と問題を説明した。


 顎に蓄えた長い髭を手で梳きながらジジィが呟く。


「ここからは私の推測だ。否定も肯定もしなくてよい」


 そう前置きをして、ジジィが語りだす。


「君達は、メティア教の根幹に関わる重大な事実のようなものを知ってしまった。恐らくそれは、精霊メティアの存在価値そのものが覆されるようななにかだ」


 マジでこのジジィ何者だ? アスナをちらりと見る。こいつも同じ感想を抱いたようで、驚いた顔を隠していない。


「大方、混沌の神ゲティアと、精霊メティアの関係性についての話だろう、と私は予測している。そして、その情報が正しいかどうかもわからない。……いや、最初は絶望したのかな? その事実に。教皇猊下は切れ者だ。まんまとそれが確証のある情報であると勘違いさせられるよう誘導されたか、あるいは……」


 その通りだよ。多分な。フランチェスカにそういった意図があったのかどうかまではわからねぇ。だが、あの聡いガキなら、やろうと思えばそんな芸当だってできるだろう。


 俺もアスナも、何も反応を返さない。リアクションしたいのは山々なんだが、どこで誰の目が、耳があるかわからないこの現状。大げさに反応したら危険だ。


「老いぼれの与太話として聞いてくれて良い。直接確かめに行ってみる。話を聞いてみる。それが一番なのではないのかな?」


 そりゃ、そうだろうけどよ。


 どこにその方法がある?


「上位領域。神や精霊の世界と言われているその場所は、そう遠くない場所にある。行き方は……。そうだな。我が国の禁書庫にあったやもしれん。勿論メティア教がその方法を握っている可能性は非常に高い」


「……アレハハンドロ陛下……」


 俺が止めるまもなく、アスナが我慢しきれずにジジィの名前を呆然と呟く。


「最初お会いした時、陛下は並々ならぬお方だと、そう感じました。しかし、そのときは魔王討伐の旅の途中。私も深く考えてはいませんでしたが……」


 その青白い瞳が、ジジィを見つめる。


「陛下は、一体――」


「テラガルドの魔女」


 アスナの言葉を遮って、ジジィが悪戯の成功したガキみたいな、茶目っ気のある微笑みを浮かべた。


「ジョーマ様は死の大陸で散った」


 それは……。どこまで言って良いのか一瞬迷う。


「はい」


 だが、アスナが即座にその答えを口走った。


 ちょっと待て。それは、言って良いことなのか?


「お、おい」


「ん、ゲルグ、大丈夫。各国の元首にはフランチェスカから伝えられてる」


 そ、そうなのか。肝を冷やしたぞ、全く。そういうことは最初から言っとけよ。いや、司令室なんて場で俺が騒ぎ立てても誰も意に介さなかったのを考えりゃ当たり前っちゃ当たり前か。


「実はな。私はあの方の弟子だったのだよ」


「え? ジョーマさんの?」


 アスナが驚いた声を出す。だがそれ以上に驚いてんのは俺だ。数秒ほど思考がフリーズする程度にはビビった。


 は? 弟子!? あのババァの!?


「お、おい、ジジィ!」


「ん、ゲルグ。流石に失礼」


「あ、そ、そうだった……、え、っと」


 あたふたする俺を見て、ジジィが笑う。


「『ジジィ』で構わん。所詮老い先短い、枯れ木のような存在だ」


「いや、悪かった。ババァの弟子って、どういう……」


「直接教えを授かったのだよ。正式に『師と弟子』という関係を約束して、だ。私が一番弟子で唯一の弟子、ということになるのだろうか」


 ババァに弟子? あんのババァ。肝心なことは絶対に話しやがらねぇ。死んでなかったら、死ぬまでぶん殴ってたところだ。多分速攻で返り討ちにあうのは目に見えているから、想像はしねぇ。


「何しろ、私とジョーマ様の関係は秘密だ。弟子を取るなどという、尊大な行為があの方にとっては許し難かったのだろう。決して吹聴するな、とそう仰せつかった」


「……そりゃ、ババァらしいっつーか、なんっつーか」


 態度だけは無駄に尊大だったもんだがな。その実、裏返しゃお人好しで、奢らず、他者の為に尽くした。そんなババァだった。


 そして、ババァが生きていた間に方々で蒔いていた種が、ここで繋がる。


「そんじゃ、ジジ……いや、陛下サマは魔法にご堪能ってことですかい?」


「はははっ。こなれていないのが、逆に気持ち悪いな。話しやすい喋り方で良い。……そうだな。私は魔法に関して教えを授かったのではない」


 魔法じゃない? じゃあ何の師弟関係だってんだよ。


「世界の、人の、国の在り方と、理。そして動かし方。そういった、魔法では解決できない知識を、知恵を、あの方から授かった。私は魔法は一切使えんよ。適正はあるらしいがな」


 駄目だ。壮大すぎてついていけねぇ。


 だが、あのババァなら。魔法以外の知識も知恵も、バケモンじみてたあのババァなら。そういったことも教えられるのかもしれねぇ。


 現に俺は、魔法ではなく、そういった「生きていくために知っておくべき知識」をあのババァから教わった。


 文字の読み書きから始まって、この世界の成り立ち。つまるところ歴史、地理、動植物の生態、メティア教の教義、魔法、その他諸々。


 それから、稼業に便利な道具の作り方やら、役立つ植物の採取の仕方、加工法。魔物の生態、素材。


 簡易魔法の使い方も、ババァに教わったんだっけか。


 全部を全部覚えてるわけじゃねぇが、その知識に何度だって助けられた。正直教えられたことの半分も覚えてねぇがな。


「ヒーツヘイズ殿。これは推測だが、君もあの方の弟子、だったのではないかね?」


 弟子、か。


 いや、されたことを考えてみりゃ確かに師匠と弟子って関係性もしっくりくるんだがな。


 だが、俺とババァの関係性はそういうんじゃねぇ。俺がババァに「師匠」だなんて言ってみろ。それこそババァの良い笑いものだ。


 出来の悪い生徒と、教師。それもなんか違うな。


 あー、そうだよ。一番しっくりくる関係がある。死の大陸でもそう思い知ったじゃねぇか。


「ジジィ。俺とババァはそういう関係じゃねぇよ。俺の師匠は一人。イズミ・ヤマブキだけだ」


「そうか。ジョーマ様と同じような空気感を感じたんだが」


「そりゃあれだ。あのババァはきっと……」


 そう。ババァは。ジョーマ・ソフトハートは。


「ジョーマ・ソフトハートは、出来の悪い俺の、母親代わりみてぇな、そんな存在だよ」


 両親の顔なんて覚えてねぇ。そもそも居たのかすら知らねぇ。


 グラマンは寝床と技術を提供してくれたが、俺の親代わりだったかって言えば、そんなわきゃねぇ。あいつは俺をただ利用してただけだ。例えそこに情があったとしてもな。


 でもババァは違う。ジョーマ・ソフトハートは。胸を張って言える。


「ババァは俺のお袋だよ。血は繋がってねぇけどな」


「ふふ……。そうか。あの方の生きた証は、こうして紡がれていくのだな」


 感慨深げにジジィが呟く。


「気に入った。苦手な転移を我慢する程度にはな。少しだけ準備がある。一両日中に全て片付けるので、待っていて欲しい。なに、こちらから君達を訪ねよう」


「ん? そりゃどういう意味――」


「我が国の歴史は古い。勿論世界を見れば、歴史深い国は沢山あるだ。だが、アルテリア古王国は、建国以来常に『アルテリア連合王国』であった。今は『連合』が抜け、『古い』がついてしまったがな」


「いや、だから」


「それに、だ……」


 ジジィが茶目っ気たっぷりに微笑む。


「メティア聖公国。その初代教皇は、我が国の出身だ」


 は?


「そうなの、ですか?」


 アスナも驚いている。


「メティア教。その教えは我が国で芽吹き、そして世界中へ広がった。当然、いの一番にメティア教を国教と定めたのも、アルテリアだ」


「なんでそれが世の中に広まってねぇんだよ。そんな情報、当たり前に広がってる筈……。まさ、か」


「そう、メティア教は今もその事実を隠している。『メティア教の発祥は飽くまでメティア聖公国でなければならない』。いつの代の教皇かは知らぬが、そう考えたのであろうな。王族である私ですらジョーマ様に教えてもらうまで知らなかったのだ。世界がそれを知っている筈もあるまい?」


 待てよ。んじゃどういうことだ? つまり? メティア教、その教えの始まりはアルテリア古王国にあるって、そういうことか? 混乱しすぎてよくわからん。アスナの顔をちらりと見るが、俺とそう違わない様子だ。


「さて、本題だ。君達を、我が国にご招待しよう。大したもてなしはできないが、君達の抱える問題が解決できる可能性は少なくない」


 いや、マジで待て、待て、待て。


 話が飛びすぎて、訳が分からねぇ。


「君達のお仲間に、話を通しておいてくれ。私は、臣下に伝え、諸々の煩わしい手続きを済ませる」


「そうと決まったら急がねばな」なんて言って、ジジィがあくせくとその耄碌した身体を動かして、部屋を出ていこうとする。


 いや、ちょっと待てって。


「陛下!」


 アスナがその背中に声をかける。


「ありがとうございます」


 そして、深く頭を下げた。


「世界中が君に感謝してもしきれない。君はそれだけのことを成し遂げた。それは私も、我が国も、然りだよ」


 ジジィが扉を開け、出ていく。扉が勝手に閉まり、乾いた音が部屋に響いた。


「……いや、展開が急すぎてついていけねぇし、情報が錯綜しすぎて、何がなんだか……」


「ゲルグ。アレハハンドロ陛下は聡明なお方。そして、確信の持てないことはしないし、言わない。多分、良い方向に進む」


「……お前がそういうならそうなんだろうな……」


 取り急ぎやらねぇとならねぇことは、だ。


 他の三人に、今あったことを仔細に伝える、ってことか。アスナはものを説明するのに向いてねぇから俺の仕事だ。


 あー、重労働だよ。こりゃ。


 エリナあたりが悲鳴上げるぞ。


 これからやってくる阿鼻叫喚の地獄絵図を想像して、俺は肩をすくめた。

ジョーマ様の弟子である、アレハハンドロお爺さまの登場です。

年の功という言葉で片付けられないほどに、聡明で、それでいておちゃめなお爺ちゃんです。


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[一言] ジョーマの撒いた種が実り始めてますね。 ゲルグも負けないように、種を撒かないとだめですねw
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