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エピローグ

 一週間程過ぎた。


 連合艦隊はまだまだ帰ってくる気配は無いが、それでも魔物の群れを切り抜けて順調にメティアーナに向けての航路を進んでいるらしい。謹慎と言いつけられたとは言え、一向に部屋から出ようとする意思を見せない俺を心配して、アスナとミリアが毎日部屋へ顔を見せる。その時世間話ついでに話してくれたことだ。


 一週間考えていたこと。


 それは、うっすらとしか思い出せないババァとの思い出が一つ。


 そして、自分に懐いていた可愛げのあるガキだと思っていたフランチェスカのことがもう一つ。


 ババァのことに関しては、不思議とそこまで精神的なダメージは無かった。とはいえ、自分でそう思っているだけであって、様子を見に来てくれるアスナとミリア、二人の表情から察するに、俺は結構ひどい顔をしているらしい。


 ただ、こうしてメティアーナに帰ってきて思うのは、実感がなさすぎるということだ。


 部屋のテーブルに置かれている笛。その笛を思い切り吹けば、またババァが転移でここに現れるんじゃないか、そんな気さえする。手に持ち、口に咥えようとしてやめる。そんなことを何度も繰り返したもんだ。


 だが、それも最初の三日ぐらいまでだった。関係の深い人物の死であったとしても、時間が経てば感情は風化し、思い出になる。「人間ってのは面白いもんだ」、と俺を部屋の上から見ているもう一人の俺が呟く。


 相変わらず俺の様子を見に来る二人の表情は、「顔色が悪い」と言外に言っているのだが、心持ちは大分マシになった気がする。


 次にフランチェスカのこと。


 こちらもこの一週間で、なんとなく折り合いがついた気がする。当然腑に落ちないものや、納得のいっていないところもある。


 それでも、悪意の精霊(サマエル)の言った、「彼女という存在自体は、悪意を持ち合わせていない」という台詞を思い出してからは、あいつにはあいつなりの事情があって、その上で動いているのだ、と理解した。


 フランチェスカが何か俺達に隠し事をしているのは確実だ。だが恐らくそれは、あいつなりの信念やら正義の為のものなのだろう。あのガキが単なる自身の利益やら、個人的な感情で大掛かりなことを企んでいるとは考えにくい。


 そんなことをこの一週間、ずっと行ったり来たりしながら考えていた。


 もしかしたらそれらは、俺が俺自身を納得させるための、単なる詭弁なのかもしれない。でもそれで十分だ。


 俺はフランチェスカをいつまでも疑っていたくないし、フランチェスカだって俺に猜疑心に満ちた目で見られるのは嫌だろう。


 だが、それでも一つ考えざるを得ないことがあった。


 メティア教の教えの中に「勇者」がいて「魔王」がいる。やっとこさ「魔王」を倒した今、フランチェスカは何を以て俺達に協力する? そもそも協力なんてするのか?


「魔王」の打倒が世界の悲願。フランチェスカはしきりにそう言っていた。「勇者」の選定も、もとを辿れば精霊メティアになるんだろうが、実際に指名したのはメティア教。つまりフランチェスカだ。


 つまるところ「勇者と魔王」なんざシステムを生み出したのは確かにメティアとゲティアなのだろう。だが、それを実行しているのはずっとメティア教だ。その事実は確かに重い。


 とはいえ、そこに関しても結構な時間をかけて折り合いを付けた。


 結論は「知らねぇ」。その一言に尽きる。


 俺は学がねぇ。おつむも足りねぇ。いくら考えても理解できねぇことなんて山ほどある。


 そういう時どうすっか。そりゃ、知らねぇ、考えねぇ。理屈のよくわからんもんは忌避する。それだけだ。


 ただただ、愚直に、悪党らしく、馬鹿らしく、目標に向かって試行錯誤しながら進んでいけば良い。なんてことはねぇ、今までこそ泥をやっていた頃と本質は何も変わってねぇ。


 盗みが失敗しそうになったら、その場で一旦は諦めて、失敗しそうに成った原因を考えて、次に活かせば良い。


 今だって同じだ。


 テラガルドにおける「勇者」と「魔王」。そのシステムをぶっ壊す。ぶっ壊せなさそうなら一旦立ち戻って、それからまた考えりゃ良い。その時に誰がどんな手段で邪魔してきたとしても、その都度対策すれば良いだけだ。


 つまるところ、結果としてそれぐらいしか考えつかなかったってそういうことだ。だが、物事はシンプルであればシンプルであるほど良い。この考え方が俺には合ってる。


 考え事をして、思い出に浸るのはもう終いだ。


 俺はベッドから飛び起きて伸びをする。ずっと身体を動かさねぇで、ひたすら横になっていたもんだから、筋肉がなまっている。ちょっとばかし訓練し直さねぇと、イズミに面目が立たねぇ。


 顔でも洗って、中庭でキースと遊ぶか、なんて考えてた矢先、ノックの音が部屋に響いた。


 あぁ、そういう時間か。


 アスナとミリアはいつも決まった時間にやってくる。時間としては正午のちょい手前。なんでその時間かって、昼飯を持ってきて俺に食わせるためだ。


 最初の日は部屋の中に飯を持ってきて、机の上に乗せ、「ちゃんと飯を食え」と釘を刺すだけだったのだが、三食全てに手を付けなかった俺をみて見かねたらしい。


 とはいえ、朝は二人も忙しい。夜は俺が早々に寝てやがる。だもんで、昼飯だけは二人の監視の元、昼飯をかっ食らうことになったのだ。


 味のしないそれを口の中にかっこみ、二人の他愛もない話や、報告をぼけっと聞く。


 その時だけは、何も考えなくて良くて、今思えばすげぇ助けられたもんだ。


「いいぞ」


 扉がゆっくりと開く。その先にはアスナがいた。ミリアの姿は見えない。


「ん? ミリアはどうした?」


「ミリアは今日は用事があるって。だから私一人。……あれ?」


「どうした?」


 アスナが立っている俺に近寄って、顔をしげしげと見つめ始めた。


「顔になんか付いてるか? あー、まぁ暫く顔洗ってねぇもんなぁ。髭も生えてるし……」


「ううん、そうじゃない。顔色良くなった」


「そうか?」


「ん」


 メンタルの調子としちゃ、三日前ぐらいから大きく問題は無かったんだがな。自分でも気づかないことってのはあるらしい。


「とりあえず、これお昼ごはん。今日も念のため全部食べるまで見てるから」


「あー、うん。もう大丈夫だって言っても、お前は信用しねぇんだろうなぁ。……でもまぁ。一週間世話かけたな」


「ううん。いい。顔色は良くなったけど、もう大丈夫?」


「いや、最初から大丈夫だって言ってんだろ。おっさんには自分の考えに没頭したい時もたまーにあるんだよ」


「でも、そういう次元の顔色じゃなかった」


「……まあ、うん。そこに関しては俺もよくわからねぇから否定はしねぇ」


 ボサボサの頭を右手で掻きむしる。暫く身体も頭も洗ってねぇもんだから、ボロボロとフケが落ちてきた。それを見てなんとなく懐かしい気持ちになる。


 グラマンに拾われる前は、もっと酷かったな。身体を洗うっていう発想がなかったもんな。


 アスナがそんな俺を見て少しだけ微笑んでから、ベッドサイドテーブルに昼飯を置く。真っ白で柔らかそうなパンと、野菜と肉を煮込んだシチューだ。


「えーっと、なんだ、その。とりあえず立ってるのもアレだから座れよ」


「ん」


 部屋に備え付けられている椅子を指で示すと、アスナがそれを部屋の中央に運んで腰掛けた。俺はベッドにどすんと腰を下ろす。


 アスナが「早くお昼ごはん食べて」、とでも言いたげな顔で俺を見る。しょうがねぇから、パンを取って噛みちぎる。昨日までは殆ど感じなかった、小麦、塩と砂糖、それとバターの甘じょっぱい味が口の中一杯に広がる。


「……これ、中々上等なパンだよな」


「ん。フランチェスカが手配してくれた。『ゲルグ様が心配なので、できる限り美味しいものを』って」


「そうか」


 そこから黙々と飯を喰う。スプーンでシチューを口に運ぶ。パンをシチューにひたして口の中に放る。


 久々に美味い食事ってのを堪能した気がする。


 しばらくしてアスナが持ってきた飯を全部平らげてから、「ぷはっ」と息を吐いた。


「ん。食欲戻った?」


「あぁ、何かな。色々と整理がついた」


「良かった」


 アスナが笑う。


「ねぇ、ゲルグ」


「なんだ?」


「ゲルグが元気になったら話そうと思ってたことがあるの」


 話そうと思ってたこと? んなもん俺の都合なんて気にしねぇで、話すだけ話しゃいいじゃねぇか。いや、アスナはそういうキャラじゃねぇな。


「何だよ」


「ゲルグ、言ってくれたよね」


 何を言ったっけな?


「『勇者』だとか『魔王』だとか、そういう馬鹿げたルールをぶっ壊す」


 あぁ。言った。うん。言ったな。


「あの時は、色々と必死でね。あんまりちゃんと考えられなかったんだけど……」


「あぁ」


「思い返してみてね。すっごい嬉しかったの」


 嬉しい? なんでだよ。


「ゲルグの言う通りだった」


 アスナがその青白い瞳を俺に向け、そして困ったように笑う。


「魔王を倒した時、色々と今までのことを考えた」


 そりゃ考えるだろう。どでかい目的をようやっと達成できたんだ。今までを振り返りもする。誰だってそうだ。


「それで、またしばらくして、新しい魔王が現れて、次の勇者が現れて……。そう考えると少し、ううん、凄く悲しくなった」


「……そうか」


「寂しくなった。私が今まで頑張ってきたこの二年。それはしばらくするとまた元に戻ってしまうのかなって」


 アスナの独白が続く。


「本質的に無駄なんじゃないかなって、少しだけそう思った」


 違う。それはお前の勘違いだ。元には戻らねぇ。人間はその短い、「魔王という脅威の存在しない期間」で、技術を発展させ、成長していく。そこに戦争やら争いやら、大小様々な痛みが伴ったとしても、だ。


 これまで人間ってのは、そうやって歴史を紡いできた。だからアスナ、お前のやったことは、成し遂げたことは無駄でもなんでもねぇんだよ。


 そこは誇って良いところだ。


 だが……。


 はらはらとアスナの瞳から溢れる涙を見て、俺はそんな簡単な反論もできなくなってしまった。


「また沢山の人が死んで、傷ついて、私みたいな人が大変な思いをしてそれを解決して。それがずーっと続いていくんだ、って……。すごい虚しくなったの」


「それは、ちが――」


 ようやく口から出てきてくれた反論。だがそれもアスナの声に遮られた。


「違くないよ。確かにそうなった時、今私が大切だと思っている人はいないかもしれない。でも子供ができたら? 孫ができたら? 大切な人は、ものは、増えていく一方」


 アスナがその涙を拭うこともせず、苦笑いする。


「今までだって、大切な人が増えて、そして減っていった。数十年後なのか百年以上後なのかわからない。でもまたそれが繰り返される」


 そうかもな。


「だからね。ゲルグの言葉を思い出して――」


 その涙は、悲しみからだったのだろうか。それとも別の感情からだったのだろうか。


 だが、窓から差し込む日差しを浴び、こぼれ落ちながらきらめく涙をこぼし、それでも笑うアスナを。


「――嬉しかったの」


 俺は綺麗だと思った。


「『あぁ、ゲルグはちゃんと私のことをわかってくれてるんだ』って。その上で私じゃどうしようもできない、どうすれば良いのかわからない大きな問題を解決しようとしてくれてるんだ、って」


 アスナが俺の元にゆっくりと歩み寄る。


「認めてくれないんだって。私が、こういう気持ちで生涯を終えたりする、そんな未来を、ゲルグは絶対に容認してくれないんだって」


 そして、俺の手を取る。


「だから、私も決めたの」


「何をだ?」


「私はゲルグと一緒に、この世界の在り方を壊したい。貴方の目指すものを、私の目指すものにしたい」


 その青白い瞳を、少しばかりの怖気に染めながら、アスナは言う。


「駄目、かな?」


 駄目とか、そういうんじゃなくてなぁ……。


 あーあーあーあー。言うんじゃなかったよ。


 いやな、別に俺一人で全部できっこねぇってのは理解してるんだ。世界のシステムをぶっ壊す? そんな大層なことが、単なる小悪党の俺に出来るはずがねぇ。


 だからどっかで、アスナの力を。アスナだけじゃない。ミリアもエリナもキースも勿論のこと、今まで知り合った奴らの力を、そしてこれから知り合う奴らの力を、全力で借りていかねぇといけねぇ。


 そんなことはハナからわかってたはずなんだよ。


 だがまぁ。この「勇者」とか呼ばれてる小娘に、ここまで言われるとよ。


 おっさんの面子が立たねぇだろうが。


「アスナ、お前なぁ」


 じろりとアスナを睨めつける。


「な、なに?」


「お前の言ってることは、大人の顔をぶっ潰すっていう最低最悪なことだ。それが歳食ったおっさん相手なら、尚悪い」


「え、えぇっ!?」


 アスナの涙が止まる。目をぐしぐしと拭って俺に詰め寄る。


「駄目なの!?」


「あー、うん。いや。そうだな」


 答えは決まってる。


「よろしく頼むわ。俺一人じゃ到底できそうもねぇ。手伝ってくれ」


 俺の言葉に、少しだけアスナがキョトンとした。


 そして数秒。さっき綺麗だと思った以上に綺麗な笑顔を浮かべて、アスナが元気よく頷いた。


「ん!」


 俺ぁ、小悪党だ。


 できることは限られてる。最初から全部一人で完遂できるイメージなんてこれっぽっちもなかった。


 だが、なんでだろうな。


 このちっちゃい勇者サマがいれば、なんとなくなんでもできそうな気がしてくる。


 だからよ。小悪党は小悪党なりに、引き立て役になりつつ、自分の成すべきことを全うする。


 ただそれだけなんだよな。


 俺はアスナの笑顔に向けて、精一杯おちゃらけた声色で、「バーカ」と言った。


 アスナが声を上げて笑った。

第八部本編完結です。

二話程、フランチェスカ視点の閑話を挟み、第九部へ突入します。


本作は全十部を構想しています。

後少し。頑張ります。


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― 新着の感想 ―
[一言] 久々のアスナとのイチャイチャですね。 メインヒロインのはずなのに、ヒロインたちの中で一番影が薄いと思ってましたw
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