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第十四話:姫様だけでは飽き足らず、他の皆も、ここにいる皆を守りたいとそう願ってしまいました

「ごめん、皆」


 アスナがエリナを、ミリアを、キースを見る。


「魔王の言うことは、尤も」


 でも、とアスナが続ける。


「――私は今、『勇者』なんて責務のために戦っているわけじゃないことを忘れてた」


 そう。初めて出会った時。アスナは正しく「勇者」だったのだろう。


「人間」という、よくわかりもしない集団を、その概念を、顔も知らない何者かの集合体を。「勇者」という責任感から、正義感から。


 それらを守ろうとしていた。


 それはどこまでも青臭く。どこまでも理想的で。


 それでいてどこまでも脆くもあった。


 だが、俺と出会って、アリスタードから逃げるように旅に出て、あいつは感じたのかもしれない。いや、ぶっちゃけわからねぇ。ただ、色々考えていたのは確かなんだ。


「人間」という存在が、本当に「守ってやらなければならない」連中なのかを。


 それは色々な角度から、なんだと思う。


 守ってやる価値のない奴もいる。俺はそんな人間をゴマンと知っている。俺だって世間一般的に言えばその中に含まれてる。悪党なんざこの世からいなくなったほうが良い。


 そんでもって、その悪党である俺ですら、ゲロ臭さにえづきそうになる連中も山ほどいる。


 果たしてそういう連中のために戦うのは、正義なのだろうか。


 もう一つ。守ってやらなくても大丈夫な奴もいる。今俺達のために、正確にはアスナのために死の大陸の近海で、その海岸で魔物共を引き付けている連中がそうだ。


 人間捨てたもんじゃない。あれだけ強い人間がいるなんて、俺は知らなかった。世界は広い。


 勿論一人の力をとってみればはアスナにゃ遠く及ばないだろう。


 それでも、人並みを、一般的な人間の枠を、少しだけでも超えることのできた人間が数人、数十人、数百人集まれば。


 アスナが守ってやる必要はなくなる。自分たちだけでなんとかできる。


 ちょっとばかし強い人間が、慣れている人間が集まりゃ、傷つきながらも、苦戦しながらも、魔物やら魔族やらを独力で追い返すことだって不可能じゃないだろう。


 そして最後。アスナはババァのいなくなった今、人間としては最強だろう。ほぼ誰が戦っても勝てない。「タイマンで正々堂々」という条件付きにはなるが、百戦百勝になるのは間違いない。


 だがよ。人間一人の手が届く範囲ってのは限られている。アスナは一人しか居ない。


 たった一秒切り取ったその瞬間で見れば、世界の中のどこか一点にしか存在できない。世界中を一人で守ろうなんて、人間のできる範疇を大幅に超えている。


 それはどれだけアスナが強くても、どれだけ決意が強かろうとも、覆すことのできない歴然たる事実だ。どうしようもない。


 もっともっと色々と細かい理由やら、アスナが考えそうなことはいくらだって思いつくが、まぁそれは大した問題じゃない。


 本質は、選んだことだ。選ばざるを得なかったことだ。


 魔王を一度倒すまでは、それがイコール「世界を救う」ということに他ならなかった。実にシンプルだ。


 しかし、この一年はそうじゃなかった。敵は魔王やら魔族やら魔物やら、そういう連中ばかりじゃなくなった。


 幾度となく人間と争った。


 幾度となく人間と敵対した。


 幾度となく人間と対立した。


 そして、それ以上に助けられた。


 アスナはきっと肌身で実感した。この世界がシンプルにはできちゃいねぇってことを。


「私は、大好きな人たちを守りたい。昔は違った。でも今はただそれだけ」


 アスナが何を考えているのかよくわからないものの、それであって綺麗な微笑みを浮かべる。


「沢山の素敵な人と関わってきた。大好きだって自信をもって言えるような人と出会ってきた。他の誰でもない、その人達のために――」


 だが、少なくともその瞳にもう、迷いはない。


「私は戦う」


「……バーカ。それで良いんだよ」


 思わず苦笑いする。


「結果的に人間全部を救うってことになるかもしれねぇ。だが、魔王がいなくなったら今度は人間が人間同士で争い始める。しばらくは大人しくしてるだろうが、どっかかしらで戦争が始まる。何しろ魔王軍が世界を脅かしてた最中にも小競り合いを辞めなかった連中すらいるんだ。全てを救おうなんて無意味だ」


「ん」


 アスナが俺を見る。


「……アスナ。この小悪党の言うことに乗っかるみたいですごい癪なんだけど、本当にその通りよ。人間全部を救おうなんてどこまで行っても無理なの」


「エリナ」


「だって、アスナは……。貴方は、『勇者』っていう、無茶な役割を押し付けられただけの、ただの素敵な女の子なんだもん。神でも精霊でもない。ただの人間の女の子なのよ」


 エリナがアスナに近づき、そしてその右手をぎゅっと握りしめる。何があっても離すまい、と。それぐらいの力で。


「メティア教に救われている方がいらっしゃるのは事実です。ですが、私は半ば教えを捨てました。神官を辞めました。ですから、アスナ様。今の私は、貴方と同じ気持ちです」


 ミリアが微笑みながら、エリナと逆の手を、アスナの左手を握りしめる。


「傷ついた方全てを救うことはできません。飢えた子供全てを救うこともできません。なにしろ――」


 その表情が少しだけ悲しみに染まる。


「ジョーマ様ですら、救えず、逃げ出してしまったのですから……」


 それはしょうがねぇ。お前のせいじゃねぇ。どっちかと言えば俺のせいだ。


 どちらにせよ、どうしようもなかったんだ。状況的に。


 そう思うが、口には出さない。ミリアが続けて言葉を発したからだ。


「ですが、私にはどうしても守りたい、救いたい人が居ます。それは、ここにいる皆様です。アスナ様です。エリナ様です。キース様です。そして、ゲルグです」


「ん。ミリアも私と一緒だね」


「はい」


 顔を見合わせて笑い合う。そしてつられてエリナも微笑んだ。


「アスナ様」


「キース」


「俺は、姫様の騎士です。姫様に忠誠を捧げ、姫様の剣となることを誓いました。ですが……」


 苦笑いしながらキースが後頭部を掻きむしった。


「俺は随分と欲張りなようです。姫様だけでは飽き足らず、他の皆も、ここにいる皆を守りたいとそう願ってしまいました」


「ん。キースも一緒だね」


「はい。姫様には申し訳無い気持ちがありますが」


 その微妙な表情に、エリナが笑った。


「馬鹿ね。キース。アンタが『姫様だけを護るのが俺の使命です』とか言い始めたら、蹴り飛ばしてやってたところよ」


「そ、それは……」


「アタシの望みはアンタの望み。アタシの願いはアンタの願い。アンタはアタシの騎士よ。その心は常にアタシと一つでありなさい」


「はっ」


 これだ。


 ずっとこの四人が、どうして一度は魔王とかいう化け物をぶっ殺すに至ったのか、ずっと疑問だった。


 なにをどうすりゃ、こんな精神的に成熟してねぇガキどもが――唯一キースは、及第点を与えても良いもんだが、それでもギリギリだ――、魔王打倒なんていう一大プロジェクトを成功させたのか。


 わからなかった。


 だが、今やっとわかった。いや、すまん。嘘だ。はっきりとはわからねぇ。言語化できねぇ。


 敢えて言葉にするなら……。


「――決して途絶えない絆、結束、ってやつ、か?」


「なんかガラにもない台詞が聞こえた気がしたけど、なんか言ったかしら? ゲルグ」


 口の中だけで誰にも聞こえねぇように呟いたつもりだったんだが、エリナが耳ざとく聞きつけたらしい。


「っるせぇよ」


「なぁに? 小悪党にしては殊勝なこと言うじゃないのよ」


 心中で舌打ちをする。この女王陛下サマ、ちゃーんと聞いてやがったんじゃねぇかよ。いや、待てよ? もしかしたら心を読んでた可能性もあるな。


「アタシ達はね。ただのお友達じゃないのよ」


 そうだよな。だからこそ、てめぇらは歴史に名を刻むんだろうよ。魔王だって目じゃねぇ。どんだけ強くたって、どんだけ化け物じみてたって。今のこいつらには誰も敵いやしねぇよ。


「アタシだって、アスナだって、ミリアだって、キースだって、それぞれ欠けてるものがある。人間だもの、そりゃ欠点の一つや二つあるわ」


 エリナが弾けんばかりの笑顔で、アスナの肩に手を回す。


「でもね、アタシ達はパズルのピースなのよ。噛み合ったの。一人ひとりは不完全かもしれない。でも、全員集まれば、どんな奴にも負けない、最強なの」


 そりゃ言い得て妙だよ。パズルのピース、ねぇ。


「エリナ、良いこと言うね」


「そんな褒めないで」


「そこまで褒めてないけど」


 これ。漫才をおっ始めるんじゃねぇよ。


「それに、エリナ。少し抜けてる」


「何が?」


「私達四人だと、それでも不完全。でも今は、この瞬間は。この人がいる」


 アスナの瞳が俺をまっすぐに捉えた。


「ゲルグがいる。最後のピースはゲルグ」


「……悔しいけど、ね。アスナの言うとおりよ」


「おいおいおい。俺を巻き込むんじゃねぇ」


 俺はエリナの言うパズルのピースとやらになった覚えはねぇぞ。


「馬鹿言わないでよ。何度も言ったでしょ? アンタはアタシ達に必要不可欠。今更一抜け、なんて許さないんだから」


「ん。最後までゲルグも一緒」


「いや、そこに関しちゃ、別に異論はねぇけどな……」


 俺はこいつらとは違う。別に誰かを守りたいとか――まぁちったぁそういう気持ちがないわけじゃないが――そういうモチベーションでここにいるわけじゃねぇ。


「っ! 察しが悪いわね! だからぁ、アタシはこう言ってるのよ!」


 エリナが不敵に笑う。


「『アンタが世界のルールをぶっ壊すってんなら、当然アタシ達もそれに付き合う』って」


「ね、アスナ」、とエリナがアスナに笑いかける。アスナが、いつものように「ん」と首を縦に振る。


「ゲルグ。私はどこまでだって、貴方とともにあります。貴方の隣に立っていたい。立っていられるような人間で有り続けたいんです。そのために、世界全てを変えてしまうことが必要なのであれば、私はお付き合いします」


「……ミリア、ちょっと、それは大胆発言すぎよ」


「あっ! す、す、す、すみません! いえ、そういう意味じゃなくてですね!」


 笑う。いいよ。分かってる。お前が俺を好きだっていうのは、はっきりと直接言われたことで、今言ったことがそれとは本質的に関係ないってことも理解している。


「あ、アスナ様を、本当の意味で笑顔にするために、それが必要なんですっ! そういうことですっ!」


 エリナがため息を吐く。


「ったく、この娘は。で? キース、アンタは?」


「姫様。私は皆の言うように『脳筋』なのでしょう。そこまで深く考えていませんし、考えられません」


「でしょうね」


「ぐっ。流石にそこまで断言されると傷つくのですが」


「傷ついてる場合よ。続けて」


「ですが、それが必要なことなのであれば。姫様が必要だと仰ることなのであれば――」


 キースがエリナに跪いた。


「私は姫様に。いえ、ここにいる皆に、この剣を捧げます」


 エリナが満足気に鼻を鳴らす。


「それでこそ、アタシの騎士よ」


 そして俺をちらりと横目で見た。


「ま、アタシの騎士はもうひとりいるんだけどね」


「そりゃ俺のことか? バーカ。断固拒否だよ」


「断固拒否を断固拒否するわ」


「だったら、俺は断固拒否を断固拒否するのを断固拒否だ!」


「きーっ! だったらアタシは! ……いえ、やめましょ。不毛だわ」


「……そうだな」


 俺はエリナとにらみ合い、そしてその後で笑った。


 驕ってた。別に深くは考えてなかったけどよ。全部一人でやろうとしてた。全部一人で考えていた。


 歳を喰うと、頭が固くなっていけねぇ。最初から、こういう話をコイツらにしときゃよかったんだよ。


 俺の最終目標。


 アスナが、屈託のない笑顔を浮かべられること。


 こいつらがいりゃなんでもできる。


 こいつらと一緒なら不可能だって可能に変えられる。


 それが、きっとエリナの言った「パズルのピースが噛み合った」って感覚なんだろう。


 そりゃ魔王だって倒せるさ。


「じゃ、行こっか。魔王の城まで」


 アスナが北東を――おそらく魔王城のある方向なのだろう――を見る。


「歩いて何時間ぐらいだ?」


 ふと疑問に思う。歩いていくってなりゃ、時間もかかるだろうし、途中で連合軍が引き付けきれなかった魔物と戦う嵌めになるかもしれない。


「馬鹿ゲルグ! ジョーマ様が残してくれたものがあるでしょ!」


 エリナが目を三角にして、俺に詰め寄った。


 おぉ、すまん。すっかり忘れてた。


簡易転移(イージーリープ)なら使える。他の魔法が使えるかは怪しいけど、少なくともそれだけは使える。確信がある」


「つまり……」


「魔王城までは、魔法でひとっ飛びってことよ」


 そりゃすげぇ。ババァの魔法をエリナが使えるようになるとは夢にも思わなかったもんだ。何しろあのババァ、世界最強だからな。


「んじゃ、行くわよ。皆、アタシの周りに集まって!」


 それぞれが思い思いにエリナの周囲に集まる。


「行くわよ」


 そこで俺は、最後に一つ忘れていたことを思い出した。


「あ、ちょい待て」


「なによ、水差さないでよ」


「いや、時間は取らせねぇよ」


 悼んでる暇はねぇ。悲しんでる暇はねぇ。


 後で、一区切り付いたら、ゆっくりと悲しんでやるよ。大の大人が他人に見せられないぐらい恥ずかしいほどには泣いてやる。


 それがてめぇにできる、俺の唯一の餞だ。


 だからちょっと待っててくれ。ジョーマ・ソフトハート。


 ババァの遺体があった場所まで歩く。もう遺体は欠片ほども残っちゃいない。あいつの着ていた服だけがそこにある。それでも今この瞬間はここが墓標だ。


「ババァ、今まで世話んなった」


 ババァの笑顔が脳裏に浮かぶ。


「あばよ」


 今はそれだけ。それだけで十分だ。


「さ、行くぞ」


「アンタが仕切ってんじゃないわよ!」


 そこまで言って、エリナがごほんと咳払いをする。


「ジョーマ様……。アタシ達、ジョーマ様の意思を、力を引き継いで、行ってきます」


 エリナが少し寂しげに、その場所を見遣る。


「ん。ジョーマさん。ごめんなさい。少しだけ待ってて」


 アスナがそう言って、目を伏せる。


「ジョーマ様。何から何までお世話になりました。すべて終わらせて、そして貴方の冥福を祈らせてください」


 ミリアが両手を合わせて祈る。


「ソフトハート殿……。貴方の知恵に、知識に、どれだけ助けられたか、大きすぎて俺にはわかりません。今しばらく、お待ちください。吉報を携えて参ります」


 キースが剣を掲げる。


 しばらく皆で、黙ってババァに思いを馳せる。思えばずっと世話になりっぱなしだった。何も返せてねぇ。


 だが、あのババァなら「そなたらは余の愛い子供らだ。子供に何かを施す時、見返りを求める親など、その資格はない」なんて言いそうだな。


「それじゃ」


 俺達は全員で示し合わせたように「行ってきます」と言う。


 エリナが簡易転移(イージーリープ)を詠唱する。


 視界がぐにゃりとねじまがる。魔王城まで、一秒もかからない。


 決戦が迫る。

アスナが立ち上がり、そして遂に魔王との対決です!


アスナの主人公補正があるから大丈夫です!!!


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[一言] もう一度、戦う理由を確認する。 良いことですね。 次は惑わされないで欲しいです。
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