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第十六話:罰が当たったんだろうよ。呪いなんてものに頼った、その罰がな

「あぁ、怖い怖い」


 チビがニヤニヤと笑いながら目を細める。アスナの怒気はもはや周囲の人間全てを威圧する程だ。エリナもミリアもキースも、生唾を飲み込んでアスナを見つめている。


 思うに、アスナがここまでブチ切れるのは初めてなんだろう。お人好しを絵に書いて、それを二倍いや三倍ほど美化すれば、あいつみたいな人間になるだろう。魔王をぶち殺したときも、魔物を倒したときも、きっとアスナは怒りや憎しみではなく、義務と正義感で戦っていたに違いない。


 魔王討伐を共にした三人が、見たことのないようなものを見る目でアスナを見ているのが何よりのその証拠だ。


 アスナが剣を構える。恐るべきスピードで、イケメンとガキに肉薄する。アスナはまず目標(ターゲット)をガキに定めたらしい。袈裟懸けの剣閃。勝負は一瞬でつくかと思えた。しかし、その予想は間違いだった。


 金属同士がぶつかり合う、甲高い音。俺達のいるその開けた部屋にそんな音が反響する。騎士団長とやらが、ガキとアスナの間に躍り出たのだ。キチキチと鍔迫り合いの音が鳴る。


 なんだ、おかしい。普通の人間がアスナの力に拮抗できるわけがない。例えそれが王国において、こと戦いという側面では頂点に立つ騎士団長なんて人間だとしても、だ。アスナの表情はこちらからは伺いしれないが、その雰囲気から悔しそうな表情を浮かべているのだろう。あいつはわかり易すぎる。後ろ姿だけでも、雰囲気が感じ取れる。


「何が、どうなってやがる……」


 俺の茫然自失とした呟きにミリアが応える。


「……あの二人からは、何か邪悪な力を感じます……。っ!? まさか!」


 まさか、ってのはなんだ? 心当たりがあるのか?


「呪詛……? 人間が呪詛を受けるなんて……」


「呪詛? なんだそりゃ?」


「精霊メティアと対をなす、混沌の神ゲティアが付与する潜在能力です。アスナ様! 危険です! 下がって!」


 混沌の神ゲティア。薄ぼんやりとだが聞いた記憶がある。なんだっけか。あぁ、創世神話だ。メティア教でもそれを教義の始まりとしてる、と聞いたこともある。


 この世界、テラガルドは元々は大陸もなにもない、海だけが存在する球体だった。神々は陸地を必要としない、そうだ。


 その海だけの世界で、精霊メティアと、混沌の神ゲティアとの激しい争いが繰り広げられた。両者の実力は拮抗し、その戦いは長いこと続いたという。


 最終的に傷を負いながらも、精霊メティアが勝利した。だが、神ゲティアも甘くはなかった。置き土産とばかりに、精霊メティアの身体を削り取ることに成功した。


 削り取られた身体は、今人間が住む五つの大陸になり、精霊メティアは受肉した肉体を捨て、精神体となった。


 そして、深い傷を負ったゲティアもその身体を捨て去り同じ様に精神体となった。身体はテラガルドの北極にある、死の大陸となった。


 うん、テラガルドに伝わる創世神話だ。こんなあらましだった記憶がある。


 その混沌の神ゲティアとやらが付与する、それが呪詛? んなもんが人間に与えられるもんなのか?


 ミリアが発した「呪詛」という言葉。その言葉に呼応するように、イケメンの身体が、ガキの身体がどす黒いオーラを纏い始めた。


「流石メティア教の神官だ。呪詛について知っているとは、博学だと感心する。私が受けた呪詛は『日蝕の呪詛』。

 貴様達のような正義とやらを信じている者らにとっての天敵だよ!」


 アスナが徐々に押し負けていく。イケメンがおおよそイケメンらしくねぇ、凄惨で邪悪な笑顔でアスナを、俺達を見る。


 なぁるほどなぁ。正義の心を持った人間の天敵かぁ。ふーん。ほー。


 弱点を自ら吐いてくれるとは、ありがてぇこった。


「アスナ下がれ!」


「っ!? ゲルグ!?」


「いいから!」


 俺はカバンの中からショートナイフを取り出す。言われたとおりにアスナが鍔迫り合いを止め、俺の隣に下がる。うん。偉いぞ。


「ゲルグ。何をするつもりだ?」


 うるせぇな。キース黙ってろよ。こいつはお前たちに対する天敵なんだろ? だったら答えは一つじゃねぇか。


「クソイケメン。てめぇ、自分のことを『正義の心を持った者の天敵』とか言ったな」


 俺はニヤリと嗤う。


「生まれてこの方、正義なんて肥溜めに浸かってそうなものにゃ縁がねぇ俺だったらどうなるんだろうな?」


 風の加護を全開にする。スピードで俺について来れる人間はアスナぐらいだ。イケメンとガキを中心に、俺はぐるぐると走り回る。加護のおかげでスタミナは減りゃしねぇ。螺旋状に走り回りながら、騎士団長サマにナイフで一閃。こう見えて、目はいいんだ。目が良くねぇと泥棒なんてものは務まらねぇ。


 鎧の隙間からナイフを突き刺すなんて俺には造作もねぇことだ。とはいえ、正直言って有効打にはならねぇ。だが嫌がらせには十分になる。


 「正義の心を持った者の天敵」? 俺は正義の心なんて持ち合わせてねぇ。今考えてるのは、目の前のいけ好かねぇ連中に、どうやって一泡吹かせて、嫌な思いさせられるか、ってその一点だよ。


「ゲルグ! 戦の精霊、ヴァルキュリアに乞い願わん。かの者に汝の加護を与え、(あまね)く苦難に抗す有りとし有らん力を与えたもれ! 全能力向上ホールインプルービング!」


 身体が淡く光る。なんだこりゃ。すげぇ。身体が軽い。頭も冴えてる。なんか力やらなんならも向上してる感触がする。何もかもから開放されたようだ。


「この魔法結構魔力(マナ)使うのよ! これで打ち止め! アンタがなんとかしなさい!」


 分かってるよ。エリナ。言っただろ? 「人間からの悪意ってやつからは俺がお前ら全員纏めて守ってやる」ってな。それを忠実に守る。それだけだ。


「くっ、身体が重い! 混沌の神よ! 私に何が起こっていると仰るのか!」


 なにやらイケメンが悲鳴じみた声を上げる。「身体が重い」だ? 確かに、アスナのスピードに反応したさっきのこいつの動きとは雲泥の差だ。王宮に居た木っ端な兵士よりゃ良い動きをしやがるが、それでもその程度だ。何が起こってるのか知らねぇが、都合が良い。


「罰が当たったんだろうよ。呪いなんてものに頼った、その罰がな」


 風の加護に、エリナの魔法。それによって、風のように軽くなった身体で、俺は何度も騎士団長サマを斬りつける。すげぇな。動体視力も上がってやがる。見える、見えるぞ! はははは! いや、すまん。調子に乗った。魔法の効能なのか、いつもよりもハイになってやがる。


 所詮ナイフだ。刃渡りにして広げた手の親指から小指程度の長さのナイフ。致命傷なんて与えれねぇのは俺が一番良くわかってる。


 だが、煩わしいだろ? 鬱陶しいだろ? どんだ気分だ? ちくちくちくちく攻撃されるのは。ダメージにしちゃそんなでもねぇだろうが、蚊に何度も刺されるような状況が一向に収まらないのは気分が悪いだろ?


 イケメンの顔が醜く歪んでいく。そうだよ、いけ好かないてめぇみたいなイケメンのそういう顔が俺ぁ一番好きなんだ。っとーに、最高にハイってやつだよ。


 だろうか、隣のガキが不穏な動きをしているのに気づかなかったのは。迂闊だった自分を呪うが、もう遅かった。邪悪なオーラを出していたのはイケメンだけじゃねぇ。ガキもだったってのによ。


「ニヒヒッ。蝿の王、ベルゼバブ。かの者に、汝の持つ汚泥に満ちた毒を与えよ。破傷毒(テタナス)


 身体が一気に重くなる。流行病にかかった時みたいに、身体が熱くなり、節々が痛く、フラフラとする。なんだ? これ。今「テタナス」とか言ったか? まじぃ。破傷風(テタナス)? さっき落ちた時に受けたちっちゃな傷がじくじくと痛み始める。


 四肢が痙攣し、硬直を始める。意思とは無関係に胴体が弓なりに動こうとする。


「ぐっ、があああぁ」


「ゲルグ!」


 アスナが、エリナが、ミリアが、キースが、口々に俺の名前を叫ぶ。呼吸ができない。まずいってレベルじゃねぇ。地面に倒れ伏し、全身を襲う痛みに歯を食いしばることしかできない。


「ガウォール。だめじゃない。呪詛はまだまだ研究途上。どんな副作用があるのかわからないんだから。それに言ったろ? 今回はただの嫌がらせだって」


「む……そうだったな。私としたことが、熱くなりすぎたようだ」


「君の呪詛は、悪人相手じゃ相性が悪いよ。ゲルグ、だっけか。彼が勇者に付いているのは不運だったね。ここで殺しておいたほうが良いんじゃないかな?」


 イケメンとガキが何やらくっちゃべっているが、何を言っているのか何も把握できない。


 痛い、痛い、痛い。全身が燃えるように痛い。背中の筋肉が収縮し、身体が変な方向にねじ曲がり始める。


「ゲルグ!」


 アスナの悲鳴じみた声が、怒気をふんだんに感じさせる声が苦しむ俺の耳朶を打つ。なんでだろうな。こんな状況なのにあいつの声だけははっきりと認識できる。


「させない! 許さない!」


 アスナがイケメンとガキの眼の前に躍り出るのが霞む視界の中で、それでもはっきりと映った。情けねぇことこの上ねぇ。意気揚々と「守ってやる」なんてほざいた挙げ句、逆に守られてやがる。


「勇者。君が正義の感情で動く限り、私には届かない」


 黙れよイケメン。勇者が勇者であるのは、そういうことだろうがよ。その言葉は声にならない。ただただ、くぐもった低い唸り声を上げるだけだ。それだけしかできない。


「正義……の感情? 私、今そんなもので動いている訳じゃない」


 駄目だ。アスナ。それ以上言うな。駄目なんだよ。お前はそういう感情で動いちゃ駄目だ。


「貴方達を、殺す! 殺してやる!」


 その言葉に、チビガキがにやぁっと笑った。いや、嗤った。


「条件は揃ったよ! ガウォール! 嫌がらせはお終いだ! 逃げよう! その小悪党を殺せないのは残念だけど、それ以上の収穫だ!」


「ふむ、承知した。では、勇者一行。また会おう」


 チビガキが迷宮脱出の魔法を使う。逃げ足が速ぇ。速すぎんだろ。ってかい痛ぇ。身体が痛ぇ。動けねぇ。


 後には毒に苦しむ俺と、憤怒に打ち震えるアスナ。そして、茫然自失とした他の三人が残された。


「ゲルグ! 今治療を!」


 数秒ほど呆けていたミリアだったが、はっと気づいて未だに苦しみ続けている俺の方に駆け寄ってくる。治療? あぁ、治療な。助かる。なにやらブツブツと詠唱をし、魔法を完成させる。


「……呪法による毒。解毒(アンチドート)では少し時間がかかります。すみません。もう少しだけ辛抱してください」


 そうは言うが、だいぶ楽になった。悪い。助かる。お礼の言葉の代わりに低く唸り声を上げる。


 「条件が揃った」だっけか。クソチビがそんなことを言ったな。なんの条件だ? 考えてもわからねぇ。己の知識不足を心底悔やむ。


 その意味がわかるのは、それほど遠くなかった。如何にあいつらの言う「嫌がらせ」が悪辣なものなのか、その本当に意味がわかるのは。






「ことはそう単純じゃねぇらしいな」


「うむ」


 ミリアの治療を受けて、なんとか一息ついた俺はキースと二人で話し込んでいた。


「呪詛。お前知ってたか?」


「いや。知らん。俺もメティア教の教義やら何やらにそれほど詳しいわけではない」


 それに、あのチビガキが使った力。ありゃなんだ? しゃあねぇ、知ってそうなやつに聞くしかねぇか


「エリナ!」


 俺は数十歩程先で魔力(マナ)切れでへばっていたエリナに声をかけた。


「なによ……。あたし今、めっちゃ疲れてるんだけど?」


 そうは言いながらも、よっこらせっと立ち上がり、フラフラと俺達に近寄ってくる。


「あのチビガキ。アイツが使ったのは魔法じゃねぇ。そうだな?」


「そうね。あれは呪法」


「呪法?」


「魔法は他者を救う心を、奇跡を具現化したものよ」


 ま、最近じゃそんな考え方も形骸化してるけどね、とエリナがぼそりと付け足す。


「呪法は、他人を呪う心を具現化したもの。魔法よりも、もっと薄ら寒くて、暗くて、ジメジメしてて、そんなモノよ。当然、使う側にもそれなりのリスクがある」


「魔法は精霊と契約すれば使えるのは俺も知ってる。じゃあ、呪法は?」


「契約するのは悪魔。混沌の神ゲティアに仕える(よこしま)な存在。それが悪魔よ」


 混沌の神。悪魔。おとぎ話でしか聞いたことのねぇ単語に、俺の頭は混乱しっぱなしだ。


「アスナは、大丈夫か?」


「……ちょっと一人にしてほしいって」


「そうか」


 あいつのことだ。殺意なんて感情。初めて抱いたんだろう。しかも他でもない人間に、だ。一段落して冷静になった今ショックを受けててもおかしかねぇ。俺はよっこらせと立ち上がる。


「ちょっと、どこ行くのよ」


「うるせぇよ。小便だ小便」


「……きったないわね。さっさと済ませてきたら?」


 エリナの口からひり出されたクソに、ひらひらと手を振って、俺はその場を後にする。あいつはどこだろう。あ、いたいた。瓦礫の影に座り込んでやがった。


 座り込んで、ぼうっとしている。


「おい、アスナ」


「……ゲルグ……」


 酷く緩慢な動作で振り向く。


「忘れろ」


「でも」


「忘れちまえ。そもそも、お前は人間の悪意なんてものに無防備すぎんだ。クソみてぇな人間なんざいくらでもいる。そんな人間にお前が付き合ってやる義務はねぇ」


 その瞳に光るものを見た気がした。誰だよ。こいつにこんな顔をさせた奴は。心当たりが多すぎて、俺の身にも余る。クソッタレが。


 アスナがぽつりぽつりと話し始めた。


「人間を……人を守りたいと思った。だから頑張った……」


「……おう」


「間違ってたのかな……」


 眦から、涙がこぼれ落ちる。ちげぇだろ。俺はこいつにこんな顔をさせたくて付いてきたはずじゃねぇ。


 間違っちゃいねぇよ。そういうのは簡単だ。だが、そんなこと、どうして俺が言ってやれる? 俺はどっちかっちゃあ、悪意の塊みたいな人間だ。アスナとは違う。エリナとも、ミリアとも、キースともだ。ちんけな小悪党なんだよ。他人を助けようなんざ基本的には思いやしねぇ。


 なんて言葉をかけてやりゃ良い? そんなん知るか。


 俺は衝動的にアスナを後ろから抱きしめていた。きつく。きつく。こいつがどっかにいっちまわないように。


「……忘れろ」


 強張っていたアスナの身体が、徐々にゆっくりと弛緩していく。抱きしめた俺の手に、アスナがゆっくりと手を添える。表情は見えねぇ。これがこいつにとって救いになるのかも知ったこっちゃねぇ。だが、その手の温もりは、「ありがとう」と、そう言っているような気がした。


「……ん」


 その数秒後だった。エリナが、アスナの様子を見に来て怒声を上げるのは。


「何やってんのよ! このロリコン! 手ぇ出したら殺すって言ったでしょ!」


「ち、ちが、これは違う! アスナ! なんとか言え!」


「ゲルグ、暖かかった。でもちょっと痛かった」


「ッ!? 問答無用!」


 やめ、やめろ! 痛い! 熱い! 冷たい! ビリビリする!


 俺は王女サマの殺意が籠もった魔法によってボロボロになるのだった。ここまで色々あったが、一番ダメージを受けたのがエリナの魔法だなんて本当に笑えねぇ。お前魔力(マナ)切れになってたんじゃねぇのかよ……。

テンプレ悪役の一旦の退場です。

多分これからちょくちょくちょっかいかけてくると思います。

っていうかその予定です。

テンプレ悪役っぽく、散々っぱらアスナ達に嫌がらせしまくって、

んで最後には死んでもらおうと思っています。予定は未定。


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[一言] 引き際が良くて逃げ足が速い。 くそがっ!(いつか解放するためのタメを上乗せ)
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