第十六話:ここで動けぬ騎士などっ! 騎士では無いというのにっ!
そしてエリナの詠唱が完成する。流石の速さだ。
「読心!」
この魔法は散々俺の脳味噌の中身をこっそり読み解かれたアレだ。だが、魔王なんて化け物にその魔法が通用するのか?
「なるほど。だが練度は低い。私の具体的な思考を読み取れるまでには達していない。それに……」
魔王の姿が掻き消える。
「仮に完璧に心が読めたとして、私の動きにどう対処する?」
その禍々しい装飾の施された剣がエリナの身体を両断せんとする。
だが、させるかよ。さっきのアスナの範囲治癒もあって、全員ピンピンしてるんだぞ? ついでに言えば、模倣の効力が切れ、イズミの動きをトレースできなくなったとは言え、俺のスピードはまだまだ底上げされている。
「ッッ!」
間一髪だ。俺は魔王の視線を遮るように身体を翻し、エリナを抱えて横っ飛びに地面を蹴った。
「ナイスよ! 流石私の騎士!」
お前の騎士になったことを承諾した覚えはねぇよ。だがまぁ。今はどうだって良い。
「ゲルグ! 今、私は読心を使った! その意味はわかるわね!?」
「わかるわね!?」で分かったら苦労はしねぇ。と言いてぇところだがよ、お前とも短くねぇ付き合いだ。言いたいことはわかったよ。
今日何度目だ? もうそろそろ打ち止めだが、それでもこんだけの回数使えるようになっていることを誰かに褒めてもらいたいところだよ。
口の中で早口に詠唱を始める。その滑らかな詠唱に、腕の中のエリナが満足気に笑うのが視界の端に映った。
「模倣」
この模倣は、直前のエリナの読心を対象にしたものだ。周囲の人間の考えていることがうすぼんやりと頭の中に浮かんでくる。
まず感じたどでかい感情が、「守る」、「助ける」、「頑張る」。そんなところだ。こりゃあれだ。アスナとキースが中心だ。そんでもってミリア。
そして次は、一所懸命この化け物を倒すべく策を巡らせているイメージ。エリナだろう。
ついでに、全体的に感じる「恐怖」の感情。アスナからも、エリナからも、ミリアからも、キースからも感じ取れる。そりゃそうだ。俺だってチビリそうなのを必死で我慢してる。
最後に、ようやっとお目当ての思考パターンを手繰り寄せる。奴だ。それは波紋一つ、さざ波一つ無い大海原のようでいて、かつ静かながらも熱く燃える熾火のようでもあった。
冷静沈着ながら、それでいて決意のような何かを感じ取れる。
その決意の色が、アスナのそれとよく似ていて少しだけ戸惑う。元勇者という経歴からくるものなのか、他の理由が存在するのか。
いや、今はんなことどうでも良い。
魔王の思考をキャッチした。それが重要だ。ざっくりとで良い。その方向性だけで良いんだ。
それは、奴がどこに意識を向けているかを理解することだ。
それは、奴が次に何をしようとしているのかを理解することだ。
エリナでは無理だ。速さが足りない。だが、風の加護と魔法で底上げされた俺のスピードならそれだけの情報が揃えば……。
魔王の気を散らし、視線を誘導しながら、狙いをワンテンポずらせる。
「キースッッ! ミリアだっ!」
奴さんの意識を別の方向に逸らす。そんな意図を以て駆け回る。そう。本当にワンテンポで良い。タイミングさえずらせれば。
「応!」
キースが鈍足ながらもミリアを担いで飛び上がる。コンマ数秒前までミリアが居たその場所を魔王の剣閃が通り過ぎる。
次。奴が右の方に意識を向ける。恐らく間合い取り。ただの移動。情報にしてみりゃそんだけだ。
だがその情報こそ値千金。底上げされたスピードで。強化された脚力で。
地面を蹴る。
「……な、るほど?」
「さっきはよくもやってくれたなぁ」
力じゃ敵わねぇ。イズミを模倣してもどうにもならねぇ。
だったらどうする?
そんなん決まってる。特別なことは何もない。
いつも通り戦う。それだけだ。
「退け。貴様には用は無い」
魔王が凄まじいスピードでその剣を振るう。
でもよ。甘い。
てめぇは知恵がある。頭も回る。そりゃそうだ。なにしろ元人間だ。
だから人間に効く技術はてめぇにも効くってことだ。
視線を意識しろ。筋肉をコントロールしろ。意図的に隙を見せろ。「ここだぞ? ここが狙い目だぞ?」、そう言わんばかりに。狙わせるのは首だ。
ほうれ、狙い通り。さっきも実証済みだ。イズミ。
お前の技術は魔王とかいうバケモンにだってちゃあんと届く。
少しばかりかがむ。俺の頭頂部すれすれを、奴の得物が通り過ぎていく。
「……ほう?」
「悔しいか? てめぇが心底見下してやがりそうな、普通の小悪党に避けられてんじゃねぇよ。魔の王? そんな大層な肩書引っ提げてる場合だよ。『マヌケの王』に改名した方が良いんじゃねぇのか?」
「よく滑る口だな。だがその口上にどのような意味が?」
こんな安い挑発が通じるたぁ俺も思ってねぇよ、馬鹿。
だがよ、今、少なくともてめぇの意識は完全に俺に向かっている。
それを見逃すような勇者じゃねぇ。
背中側から、アスナが跳ぶ。俺の肩を踏み台にして。
「ありがとっ! ゲルグっ!」
「やってやれっ! アスナっ!」
その渾身の一撃が、剣閃が、魔王を斬りつける。そのまま、ふらりとよろめき、奴が膝をついた。
「……なる……ほどな……」
勝負ついたか? ってかてめぇ何回「なるほど」って言ってんだクソ野郎。
アスナがその剣の切っ先を魔王に向けて、きっと睨めつける。
「……貴方自身には特別な恨みはない」
静かな瞳を、その青白い瞳を、アスナが魔王に向ける。
「貴方を斃す合理的な理由も私は持っていない」
「……そうか」
「でも、私は、私のために、今ここで貴方を乗り越える」
それは「勇者」としてではない。ましてや、「責任感」やら「義務感」やらそんな大層な代物でもない。
ただただ、自らの掌に残っているものを、かろうじてその上に留まっている僅かな雫の集まりを。
取り零さないよう、滑り落ちていかないよう、大切に、慎重に、手を震わせないように。
そんな小さな小娘の取り立てて誇るべきところが微塵もない――
――そんな願い。
「……勇者よ。全てが終わり、そなたが死んだ時、この世の真実を知るだろう……」
「知らない。興味ない」
「まぁそう言うな。聞け。私はその絶望に呑まれた。だからこそ、今こうしてここにいる。ともすれば、剣を交え、その後で共通の目的を抱けるやもしれぬと、僅かながらも幻想を抱いていた。……だが――」
魔王の瞳が不穏な光を帯びた。
「そなたの決意と私の成すべきこと。決定的に衝突を起こすことを確信した」
次の瞬間。魔王を中心に、凄まじい衝撃が波紋となって広がった。決して激しいものではなかった。緩やかに、そよ風の様に。
しかし、それは確かに人間を死に至らしめかねない確固たる影響力を以て。
俺達を沈めた。
「あっ! ぐぅっ!」
アスナが苦しげな声を上げて、崩れ落ちる。
エリナも、ミリアも、キースも例に漏れず、膝を着く。
俺? 俺だってそこから外れちゃいない。ただただ身体中から、疫病のように燃え上がる違和感に、背筋が凍り、力が抜けていく。
「手加減はもうやめだ。ここからは全力で貴様らを討とう」
冷淡とも違う。冷酷とも違う。
ただただ淡々と、「そうなる確実な未来」を、事実を、ありのまま述べるように、魔王が告げる。
「……う、ごけない……」
アスナが掠れた声を出す。
「……こ、ここまでとはね……さ、流石の大魔道士エリ、ナ様でも……」
エリナがこんな状態であっても勝ち気な台詞を吐く。
「魔、の王。人間には手が届かない存在、だとでも、言うのですか? 精霊メ、ティアっ!」
ミリアが苦しそうにうめき声を上げる。
「こ、ここまで来て、こうもあっさりと敗れるというのか!? ここで動けぬ騎士などっ! 騎士では無いというのにっ!」
キースが歯を食いしばりながら抵抗する。
クソッタレめ。
悪態を吐く。尤も、声にはならない。
どうすりゃ良い?
この力の波動から、よくわからない力の流れから、波紋から、どう切り抜ければ良い?
考えろ、考えろ、考えろ。
俺が考えているその間にも、魔王はゆっくりと歩を進め、アスナの前まで歩み寄る。
そして剣を振り上げた。
「さらばだ勇者よ」
「……ッッ!」
アスナが精一杯の抵抗を試みようとしている。だが動けない。
動け、動け、動けっ!
俺がここに居る意味はなんだ?
俺がここまで来た理由は何だ?
あんな小さな勇者サマが、あっさりとおっ死ぬのを眺めて、その後でついでとばかりに殺されるためだったか?
ちげぇだろ! なんとかしろ!
何でも良い。この状況を打破できる何かを。
他の誰でも良い。人間じゃなくたって良い。
精霊でもなんでも、見てるならちったぁ力を貸しやがれ!
――君からそんな事を願うなんて珍しいね。精霊というものに微塵も敬意を払っていない君がさ。
頭の中に声が響く。目に映る景色が色彩を失う。
誰も彼もが、ピクリとも動かない。
少しばかり驚いたが、すぐになんとなく理解した。
今、時が止まっている。
目の前には、いけすかねぇ、詐欺師みてぇな雰囲気のクソイケメン。財の精霊だ。
「やぁ、こんにちは」
「いや、今、これ、どういう状況だよ」
「さて、良いかい? 君には模倣の真髄を教えた」
質問に答えろよ。完全スルーしてんじゃねぇ。
まぁ良いや。
「……そうだな」
だからなんだってんだよ。御託は良いから、ここまで出張ってきたなら、助けやがれ。
「模倣は魔力を以て、他者の積み上げてきた技術を、経験を盗み取る魔法だ」
だから、それがなんなんだよ。
「さて、技術というのは、経験というのは、一体どういう物だと思う? ゲルグ君」
「……技術はそいつが積み上げてきた訓練によって得られた成果物。経験は、そいつがどれだけ『その行為』を積み重ねてきたかどうか、だ」
「そうだ。では話を戻すよ。模倣。それは他者の技術を、経験を盗み短時間ながら自らの物にする魔法だ」
だから、んなこた知ってるんだよ!
「そう焦らないでくれよ。魔法という補助がありながらも、それらを模倣し繰り返す。そうするとその人間には何が起こるだろうね?」
何が、起こるか? んなもん、何も……。
「最初は大人の助けがなければ馬に乗れなかった子供がやがて一人で乗りこなせるまで成長するように、まるで赤子が母親の話し言葉を真似て言語を会得するように……」
あぁ、そういうことか。
「魔法という補助具を以て成し得たことだとしても、いや魔法という最高級の補助具を以て届いた高みだからこそ、それは経験となり、そして積み重ねれば技術となる」
なるほどな。
「……精霊は現し世に能動的に働きかけないんじゃなかったのか?」
「そこはそれ、君は特別だ。自分でも薄々感づいているだろう?」
知るかよ。
クソイケメンの姿が掻き消える。
俺は魔王を中心にして放たれるこのよくわからねぇ現象を、「波紋」だと感じた。力の流れを感じた。
力に流れがあるなら。そこにベクトルがあるなら。
それは忍が培ってきた経験によって、いなし、さばき、コントロールできる。
そして、今その方法は財の精霊が長ったらしい講釈をたれて教えてくれた。
模倣はただ、真似するだけの魔法じゃない。積み重ね、そいつの技術を自身の物にするための、補助具でもある。
景色が色彩を取り戻す。
時が動き出す。
それと同時に、力の流れを把握する。そのベクトルを把握する。
そして、その隙間を縫い、逸らし、いなし、さばき。
その発生源に向かう。
「……何故動ける?」
知るかよ。俺だってよくわからねぇんだ。
だがよ。今は居ないイズミの。くノ一の。忍の経験が、模倣を通して俺の経験となり、そして今俺の血肉になった。
もしかしたらそれはもっと前からそうなっていたのかもしれない。
まぁ、俺もよくわからん。
ただ今俺は俺のすべきことを成すのみだ。
その力の発生源に向かって、拳を突き立てる。場所は魔王から数歩後ろの地面。その一点だ。
どんなからくりかは知らねぇ。どんな魔法なのか呪法なのかもしらねぇ。
だが、そこをぶっ叩けば、なんとかなりそうな、そんな気がした。
鈍く、重い音を響かせて、俺の拳が床に突き刺さる。硬いものを思っクソぶん殴る訓練なんざしてねぇもんだから、きっと手の骨はボロボロだろう。
だがそれでも良い。どうなったって良い。
振り向きざまに魔王がその剣で俺を両断しようとしていようとも、俺にその剣閃を避ける余裕なんてこれっぽっちも無くても。
力の波紋が消えた。皆、動けるようになったはずだ。
勝負事ってのは一瞬で片がつくもんだ。力量差があってもなくても。よく想像する泥仕合みたいなもんは、あんま一般的じゃねぇ。
どういうことかってぇとだな。
俺がこうして作り出した隙に、アスナがきっと必殺の一撃をかます。
それで終いだ。
「貴様が危険人物だと言っていたミハイルとやらの気持ちが良く理解できたっ!」
ついさっきまでの魔王の雰囲気とは打って変わって、激昂したような声を上げている。
ざまぁみろだ。
刃が迫る。
そして、その刃が甲高い金属同士がぶつかり合う音で止まった。
「……ゲルグ、ありがとう。いつだってそうだよね」
アスナがその剣を振りかぶる。
「本当のピンチの時、膝を屈しそうになった時。ゲルグはいつだって私達の腕を引いて立ち上がらせてくれる」
そしてその剣が、魔王を貫く。
「ゲルグがいてくれて、良かった」
おっさん。あんた頑張ったよ。
決着です。
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