プロローグ
魔王をぶっ殺してからだいたい一ヶ月。
連合艦隊も帰還し、一通りの片付けやらなんやらも終わった。
そんなわけで、メティアーナの教皇庁が有する広大な庭園で盛大な宴が開かれることとなった。
主催は勿論、メティア聖公国。というか、フランチェスカだ。
兵士達が飲み食い歌う喧騒が耳にうるさく、俺は隅の方でウェイター役の神官から受け取った度数の高い酒をちびちびとやっていた。右手には煙草、左手には酒。完璧な布陣ではある。
ババァの死がひた隠しにされていること。メティア教がなにやらきな臭いこと。フランチェスカが隠し事をしているかもしれないこと。んなことも最初の一週間程度で整理はつき、今となっちゃわりかしどうでも良い。
俺は俺のすべきことをする。ババァも精霊どもも「使命」がどーたらこーたらとかうるさかったもんだが、んなことは知ったこっちゃねぇ。
俺が気に食わない。
気に食わねぇんだ。
物事はシンプルで良い。
気に食わねぇからなんとかする。勿論どうすりゃ良いのかはわからねぇんだけどな。
そんなことをぼんやり考えながら、十数本目の煙草に火を付けた頃、エリナが人だかりから顔を出した。キョロキョロと周りを見回して、俺と目が合うと小走りで近寄ってくる。
「こぉら。アタシの騎士がなんでこんな隅っこにいんのよ。ちったぁ、女王陛下の顔を立てて社交ぐらいしなさい。ってか煙草臭い」
「煙草臭いかどうかは知るかよ。それに社交だぁ? 面倒くせぇ。真っ平御免だ」
「アンタならそう言うわよねぇ。知ってた。あー、疲れた疲れた」
「女王なんてのも大変だな。方々挨拶回りしてきたんだろ? ご苦労なこったよ」
「そりゃあねぇ。メティア教から『無罪』の太鼓判を押されはしたけど、それでもやったことはやったこと。スジは通さないとね。大変よ」
「お疲れさん」
通りがかったウェイター役の神官を捕まえる。
「あー、お前さん。悪いんだが、そのトレイに乗ってる酒、特に渡す予定の奴がいねぇなら、貰ってもいいか?」
「はい、勿論です。どうぞ」
神官がにこやかに、真っ赤なワインの入った高級そうなグラスを俺に差し出す。
「あんがとよ」
「とんでもございません」
神官がそう言って、また忙しそうに離れていく。
「ほれ、エリナ」
「あら、気が利くじゃない」
「よくわからねぇが、なにやら頑張ってるお前へのねぎらいってやつだよ」
「ありがたく頂戴するわ」
エリナがグラスを受け取って、口を付ける。
「あ、これ美味しいわね」
「そうなんか?」
「流石メティア聖公国が用意したワインね。結構高級品よ」
「ほー」
感心したようにそんな事を言って、更に口を付ける。
「何かを飲む暇なんて全然なくてね。喉が乾いてたのよ」
「そりゃなによりだよ」
エリナの疲れたようなため息が耳朶を打つ。こいつも大変だよな。女王って肩書だけでも大変だっつーのに、それがアリスタードの女王ってなりゃ、相当だ。
俺が言えた義理じゃねぇが、王都の治安は悪い。狭い国土で貴族にやる土地も少ねぇ。いつだってパイの奪い合いだ。
そんでもって、過去の遺恨やらなんやらがあって国際的な立ち位置も微妙だ。それに加えてアリスタード事変とやらが追加されるときたもんだ。
エリナじゃなくて本当に良かったと心から思う。マジで。
「アンタ、変なこと考えたでしょ」
「まーた心読みやがって」
「当たり前でしょ。アタシからすると、アンタって表情が読みづらいのよ。何故かキースとは通じ合ってるフシがあるのがマジで不思議」
「やめろ、気持ち悪ぃ」
二人で少しだけ笑い合う。
「そういや、アスナは?」
ふとアスナが何をしているのか気になった。俺の言葉にエリナが、少し離れた場所にある人だかりを呆れたように指さした。
「あの中心よ。可哀想なアスナ。変に人当たりが良いから、いろんな人から話しかけられまくってるわ。パーティーが終わる頃には、あの娘クタクタよ」
「そりゃ災難だなぁ」
「本当にね。しかもこればっかりはアタシが助けてあげられる話じゃないしね」
グラスに口を付けながら「何しろ、世界を救った勇者なわけだし」、とエリナが呟く。
「そうだなぁ。元々勇者だったのが、今回でマジモンの勇者になっちまったわけだ」
あの小娘が、だ。出世したもんだよ。いや、最初から出世はしてたんだけどよ。
一年とちょっと前、アリスタードから国際手配されて逃げ出したのが遠い昔のことのように思える。俺が三年弱修行で無駄に歳食ったのを差し引いたとしても、まだ大昔って言える程時間は経っちゃいねぇってのにな。
最初は魔王を殺した英雄。そして次に、世界中から付け狙われるかもしれないお尋ね者。んでまた、本当の意味で魔王をぶっ殺した英雄に返り咲いたってわけだ。
「んで?」
「あん?」
「『勇者と魔王だとか、そういう馬鹿げたルールをぶっ壊す』ってのは? なんかアテはあんの?」
あーその話な。いや、うん。勿論ずっと考えてはいたんだがよ。
「ぜんっぜん何すりゃ良いかわかんねぇ」
「そりゃそうよねぇ」
「あぁ。思いついたのは、とりあえずフランチェスカに話を聞きにいくってことぐれぇだ。艦隊が帰ってきてないのもあって、なんだかんだ先延ばしになっちまってたがな」
「フランチェスカ様に?」
「あぁ。ババァに初代教皇の手記とやらの翻訳を頼んだの、覚えてるか?」
「言ってたわね」
「ババァはその内容を全部フランチェスカに託した。そう言っていた」
「ジョーマ様が、フランチェスカ様に……」
「ババァとフランチェスカがどういう関係なのかは俺は知らねぇ。だが、とりあえずその内容だけでも聞きにいく」
「ふうん」、とエリナが鼻を鳴らす。
「ババァはこうも言ってた。『フランチェスカが全てを話すとは思えない』ってな」
「そうかもね。話せないこともあるかもしれないし。だからこそジョーマ様はまずフランチェスカ様に内容を伝えたんでしょ?」
「多分な。でもよ、フランチェスカは話さざるを得ない、と俺は踏んでる」
こりゃ完全な推測だがな。
「なんでよ」
「初代教皇の手記。本来は誰にも読むことができないそれがテラガルドの魔女に依って解読された。これって結構な大事件じゃねぇか?」
「……なるほどね。理解したわ」
そう。大事件だ。メティア教は数十二代前の教皇が焚書なんてアホなことをしやがった。その是非は俺にはわからねぇ。
だが、メティア教という宗教。その歴史はそのままテラガルドの歴史や、成り立ちに直結するはずだ。他ならない精霊メティアという存在がそれをある程度証明している。
「フランチェスカは喧伝されたくねぇはずだ。それが解読されたって事実はな。じゃなかったらとっくに公表してるか、その準備を始めてる。それがねぇ」
「そうね」
「そんでもって、ただの一般人が『テラガルドの魔女が初代教皇の手記を解読した』なんて声高に叫んでも誰も信じねぇ。一般人なら、な」
「……勇者であるアスナ。そしてその仲間であるアタシ達。信憑性は十二分」
「そういうこった。だもんで、あいつはその内容について、俺達に聞かれたら答えざるを得ねぇ。それが嘘なのか本当なのかは置いといてな」
「……嘘、の可能性もあるの?」
「無い、とは断言しきれない。ガキはガキだが、あいつは末恐ろしいガキだ。伊達にメティア教の教皇なんてやっちゃいねぇ。必要なら嘘だってなんだってつくさ。それがメティア教の為になるってんならな」
「あんまり考えたくないわね。フランチェスカ様が嘘を吐く、って。でもアンタの言ってることもわかるわ」
俺だって考えたかねぇよ。だが、その可能性を視野に入れておくことは絶対的に必要だ。
「読心は?」
「駄目ね。フランチェスカ様に見通される。読心を使ってフランチェスカ様に近づいた瞬間、あの方が許したとしても、アタシ達は良くて破門、悪くて異端認定よ。世界中のお尋ね者に逆戻り」
「だよなぁ」
そうなると……。口先三寸で、聞き出すことしかできねぇってわけか。
「詐欺師みてぇな手口で本当のことを吐かせるってやり方もできねぇわけじゃねぇんだけどなぁ……」
「あのフランチェスカ様に通用するはずがない」
「だろうな」
色々とお手上げだ。
確かにフランチェスカは話さざるを得ない。だが、その内容が真実なのか嘘なのか確かめる術が無い。
俺とエリナがウンウンうなりながら考えていると、人だかりから、ポンッ、とアスナが飛び出してきた。俺達を見つけて、走り寄ってくる。
「お疲れ様、アスナ」
その様子を見たエリナが、満面の笑顔をアスナに向ける。お前疲れ切ってたんじゃねぇのかよ。
「……ありがと、エリナ……。疲れた」
「しょうがないわ。今日だけだと思って、ね?」
「ん。……二人共悩み事?」
アスナが俺達のもやもやした雰囲気を敏感に感じ取ったのか、そんなことを尋ねた。
「んー、ちょっとね」
「何?」
エリナが言葉を濁すが、アスナはそれを許してはくれないらしい。こりゃあれだ。「何か悩んでるんだったら、私に話してよ。友達でしょ?」ってな目だ。
「あー、なんだ。初代教皇の手記って、お前覚えてるか?」
「ん。ジョーマさんが、一所懸命解読しようとしてくれてたやつだよね」
「そうだ。その内容は、フランチェスカに全部託されたらしい」
「フランチェスカに?」
「あぁ。だもんで、どうやってその内容をちゃんと聞き出そうか、エリナと二人で思案してたところだ」
答えはでそうもねぇがな。エリナの優秀な頭脳をもってしても、今のこの状況は結構詰んでいるんだろう。
そんな説明を聞いたアスナがキョトンとした顔をした。
「え……っと、そんな悩むこと?」
いや、そんな「理解できない」みたいなこと言われても。
俺とエリナが顔を見合わせる。
「いや、だってよぉ」
「ねぇ……」
俺達の歯切れが悪くなる。
「フランチェスカなら普通に答えてくれる、と思うけど。普通に聞けば良いんじゃないかな」
いやな、お前ならそう思うだろうな、って予測してたよ。
「アスナ、物事はそう単純じゃないのよ」
「むー、エリナ今ちょっと私のこと馬鹿にしたでしょ。私だってちゃんと考えてる」
アスナが頬をふくらませる。
「あ、アスナ、駄目。その顔辞めて。可愛すぎる……」
エリナが壊れた。
「むー。そうじゃなくて、それは『魔王と勇者のシステム』に関する何かが書いてあるかもしれないんでしょ?」
アスナにしちゃ察しが良いな。
「そう俺達は予測してる」
「魔王が居ない世界。それがもし実現できるなら、メティア教としてもそれは否定できない筈。もしそこに書かれていることが、まっとうな方法なら、フランチェスカも協力してくれると思う」
まっとうな方法なら、という前提付きにはなるが、それはそうかもしれねぇ。そうだなぁ。もうそうするしかねぇだろうなぁ。
俺は未だに「アスナ、可愛すぎ」とか呟きながらぶっ壊れてるエリナの脳天にチョップをかました。
「った! 何すんのよ! ゲルグ! 不敬罪で死刑にするわよ!」
「怖えこと言うな。お前なら本当にやりそうでマジでおっかねぇんだよ。じゃなくて、ぶっ壊れてる場合だ」
「どういうことよ」
「アスナの言う通りにしてみる。とりあえずフランチェスカに直接話してみる。嘘をついてるかどうかは、俺がなんとなく把握できる、と思いたい」
「……そうね。もうそうするしか、ないか……」
また考え込み始めた俺とエリナを見て、またアスナが不思議そうな顔をする。
「『そうするしかない』って、それ以外にどうするの? フランチェスカが話せない内容なら私達が無理に聞き出すのは絶対駄目。聞ける範囲で聞くってそれだけでしょ?」
いや、アスナ。お前はもうちょっと物事を深く考えような。だが……。
「今回に限っちゃ、搦め手が使えない以上、アスナの言う通り真っ向勝負で行くしかねぇな」
「だから、搦め手を使う必要あるの?」
アスナ、お前もう黙れ。
「エリナ。明日くらいに、フランチェスカにナシつけといてくれるか?」
「アンタに指示されるのは癪だけど、了解」
「ねえってば。搦め手なんて使う必要――」
よく理解していなさそうなアスナにどう説明したものか考えながら、宴もたけなわになり、夜は更けていった。
結論から言うと、フランチェスカと直接話をする機会はすぐに訪れた。
エリナがナシをつけにいったところ、「そろそろ来ると知っていました」とのこと。
トントン拍子でその日のうちに、フランチェスカのパツパツのスケジュールが調整され、俺達は夕方、フランチェスカの執務室に案内されることとなった。
キースは脳筋だから必要ねぇ。ミリアは元メティア教の神官だもんで、知られたくねぇこともあるかもしれねぇ。少なくともフランチェスカの許可は必要だろう。
そんなこんなで、メンバーは俺とアスナとエリナの三人だ。
神官に導かれてフランチェスカの執務室の前に立つ。神官が扉を四回ノックし、中から「どうぞ」というフランチェスカの声が聞こえた。
その扉を神官が開け、俺達に手で「入れ」と促す。
「邪魔するぞ」
「お待ちしておりました」
フランチェスカのいつも通りの笑顔が、逆に空恐ろしい。
「フランチェスカ猊下。此度は私どもの為にお時間を割いて下さいまして、感謝に堪えません」
エリナが儀礼上の礼を尽くす。
「エリナ様。外の神官にはすぐにこの部屋から離れるように伝えてあります。取り繕う必要はございません」
「……そうですか。では」
「はい。ゲルグ様にお貸しし、ジョーマ様が解読された内容。その全てがここにございます」
フランチェスカが机に二冊の手記を置く。片方が原本。もう片方はババァが訳したものだろう。
「お読み下さい」
その中身を読んだ俺達に、鬼が出るか蛇が出るか。それはわからねぇ。
兎にも角にも、今のところフランチェスカの様子に不自然なところはねぇ。つまるところババァの訳書は本物なんだろう。
「……フランチェスカ」
「なんでしょうか? ゲルグ様」
その笑顔に、少しだけ背筋が寒くなる。
「これは、俺達が読んでも良い、そんな内容なんだな?」
「本来は認められません。なので、口外禁止です」
フランチェスカの唇が、にこぉっ、と不気味に歪んだ。
第九部、始まりました。
物語はクライマックスへ。
頑張ります。
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